第五十二話 聖女の欠片と仮面
禊と宵彦、尊、要、嫌好、忍、工、アーサー、ハッシュ、小町、言葉はアークィヴンシャラの制服に身を包み、奏に紹介されたロシア人の中年男性数人を鋭い眼差しで見つめていた。
「――掃除をすればいいんだな?」
禊がそう言うと、男は眉を下げてニッコリ笑い、
「えぇ、理解が早くて助かります」
「慣れてますからね、こういう仕事は。UPOの頃から、もしかしたらそれよりも昔からやって来た仕事ですから」
「過去の大事故により汚染された地域ですが、今は汚染も人が生活できるくらいに薄まりましたので、ここに駅を再建させたいんです。でもその前に、瓦礫撤去や、住み着いてしまった野生動物を追い払わなくては。その人が住むための土台作りをお願いしたいんです」
「で、報酬はいくらですか? 報酬次第で仕事量は――」
「そちらの国の借金の3分の2を支払いましょう。それから、この地に埋まっている聖女の欠片を探すことを許可します」
小町の顔色が変わる。
「おい、今なんて言った」
「聖女の欠片です。探しているんでしょう? 世界中に散った聖女の欠片を。ウチのマフィアから押収したものもいくつかありましてね。どうです、掃除して頂くだけでこれをお返しすると言っているんです」
小町は禊の顔色をうかがう。禊は右手を差し出すと、
「わかりました、快く引き受けましょう。その代わり、前払いでお願いします」
「いいでしょう」
人類が消えた世界、と言う文字がそのまま現実に置かれたような、そんな景色だった。
「放射能は確かに低いな。あの頃に比べて随分下がったもんだ」
小町がメーターを図りながら言った。
辺りは草木が無造作に生えていて、建物もほとんど崩壊して瓦礫だらけだった。何より、本来人が行き交う道路を、野生動物が歩いていた。
「政府より矛盾化が許可されている。矛盾化して大きな瓦礫を撤去するぞ。禊は動物らを森の奥に追いやってくれ。動物らには申し訳ないが……」
小町は唇を噛んで目の前を歩く狐の親子を見つめた。
「共存とはこういう事だ……」
それぞれ作業に取り掛かる。巨大な甲殻類は国道の上の瓦礫を頭で押して撤去する。宵彦は地下鉄の中に入り清掃を行う。撤去された瓦礫は言葉が糸でまとめ、派遣された土木員の指示に従って運ぶ。工と小町は派遣された土木会社と話し合い、矛盾らに指示を出していた。アーサーは近くの海の底に沈んだ瓦礫やゴミを口に入れて浜辺に吐き出していく。
一通り撤去が終わると、今度は禊が巨人化し、指定の範囲の草木を腕を振り回して刈っていく。
「すげぇ……巨人が草刈ってる……」
「刈った草はどうすんだ?」
「地図のココを農耕地にするから、そこに埋めるんだ」
「埋めるのは矛盾の誰がやるんだ?」
「あ、僕です」
忍が宝器を持って手を上げた。
「まさか、そのスコップでやるんじゃないだろうな?」
「これでやりますけど」
「おいおい、人生かけても終わらないぜ」
忍は頬を膨らませると、巨大な蛙になり、宝器も蛙の身の丈に合ったサイズになり、蛙は巨大なシャベルを銜えて禊の方に飛んで行った。
「……でっか」
土木員は唖然として地平線を見上げた。
草木が埋め終わり、巨大な更地が出来上がる。そこに運ばれてきた資材を運ぶために、要が鴻となって資材を空から運んでいく。駅の建設に取り掛かり、嫌好が巨大なウミウシとなって触手で建設を手伝っていく。
「あの触手便利だよなー」
「重い物も簡単に持ち上げられるし、電気もガソリンもいらねぇんだ、便利だな」
そんな作業が一週間ほど続き、駅はほとんど完成間近だった。
「あと一個か……」
禊はサンプルケースに入れられた聖女の欠片を掲げて見つめた。白く濁った半透明な欠片は、太陽光に反射して虹色に輝いていた。
「全部で何個ここらに落ちてんやったっけ?」
「15個だ」
「結構しんどいな。あと一個となると、より見つかりにくいな」
アーサーはため息をつきながら額の汗を拭った。
禊は地下鉄の方を見に行った。
「宝石? いや、見てないな」
建設員に尋ねるも、誰も首を縦に振らなかった。そのまま建設途中の先へ進む。足元の陰から千早がズルリと這い出てくる。
「どうだ、わかるか?」
「かなり深いな。ここからじゃ無理だろう」
「そうか……」
「いや、待て。別の匂いがする」
「別の?」
千早が手招きする方へ行く。目の前に錆びた金属の分厚いドアが現れた。
「これは……」
ドアに書かれている文字には『鍾乳洞入り口』と書かれている。
「鍾乳洞か。聖女の骨だ」
「ここは匂いが近い」
千早がドアの前で指揮者のように指を切ると、ドアは轟音を立ててゆっくりと開いていく。ギリギリ通れるほど開いたドアを通り、奥へ進む。
「そんなに長くないな。狭くも無いからお前でも進められる」
千早はそう言いながら、禊に手を貸す。暗い鍾乳洞をただひたすら懐中電灯一つで進んでいく。
すると水の音が聞こえてきた。
「いい香りだ」
「聖女の体液の匂いだ」
「なんか嫌だな、その表現」
「土は聖女の肉、溶岩は血、それなら水は体液だ」
「海は?」
「海は体液の漏れた別の場所だ。人で言うと子宮に近いんだろうが……聖女はまず生物ではない」
「ニーアのスカートは綺麗な青だったな。あれはやはり、海を表しているのか?」
「さぁ、作った本人に聞いたら?」
「作ったって、ニーアが?」
「違う、聖女はそんな人間的な事はしない。元々服を着る必要性も無い。第一――」
そこまで言いかけて、千早は口を閉ざした。禊も特に聞かなかった。
暗闇の奥に、ぼんやりと明るい空間が見えてきたライトを消して進むと、天井に穴が開き、そこから光が差し込んでいた。地上の穴から流れ込んだ水が滝となり、鍾乳洞に流れていた。
「おおきな鍾乳石だな」
「立派な骨だ」
「この近くにあるのか?」
「あぁ」
辺りを見回して探す。ふと、足に水とは違う何かを踏みつけた音がした。足を上げてライトを当てると、黒い粘り気のあるものを踏みつけていた。
「うわ、何だこれ。原油か?」
「いや、違う。これは聖女の産物じゃない」
「じゃあ生き物か? それとも人工物か?」
「その間だ」
落ちている黒いそれを辿って進んでいくと、布が落ちているのが見えた。近くに寄ってライトを当てると、それは人に見えた。
「死体か……」
「いや、死んでない」
「え?」
禊は恐る恐る足先で軽く蹴ってみた。反応はない。
「死んでるだろ」
「俺が言うんだ、生きてる」
禊は倒れている人を揺さぶり、仰向けにさせる。顔には金属の器のようなものをかぶっていた。
「なんだこれ、外すか」
仮面に手を伸ばし、顎の隙間に指を入れた時だった。
急にその人は起き上がった。
「うわっ」
「わああああ!!!!」
それは急いで後ろに下がり、近くの岩陰に身を隠した。
「おい、お前大丈夫か?」
するとその人は聞いたことのない言葉を口にした。
「え、何だって?」
聞き返すも、同じように知らない言葉を口にしていた。
「地底人か?」
「さぁ」
禊がゆっくり近づいて、距離を置いてしゃがみ込む。するとその人は仮面を顔にはめ直し、そっと岩陰から顔を出した。
「俺は日本人。探し物をしているんだ」
禊がゆっくり言うと、その人は仮面に手をかけてゆっくり上げた。顔は良く見えなかったが、懐中電灯に反射して目が光っていた。そしてまた仮面をはめると、
「口をきいてはならない……決して、私と言葉を交わさないでくれ……」
しゃがれた、低いが性別のわからない、若い声にも聞こえた。禊は言われた通り口を結んだ。
その人は息を大きく吸うと、少し早口で、
「聖女の傀儡の崩壊は想定外だった。君たちなら止められると思っただが、まさか聖女様自らその傀儡を代償に止められ元に戻すとは……歯車を変えられるのは特定のものだけ、人には決してできないそれはもちろん私にも……私が作った歯車でなければ動かせられない。だが幸いにも聖女は完全に崩壊しなかった、崩壊していたら恐らくこの世界は存在しなかったろうし私もここにはおるまい。もしかしたら私の存在自体もうすでに亡き事となっていただろう、そう考えると……!」
その人は倒れ込むと、嗚咽を漏らして肩を震わせ始めた。
「それは死だな……私は知っている。私はそれを千早と呼ぶ」
千早は眉をひそめた。
「鍵は……鍵はどうした。ぜんまいだ。扉は? 大門扉を作った覚えはない。大門扉を置く台は用意したが設計図すらも作っていない、だのに私は何故ここに……そうか、そうだな、示されたのだ。彼等彼女等が迷わぬよう彼女を取り戻す術を与えよと御神様より遣わされたのか……なるほどそうとなれば」
それは平たくなった鍾乳石の前に立ち、懐に手を入れると、小さな布の包みを取り出して置いた。
「私は君を助けに来た。私の体から生まれた私を。そうするべくここへ遣わされた。それが歯車の指示であるならばそうしよう。私に歯車を変えることはできないのだから」
そう言い、滝の前に立つと、
「私が何なのか、知りたいだろう。私も本当は君と言葉を交わし笑い合い触れ合いたかった。だがそれは禁忌だ。本来ならば交じり合わぬ世界だ。だが彼女が私の所まで来てしまったのは想定外だった。彼女はここの彼女だというのに。だから私は戻しに来た。私が何なのかは言えない。本当は言いたい。君と言葉を交わしたい! だがそれは……禁忌なのだ。ずっと長年死に際までずっと願っていたことだ。君らと友でありたかったと。友だったはずなのに……。死には、千早には随分と世話になった。だがもう、今の私は弱くない。卒業だ。いつまでも子供でありたいなどと願ってはいられまい。もう私に死は訪れないだろうが、この私ではなく、本当の私に死が訪れる時がこの世界の崩壊だろう。そしてそれは誰にも阻止できない。私にもできない。だが唯一、世界は変形してしまうだろうけど唯一、この世界を崩壊させない方法がある。受け継ぐのだ。それが誰なのかはわからないが、私が勤めればそれは可能だ。この世界ではなくなってしまうが……同じような世界を繋げることは可能だ。別の世界がそうであったように、時代を超えて愛されれば、世界は永遠である。太陽も、彼女も、君も。私がこうしてここに立った時間も正にそうである。……長々とすまなかったね。その服、気に入ってくれたようでよかった。かなり悩んだんだ。不足があれば星に願ってくれ、友が聞き取って私に伝えてくれるから。それでは、達者で。君が幸福になるよう努めるよ、一番古い友。それと、この事は他言しないでくれ。と言っても、すぐ忘れてしまうだろうな。無知は幸いと言う。知らない方が幸福な事もあるのだよ、友よ。さらばだ……私は永遠に忘れないよ」
それは手を伸ばすと、先ほど踏みつけた黒いものと同じ素体でできた腕を伸ばし、空いた天井から去って行った。
禊は懐中電灯を点けると、
「……おい、何かあるぞ」
平たい鍾乳石の上に白い布を丸めたものを見つけた。懐中電灯を千早に持たせ、それをそっと両手で持ち上げる。そして布を指先でつまんで広げると、中から聖女の欠片の全体の約半分ほどが出てきた。
「聖女の欠片の塊だ……こんなに大きいものが何故ここに……」
「聖女の事だ、何があっても差しておかしくはない」
「そうだな」
禊はそれを包み直し、来た道を戻っていく。千早は肩に頬杖をついて懐中電灯を照らしながら、
「なぁ、さっき人がいなかったか」
「え、人?」
「……いや、気のせいだ。幽霊だな」
「やっぱりこういう所にはいるんだな」
「こういうところは溜まりやすい」
「ごちそうの山だな」
「あんなの埃の塊だ、美味しいわけがない」
「そうなんだ」




