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第五十一話 セーラー服とスーツ

 長期休暇に入り、あぐりが遊びに来ていた。

 アキラの部屋の前に立ち、ドアを勢いよく開けた。

「おじさんおはよう!」

 驚いたアキラが飛び起きる。

「……おはよ……」

「ほら起きて! 出かけるよ!」

「えっ……え?」

「出かけるの!」

「でも、今日お休みなん……」

「じゃあいいじゃん。ほら出かけるよ」

「え、どこに?」

 あぐりは頬を膨らませ、

「デートなんだから早くしろ!」

 アキラの腕を引っ張って部屋から引きずり出した。まだ眠い目を擦ってアキラはダイニングの席に着く。

「おっさん、おはよー」

 炊事当番の工が朝食を持って声をかけた。

「おはあございます……」

「ハハハ、超眠そうじゃん」

「今日休みだから、昨晩遅くまで仕事してしまい……」

「おっさん、休日は休むだけじゃなくて息抜きのためにも体力残しとかねぇと」

「息抜き?」

「俺はよく出かけてたぜ。っても、仕事しないで世界中歩き回ってただけなんだけどな!」

 工はアキラの背中を叩きながら笑う。

 朝食を済ませ、出かける服をあぐりに決められる。

「これと、ネクタイはこれ。靴下はーこれかな、あっ、今日はシャツ入れてね。あとひげ剃っといて」

「え、でもいつも……」

「いいから剃るの!」

 かれこれ小一時間ほどし、ようやく家を出た。二人は歩いて駅の方に向かう。

 歩きながらアキラはあぐりの恰好をチラチラと見て、

「あの、あぐりちゃん……」

「なぁに?」

「今日、学校? 制服着てるけど……」

「もー、わかってない。なんのためにおじさんの恰好を征服っぽくさせたと思ってんの」

「え、な、何で?」

「向こう着いたら教える」

 駅に着くと、あぐりは辺りを見回して何かを探し始めた。そして見つけると、

「お母さん! ……じゃなくて、おまたせ、真尋ちゃん!」

 あぐりは真尋に抱き着いた。アキラは真尋の姿を見て目を見張った。紺色の分厚い布地に、白いライン、赤いスカーフとひだの着いたスカート、黒いストッキング、そして黒いローファー。

「……十何年ぶりだろうね、これ」

 真尋はそう言ってスカートを軽く持ち上げた。アキラは口元に手を置き、

「な、懐かしいね……似合ってるよ」

「ホント?」

「うん、真尋さんらしいというか……」

「君、制服の私が大好きだったもんね。保健室で覗き見してたもん」

「え!?」

「バレてないと思ってた?」

 アキラは顔を真っ赤にしてしゃがみ込んだ。

「いいから、早く行こう。目当てのものが先着限定だから、早くしないと売り切れちゃうよ」

 真尋がそう言ってあぐりの顔を見ると、あぐりはアキラの方に駆け寄り、

「早く、立って! 行くよ」

 アキラの腕に抱き着いて歩き始めた。真尋もあぐりと手を繋いで着いていく。

「今日はね、制服デートなんだよ!」

「制服……ねぇ」

「おじさんは生徒というより、先生っぽくなっちゃったけど」

「でも、いいんじゃない? ひげ剃って若く見えるし、髪を縛ると学生時代の君によく似てる」

 アキラは頬を染めて顎をさすった。

 電車に乗って渋谷に向かう。目当ての店に向かって歩いていくと、長蛇の列が見えてきた。

「わー、並んでるね」

「別に、無理して並ばなくてもいいよ、僕はあっちの……」

「私が行きたい店なの、おじさんは大人しく付いて来て」

「はい」

 一時間ほど並んで、ようやくあぐりたちの番が来る。

「三名様ですね。こちらへどうぞ」

 店に入ると、その後ろから販売終了の知らせが聞こえてきた。

「限定の、丁度私らで最後だったみたい」

 あぐりはそう言って悪戯に笑って見せた。席に着き、あぐりが呼び鈴をすぐ鳴らした。

「この限定のを3つと……」

「申し訳ありません、もう残りが2つしか無くて……」

「えー、……じゃあ2つで。それからドリンクが……」

 注文をし終え、店員がメニューを下げる。

 アキラは辺りをきょろきょろと見回していた。

「おじさんはコーヒーにしといたからね」

「えっ」

「嫌なの?」

「いや、そこまで苦手じゃないけど……苦いのはちょっと」

「えー、意外! コーヒー好きだと思った」

「マックスコーヒーくらいしか飲めないよ……」

「激甘じゃん」

 真尋は少し辺りを見回し、

「若いお客さんが多いね」

「そうなんだよ、今学校でも話題になっててね! 友達と行こうと思ったんだけど、みんな受験で忙しいからさ~、家族とだったら問題無いと思って。ごめんね、おか……真尋ちゃん、わざわざ友達と行きたかったためだけに制服着せちゃって」

「いいよ。久々に着れて嬉しいから」

「あの、あぐりちゃん、何で真尋さんを名前で……」

「あぁ、雰囲気作り。ちょっとデートの間だけは名前で呼んでるの。でもなんだか恥ずかしいねー! お母さんを名前で呼ぶって、なんだか……」

 あぐりは腕で頭を隠す。

「うん、ちょっとくすぐったいね。ねぇ、君も名前で呼んでみる?」

「え、いつも呼んでますけど」

「違うよ、呼び捨てで呼んでご覧っての。真尋って呼んでご覧」

「え……」

「いいから早く」

 アキラの喉の奥から飲み込む音がする。

「ま……まひ……」

「お待たせしました、フワフワスフレパンケーキフルーツ盛りが二つと、コーヒーと紅茶になります」

 店員が注文した料理を運んできた。あぐりは手を叩いてパンケーキを目で追う。

「すご! 写真以上じゃない!?」

 すぐにスマホを取り出して写真を撮る。

「えーっと、三人だから、三等分……」

 あぐりがナイフを立てて考えていると、真尋が一つをあぐりの前に置き、

「あぐりちゃんは1人で食べていいよ。私はこんなに食べきれないから、おじさんと半分こするね」

「え、いいの?」

「気にしないで。もっと欲しかったらおじさんの分もあげるから」

「えっ」

「やった!」

 あぐりはすぐにフォークで切り分け、ホットケーキを口に運んだ。

「ん~! これこれ!」

 真尋は嬉しそうに微笑み、あぐりの口に垂れたチョコを拭ってやった。そしてもう一つのホットケーキを切り分け、

「はい、君の分」

「あ、ありがとうございます……」

「懐かしいね、七夕の時も半分こだったね」

 その時の情景を思い出し、アキラは頬を染めてホットケーキに視線を落とした。そしてコーヒーに角砂糖を何個も落とす。

「おじさん、甘党だったんだ」

 あぐりは笑いながらカメラを向ける。

「悪かったね、ダサくて」

「そう? 可愛いから良いと思うけど」

「可愛いって……」

「クラスのさ、コーヒーも飲めない癖にエナジードリンクがぶ飲みしてカフェイン中毒で倒れた男子どもに比べたら、全然ダサくないよ」

「え、そんな子がいたの?」

「どこの学校でもそうだよ。すごいダサいよね、コーヒー飲めないお子様が一丁前に格好つけてエナジードリンク飲んでイキってるの。そんで中毒起こして倒れてんの。すごいバカみたい、超ダサい」

 あぐりは手を叩いて笑った。

「……この毒舌っぷりは誰に似たんだろう……」

「千歳くんだと思うよ。私、ここまで毒舌じゃないもん」

「そうだね……」

 ホットケーキを食べ終え、電車に乗って移動する。

「あとねー、ここ行きたかったの!」

 あぐりが指さす方を見上げると、トルコ様式の建物が目の前にそびえたっていた。

「文化センターか……」

「友達誘ってもみんな乗ってくれないの。お洒落なのにね」

「こんな所あったんだね」

「ね、早く中に入ろうよ!」

 あぐりが二人の腕に抱き着いて中へ引っ張って行った。

 タイル模様の美しい内部に、あぐりは目を輝かせて見上げていた。

「すごい綺麗……! ね、これすごいよ!」

 大はしゃぎで先へ先へと行く。その後ろをアキラと真尋がゆっくりついて行った。

「修学旅行、ここに来たでしょ?」

「そうだね。真尋さんは行った?」

「お金が無かったから、休んだ」

「そっか……」

「でも良かったよ、君と来れて。修学旅行ってこんな感じなんだね」

「そうだね。あとでビルの方にも行ってみようか、修学旅行で寄ったんだ」

「そうなんだ、是非連れてって」

 今度はおしゃれなビル街に移動する。エレベーターに乗り、ドアが開いた瞬間、

「あー!」

 あぐりが目を輝かせて飛び降りた。アキラが急いで後を追う。

「ね、みてすごい! ダグラス・ヒモーノーのコーナーだよ!」

「あぁ、あの歌の……」

「ダグラスって、マッカーサー?」

 真尋が後から付いて来て訪ねると、

「ううん、違う。ヒモーノー。私の地元のキャラクター。ね、頭が魚で可愛いでしょ? ほら、羽が生えてるんだよ!」

「そ、そうだね……」

「見て、東京限定版があるよ! ご当地コラボしてるんだ~」

 あぐりは興味津々で商品を見つめる。

 そしてビルを出て、バスに乗って少し移動する。

「次は、東京スカイタワー、東京スカイタワー前でございます」

「あっ降りる!」

 あぐりは降車ボタンを押す。

 バスを降りて少し歩き、目の前に巨大なタワーが立ち上っていた。

「ここね、ずっと来てみたかったんだ!」

 入場料を払ってタワーの中に入る。タワーの中はレストランや博物館、タワーの歴史について展示されていたり、アニメやアミューズメントパークとのコラボが行われていた。

「今はダンゴーランドとのコラボがやってるんだね」

 あぐりが広告を見ていると、真っ白い団子鼻に頭の上に団子を二つ乗せた白坊主の着ぐるみが近寄ってきた。そして、裏返った男性の高い声で、

「ダンゴーランド、スカイタワー出張所へようこそ! 君もダンゴを食べて走馬燈を見よう!」

「なんだか縁起でもない事言ってんな……」

 アキラは怪訝そうな顔で着ぐるみを見て言った。

「考えすぎじゃない?」

 真尋は特に気にせずあぐりの後を追う。

 ダンゴーランドのマスコットキャラ、ミスターダンゴーのスカイタワーコラボのストラップを1つ買い、あぐりは満足した顔でその場を出た。

「また来てね~! ハハッ」

 そしてスカイタワーの歴史展示を見て回る。

「へー、このタワーって一回倒れたんだって。『聖なる神の手帖』研究所の事故により、タワーがなぎ倒されて爆発……ふーん」

「あぁ、禊さんが倒したんだよ」

「え!?」

「正確には、聖なるナントカが禊さんを操作して倒したんだけどね」

「そ、そうだったんですか……」

「まあ隠蔽するよね。全部矛盾のせいってなると、矛盾を隠し続けた政府も非難されるし」

 タワーを出ると、外はかなり暗くなり始めていた。

「あー、もう一日が終わっちゃった」

 あぐりが残念そうにしていると、真尋が何かを思いつき、2人を電車に乗せて連れて行った。

 波の音とまだ冷たいが海からの風が、都会で火照った体に心地よかった。

「ここいいでしょ。海が見たくなった時に来るんだ」

「臨海公園……か。修学旅行で行こうと思って、時間足りなくて行けなかった場所だ」

「そうなんだ。良かった、今度は私が連れてこれて」

 真尋とアキラは顔を合わせて微笑む。

 あぐりは辺りを見回し、遠くの方にショップがあるのを見つけ、

「ねぇ、何か飲み物買って来るよ。あそこに私の好きなシェイク店があるんだ」

「じゃあ一番安いのでいいよ」

「僕も同じので」

「おっけ」

 あぐりはスキップをしながら明かりの強いショップの方に向かった。

 真尋は潮の香りを肺いっぱいに吸い込み、

「青森より、ちょっと生臭いね。でも懐かしい」

「海、好きだったもんね」

「今は特にね。鰻の本能かな?」

「でもこの時期の海はまだ寒そうだ」

「そりゃね。今日は楽しかったね」

「うん。修学旅行で行ったところくらいしか案内できなかったけど、真尋が楽しそうで良かった」

 真尋は目を見開いてアキラの方を振り返るが、すぐに海の向こうの都会の明かりを見つめ、

「君もなんだかんだ楽しそうだったね」

「え、そうかな」

「もっと自分に正直でいいんじゃない? 君の時間は有限なんだから、大事に使いなよ」

「君に言われると説得力あるな」

「フフフ、何たって矛盾だからね」

 すると二人に男女の声がかかった。真尋が振り返ると、

「やっぱり! アーミューズの真尋さんですよね!」

「え……あ」

 カップルだろうか、男の方はハッとして急いで真尋から距離を置き、

「俺、大ファンなんです! 彼女も真尋さんの事大好きで……よ、よろしければサインだけでも、お願いします!」

「私は握手だけでも、いいですか?」

 真尋は困った顔でアキラを見る。アキラが追い払おうと前に出ると、真尋は小さくため息をつき、

「今、プライベートなんだ」

「す、すいません!」

 カップルは急いで頭を下げる。

「家族との大事な時間なんだ。でも、声をかけてくれてありがとう。もう今後はダメだからね。また今度ファンとの交流の場を作るから、次はそれにおいで」

 真尋は渡された色紙にサインを描き、女と握手をする。そして少し悪戯な笑みを浮かべると、女の手を引き、耳元に口を寄せた。チュッとリップ音が耳元で弾ける。

「またね」

 真尋が手を離して手を振ると、女はへっぴり腰で男に支えられて去って行った。

「やばい、真尋ちゃん可愛い……かっこいい……」

「おい、大丈夫か」

「無理……真尋ちゃん様最高……」

「わかる……わかるよ」

 真尋はクスクスと笑いながらその後姿を見ていた。

「ああいうの見ると、可愛くて面白くてますますいじりたくなる」

 アキラはカップルを見て妬ましい気がしてやまなかった。ふとあぐりを思い出し、

「まだ帰ってこないね」

「どうしたんだろ」

「ちょっと見てくるから、待ってて」

 アキラは遠くに見えるショップの方に走って行った。

 あぐりはドリンクのテイクアウト用のボックスを持って歩いていた。店から十分離れ、辺りは街灯も丁度なく暗かった。

「あ、ストロー足りない。うっそー。貰ってこなきゃ」

 ストローを貰いに店の方に戻ろうと振り返った時、重にから大きな音がして足を止めた。

「にゃー」

「何だ、猫か」

 安心してため息をつく。だがその直後、何か大きなものが口を塞いできた。驚いて振り返ろうとすると、手を掴まれ、近くに車が走ってきた。

「何!?」

 急いで口元の手に噛みつく。振りほどこうと必死に手足を暴れさせるが、相手は多数なのか、押さえ込まれて車に引きずり込まれていく。助けを呼ぼうと叫ぶが、口を強く押さえ込まれて声が出せなかった。

「何してんだ!」

 そこへアキラの声が飛んできた。あぐりは涙を流して必死に暗闇の中からアキラを探す。

 アキラはあぐりを抱える男につかみかかると、顔に向かって爪を立てて引っ掻いた。男は目を押さえてあぐりを離した。

「あぐりちゃん!」

 急いであぐりを抱き寄せ、他の男の手を引き剥がそうとする。だが別の男が近寄り、アキラの身体を思いっきり蹴飛ばした。アキラは咳き込んで倒れ込む。

「おじさん!」

 あぐりが急いで飛びつこうとすると、また男があぐりの手を掴んで引っぱった。

「いやっ! 話して! 誰か! 誰か助けて!」

「何をしている!」

 真尋の声が飛んできた。すると男たちは銃を構え始めた。真尋は半ビーストモードになり、顎を大きく広げ、牙を向けて突進した。

 飛んできた弾は口の皮を貫通するが、それでも真尋は襲い掛かり、男の一人に頭から噛みついた。

 アキラは急いであぐりを抱え、走り出そうと立ち上がった途端、弾が右足のふくらはぎを貫通した。2人はそのまま地面に倒れる。

「おじさん、おじさん立って!」

「あぐり、お前だけでも逃げろ!」

 あぐりは恐怖に動けずにいたが、アキラに背中を押されて急いで立ち上がって走り出した。

 すると男は外国語で何か言い放つと、一斉にあぐりに向かって銃を向けた。

「やめて!!!!」

 真尋はその前に立ちはだかる。弾が何発も真尋の身体に打ち込まれた。そのうちの一発が真尋の横を通り抜け、あぐりに迫る。

「パシュッ」

 腹部に何か違和感を感じ、あぐりは立ち止まって自分の腹を見た。すると、白い制服にじんわりと赤いものが広がっていくのが見えた。

「おかあ……さ――」

 あぐりは真尋の方を振り返ると、そのまま足から崩れて倒れた。

「あぐり!」

 真尋は急いであぐりに駆け寄る。

「お願い、死なないで! 誰か、誰かあぐりを助けて!」

 あぐりを抱きかかえて立ち上がると、男がまた発砲してきた。何発も弾が入り、真尋はあぐりを抱えたまま倒れた。

 アキラは何もできず震えて見てるだけだった。そこへ男が一人近づいてくる。聞き覚えのない外国語で話しかけてきて、銃をこめかみに当ててきた。

「何で……何なんだよこれ……」

 目だけを男に向けるも、男はため息をついてトリガーに指をかけた。

 その時、

「緊急事態発生! 道を開けないと心臓くり抜いちゃうぞー!」

 聞き覚えのある高い声が飛んできた。そして光が目の前を走ると、男は苦しんだ声を出して目の前に倒れて動かなくなった。何事かと思い急いで顔を上げると、

「悪い、遅れた」

 禊が手を差し出した。アキラはその手を取って起き上がる。目の前に倒れた男たちが広がっていた。

「もう大丈夫だ。あぐりは?」

 アキラが急いで振り返ると、真尋が血まみれであぐりを抱えていた。

「お願い……あぐりちゃん、目を覚まして……嫌だ、死なないで……お願い、お母さんを独りにしないで……」

 禊は急いであぐりの首に手を伸ばす。

「まだ脈はある。急いで戻るぞ」

 あぐりを抱えて立ち上がると、目の前に見慣れない宝器が浮かんでいた。

「持ち主に呼ばれて飛んできた。持ち主よ、僕に名前をください。名前をくれればその消えそうな灯を繋いでや――」

 すると真尋は宝器にすがりつき、

「お願い先生! あぐりを、あぐりを助けて! 先生からもらった宝物なの、あれが無いと私は……私は……!」

 宝器は真尋をじっと見つめるように体を傾けると、

「わかった、僕の名前はセンセイ。宝器、壺・子詰母の聖霊、慈愛の美を司り、神より遣わされた。持ち主、僕に命令を」

「お願い、あぐりを助けて!」

「わかった」

 真尋の宝器、子詰母はやじろべえのような形状をしていて、シルエットは子宮にも見えた。てっぺんに宝石がついており、その深く赤い宝石が強く光り、子詰母の下先端が鼻のように避けて開き、口を開けた。そしてあぐりの頭を飲み込むと、服の下に入り込み、服を剥がしながらあぐりを飲み込んでいった。そして、あっというまにあぐりは宝器の中に納まった。

「持ち主、陰陽の珠に血を塗ってくれ。灯を保つには親の血がいる」

「でも、もう先生は……」

「父は持ち主の腹にいる」

 真尋は自分の腹に手を当てた。そして手のひらに思いっきり噛みつき、血を出してやじろべえの二つの珠に血を塗った。

「これで子の灯は保たれる。安心してくれ、持ち主」

 子詰母がそう言うと、真尋は安心したのか、そのまま気を失って倒れてしまった。アキラが急いで抱き寄せる。

「……帰ろう」

 禊はそう言い、2人を抱えて立ち上がった。


 後日。手当をされた真尋は隣に子詰母を置いてソファーに座っていた。

 小町が資料を眺めながら、

「新たな聖霊、膻鍟センセイ。魂の残っている傀儡を修復する力を持っている。その際、父親と母親の血液が必要不可欠となる」

「あれが、真尋さんの……」

 アキラはダイニングの席に座って子詰母を見つめる。

「うかつに触るなよ、前みたいに火傷するぞ」

「わかってます」

「子詰母は中に子供がいる状態が一番攻撃性が高い、まるで動物の母親のように……。そう、白銀姫が言っていた」

「私は聖霊歴長いですからね、一緒に過ごしていれば勝手に別の宝器の役割もわかって来るんですよ」

 白銀姫はそう言うと、排熱口から風を吹き出してアキラの前髪を吹き上げた。

「わー、生え際危ないですね」

「余計な事しないでください!」

「わ、お前怒るんだ」

「そりゃ怒りますよ……人なんですから」

「嫌好並みに不愛想なもんだから」

「そこまで不愛想じゃないですよ……」

 アキラはため息をついて机に顔を伏せ、腕の隙間から真尋を眺めた。

 そこへ言葉がやって来て、

「真尋ちゃん、直したわよ。なるべく近い色にしたんだけど、目立つかな」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます、あんなにボロボロだったのに」

「思い入れがあるものね、直して持っていたい気持ちわかるわ」

 修復されたセーラー服が手渡される。

「あぐりちゃん、どのくらいで出て来ますの?」

「傷自体は深くないから、一か月で出てくるだろう」

 言葉は憐れむように子詰母をじっと見つめた。

 そこへ宵彦が帰ってきた。

「どうだった」

 小町が訪ねると、

「一応、通り魔事件として片付けられました。被害者は女子高生とその父親と母親、と報道するようです。犯人はアラブ諸国に散らばるマフィアでした。前から大きな動きも無く、矛盾に関わってくる様子はなかったのですが……」

「そのマフィアは何のために?」

「真尋さんの捕獲だったようです。ですが暗闇で姿がよく似たあぐりちゃんを勘違いしてさらおうとして、最終的には死なない方を持ち去ろうとしたようです」

「またマフィアですの……」

「厄介だな。アークィヴンシャラ産の宝石が流通するようになったら、ますます面倒な事になりそうだ」

「御代家と花京院の方に交渉し、私の元部下を集めさせて警備に当たらせます。優秀な部下ですから、あぐりちゃんの私生活に支障のないように配置します。海外のマフィアとも摩擦が起きないよう、今のうちに手を打っておきます」

「わかった、あまり大事にするなよ」

「はい」

 宵彦はまた玄関を出て行った。

「とても悲しいわね。矛盾が希少な絶滅動物か何かのようだわ」

「言いたいことはわかる。まるで、麻薬と同じでもあるな。正しく使えば薬にも毒にもなる……まさに矛盾は麻薬だ。人を惑わし、苦しめ、死に至らす。かと思えば、薬にもなり、身を守る術になる」

「UPOの頃と変わらないわね」

「結局人とは根本は変われないんだよ。もはや本能のようなものさ。人と言う生き物の本能だ……」

 小町は大きなため息をついた。

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