第四十七話 宝器の点検
朝食を終えた頃。アキラが片づけをしていると、いつもなら部屋に籠るなり、散歩に出かけるなり、また二度寝を始める矛盾らが、今日はせわしなく身支度を始めていた。
「どこか出かけるんですか?」
傍にいた嫌好に尋ねると、
「訓練」
「訓練? 避難訓練……とか」
「人間じゃないんだから、非難する必要無いでしょ」
嫌好は冷たくそう言ってその場を離れた。と思えばすぐに戻って来て、
「来ればわかる。来い」
アキラの腕を引っ張った。
矛盾らと七穂と七富、アキラが奏の研究所に集められる。
「すいませんねー、正月に。こっちも正月でバタバタしてまして、人手不足なんですよ。でもやりますよ、大事な事ですから」
奏は特に悪びれる様子もなく、説明を始める。
「まぁ去年もやってますからわかるでしょうけど、宝器の試運転をします。まぁ、先頭に特化している貴方々にとってはやっと自由に体を動かせるのですから、ありがたい話でしょう。一応、範囲はこの部屋、矛盾用実験室のみにしてください。あ、壊さない程度に。核爆弾程度じゃ吹き飛びませんが、貴方々の力では吹き飛びますから。直すのにも時間がかかるんです。国費の事も考えてあげてくださいね、アークィヴンシャラさん」
そして、研究員らが宝器を入れたケースを運んでくる。矛盾らはそれぞれ自分の宝器の前に立ち、手に取っていく。
アキラは初めて見る特殊なその武器に、すこし慄きながらも興味を示していた。
「あの、あれはアークィヴンシャラの軍備か何か……ですか?」
嫌好は自分の宝器を見せつけ、
「軍備っちゃ軍備だけど、ちょっと違う。聖女のための宝であり、武器であり、器であり、俺ら矛盾を拘束し、支えるための物」
「そうなんですか……なんか、ゲーム世界の武器みたいですね。ああいうの、ファンタジーの中だけの話だと思ってました。実際に作って使用してるなんて、初めて知りました」
「作ったの、誰だと思う?」
「え、龍さん辺りですかね。ハッシュさんとか……」
「全然。アイツらは宝器の整備とか、付属システムを作ることはできるけど、これを作るのは不可能だよ。お前にも、どんな鍛冶職人にも無理」
「え、じゃあ誰が……」
「さぁ、知らない」
「し、知らないんですか?」
「じゃあアンタ知ってんの?」
「いえ……」
「何て言う奴が作ってるかは知ってるけど、どんな奴かは見知りもしない」
「な、なんて言うんですか?」
「……職人」
「職人?」
「こいつらはそう言う。……と言っても、俺の宝器はまだ喋らないけど」
そこへ禊が太刀斬鋏を持ってきた。白銀姫が石を柔らかく光らせ、
「おぉ、知らない顔ですね! 誰かの子供ですか?」
「ウチの家政夫だよ」
「なるほど! の割りに、何もできなさそうですね。何ですか、この筋力? 弱そうですね~」
アキラは驚くのと同時に、白銀姫の言葉が胸に刺さる。
「しゃ、喋った……」
「宝器には聖霊と言うものが宿るんです! 矛盾の側に仕えるなら、このくらい知ってて当然かと思うのですが」
「す、すみません」
「私の宿る太刀斬鋏にはこの通り、聖霊が宿ってますが、嫌好殿にはまだのようですね。宝器のお名前は決まりましたか?」
「槍・刃麗」
「おぉー、シャープでシンプルでよろしいんじゃないでしょうか」
嫌好は少し頬を染めて刃麗を抱きしめた。
それぞれが奏の指示の元、宝器を動かして点検をして行く。
「ここは聖霊の体液が足りぬ」
尊の聖霊、厳慈道がため息交じりに呟いた。
「まぁ我慢してください。今や聖霊の体液の湧く所は数えるほどしか無いんですから。ここだって、昔は地下にあったんですよ。枯れてますけど」
「枯らした奴が何をぬかすか」
「おっしゃる通りです。次、要」
要の宝器がくねくねと揺れながらやって来る。聖霊である璨乃宮が嬉しそうな声を上げ、
「なにするの!? なにするの!? あそぶの!?」
「検査だよ。ほら、じっとしてて」
「ね、ごほうびはあるの!? おかしは!?」
「君は食事ができないだろう?」
「じゃーたいえき! 要様のたいえきでもいいよ」
「後で楔荘の方に連れて行ってあげるか」
要は小さくため息をついた。
要は宝器を構え、軽く振り回してみる。如意棒・六覚棍棒は遠心力に合わせて伸び縮みする。
「うん、まぁ問題無いでしょう」
奏は禊の側にやって来ると、目くばせをする。禊は頷いて宝器から手を離し、宝器は床から10㎝ほど浮いてアキラの横に佇む。アキラがそっと太刀斬鋏に触れると、ジュッと音がして指先に鋭い痛みが走った。
「熱っ!」
「あぁ、言い忘れてました。宝器は持ち主しか触れることができません。例外として、聖霊が一時契約で許した相手であれば、契約内で触れる事が可能ですが」
黒鉄彦が冷ややかに言いながら、美友の宝器を呼んだ。美友の宝器は鼎型で、静かに流れるように宙を浮いてやって来た。そして体を傾けると、アキラの手に冷水をかけた。
「まだ明確にはわかってませんが、美友殿の宝器は物質を生成する事です。空中の水分を集めて水を生成し、足を地中に触れさせて金属を集め、中に鉄鋼を入れれば錬成させることも出来ます」
「あ、ありがとうございます。そんなことも出来るんですね」
「宝器が作られたのは矛盾だけでなく、一番は聖女のためですからね。我々がこのような形をしているのは、全て聖女様のためなんです。聖女様が使うべく、聖女様にお仕えするべくこのような形なのです」
「と言っても、結構持ち主に合わせた形に毎度変わってるんだけどね。だからって過去にどんな形だったかなんて、よく知らないけど」
白銀姫はやれやれと言うように体を振った。
アキラが指先を見ていると、赤黒い柔らかく温かいものが指を包んだ。何かと思い顔を上げると、目の前に巨大な狼の顔があった。
「あ、旦那様! 今日は腕もですか?」
狼は喉の奥から唸り声を上げる。
「な、なん……!?」
「大丈夫、食わないよ。指、見てみ」
嫌好の言う通り指に視線を戻すと、指先の火傷の痕が綺麗に消えていた。
「禊の唾液には麻痺毒だけじゃなくて、消毒や治癒効果もあるから。怪我したときは舐めてもらうといいよ」
嫌好はそう言って狼の毛に触れる。アキラも一緒に触れてみる。一番外側の背中の方の毛は太くて硬いが、その下の毛は滑らかで頬ずりしたくなるほどだった。両手を伸ばして顎の下を撫でてやると、狼は嬉しそうに目を瞑って頭を下げた。
「角とか触ってみ」
嫌好が拳で軽く角を叩く。コンコン、と陶器を叩くような音がする。
「不思議ですね……」
「普通に狼と何も変わらないと思うけど」
「でも、狼に角は生えてませんよね」
「哺乳類に角はあるだろ?」
「鹿とか、そうですけど」
「俺だって、メインはウミウシだけど、軟体動物だから背中に殻があるよ」
「そうなんですか……」
すると狼は起き上がり、奏が何か指示すると、途端に体が灰の山に変化した。
「は、灰になりましたよ……!」
アキラが驚いて見上げていると、その中から灰を巻き上げて巨人が出てきた。天井に頭がぶつかり、巨人は急いで身をかがめる。
「はい、土下座してくださーい」
奏がそう言うと、巨人は手足を折って額を床につけた。
「い、いいんですかアレ」
「大丈夫、鼻の孔見るだけだから」
「鼻?」
巨人の額の上の方に穴があるのを見つける。
「クジラと同じ。狼の時は嗅覚としての役目もあるけど、巨人になると嗅覚は消える。その代わり水中で活動しやすくなるんだよ」
奏がカルテに書き込み、巨人の頭を軽く叩くと、巨人は頭を上げて周りを見回した。
「はい、検査は以上になります。あとは自由に過ごしていただいて構いませんが、宝器はケースに戻しておいてください」
奏はそう言ってさっさと実験室を出て行った。
巨人は目を凝らすようにアキラに顔を近づける。頭蓋骨をかぶったような巨大な顔が目の前に置かれる。大きな口からは太くて長い牙が艶めかしく光っていた。
「何でも大きいんですね……」
「尊はこれに食われた」
「食われた!?」
尊の方を見る。すると尊は笑いながらやって来て、
「そうだとも、蟹の手足をもがれて腹の甲殻をはがされて、最後は心臓をひと噛みされて大爆発。お互いに五臓六腑全部太平洋にぶち撒けたよ」
「わ、笑いごとなんですか?」
すると小町もやって来て、
「回収も大変だった。まったく、こいつはいつもやり方が荒い」
持っていた宝器の銅鏡で巨人の頭を軽く叩いた。
嫌好はそれを見て何かを思い出し、
「ねぇ、万博がそろそろだったよね。アメリカから声がかかってたと思うんだけど」
「そうだったな、今年はどこだっけ?」
「アメリカだって」
「そう言えばそうでしたね」
「なぁ、オリンピックの話も来てたよな」
「出場できるんですか?」
小町は首を横に振り、
「よく考えろ、矛盾の基礎運動能力は人離れしてるんだぞ」
「そうでしたね……」
「だから出場できない代わりに、応援国として開会式に出ないかって声をかけられていたんだ」
「毎度豪勢ですもんね」
「一応考えたんだが、色々コストとかスケジュールとか、他の奴らのやる気から、話は断った」
「勿体ない……」
「そこまで大掛かりなものとなると、アイツらは途端に意欲を無くす。まぁ、まだ国としてまともに成り立ってもいないんだ、余り出しゃばったことはするもんじゃない」
「それじゃ、万博も無し?」
「いや、それは参加する。国として催しするのに一番最適だからな」
「建物の建設はどうなってるんですか?」
「半分は完成している。そこまで大掛かりなものではないからな。建物は円柱型で、高さが15mほど。展示物は宝器やアークィヴンシャラの制服のレプリカ、矛盾から産出された宝石やアークィヴンシャラ産の鉱石など、楔荘やUPOの資料なんかも展示する予定だ」
「ねぇ、矛盾のビーストモードも展示しちゃダメ?」
「それは……どうだろうか。矛盾そのものとなると、警備の数が必要になるし、申請も必要だ」
するとアキラは手を叩き、
「立体映像はどうですか? 申請する必要もありませんし、建物に重なっても問題無いかと」
「そうか、その手があったな。こんな巨人展示スペースに置いたら、転んだ時に大惨事になりかねんが、映像ならそういった障害も問題ない」
小町はすぐさま奏の元に走って行った。
「となると、その立体映像をするスペースが必要だな。あんまり確保できないんじゃないのか?」
「一応、建物を小さくしてあるからスペースはかなり余ってるらしい」
「じゃあ大丈夫か」
アキラは巨人を見上げる。巨人は目を見つめ返すと、小さく返事をするように声を出した。
「ヴァゥ……」




