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第四十五話 本当の声

 ロータスチェストの練習部屋に、アーミューズが集められていた。美友が一同を見下ろし、

「クリスマスの歌謡祭生放送で、ドラマのエンディング曲を歌う事になったから、生放送用にダンスを見直そうと思うの。まず一つ目がそれね。二つ目」

 指を二本立てる。

「クリスマスだから、新曲を出そうと思うの。歌謡祭での発表がテレビ初公開になる。楽曲は出来てる」

 そこへ李冴が手を上げた。

「せんせー、それはどういう曲ですか?」

「失恋の曲です。ちょっと悲しい雰囲気の曲なんだけど、前向きに行こうとする内容。でも、これには裏の意味もあって……」

 美友は小さく息を吐くと、

「死者へ贈る歌でもあるの。失恋だけではなく、大事な人が死んだ気持ちを歌ってる。どっちにもとれるの。だから、禊さんと宵彦さんに歌ってもらいたいんだけど……できますか?」

 美友はそっと禊を見た。

 禊は険しい顔をしてうつむく。考えないようにしていても、あの言葉が、文字が頭の中を流れてしまう。

『全部お前のせいだ』

 禊は深くため息をついて、

「やるよ。美友が選ぶならそれに従う」

 宵彦は急いで肩に手を置き、

「無理、しなくていいんですよ。いくらお仕事と言えど、貴方には……」

「無理はしてないよ。やった方がいいんだと思う」

 美友は憐れむ顔を見せ、

「わかりました。でも、無理はしないでくださいね。一応、保険として工に練習させておきますから……」

「うん、ありがとう」

 一通り流れを確認し、この日は早めに仕事を終わらせた。

 禊は重い体を椅子の上に落とす。アークィヴンシャラのHPに来た匿名メッセージは最初に七穂と七富が目を通し、矛盾らに見せて大丈夫そうなものは削除せず残し、判断できないものは禊が目を通して決める事になっていた。

 この日も禊に回ってきたメッセージに目を通す。パソコン画面の件数の数字を見て、今日は今までより寒い思いをしなければならないのかと、深いため息をついた。

 何件かはよく読めばただの質問だったりテンションの上がり過ぎたファンだったりするだけだが、ほとんどが中傷的なものばかりだった。

「またやってんのか」

 後ろから声がして、手元にココアの入ったマグカップが置かれる。

「飲めよ、少しは温まるぜ」

 尊が笑って肩を叩いた。

「あぁ、ありがとう」

「それ、もうやめたら?」

「うん、でもなるべく多くの声を聞かないと……」

「無理に我慢する必要あるのか? 我慢したら報酬でももらえんのかよ」

「報酬……あるのかもな。いろんな声って言う報酬」

「声聞いて何になるんだよ」

「アークィヴンシャラがどう見られているか、とか」

「どう見られてったっていいじゃねぇか。第一、この国は作られざるを得なかった国だろ? 俺らは地球に存在してはいけない。だからって切り離すわけにはいかないから首輪をつけなければいけない。だから国になったんじゃねぇか」

「あとほら、鍛えるためにもさ」

「何を鍛えるんだよ」

「え、耐性……?」

「鍛えて何になるんだよ。禊、お前何か勘違いしてないか?」

 禊はうつろな目でパソコンを見た。

「どうしろって言うんだろうな……そうすれば正解なんだ? どこに向かえばいいんだ……わからない、わからないよ」

 膝を抱えて顔を伏せる。

「死なない。あぁそうだ、俺らは終わらない。だからって、どうにか存在さえできていれば正解なのか? 認められなければならない……?」

「おい、禊」

「わかんねぇよ! 生きてきただけで罪に問われるって言うなら……じゃあ死なせろよ……すぐ代替えするくせに、ずっと同じことばっかり言いやがって……!」

「お前、何に苦しんでんだよ!」

 尊が肩に触れると、禊は尊の胸ぐらをつかみ、

「寒い……寒いよ……! 骨が痛い、凍って痛いんだよ! 見えない何かがずっと首を掴んで、生きる事も死ぬことも否定して、存在すらも否定して……」

 足元に座り込み、頭を抱えた。

「やって来た事、全部罪なのか……俺が誰かを思ってやったことは、全部迷惑でしかないのか……彼女が犠牲になったのも、全部……」

 尊の脳裏に蘇る、白い体が散って世界に舞い振ったあの光景。首を横に振りながら禊を抱きしめた。

「聖女だけは絶対無駄じゃない。無駄などというなら、人類を消した方がマシだ……! 俺が消すから、お前はただみんなを守ってやってくれ。俺が示すから、尊厳を司る矛盾として導くから、お前はただ傍にいるだけでいい……」

 尊の目が光った。


 友人があぐりに話しかける。

「ねぇ、最近アークィヴンシャラの匿名システム、すごい荒れてない?」

「えー、どんな?」

「送られてきたメッセージとそれへの返答がこうやって公開されているんだけどさ、最近酷いんだよね。私、一回このシステムがどうなっているのか匿名で聞いたんだけど、一応運営が過度の誹謗中傷は削除しているんだって。それでもこれは……酷いよね」

「『戦死した奴に失礼だから一緒に土に入ってろ』……コイツバカじゃないの?」

「海外からのメッセージもちゃんと表示されるんだけど、どうにも日本語のメッセージの方がそう言うの多いんだよね」

「昔、UPOが鎮めた紛争のおかげで助かったっていう小国から、ブロンズ像贈られてたらしいよ。そう言うのがあるから海外からは好意的?」

「まず、匿名になると国柄が露骨に出るよね。日本人陰湿だから、匿名になると言いたい放題言うよね」

「あー、傾向としてはあるよね」

「私のSNSのタイムラインも、ちょっとHP荒れてないかって話題になり始めてる。アークィヴンシャラのファンの人が多くてさ、詳しい人結構いるよ」

「へー、意外」

「励ましのメッセージ送ろ」

 友人は鼻歌を歌いながら文字を打ち込む。


 走り回るクリスマスイブを終え、クリスマス当日。

 アーミューズたちは楽屋で準備していた。

「曲が終わったら俺らが衣装脱がして退散するから、そしたら禊と宵彦の出番な」

 尊がシナリオを確認しながら話す。

 工は忍とダンスの確認をしていた。

「ここの歌い出しさ、俺と逆の方がいいと思うんだよね」

「工が後ろから入るやつ?」

 そこへ七穂がやって来て、

「皆さん、スタジオ裏を映すとのことなので、廊下に出てもらえますか?」

「えっまだズボン履いてない!」

「バカ早くしろ嫌好!」

 禊が急いでズボンを引き上げてベルトを強く引っ張る。

「痛い痛い、内臓潰れてる!」

 スタジオ裏を担当するお笑い芸人のサウスタウンがマイクを持ってカメラに写っていた。

「ただいまスタジオ裏に来ています! 見てください、アイドルがいっぱいです!」

 それぞれアイドルグループたちが自分の曲を告知していく。アーミューズの前にカメラがやって来る。工と美友が前に出て宣伝しようとするが、同時に言ってしまい何と言っているかわからなかった。

「アーミューズおちつけ!」

 松崎がなだめる。

「ちょっと、工邪魔!」

「いってぇ! 足踏むなよ!」

「アンタが前に出るからでしょ!」

「これ俺が担当だろ!?」

「はぁ!? センターの私!」

「俺!」

「あ、アーミューズでした~! ハイ次!」

 松崎とカメラは横に流れていく。美友はカメラを見送ると、キッと工を睨んだ。

「バカ! 折角の見せ場なのに!」

「お前が出しゃばるからだろ」

「元々私の担当でしょ!?」

「は? 俺って言われたんだけど」

「誰に言われたのよ」

「嫌好」

「私も」

 二人で嫌好を見る。

「センターって事しか覚えてなかった」

「嫌好!!!!」

 二人で怒鳴った。

 スタッフから声がかかり、アーミューズは舞台袖で待機する。

 宵彦はため息をつく禊を見て、

「本当に嫌われていたら、番組に呼んでいただけませんって。大丈夫、ファンもいるんですから」

「ありがとう。大丈夫、仕事をこなすのは慣れてるから」

 宵彦は憐れむように禊を見つめ、

「フランが死んだのは、貴方のせいじゃありませんよ。アーサーも、UPO支部長の彼らも、貴方を恨んだりしません。恨む理由がどこにあるんですか!」

「でも、それは宵彦の予測だろ?」

 宵彦は口を結んでしまった。

「当の本人がどう思ってるかなんて、お前にわかるわけ無いだろ。俺だってわからないんだから」

「そんな、禊さん……」

「わからない。わからないんだよ……賞賛も応援の声も、お世辞で口先の言葉かもしれない。腹の底では何て思ってるか……」

 工が肩を叩き、禊は顔を上げる。そしてアーミューズがステージに上がる。

 薄暗いステージにキレのある重低音が流れる。レーザー光が走り、ゆっくりとダンスが始まっていく。宵彦が歌いだし、禊にまわる。そして最初の間奏に入り、観覧席から歓声が上がる。だが禊の冷めきった心には、その歓声も演出にしか見えなくなっていた。

 曲が終わり、尊と要が宵彦と禊の衣装を脱がしてステージ袖に降りる。現代風の冬服に身を包んだ二人がマイクを持ってステージに佇んでいた。ピアノの音が流れ始め、フォークギターがリズムを刻む。

 観覧席の客は息をのんだ。

「これ、失恋の曲って聞いたんだけど……」

「宣伝文句も失恋って」

「でも、何であんな悲壮な顔をするの……?」

 歌う禊の顔を見て、誰もが違和感を覚えた。客の一人が気づき、

「ねぇ、これもしかして、ただの失恋じゃなくて、誰かが亡くなったって言う……そういう意味?」

「どういうこと?」

「もしかして、HPの匿名メッセージ……禊さん気にしてたのかな」

「確かに、ここ最近酷い荒れ方してたね」

「禊さん強い人だけど、本当は傷ついてたんじゃないの?」

「ねぇ、呼びかけようよ。いくら匿名って言ったって酷すぎるよ」

「運営も何でこれを許し続けてたの?」

 曲の終盤、禊の声がわずかに震えている事に宵彦が気づいた。カバーするためにハミングを大きめにしてみたりするも、禊はそれ以上に声を大きくし始める。急いでエスパーを送り、

『落ち着け。和音が乱れ始めている』

 それでも禊は眉を強くひそめ、汗を流して震える声で歌い続けた。左手を胸に当て、爪を立てる。

 ダンスのフリでお互いに見合う。宵彦は禊の顔を見て目を見張った。そしてそっと視線を外して目を伏せた。

 曲が終わり、2人は背中を合わせる。禊はうつむいて深くため息をついた。観覧席から一向に歓声が上がらなかった。やはりな、と思って顔を上げた時だった。

『パパ!』

 子供の声が聞こえた。思わず声のした方を見るが、子供らしい姿は見当たらなかった。それもそうだ、観覧席に子供は入れない。すぐに頭を下げてステージから降りないと、そう考えるも、体が動かなかった。視線を外せなかった。

 観覧席に見覚えのある姿がいくつも見えた。いや、正確には頭の中に懐かしい笑顔が見えた。大きくなった顔も、安らかに眠る顔すらも見れなかった。

 宵彦が観覧席の方を振り返り、禊を見た時、目を見張った。そして手を伸ばし、そっと肩を抱きしめた。

 禊は必死に唇を噛んで頭を下げた。そして顔を上げ、観覧席を見回した。堪えようとしたが、心の底から湧き上がるように涙が止まらなかった。大粒の涙がボロボロと零れる。

 観覧席から歓声が沸き始めた。

 それを見ていた嫌好がステージの袖から飛び込んできた。禊に抱き着き、頭を撫でて強く抱きしめた。すると次々と尊、忍、工、奏と飛び出して来た。全員で禊を強く抱きしめる。

「何で……ダメだろ、お前ら……!」

「んなことどうでもいいんだよ!」

 尊は指で涙を拭ってやった。

 全員でもう一度強く抱きしめ合うと、観覧席から今日一番大きな歓声が沸き起こった。

 宵彦は周りを見て、もう一度丁寧にお辞儀をすると、禊たちをステージの袖の方に誘導した。

 楽屋に戻ると、七富が急いで頭を下げた。

「俺の判断ミスでした!」

 禊らは目を丸くして見下ろす。

「匿名システムを使うのが流行でしたので、他の利用者のようにポジティブなメッセージが多く来ると考えてました……甘く見てました」

 禊は鼻をすすりながら手を伸ばす。七富が肩をすぼめてビクビクしていると、頭の上に温かい感覚を覚えた。驚いて顔を上げると、禊が鼻をすすり、

「謝らないでくれ。まぁ何だかんだ、新しいものが見れたよ」

「本当にすいません!」

 禊はそっと微笑んで見せた。


 その後、匿名システムは解除する事となった。

「大惨事だったぜ。やっぱり人間、素性と顔が隠れるとすぐ調子乗るよな」

 尊がアークィヴンシャラのHPを見ながら言った。

「特に日本人は陰湿だから、そう言うので一番調子に乗る」

 レオは首を横に振った。

「でもこれで、ファンの声とか聞けなくなっちゃうのかなぁ」

 李冴が少し寂しそうに言うと、

「そんな事はありませんよ」

 七穂が大きな段ボールを担いでやって来た。中を覗くと、何百通もの手紙が乱雑に入っていた。

「これ何!?」

「クリスマスの生放送以後に送られてきたお手紙です。今まで一日に数通だったんですけど、この2日間でこれだけ来まして。私たちも一応、安全確認のために目を通させていただきましたが、どれも素敵な言葉ばかりですよ」

 李冴が手紙に手を伸ばすと、工や美友も手を伸ばした。

 七穂は禊の前に立ち、

「ごめんなさい、まさかあそこまで追い詰めていたとは知らず……本当にごめんなさい」

「いや、いいよ。俺も考えすぎていた所があったし」

「そうだよ、お前は考えすぎなんだよ」

 レオがそう言うと、アーサーの拳骨が脳天に落ちてきた。

 七穂は禊の手を取り、

「今度からはすぐ言ってください。皆さんの心を支えるのも、私の仕事ですから」

「ありがとう」

「矛盾はストレスに弱く、感情の起伏がやや激しい。感情のせいで能力を暴走させてしまう可能性もあるんだ、気をつけろよ。お前はもう何度それをしてきたか」

 小町は呆れた様子でため息をついた。奏がタブレットをいじりながら、

「でも、これで色々と分かったんですから、良しとしましょうよ。大丈夫、法的にアウトなメッセージを送りつけた奴は特定済みです。搾り取れるもの搾り取りましたから、安心してください。勿論、国家に何の影響もございません」

 禊は疑いの目を向けた。

 尊が何か思い出し、手を叩き、

「そういえば、冠番組の方、そろそろ禊の出番だよな。やりたいことは決まったのか?」

「そうだったな。やりたい事ねぇ……」

 禊はしばらく考え、

「墓参り、かな。アランやオースティンの墓参りに行きたい。勿論、アーサーの妹のも」

 アーサーに目を向けると、アーサーもそっと頷いた。

「ワシも行くよ。もうずっと会ってなかったから」

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