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第四十四話 イブのプレゼント

 クリスマスイブなため、それ限定の撮影や生放送、さらにクリスマス時の歌謡祭リハーサルもあり、アイドル組はせわしなく撮影スタジオを往復していた。

 七穂や七富に頼んで調整してもらい、この日は8時までに仕事が終わるようにしてもらった。

「お疲れ様でしたー」

「お疲れさまでした!!!!」

「お先失礼しますっ」

 禊と宵彦が廊下をダッシュで帰っていくのを見て、スタッフは目を丸くさせた。

「デ、デートの約束でもあるんでしょうか……?」

「ちょっと、あれでもアイドルなんだよ!?」

「いや、本来はタレントで、企画でアイドルやってるだけなんじゃないんですか?」

「あれ?」

 するとその後から尊や嫌好などのチームMが走ってきた。

「お疲れっす!」

「お疲れ様です!」

「急げ、帰って準備すっぞ!」

「あ、お疲れ様で~す。兄さん足元気を付けて!」

「っす」

 目の前を走って行くのを見て、スタッフは何を急いでいるのか理解して微笑ましい目を向けた。

 禊らは近くのスーパーマーケットに駆け込む。そして肉コーナーを血眼で探し回る。すると嫌好が顔を上げ、

「あった!」

「よし!」

 味付けされてある程度火も通った鶏ももの骨付き肉が真空パックに包まれて並べられていた。それらを急いで籠に入れる。

「ちゃんと人数分あるか?」

 忍が急いで数える。

「なあ、あれも必要だよな」

 尊が声をかけると、

「ちょっと、どこまで数えたかわかんなくなっちゃったじゃん!」

「17」

 要がそう言い、忍はまた数え始める。

「シャンパンとかどうすんだ」

 尊が禊に言うと、

「いる、いる。5本くらい」

「ワインとかは?」

 嫌好が嬉しそうに酒コーナーを指さす。

「あー好きなの一本選んで来い」

「人数分あります!」

「そうか! よかった」

 置かれていた骨付き肉は丁度買い占めた。

「後は?」

「えー、パン粉、小麦粉……あ、ホワイトマッシュルーム。あと生クリームだろ……」

「パスタ麺って家にありました?」

 宵彦が持って来て訪ねると、禊は急いで籠に入れるよう合図した。

「人数多いからな。あと野菜、ズッキーニとかこの時期あんの?」

「あった!」

 工が数本投げ渡す。

 一通り買い物を終え、一同は急いでスーパーを出る。

「ねぇ、女子らはまだ帰ってないの?」

 嫌好が訪ねると、

「先に帰ってケーキ作ってる」

 急いで目の前で止まってるバスに乗り込む。一番後ろから尊が走って来る。

「早く!」

 禊が手招きするが、バスまであと少しというところで転び、袋が破けて野菜が散らばった。

「うわー! バカー!」

 忍が思わず叫んだ。

「バカって言うな! アホ!」

 尊は急いで拾ってビニールに入れるが、もちろん破けた袋はどんどん野菜を落として行く。禊はため息をついて頭をかき回すと、バスから降りて、

「先行っててくれ! 次か……タクシー使うから!」

 そう言って手を振ると、バスは扉を閉めて発進した。

 忍は窓を開けて顔を出すと、

「バカー! 尊さんのバカ!」

「忍、危ないって」

 工が急いで中に入れる。

「兄さん格好悪い」

 要がそう言うように口をパクパクと動かして見せ、手を叩いて笑って指をさして来た。

「うるせぇターキー! バカバーカ!」

 尊はそう言って何もない空中を蹴り上げた。

 スーパーに戻って新しいビニールを貰い、またスーパーを出た。近くのバス停の時刻表にスマホのライトを当てる。

「次は……は!? 9じ!?」

 尊はバス停を掴んでゆする。禊は髪をかき乱しながらスマホで近くのバスを調べる。

「おい、駅の方に30分後に出るバスがあるぞ」

「駅か! 近い、ちょっと走るか」

「いや、また転ぶぞ。30分はある、歩いても10分で着く」

 二人は買い物袋を両手に持って駅に向かって歩いた。駅前はイルミネーションが煌びやかに星よりも輝いて、その周りにカップルが散らばっていた。

 二人はベンチに座ってバスを待つ。冷たいベンチがじわじわと体温を奪っていく。

「ひえー、ケツが冷てぇ」

 尊はお尻をさすりながら立ち上がる。禊は近くのコンビニに気付き、

「ちょっと見てて」

 コンビニに駆け込んだ。そして数分もせず戻ってきた。

「はい、温まるぞ」

 差し出されたものを受け取る。

「あちっ、熱っ!」

「熱かねぇよ、入れ物だけだ」

 袖を引き延ばして袖越しに持ち、イルミネーションの明かりに照らす。

「あ、甘酒?」

「こういう時は無性に飲みたくなるんだよ。ほら、クリスマスのイルミネーションに囲まれるカップルたちと、それを曲がった心で眺める独り身の自分、それを肴に甘酒飲むのが美味いんだよ」

「不味そう……」

「あぁ不味いよ」

 禊はズルズルッと音を立てて甘酒を飲み、ほうっと白い息を吐いた。目の前をカップルがキャッキャとはしゃぎながら通り過ぎる。

「見ろよ、あのスカートの短さ。寒くないのかね?」

「はー、良い太ももしてんじゃん。すべすべしてそう」

「え、もっちりだろ」

「いやすべすべ」

 禊はわかってないな、というように鼻で笑って首を横に振った。そして甘酒を一気に飲み干し、缶を近くの空き缶入れに放り投げ、

「あーくそ、おのれアベック!」

 手足を放り出してのけ反った。

「うわ懐かしっ」

 尊はけらけらと笑いながら甘酒に口をつける。

「ニーア思い出したら全てがどーでも良くなってきた」

「お前酔ってんじゃねぇの? 甘酒って1%だよな?」

「さーね! クリスマスに酔ったのか、イルミネーションに酔ったのか、また別の何かか」

 また二人の前をカップルが通り過ぎていく。

「くっそぉ、隣に誰もいないとかくっそ腹立つ」

 禊は鼻をすすり、ポケットの中を漁る。

「俺は全然、隣にいるし」

「あ? 隣?」

 ティッシュで垂れる鼻水を拭う。

「えっあ、みんながさ」

「なんだよ、急に」

 尊は苦笑いをしながら買い物袋を持って立ち上がると、

「ちょっとイルミネーション見に行こうぜ」

「ちょっとだけな」

 二人でイルミネーションに近づく。どこもカップルが楽しそうに写真を撮っていた。

「ナントカ映えってやつ?」

「蠅? 虫?」

「いや、違うから」

 一際大きなイルミネーションの前に来る。尊はそれを見上げ、

「なんか、全然変わったな。こんなに綺麗だったか?」

 尊につられて禊も見上げた。ハート型の小さな電飾がいくつも集まって一本の木のようになっていた。

「認めたくないが……まぁ、綺麗だな」

 禊はスマホで写真を撮る。そしてスマホをしまってまた見上げた。ふと、空いてる右手に何かが当たり、手を見下ろした。

「ん、手がどうした?」

「え!? いや、あー、冷えてねぇかなって、思って……」

 尊は急いで手を背後に隠した。

「手袋つけてるから寒かねぇよ」

「あ、あぁ! いい手袋だな」

「言葉が作ってくれたんだ」

「へー」

 禊は何か思いつき、右手の手袋を尊に渡し、

「それつけて。んで買い物持って」

 尊は指示通りに持ち替える。すると禊は尊の冷えた左手を掴み、右のポケットに突っ込んだ。

「これならあったかいだろ?」

 尊は驚いて禊の顔と手元を三度見て、

「お、おう! そうだな! ハハ……」

 禊の指が指の間に入り込んできて、しっかりと手を組まれる。すこしガサガサした肌触りが妙にくすぐったかった。

「これ、明日もやってっかな。他の奴にも見せたいね」

 禊は展示情報について張り紙が無いか探す様子で辺りを見回した。

「そうだな……」

 尊は顔を向けられず、じっと足元をきょろきょろ見ていた。

 禊は小さくため息をつき、

「ニーアが見たら、きっと大はしゃぎするんだろうなぁ。飛び跳ねて、抱きついて、手を引っ張って……」

 尊は顔を上げると、じっと禊を真面目な顔で見つめ、

「俺も、はしゃいで飛び跳ねて、抱きついて手を引けば、いいか……?」

「は? 何でだよ。お前じゃ意味ないだろ」

 禊が笑いながら顔を向けた。だが尊の真面目な表情を見て、そっと微笑んで鼻で笑うと、

「……気にしなくていいよ、ニーアが居ないからってそこまでつらいわけじゃない」

 尊も同じように優しく微笑み、

「そうか、お前は強いな」

 ポケットの中、指先で禊の手の甲を撫でた。禊は怪訝そうな顔で、

「どうしたお前、今日おかしいぞ?」

「あー? いつも通りじゃね?」

 二人は笑いながらイルミネーションに目を向けた。熱い尊の指先が禊の手を揉み、スリスリと撫でてくるのにくすぐったさを覚え、禊は少し首をかしげて、

(腰がムズムズする……変なの)

 買い物を持った手で腰を軽く抑えた。

 電飾が施された時計に目をやる。すると禊は目と口を大きく開け、

「バス! もう来る!」

「何!?」

 二人は急いでバスに向かって走って行った。



 一日早いクリスマスパーティーが開催される。

「もー、帰って来るの遅すぎるわぁ」

 アーサーが肉をがっつきながら言った。

「これでも急いで切り上げたんだぞ、文句言うな」

「ワシ、早朝から仕事やったんやで?」

「ハイハイ、ならたぁんとお食べ」

 言葉がアーサーの取り皿に料理を盛っていく。

「このスープ作ったの誰だ?」

 工が繋がったままの輪切りのズッキーニをスープから引き上げた。

「あ、僕です……」

 アキラがそっと手を上げた。

「いくつか繋がったままのが多いな」

 禊が笑いながらつながったいちょう切りのニンジンを見せる。

「すいません……」

「あと普通ここは輪切りじゃねぇよオッサン。似たようなもんでもきゅうりじゃねぇんだから」

 工はアキラの背中を叩いて笑った。

「すみません……」

「自由に切っていいわよって言ったんだけど、そうね、ちゃんと教えてあげるべきだったわね」

「すみません……」

 アキラは身を縮めていく。

「相変わらず辛気臭いなぁオッサン! これだから日本人は」

 レオは中指を立てた。

「あっこら、それやめろって言っただろ」

 尊が急いで指を畳ませる。

「いえ、別に大丈夫です。ある中指ばっかり立てるアニメが学生時代にはやってたものですから、それくらい日本人にとっては大して意味のないサインです」

「なんだよ、鈍感な民族め」

 レオは鼻を膨らませてハンバーグにかじりついた。

「ところで、クリスマスパーティーって聞いたから、もっとアメリカンなものを想像していたんですけど、いつもの食事と変わらないんですね」

 アキラが見回しながら言うと、

「アメリカンなのって、銃ぶっ放してヒャッハーする?」

 嫌好が言った。

「え、そうなんですか?」

「外で車暴走させたり?」

「えっそうなんですか?」

「隣の家の壁に皿投げつけたり?」

「えっそうなんですか?」

「んなわけあるかよバカ! アメリカ人なんだと思ってんだよ!」

 レオが机を叩くと、

「イベントになると狂喜乱舞する民族」

 嫌好は手を叩いた。

「大体合ってる!」

 レオは悔しそうにフォークを握りしめると、

「日本だとクリスマスは恋人と過ごすものだと思い込んでいるが、アメリカでそれやったら家族中からリンチを加えられるぞ」

「ほらやっぱり野蛮」

「野蛮じゃねぇ! それは一部! クリスマスは家族で過ごす家族イベントだから、ホームパーティーが普通。まあそこに恋人を呼んでもいいけど、家族ごとにルールが異なるから気をつけろよ。あと、プレゼントとメッセージカードは必須」

「へー、そうだったんだ」

 禊が感心した様子で答えると、

「お前子供にアメリカ人いたろ! 今まで何してきたんだよ!」

 レオは指さして怒鳴った。

「今日はツッコミの仕事しなくて済みそう」

 忍は安心した顔でそう言い、骨付き肉にかぶりついた。

 食事が終わり、一日早いがプレゼントを開封する儀を始める事となった。七穂と七富でプレゼントを一つ一つ見て、書かれている宛名を呼んだ。

 李冴がリボンを外して箱を開ける。

「見て、お菓子の詰め合わせ! え、アメリカのお菓子だ! これ私が大好きなヤツ!」

 李冴は嬉しそうにリコリスキャンディーの袋を掲げた。

「喜んでもらえて何よりだぜ」

 工がウインクを飛ばした。

 美友のプレゼントにはピアスとネックレスのワンセットが入っていた。美友のマークであるひし形ダイヤを模ったデザインになっていた。

「だぁれ、こんなにセンスの良い贈り物を選んでくれたのは……」

 美友はうっとりした表情でアクセサリーを眺めた。すると視界の先で要と目が合い、微笑みかけてきた。

「へ、へー。まあ休日の出かける時くらいならつけてやってもいいかもね」

 李冴は目を逸らしてそう言った。

 小町が箱を開けると、万年筆が入っていた。

「へぇ、ずいぶん良いメーカーのものじゃないか」

「さすが、お前ならわかってくれると思ったよ」

 禊が肩口に声をかけると、小町はすぐに首に抱き着いた。

「うわ、重い」

「デブって言うな~」

「言ってねぇよ」

「私の事好き?」

「また始まったよ……ハイハイ、明日構ってやるからね、酔っ払い」

 ココロが箱を開けると、中にはタオルセットが入っていた。尊がニヤニヤしながらやって来て、

「どうだ、悪くないだろ?」

 ココロはタオルにそっと触れて、

「ありがと……」

 タオルに顔をうずめた。尊が頭をなでてやると、耳が赤くなっていくのが分かった。

 百足の箱には硯と筆と墨のセットが入っていた。

「こう言う事を予想して、あらかじめ注文しておきました。書き心地が良いと評判の筆です」

「現代はこのような贈り方をするのか。不思議で素敵じゃのう」

 マーサの箱は手のひらほど小さかった。

「指輪かな!?」

「マーサ指輪!?」

 女の子たちがわらわらと集まって来る。小さい青い箱を開けると、中には良く磨かれた貝を使ったブローチが入っていた。アーサーがそっと側にしゃがみこみ、

「海に行って毎度拾って来るから、それを使うて作ったんや。ほら、これとか魚の鱗やで。ほんでな、甲光にかざすと……」

 ブローチを天井の飾りにかざすと、鱗が虹色に輝いて見せた。

「すごーい!」

「マーサいいな」

「綺麗~」

 口々に周りから感想が飛んでくる。マーサはうっとりした表情でブローチを見つめ、

「ありがとう、優しい漁師さん。とっても素敵ね」

「こちらこそ。作ってて楽しかったで」

 マーサとアーサーは笑いあった。

 悠香の箱には、メンダコを模ったマグカップと、タコの大和絵風Tシャツ、ウミウシの手のひらサイズのぬいぐるみ、たこ足ボールペン、アサリやシジミやハマグリなどの二枚貝ストラップなど、軟体動物グッズが入る限り詰め込まれていた。悠香は最初青い顔をしていたが、それらを見ているうちに顔が明るくなり、嫌好の方を満面の笑みで見た。嫌好は親指を立てて、

「布教成功」

 と決め顔で言った。

 言葉の箱にはドレス用の花の付いたカチューシャと万年筆を模ったブレスレットが入っていた。

「忍ですね!」

「どうしてわかったんですか!?」

「第〇話あたりで私のカチューシャを直してくれましたもの」

「え、ゼロワ? 何の話?」

「女の勘です」

 美紗がラッピングをビリビリに破いて、箱を開けようとして噛みついていると、

「お、俺が開けてやるから! もうちょっと大事に扱えよ……」

 丁寧に箱を開けると、中に動物のぬいぐるみが入っていた。ライオン、ゾウ、シマウマ、フラミンゴ、カバなど、可愛らしい顔の動物たちだった。美紗はそれを両手に抱え、レオに抱き着いた。

「しゅき!」

「べ、別に、俺の趣味とかじゃないからな。お前だったらこういうの好きだろうなって思って!」

 レオは美紗から急いで離れた。

 真尋が箱を開けると、江戸切子のグラスが入っていた。真尋の目のように深い赤のグラスに、真尋はそっと笑みを浮かべた。アキラは遠くからそれを見て、腕の中に顔を隠して耳を赤くさせた。

 優がわくわくした様子で箱を開ける。が、すぐに顔から表情が消えた。

「優はどんなだったの?」

 李冴は覗き込み、思わず口を押えた。

「……工具……」

「物を作って修理する楽しさを知ってもらいたいんす! それがあればDIYもすぐできるっすよ!」

 優はしばらく頭の中に宇宙を広げていたが、急に笑い出し、

「そうだね、丁度DIYやりたいと思ってたんだ。機会をくれてありがとう、榊くん」

 榊は嬉しそうに頭をかいた。

「機械と機会をかけたな……なかなか良い洒落ではないか」

 百足が嬉しそうに目を細めた。

 あぐりは箱を少し揺すってみる。ややカラカラと音がしていた。そして丁寧にラッピングを剥がして畳み、箱もへこませないように丁寧に開けた。中にはさらに細長い小さめの箱が入っていた。それも同じように開けると、ペンダントがきらりと輝いていた。

「綺麗……」

 目を奪われてそっと手に取り持ち上げる。そこへ真尋がやって来て、

「つけてあげるよ」

 ペンダントを取り、後ろから手を回してつけてやった。

「お守り。お母さんはずっと側にいるから」

 あぐりは嬉しそうに頷いた。だがその言葉の本当の意味を理解し、急に泣きそうな顔をすると、真尋に抱き着いた。

「ずっと、ずっと一緒だからね」

「うん、一緒」

 真尋は優しく背中を撫でた。

 今度は男子チーム。工の箱には手製らしき和紙の本が一冊入っていた。

「それは妾の歌集じゃ。今まで書いた歌を激選してまとめてある。茶でも飲みながら楽しんでおくれ」

「あ、あぁ、ありがとう」

 要の箱は手のひらほどの小さい箱だった。中には月と羽のピアスが入っていた。

「裏側の留め具の方にアメジストが埋め込んであるんだよ」

 優が得意げに話すと、要は早速耳に着けて見せた。

「どうかな?」

「うん、良く似合うよ」

「ありがとー」

 禊のは箱ではなく紙袋だった。中には着ぐるみパジャマと、クラゲの形をしたひざ掛けが入っていた。

「禊さん是非! 是非これを着てお戯……ではなくお休みになってください!」

 李冴が鼻息を荒くさせて足元に這い寄ってきた。

「あ、あぁ、わかった。大事に使わせてもらうよ……」

 尊は箱を持ち上げると得意げな顔をし、

「俺様に贈る奴は十分趣味を理解している奴に違いない」

 と言いながら箱を開け、中に入っているものを見て固まった。要が覗き込み、笑い出した。

「兄さん、優と同じだ」

 箱の中には工具セットとスクリュードライバーが入っていた。

「お前はよく日曜大工をするからな、それで色々作ってくれ」

 小町はぶっきらぼうそう言うと、背中を向けて酒をぐいと飲みこんだ。

 ハッシュの箱には絵本とクレヨンで描いた絵が入っていた。美紗が膝元にやって来て絵本を手に取ると、

「ん! あ、しゅき!」

「お気に入りの本だから、ボクに勧めてくれるんですね。ありがとうございます」

 美紗は嬉しそうに笑顔を見せた。

 嫌好の箱は少し小さく、中にはアナログの腕時計が入っていた。

「それで少しは時間を見るようになるでしょう。ちゃんと時間を守ってくださいね」

 言葉がそう言って腕につけてやると、

「それができたら今まで腕時計つけてたよ」

「まぁ、すぐそう言う事言う! これを機に心を入れ替えなさいって事、よろしくて?」

 嫌好は口をとがらせて目を逸らしたが、小さい声で「ありがと」と呟いた。

 忍の箱には蛙の絵がプリントされたTシャツと、黄色いミサンガが入っていた。忍がTシャツを広げて眺めていると、悠香がもじもじしながらやって来て、

「シャツ、大きかったら言って。買い換えてくるから……」

 すると忍は急に上の服を脱ぎ始めた。

「忍くん!?」

 悠香が戸惑っていると忍はすぐにプレゼントのTシャツを着て、

「うん、丁度いいよ。ありがとう、気に入ったよ」

 笑ってブイサインを見せた。悠香は顔を真っ赤にさせてカーテンの裏に逃げ込んでしまった。

 レオはすました顔でラッピングをビリビリに破き、箱を開けて顔を明るくさせた。そしてすぐに蓋を閉じて周りを気にし始めた。

「猫、好きなんでしょ」

「うわぁ何だよ!?」

 振り返るとココロがしゃがみ込んで覗いていた。

「ネコ科動物の模様の服をいつも着ているから、そう言うのが好きなのかと判断し、ぬいぐるみにした」

「別に、男がぬいぐるみとか気持ち悪いだろ」

「そうか。なら返品してくる」

「いや待て! 勿体ないから貰ってやる!」

 レオは鼻を膨らませてプレゼントを抱えて部屋に籠ってしまった。

 榊のは箱ではなく紙のラッピングをされた柔らかい何かだった。ラッピングをなるべく破かないように開けると、中から赤いセーターが出てきた。するとマーサが肩に手を置き、

「あなた、いつも薄着で寒そうだし、地下室に籠ってて寒いでしょ? 肌触りの良い毛糸を選んだから、きっとチクチクしないわ」

 榊は満面の笑みを向けた。マーサも嬉しそうに何度も頷いた。

 アーサーが箱を開けると、中にさらに小さい細長い箱が入っていた。そしてその箱を開けると、万能ナイフが入っていた。

「ほぉ~、すごいなコレ。ほら、見てみ、こんな機能まである」

 アーサーは周りの者に見せて回る。

「釣りに行ったときにあったら便利だなぁと思って……つかえるかな」

 美友が潤んだ上目遣いで尋ねると、

「うん、ええんやない? ロゴマークとかカッコよくてええやん、おおきに」

 美友は背中を向けると、静かにガッツポーズを取った。

 宵彦も箱ではなく、紙袋が二つ一緒に置かれていた。

「宵彦さんは何だった?」

「今開ける所だよ」

 ニヴェと一緒に中を覗き込む。そこにはネイビーを基調にしたカジュアルな服が上下数着入っていた。

「おや……不思議だ。私がご婦人にアドバイスしたものと同じようなものだ」

「誰かにアドバイスしたの? 私も、素敵な紳士にアドバイスしたんだよ、旅行はどうだって。そしたらね、ほら。旅行券が入ってた」

 ニヴェがペアの旅行券の入った封筒を見せた。

 二人は顔を合わせると、顔を赤くして笑い出した。

「もう、宵彦さんったら、アレなに!? あんな茶番振られたの初めてだよ」

「まさか君が私のお茶目に答えてくれるとは思わなかったよ」

「素敵すぎて、あの後緩んだ顔を引き締めるの、大変だったんだよ?」

「私も、君が可愛すぎて廊下のソファーでずっと悶々としてたんだ」

 二人は目を合わせると、また楽しそうに笑いだした。

「これ着て、旅行に行こう。新婚旅行。君の行きたい場所に」

「そうだね。でも私、宵彦さんと一緒に行ける場所ならどこでも行きたいよ」

「どこへでも行けるよ。ずっと一緒なんだから」

 二人はまた顔を合わせ、楽しそうに笑いあった。

「なぁおっさん、おっさんはどんなの貰ったんだ?」

 工がビールに口をつけながらアキラの背中を叩く。だが全然応答が無い。

「あれ、おっさん?」

 アキラはスヤスヤと寝息を立てて机に突っ伏して寝ていた。

「なんや、また寝たんかコイツ。まだそんなに飲んでへんやろ」

 アーサーが部屋に運ぼうとお姫様抱っこをする。

「おい見ろよ、アキラの奴、シャンパンで寝た」

 尊が笑いながら口が開いて半分も減ってないシャンパンのボトルを掲げた。

「またか~。超弱いやん。ほな、部屋に入れてくるわ」

「横向かせて寝かせろよ、窒息すると危ない」

 そう言って禊も後を追った。

 それからしばらく夜遅くまで宴会は続き、日付が変わる頃にはみんな部屋に入っていてリビングには片付けきっていない食器だけが残っていた。

「うぅ……た、単身赴任だけは勘弁してください!」

 アキラは飛び起きて急いで土下座をする。だが床の柔らかさや空間の静寂に違和感を感じ、そっと頭を上げた。

「あ……夢?」

 大きなため息を漏らして座り直す。ふと視界の端に何か黒い物体が見えて、そっと首を動かした。そして驚きの余り飛び跳ね、ベッドから踏み外して落ちた。

「落ち着きなよ……君、良く落ちるよね」

 月明かりの中に真尋が現れる。

「何でまた部屋に……!」

「だってここ、落ち着くんだもん。君の匂いがして」

 そっと首をかしげて微笑んだ。アキラの唾を飲む音が部屋に響く。真尋は楽しそうにクスクスと笑うと、

「君はクリスマスプレゼント、何だったの?」

「え? 僕は……あれ、僕は何だったんだろう」

「知らないのも当然だよ、だってまだ受け取ってもいなければ開けてもいないじゃないか」

 そう言って真尋は手のひらほどの小さい箱を渡した。

「お守り。ずっと君を守ってくれるよ」

 アキラは何かと思いそっと蓋を開けた。月光に白く光るそれを見て、真尋の顔とそれを何度も見返した。

「なぁに、その顔」

「えっ、いや、あの、これにはどういう意味が……」

 真尋はクスクスと笑いながら奪い上げると、アキラの右手を掴み、薬指にそれをはめた。

「はい、契約完了。と言っても、宝器のような強力なものでもないし、全ては心の持ちようだけどね」

 アキラの右の薬指の付け根で、シンプルなシルバーリングが光る。アキラは耳まで真っ赤にさせて、

「えっ……あ、これって、どういう……そういう、意味じゃ、ないよね。だって、逆……」

「何を勘違いしてるの?」

 真尋は楽しそうに笑う。

「お守りって言ったでしょ?」

「そうだよね!」

 アキラは息を荒げて顔を両手で覆った。

「指輪の内側、見てごらん」

 言われた通り指輪を外して内側を見る。指輪を回して一周させると、内側に石が埋め込まれているのを見つけた。アキラが顔を上げると、

「私の体内で生成されたガーネット、私の宝器と同じ石だよ」

 アキラは目を見張って口を開けた。

「え、まさか、アークィヴンシャラから輸出した宝石で、5億で落札された……」

「5億なんて持ってるわけないじゃん。自分の体内から算出したって言ってるでしょ。アークィヴンシャラから輸出している宝石は地球のものと同じように育った普通の石。これは私の体内」

 アキラはまだ信じられない様子でいた。

「矛盾は自分の宝器の石と同じ石を体のどこかから産出するんだ。禊さんは目から。私は子宮」

 アキラはますます驚いた顔で指輪を見つめた。

「そんなに見ないで、気持ち悪い」

「すいません!」

 急いで指にはめ直す。

「多分、あと一年も無いと思うんだ、私たちがここにいられるのは。だから、君に何か贈り物をしないといけないなって思って、お守りを作った。わずかだけど、聖霊の加護と聖女の洗礼を付与してあるプラチナだから、厄とか病気に耐性つくよ。多分ね」

「だから心の持ちようって……」

「そ。あとね、その指輪は眷属の証。私の仲間って証拠。大昔の矛盾は下僕や部下などの眷属に、こういった指輪を与えていたんだって。今の矛盾は誰もそれはやろうとも思わないみたいだけど。まぁでも心の持ちようだから、指輪があるからって絶対服従ってわけじゃないし。上司から信頼されて守られているっていう証を持つことで、忠誠を示していたっていうのかな」

「言わんとしていることはわかります」

「嫌だったら外していいよ。君には趣味じゃないだろうし。一応、特注でメンズ用に作ったんだけど……」

 アキラはじっと指輪を見つめると、指輪に口づけを落とし、真尋の右手を持つと頭まで掲げ、

「あなたに忠誠を誓います、無顎類の王」

 真尋は目を見開いて見下ろし、

「それはつまり、聖女への忠誠を誓うと? 我々矛盾は聖女へ忠誠を誓い、いつでもこの身と命を捧げお守りするとしている。つまり眷属であるお前も誓わなければ、私に忠誠を誓う事など不可能である。聖女への忠誠を誓うか?」

「はい、この身も魂も精神も、聖女のために誓いましょう。全ては我々が生きるため、聖女のために」

 アキラは後ろに下がると、正座をして深々と頭を下げた。

「……恥ずかしいならやらなくても良かったのに」

 真尋がそう言うと、アキラは腕の中に顔を隠して耳から湯気を放った。

「こんなこと、中学以来だ……デジャヴュ……」

「ね、顔上げて。命令だよ」

 アキラはそっと顔を上げ、目を逸らした。真尋の手が伸びて、アキラの少し長い髪を耳にかけて耳に触れた。

「へぇ、君って綺麗な耳をしているんだね」

「いや、そんな」

「これ、ピアス開けた痕?」

「え? あぁ、失敗したアレか。うん」

「どういうやり方をしたら痕が残るの?」

「普通にやったと思うんだけど……。あ、痛くて咄嗟にピンを引っ張って耳たぶを裂いちゃったんだっけな」

「そりゃ、こうなるよ」

 真尋はクスクスと笑う。

「でも、穴開けるのはもったいないね」

 真尋の細い指先が耳の上を歩く。そのくすぐったさにアキラは微かに体を震わせた。

 真尋は立ち上がり、

「それじゃ、部屋に戻るね」

「うん、おやすみ」

「おやすみ。また明日」

 小さく手を振り、ドアの向こうに消えた。アキラはベッドに頭を置き、頭上で強く手を握った。指輪はツルツル滑り、指の間から滑り落ちてしまう気がして、落ちないようにしっかりと拳を握った。

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