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第三十九話 誰が手を引っぱる

 庭先の木々から葉が落ち始めた頃。

「お~じさん!」

 ソファーに座って無の境地を漂っていたアキラは、突然の大声に驚いてソファーから落ちた。

「あ……あぁ、あぐりちゃん」

「ね、買い物行くから付いて来て」

「え、でも」

「禊さんがGO出したよ」

 アキラは禊の方を見る。禊は相変わらずせわしなく家事をこなしていた。

 あぐりとアキラはアーサーに車を出してもらっていつものショッピングモールに向かった。

「それじゃ、ワシは寝てるから」

 アーサーはそう言って座席を倒して寝始めた。

「すいません、お疲れの所」

「いやいや、今日は朝の仕事だけやったし。ほら、さっさとデートしてこい」

「いや! デートでは……!」

 アキラが急いで弁解しようとしていると、あぐりが服を引っ張ってモール内に入った。

「おじさん、どうしていつもそういうことするの?」

 あぐりは少し怒った表情で詰め寄った。

「いや、え、そういうことって?」

「なんかごまかそうとする!」

「ごまかしてる?」

「その……あぁもう、語彙力が」

 あぐりは腕を組んでため息をこぼすと、

「逃げてる!」

 人差し指をまっすぐアキラの目に向けた。

「どうして逃げるの? 私と一緒は嫌?」

「いや、そうじゃないけど……」

「何か隠そうとしてる。私と初めて会った時からそう、私に何か隠してる。ねぇ、お母さんと過去に何かあった?」

 あぐりは首を傾げて訊ねた。アキラは唾を飲み込み、

「そう言うところなんだよ……」

 あぐりに聞こえないよう小声でつぶやいた。

「え、何?」

「そ、そんなことより。今日は何をしに来たの? 買い物だよね。何買うの?」

 あぐりは顔をムッとさせるが、

「お母さんの誕生日、近いでしょ。プレゼント選びたいんだけど、お母さん無欲で」

「本人に聞いたりしたの?」

「した。何でもいいって」

 二人は腕を組んで考え始める。アキラは何か思いつき、

「役に立つもの! と言っても、本人にとって実際役に立つかどうかはわからないよな……」

 肩を落とした。

 あぐりは何か思いつき、スマホで誰かに電話を掛け始めた。

「あっ、宵彦さん」

『あぁ、あぐりちゃん。どうしたんだい?』

「お母さんに誕生日プレゼント買おうとしてるんだけど。あ、内緒だよ!」

『大丈夫、誰にも言わないよ。何を買えばいいか悩んでいるんだろう?』

「そう! お母さんに直接聞いたら、何でもいいって。宵彦さん、センス良いし奥さんいるから、良い答えを持ってそうだなって」

『そうだね……。その人に使ってもらいたいものとか。それか、物を見た時にその人が使っているところを想像できるか。想像出来たら、それにすればいいし。どうかな?』

「うん、悪くないかも。ありがとう!」

 あぐりは電話を切り、スマホをカバンに入れ、

「よし、じゃあ行くよ」

 アキラの手を取って張り切って歩き出した。

 手身近に雑貨を覗いてみた。アロマやハンドクリーム、アクセサリーや置物などが棚に並べられている。

「かわい~! あ、これいい匂い」

 あぐりは次々に手に取って物色する。

「ねえおじさん、この色いいよね! ほら、これとか超いい。この前服買ったから、それにピッタリだと思うんだよね」

「あぐりちゃん、真尋さんへのプレゼントだから」

 あぐりは急いで我に返り、手に持った商品を棚に戻した。

「文房具とかなら、自分がよく使うから選びやすいけど、コスメでもお母さん化粧しないし……」

 あぐりは難しい顔でコスメ店を睨んだ。

 アキラはその向かいの日用品店の店頭に並んだ割引のシャンプーの詰め替えを見ていた。するとあぐりがそれに気づき、

「ばか」

 アキラの肩を叩いて手を引いて歩き出した。

「うーん、どれも想像できるからなぁ……」

 アキラは冷めた表情で呟く。歩きながら店を眺めていると、一つのパステルカラーの煌びやかな店が近づいてくるのに気づいた。急いで顔を背け、うつむいて歩く。通り過ぎるのを待って歩いていると、通り過ぎるどころか、キラキラ輝く店が目の前に近づいてきた。

「あ、あぐりちゃん、無理だって、ダメだって」

 アキラはうつむいたまま立ち止まった。あぐりは散歩を嫌がる犬のリードを引くようにアキラの手を引っ張り、

「大丈夫だって! 親子にしか見えない!」

「いや、完全に怪しいオジサンと女子高生だから!」

 散歩を嫌がる犬のように、体重を後ろにかけてあぐりの力に抵抗する。

 あぐりは舌打ちするとアキラの手を離した。尻もちを着いたアキラは驚いて顔を上げると、首根っこを掴まれてそのまま店内に引きずり込まれていった。

 アキラは終始ずっと床を見ていた。

「ねぇおじさん、どっちがいい?」

 あぐりは女性もの下着を二つ持って見せた。

「ど、どっちでもいいだろ……」

「ばか!」

 あぐりは怒ってアキラを叩いた。

「お母さん、私とサイズ同じだったよね。あでも、この前借りた時ちょっときつかったから、Aかな……」

 あぐりは独り言を言いながら、アキラの手をガッシリと離さず掴んで店内を移動していく。

「ね、あぐりちゃん。この後フラペチーノ驕るから。今すぐここを出よう。ね?」

「うるさい」

「お願いだよあぐりちゃん……」

「意見意外口を開かないで! 変態!」

「ここでそれはまずいって……!」

 アキラは小声で強く言うと、あぐりの肩をせわしなく叩いた。

 結局決まらず、2人は通路に置かれたソファーに腰掛けて大きなため息をついた。

「決まんないね~」

「やっと解放された……」

 アキラは額に乗った脂汗を袖で拭う。

 あぐりはもう何も思いつかないのか、やや疲れた顔でスマホをいじり始めた。

「お母さんさ、お洒落とかしたがらないよね」

「そう、だね」

「この前肩の出た服を着てたら、俗っぽいからやめなさいって言われた」

「まぁ、露出が多いと変なのが近づいてくるからね」

「おじさんみたいな?」

 アキラは苦い顔をする。

「日用品にせよ、何使ってるかわからないし、いつも自分で買ってるみたいだし」

「お母さん、決まったのしか買ってないよ。鼻丸メーカーの無臭タイプ」

「マッサージグッズとかは?」

「マッサージできる人がいるじゃん、小町さんとか」

「化粧品っても、化粧しないからな……」

「置物とかあげても、本人はさして喜ばないし、押しつけがましくなるし」

「服は?」

「お母さん、服の着心地にうるさいから無理」

「秋だし、今のうちにマフラーとか」

「だから、着心地うるさいんだって」

 二人は肩を落としてため息をついた。

 ふと、あぐりはフォルダ整理しようとしてスマホ内の写真をスクロールさせた。

「お母さんが来てから、私とお母さんの写真ばっかりだ。ほら、これとか覚えてる? 去年の夏にさ――」

 あぐりはハッとして、見せかけたスマホをじっと覗き込んだ。

「プレゼント、あった!」

「え、どこ?」

「おじさん、来て!」

 アキラはまた手を引かれて移動した。


 帰って来たあぐりは吸い込まれるように自分の部屋に入った。

「なんや、偉い時間かかったと思ったら、今度は引きこもっちまったか」

 アーサーは笑いながらあぐりの部屋を見上げた。

「色々、用意するみたいで」

「年頃の女の子は忙しいなぁ」

 アーサーは手招きしてアキラとお茶を飲み始めた。

 夕食が終わり、各々がまったりしていた。あぐりはそわそわしながら、ラッピングされたプレゼントを持って部屋から出てきた。気づいた禊が声をかけ、

「あぐり、夕飯終わっちまったぞ。何か急ぎの用があったみたいだから、お前の分だけ取っておいたけど。何してたんだ?」

「作ってた」

「何を?」

「いいの」

 あぐりは口をとがらせてそっぽを向くと、真尋の方に向かって駆け寄った。

「お母さん」

 李冴と会話していた真尋は顔を上げ、首をかしげてあぐりを見つめた。あぐりは頬を染めて目を逸らすと、その先にいたアキラを急いで手招きした。アキラが渋々やって来ると、あぐりはプレゼントをアキラにも持たせ、

「お母さん、これ」

 二人でプレゼントを差し出した。

「お母さん、誕生日近いでしょ。ちょっと早いけど……」

 あぐりは顔を真っ赤にしてうつむいた。真尋は驚いた顔で受け取ると、そっと微笑んで二人を見た。

「ありがとう。とっても嬉しいよ」

「ほ、ほら。開けてみて!」

 あぐりが促すと、真尋は丁寧にテープを剥がして開封していく。仲から箱が出てきて、蓋を開けると、たくさんデコレーションしたA4サイズの冊子が出てきた。指先の汗を膝で拭い、そっと指先を降ろした。そして爪を立てないよう、傷をつけないようにそっと冊子を持ち上げ、膝に置くと、ゆっくり表紙をめくった。パリパリと音を立てて中が見開かれる。真尋は唇を軽く噛むと、震える声で、

「このアルバム、あぐりちゃんが作ったの?」

「そうだよ。デコっただけだから、B級感抜けないけど。おじさんと選んできた」

 あぐりが申し訳なさそうに言うと、真尋は鼻をすすり目元を手で拭い、

「上手だよ。上手。とってもかわいくされてて、お母さん、これ好きだよ」

 ゆっくり次々とページがめくられていく。そして今度はそっと笑い出し、

「これ、去年のプールの時のだね。いつ撮ったの?」

 濡れた顔であぐりを見た。あぐりは少し驚いた顔をすると、嬉しそうに微笑み、

「プール入ってすぐ。試し撮りだったんだけど、結構うまくいったんだ!」

「試し撮り? ちゃんと撮ったみたいに上手だよ」

「そんな事ないよ。これはね、この前のご飯の時の。これね、おじさんがそこで寝てたから――」

 二人はアルバムを指さして楽しそうに会話を弾ませた。

 アキラはそっとその場から離れ、ダイニングの椅子に腰を下ろした。すると向かいで同じように腰を下ろしてリビングを眺める工が声をかけてきた。

「ああいうの、いいよね。親の誕生日とか、まともに祝えたことないから、感心するよ」

「あぐりちゃんの行動力は尊敬します。僕は臆病だから、今日なんか後ろをついて行くことしかできませんでした」

「君は何か用意したのか?」

「何にしたらいいかわからなくて、一緒に選んでました」

「次は選べるといいな」

 アキラの肩に手を置き、顔を見て頷いた。

「親の誕生日ねぇ。もう何年前だろ。最後の誕生日さえまともに祝えてないや」

「え、最後って……」

 アキラは思わず顔を上げた。工と目が合い、その言葉の意味が解り、急いで口を押えた。

「ごめんなさい、失礼でした」

「そうだぞー、失礼な奴め」

 工はわざとそう言いアキラの頬を指でつつくと、フッと微笑み、

「別にいいよ。だって考えろよ、今生きてたら120歳以上だぜ? ウチの親がそんな長生きできるわけ無いだろ。……最後に祝ってやったのは俺が小学生の時。祝ってやるって言っても、授業で育ててたチューリップを押し付けただけで、それ以降は親の好きそうなレストランを探してくるだけで、金払ったのは親だし。姉ちゃんは母さんに化粧品とか、父さんに靴下とか買うから、俺は何をすればいいかわからなくて、その日だけ家事を手伝ったりするだけで……。誕生日って貢ぐのが正解なのか?」

「いや、お金だけが全てじゃないと思いますよ。気持ちだけでも……そのきもちが行動に現れていれば」

「んー、ウチの親は形に残さないと認知してくれない質だったから、俺がやって来た事はカウントされてない気がするんだよね。墓参りしようかなってこの前考えたんだけど、俺、勘当食らってる身だったこと思い出してさ。今更のこのこやって来ても、死者から見たら失礼極まりないよなぁって」

 工はヘラヘラ笑って見せた。アキラは目を見張り、

「あの、失礼かもしれませんが……僕も、勘当を食らっていまして」

「おっ!? 何、何したの? 俺はね、親父に逆らって大学行かずに、上京して音楽の道目指したから」

「似たような感じです。親に敷かれたレールを走る、典型的な子供だったので、レールを走ってたんですけど……」

 脳裏に肩を抱きうずくまる真尋の、あの廃墟の光景が見えた。

「何に惑わされたんでしょうね。急に何もかもどうでもよくなって、早稲田落ちて、家から近くの国立大には引っかかったんですけど。とりあえず泳ぐばかりで、何をしていたか記憶が無いんですよね。卒業してから父の務める会社に就職したんですけど、暴行事件起こしてクビになりまして」

 アキラは自分を嘲笑うように笑って見せた。

「もしかしてブラック企業だった? 社畜だったの? 上司殺したかったのか」

「いやまぁ、それなりにブラックでしたし上司はクソでしたけど。……ちょっと、自分が今までしてきたことが何だったのか分からなくなってしまって、きっかけが何だったのかよく思い出せないんですけど」

「なにそれ、怖っ!」

 アキラは困った様子で笑って見せた。だがきっかけは十分にわかっていた。あの時の自分の身も心も真っ二つに切られたような瞬間のあの一言は鮮明に覚えていた。

「親に勘当食らう奴とかまともなやつじゃないと思ってたけど、アキラみたいな真面目そうな奴でも食らうんだな」

「真面目じゃないですよ」

「いや真面目だよ。だって禊さんの言う事全部聞いて言う通りに動くなんて、俺は絶対無理。付き合いの長い忍でさえ、時々嫌がるのに」

「気が小さいから、断れないだけですよ。ほんと、ただ僕が弱いだけなんです……」

 アキラは笑って見せるが、無意識にどんどん肩をすぼめて身を小さくさせていた。

「気が小さいのって情けないよな」

 工の声は冷たかった。

「そうですよね。ほんと、いつも情けないなって思います」

「自分の事しか考えなくて、逃げてばっかり」

「ごもっともです……」

「でもさ、別に悪い事じゃないよ」

 アキラはそっと顔を上げた。視界の上の方に口を結んだ工の口が見えた。

「情けないし格好悪いけど、逃げるが勝ちって言うだろ? 臆病なのは、自分が人より弱いってのを知ってるからで、自分を守るのが上手い証拠だよ」

「いや、でも、それで他人を犠牲にして……」

「人間社会、誰も犠牲にせずに生きて行けるか? 自然界ではそれが当たり前なのに、同じ生き物の俺らがそれをやってはいけないっておかしな話だろ」

 アキラは口を開けて首を傾げる。工は強く微笑むと、

「臆病なのは防衛力が高い証拠! つまりは強いんだよ。自分が弱いのを知ってるから、その分強い防衛力を備えてる。臆病なのは強い証拠だよ!」

 アキラの背中をバンバンと叩いた。

「お前は何も悪くないよ。弱い事が悪いって、弱いのは望んでなったんじゃないだろ? 臆病なのは昔からだろ? 人は誰だって臆病だよ。俺だって、何年もシンガーソングライターやってるけど、未だにアンチには慣れねぇよ。腹立つし。逆に慣れちゃダメなんだよ。慣れたら、それについての曲が書けなくなる。慣れたら届けたい相手と距離ができちまう。いいんだよ、臆病で。好奇心を司ってる俺が言うのはおかしいけど、世界を旅してるとき、好奇心のある奴より、臆病な奴の方が助かる率が高い。防衛力が強いからな! 世界を回ってそれが分かったよ。そうだ、世界を回りきってから家に帰ったのが27歳の時でさ。その数年前に紛争地帯で捕まって人質にされちゃってさ! どうにか監視の目を盗んで逃げたんだけど、何たって周りは砂漠、餓死したよ。けど矛盾となって生き返っちゃって! それで家に帰ったんだけど、逆に気味悪がられて家を追い出されて、世界を旅して回りまくってたら、御代家に拾われて、その後――」

 アキラは口を開けて工を見ていた。

「で、矛盾の家族になった! なぁ、聞いてる?」

「えっ! あ、聞いてます」

「本当に? じゃあ今使ってるギターは誰からもらったもの?」

 アキラがじっと机の木目を読み始める。

「もう、ジョンレオンの息子だって! イギリスのバーで出会って――」

「え、えぇ、そうなんですね……」

 アキラは何一つわからない様子だった。工は一通り話し終えると、

「お前、いつも死んだ顔してるからさ、少しは笑ったらどうだ? 笑うだけで人の身体は活性化されるんだぞ? ほら、ナントカミンが出て免疫力上がったりさ! ……あんまり自分を責めるなよ、アキラ。お前だけが悪い事なんて無いんだよ。だとしたらお前は今、ここにいないだろ?」

 工は肩に手を置き、深く頷いて見せた。そしておやすみ、と呟くと、席を立った。

 アキラは急いで立ち上がると、小さい声でありがとうと呟き、小さく頭を下げた。

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