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第三十七話 夏だ! 海だ!! 宴だワッショイ!!!!(前編)

「さぁ、今年もやってまいりました……」

 円香がサングラスをかけて太陽に向かう。

「夏だ! 海だ!! 宴だワッショイ!!!!」

「イェーイ!!!!」

 一同が飛び跳ねて全力で歓喜する。

「いやはや珍しいね、花京院のドンから自分のリゾート地へ招待だなんて。彼女でもできたか?」

 明彦は首を振り、

「そんな幼稚な事で俺はここまでしませんよ。姉さんが最初に言ったんです、長期休暇に入ったから今度は海に連れて行ってやろうって。な、姉さん?」

 明彦が後ろを振り返ると、ビーチパラソルの下で椅子に座り微笑む薫子がいた。

「どうも、ご無沙汰です。足は大丈夫?」

「ありがとう円香さん。今日は運良く調子が良くてね、浅瀬に浸かる程度ならできると思いますの」

 薫子はそわそわしながらプールバッグを手に持った。円香は楽しそうに笑い、

「お嬢様、いや貴族の奥様でも、そんな庶民的なものを持ちたがるんだな」

「だって、憧れでしたもの! 安価なビニール製の透けていてカラフルなプールバッグ、小さい頃からずっと手にしたいと思ってましたの。お気に入りの水着とタオル、サンダル、日焼け止めを入れて、友達とこうやって手を繋いで……」

 円香の手を握る。

「やっと願いが叶いましたわ」

 薫子は太陽より眩しいほど微笑んだ。円香は少し頬を染めて目を逸らすと、

「そんな事、もっと早く言ってくれりゃ、すぐに叶えてやったってのに……」

「でも姉さん、そんな透けたカバンでは中身が丸見えです」

「それがいいの!」

「姉さん……!」

 明彦は頭を抱えた。

「でもそれさ、よく見たら超ブランドのやつじゃない?」

 円香がバックを持ってロゴを指でなぞった。

「そうなんですの。実はそのバッグ、ビニールではなく柔らかいアクリル素材でできてまして」

「ほらやっぱり庶民的じゃない!」

「で、でもサンダルは庶民的ですのよ!」

 薫子がサンダルを差し出す。その上には大きなターコイズが輝いていた。

「そ、それプラスチックとかの人工の宝石だよね……」

「花京院の持っている鉱山から採掘されました」

「ほらー!」

 そこへ宵彦とニヴェがやって来る。

「宵彦、ごきげんよう」

「ごきげんよう、姉さん。今日はとても良い天気ですね。姉さんも調子がよさそうで良かった」

 柔らかく微笑むと、薫子も嬉しそうに微笑んだ。すると明彦は宵彦を睨みつけて薫子の前に立ちはだかった。

「やぁ宵彦、楽しんでいるか?」

「あぁ、もちろん。今日は僕ら家族とその連れを招待してくれてありがとう。花京院は随分暇になったんだね」

「そりゃね、人の手を使わずとも仕事が早く行えるようになったからね。お前のような古い奴にはわからないだろうな」

「同い年だろ」

 すると明彦は宵彦の隣に立つニヴェに気付き、

「ごきげんよう、ニヴェさん。今日は目いっぱい楽しんでください」

「は、はい! ありがとうございます」

 ニヴェは丁寧に頭を下げた。遠くから宵彦とニヴェを呼ぶ声がして、2人は薫子に手を振ってその場を離れた。

「明彦さんって、宵彦さんの双子の兄なんですよね?」

「はい、そうです」

「同い年だから、もう45歳以上ってことですもんね。でも矛盾と同じように随分若く見えるけど……」

「アイツは一度死んでいますから」

「え!? じゃあ矛盾……」

「半矛盾、千歳と同じです。彼は私が殺しました」

 ニヴェは思わず立ち止まる。

「大丈夫、ただの兄弟げんかですから。アイツももうその事は気にしてませんし」

 ニヴェは少しほっとした表情で宵彦の側に戻る。

「一度死んで体を粉々にしてしまいましたから、一から作り直したんです。幸いいくつか細胞は生きてましたから、それを増やしてつなげて、今の状態まで戻しました。ですが、その際に使用した矛盾の体組織のせいで感染て、あのように老いる事が無いんです。まあ本人はそれを喜んでますし」

 二人は矛盾らが集まっている中に入る。女子供はそれぞれ着替えた水着を互いに見ながら、賞賛し合っていた。

「すごい、美友ちゃん細いね! お肌も綺麗」

 悠香が手を叩いた。

「当然デショ、アイドルだもの!」

 美友は自慢げに髪をなびかせた。

 七穂が水着姿で恥ずかしそうにしていると、

「久々だから恥ずかしいの?」

 言葉に耳元で言われ、飛び上がった。

「可愛らしいわね。相変わらずお肌が綺麗で羨ましいですわ」

「こ、言葉さんも、華奢で可愛いですよ」

「あら、褒め上手ね」

 言葉は嬉しそうに微笑んだ。

 禊が胴に絡みつく嫌好を引きずりながらやって来る。

「なぁコイツどうにかしてくれよ」

 息を切らして要に話しかけた。

「え、やだよ。自分でどうにかして」

「ずっとパンツの中探って来るしさ、気持ち悪いんだよ」

「本当タコだよね。いやイモガイかな」

「ほら嫌好、いい加減にしろ。重くて何も出来ねぇ」

「嫌だ。離れない」

 そこへあぐりがやって来て、

「離れないと……こうだぞ!」

 嫌好の脇腹に触れると、素早く指先を走らせた。

「あひゃひゃひゃひゃひゃ!! む、むり! 待って! あああダメ~!」

 嫌好の手が解けて禊が解放される。

「ごめんってあぐり嬢、やめて! マジ無理! 無理だってはははは!!」

 あぐりが止めると、嫌好は打ち上げられたタコのように砂まみれになって這った。

「ホントタコだねこいつ」

 足で嫌好をつつく。

 そこへ小町がやって来る。黒いつばの広い帽子をかぶり、長袖のラッシュガードに黒のロングスカートを履き、サングラスをかけていた。

「……誰」

 あぐりは目を丸くさせて見上げた。そこに尊の嬉しそうな声が飛んできた。

「太陽が俺を照らす! 輝きを増させる! これ以上カッコよくなってどうしろと言うんだ!」

 腕を組んで仁王立ちになる尊を見て、女たちが悲鳴を上げた。禊と要は青い顔をする。

 尊の黒いブーメランパンツは太陽光にギラリと光った。

「カニのくせに洒落たもん履いてんじゃねぇ!!!!」

 言葉が尊に向かって般若顔で走り出し、水着を掴んで引き千切った。

「キャー! やめてー!」

「今日の昼飯になりたくなかったら脱げ!」

「もう脱がされてる! 水着返して!」

 レジャーシートの上で尊はタオルにくるまってシクシク泣いていた。

「俺の自慢の……お気に入りだったのに……」

 禊が隣に腰を下ろし、

「まぁ仕方ないよ、アレは目のやり場に困る」

 頭を撫でてやった。

「で、結局水着はどうした? 全裸じゃ泳げないだろ」

「そこの海の家で売ってた一番安いやつにされた……」

 特に柄のない、無地の水色の海水パンツを見せた。

「まぁいいんじゃない? 似合ってる似合ってる」

「よくないよぉ!」

 そこへ奏がやって来る。

「話があるんで、集まってください」

 一同が奏の前に座って注目する。

「なんでアイツいるの?」

「あの変態、バカンスとかするんだ」

 所々からそんな囁きが聞こえた。

「僕だって普通の人間ですから、バカンスを楽しむくらいしますよ。まぁ今回は大きな旅行ですから、監視も兼ねて来たわけですが」

 タブレットを開いて説明を始める。

「一応このビーチは今日泊まる旅館の所有地ですので、他の利用客は少ないです。でもいないわけじゃないですから、言動には気を付けてください。所有地の向こうのビーチに行ってもかまいませんが、人が腐るほどいますからね。まあお腹すいたらどうぞ」

 その一言に一同が青い顔をする。

「冗談ですよ。質問はありますかー?」

 アーサーの手が上がる。

「矛盾化してもええですか?」

 奏は少し考え、

「所有地内でしたら、海中でも許可しましょう。ただしコンクリートと砂浜を境に道路側には行かないでください。このビーチのみにします。じゃ質問はないですね。ごゆっくり」

 奏が背を向けると、一同が歓喜して海に向かって走り出した。早速アーサーが矛盾化して巨大なウバザメとなって海に飛び込んだ。水着が砂浜に流れてくる。

「あーあ、水着脱げちゃってどうやって海から上がるんだよ」

 禊は笑いながらそれを拾った。

「禊は矛盾化しないの?」

 背中から触手を出した嫌好に尋ねられた。

「あー、いいや。別に子供じゃあるまいしそこまではしゃごうって気にも――」

 海に向かって巨大な狼が飛び込んだ。

「飛び込んでるじゃないですか」

 忍が冷ややかな目で見た。

「いや違う! これは違う! ただ海を見ると足がそわそわして!」

「はしゃぎたいんじゃないですか」

「忍は矛盾化しないの?」

「僕は海水に耐性無いから、人型のままでいるよ」

 だが忍は少し羨ましそうに、矛盾化して海に入るアーサーや小町を見ていた。

「小町さん、背中乗せて!」

 美友と李冴が頼むと、小町は水面に背中を出して見せた。

『背びれに棘がある、気をつけよ』

「はーい」

 数人を乗せると、小町はスイスイと泳いでいく。

「すごい早い!」

 工は海中でぽっかり口を開けて漂うアーサーの口の中に座っていた。

『なんか、優雅だね』

『速く泳げるが、今はこうしていたい』

 アーサーはそう呟くと水面を見上げた。

『海は良いだろう? 楽に自由になれる』

 工も見上げる。

『そうだね。陸よりもどこにもつながってる。陸よりも広い』

 海水に包まれて肌はみかん色になった。

 アキラは七富とレジャーシートを敷いていた。

「すいません、手伝わせちゃって」

「いえ、仕事ですから」

 準備が終わり、七富も海に向かった。一人残されたアキラはパーカーのフードをかぶってじっと海を見つめる。ふと、背中に何かがぶつかって振り返る。

「よっ」

 あぐりが腕をつかんで見上げた。

「どうしたの、行かないの?」

「うん……」

 あぐりはあまり気乗りしない様子で、足先で砂をいじるだけだった。

「海、あんまり行った事無くて。ちょっと怖い」

「大丈夫だよ。ほら、みんないるし。サメとか魚もいるから溺れたりしないよ」

 それでもあぐりは陰に隠れたままだった。すると隣に真尋がやって来て、

「じゃあ、お母さん海に帰るね」

 そう言ってラッシュガードのチャックを少し下した。

「えっ帰っちゃうの!?」

「ウナギだから、本当は深海に住んでる」

 あぐりの目が潤み始める。

「冗談だよ。でも泳ぎたいな」

 あぐりの手を掴み、

「お母さんがいるから大丈夫だよ」

 そう言って走り出した。アキラも歩いて後を追う。

「浅瀬なら怖くないよ」

「でも、向こうに引きずられそうで」

「そう簡単に引きずられやしないよ」

 真尋はそう言うと、体をうんと伸ばし矛盾化した。あぐりの周りでウナギがとぐろを巻く。

「お母さん……!」

 あぐりは驚いて座り込んでしまう。だが背中に当たったウナギの頭を見ると、恐る恐る手を伸ばして撫でてみた。薄い皮の上は粘液が纏っていてヌルヌルしていた。

「うなぎだ……」

 あぐりは顔を明るくさせると、ウナギの身体に飛びついた。

「すごい! ウナギだよ! ヌルヌル!」

 アキラも触れてみようと手を伸ばすと、目の前で口を大きく開かれ、鋭い歯が口内を占めていた。思わず手を引っ込める。

「お母さん、お口怖~い!」

『我々は獲物の組織を溶かして食べる』

「でもカッコイイね」

 ウナギは頭をあぐりにこすりつけた。

『ちょっと潜る』

 そう言ってウナギは海の暗闇に向かって行ってしまった。

「あぁ、行っちゃった」

 あぐりは少し残念そうに海の向こうを見る。

「ウナギだからね、本来は深海にすんでいるんだ。あと、正確にはあれはヤツメウナギ」

「ウナギと何が違うの?」

 そこへ小町がやって来て、

「ウナギ、我々が知っているよく食べるウナギはニホンウナギで顎口類。対して真尋は無顎類のヤツメウナギだ」

「どう違うの?」

「私と真尋くらい違う」

「同じじゃん」

「じゃあ、甲殻類の尊と哺乳類の禊は同じか?」

「ちょっと違う」

「そう言う事だ」

 あぐりは首をかしげながらレジャーシートの方に向かう。

 アキラが海を眺めていると、足元に落ちていた真尋のパーカーを拾い上げた。すると遠くから禊の声がして、

「真尋、それ無いと上がれないだろうから、見つけたら渡しといてやってくれ!」

 アキラは頷いて浅瀬を歩いて真尋を探した。岩場が近づいてきた辺りで、浅瀬に頭を出したウナギを見つけた。

「真尋さん、パーカー落ちてたよ。背中向けておくから、着たら言って」

 アキラはウナギの頭にパーカーを乗せて背を向けた。するとウナギはパーカーを振り落とし、アキラの足に噛みついた。驚いたアキラは転んで海の中に倒れる。そしてそのまま沖の方に引きずり込まれていった。

 急いで目を開けると、真尋の手が頬に触れた。目の前にウナギの口の状態の真尋が見えた。

 二人は海から上がる。アキラは咳き込みながら、

「真尋さ、何で……!」

「ちょっと、いたずら」

 真尋は目を逸らして頬を染めた。口をとがらせて腕をさする仕草は今までにない仕草で、アキラは目を離せなかった。

「な、なに」

 真尋は恥ずかしそうに濡れたパーカーのチャックをしっかり占めて、顔にへばりつく髪を耳にかけた。

「いや、綺麗だなって……」

 真尋はますます顔を赤らめ、パーカーから覗く足を手で隠した。

「見ないでよ、変態」

「ご、ごめんなさい!」

 アキラは急いで顔を隠した。真尋は少し辺りをうかがうと、

「まぁ、誰も見てないし……」

 チャックを降ろす音がした。

「ねぇ、こっち見て」

 アキラは恐る恐る手を降ろす。目の前に濡れた花が佇んでいた。

「君の好きな花だよ」

 局部は白い水着に隠され、伸びやかな細い手足や腹や背には花のような形をした痣が染みついていた。

 赤、紫、黄土色、青の花が、水を吸ってやや生き返った細い枝の上に咲き、その花を白い帯が束ねていた。

「もうね、これは治らないみたいで。でも打撲痕じゃないよ。何だろう、刺青みたいな? 肌の模様というか、そういうものになってね。でもこれ、嫌いじゃないよ。私らしくて私は好きだよ」

 真尋は首をかしげて微笑んだ。アキラは目を見張る。今にも零れそうな涙を飲み込み、

「触れても、いいですか……?」

「腕くらいなら」

 真尋が手を伸ばす。アキラも手を伸ばし、指先が痣の上に触れる。手のひらが腕をつかんだ、その時、

「おじさーん、どこいったー?」

 あぐりの声が飛んできた。アキラはハッとしてパーカーを脱ぐと、真尋の肩にかけた。

「真尋さん、旦那さんいるんだから。ダメだよ、浮気は」

 アキラは目を逸らして作り笑いをした。

「ほ、ほら、お昼だよ。遅くなると、禊さんに怒られる」

 アキラは真尋の手を掴み、少し速足で引っ張った。

 レジャーシートの横にバーベキューセットが設置されており、牡蠣や海老、野菜類が香ばしい香りを漂わせて焼かれていた。

「ほら遅いよ、ったく。これだからアベック共は……!」

 禊はやや怒りを露にしてトングをカチカチと鳴らした。

「にー!」

 隣にいた美紗が真似して日本指を立ててチョキチョキと指を動かした。

「おっ、俺の真似か?」

 尊がニヤニヤしながら片腕を蟹の鋏に変化させる。だが美紗は気に入らなかったのか、顔を背けて言葉の方に行ってしまった。そこに包丁を持った要がやって来て、

「蟹も焼いちゃおうか」

「違う! これは食いものじゃない!」

「美味しそうなタラバガニですね~」

「だったらお前だって、美味しそうなぼんじりだろ!」

 要の尻を強く掴むと、

「ひゃいっ!?」

 思わず出た裏声に、要は驚いた顔で口を押えた。

「え……何今の」

 尊が苦笑いをすると、熱々の海老を口に押し込まれた。

「熱い熱い! 共食いだって!」

「うるさい! 兄さんの馬鹿! よーし蟹焼いちゃうぞ~!」

「やめろ! あぶ、危ないって!」

 要と尊が取っ組み合いを始めた。それを見たアーサーが急いでやって来て、

「ハイハイ、海の生き物同士仲良く喧嘩しような~」

 二人の首の後ろを掴んで海に引きずり込んでいった。

「オイお前ら、さっさと頭冷やして帰って来いよ」

 禊は海に向かって投げかけた。そこへ工がやって来て、

「なぁ、次の牡蠣! 牡蠣早く!」

「お前食い過ぎだよ、腹下しても知らんぞ~」

「矛盾だから大丈夫だって!」

 禊は怪訝そうな顔をしつつ、牡蠣を網の上に乗せた。

 料理を皿に盛りつけた宵彦が薫子の側にやって来る。

「姉さんもいかがですか?」

「くれるの? ありがとう」

 薫子が受け取ろうとすると、横から明彦の手が伸びて皿を奪った。

「そんな不衛生なもの食べて、姉さんがどうにかなったらどうしてくれるんだ」

「大丈夫よ、明彦。私はそのくらいじゃ……」

「姉さんは黙ってて」

 宵彦はムッとした顔をすると、

「何だい、矛盾が作った料理だから食えないと言うのか?」

「そうは言ってないだろ」

「不衛生と言ったな。用意したのはここの旅館だぞ」

「だとしてもお前らが触れたものなど」

「ほら、結局は矛盾が作った料理は口にできないという事じゃないか!」

「宵彦!」

「明彦!」

 二人がいがみ合っていると、

「何だよイケメン見つめあっちゃってよぉ~」

 酔っぱらった小町が二人と肩を組んできた。

「うわ、何だこの巨乳」

「うわあああああああ」

 宵彦はガタガタと震え始める。

「調理したのは禊だぞ文句あんのか? 私の禊だぞ!」

「五月雨はお前の所有物なのか?」

「自慢の家族だ!」

「息子か?」

「息子ぉ? それは忍の事か? 禊は息子でも旦那でも弟でもない、家族だ!」

「意味が解らん」

 すると小町は皿の上の牡蠣をつまみ上げると、2人の口に押し込んだ。

「ここは牡蠣の名産地だからな。栄養豊富な海で育ったんだ、食べないと損だぞ~!」

 小町は笑いながら薫子と顔を合わせると、禊の元へ戻って行った。宵彦と明彦は不満気な顔だったが、

「一緒に食べましょ」

 薫子がそう微笑みかけると、2人は仕方ないと言うように小さくため息をつき、笑って見せた。

「禊、コーンちょうだい」

 レオが皿を差し出した。

「お前、さっきからコーンばかりじゃん。野菜も食え」

「やだ!」

 レオの皿にピーマンが乗せられる。

「何でピーマンにするんだよ!」

 ピーマンが網の上に戻される。するとニヴェが何かを思いつき、近くにいた旅館のスタッフに声をかけた。

 レオが渋々玉ねぎを食べていると、皿の上にまたピーマンが置かれる。

「だから、俺はピーマン嫌いだって……!」

 見上げた先にあったニヴェの顔を見て口を結んだ。

「よく見てごらん」

 ピーマンをひっくり返すと、中に挽肉が詰められてた。

「肉?」

「一緒に食べてごらん、おいしいから」

 レオは疑っていたが、とりあえず口に運んでみる。そしてすぐに二口目を口にした。

「ありがとうな、ニヴェ」

 禊がまゆを下げて礼を言うと、

「いえ、私も小さい頃ピーマン嫌いだったんですけど、お母さんがこうしてくれたおかげで食べられるようになったんです」

「いい嫁さんになるな」

「そ、そんな、私結婚しませんよ」

 ニヴェは照れくさそうにそう言って話を流した。

 アキラがじっと自分の皿に視線を落としていると、

「うちの家族は、食事の時になると弱肉強食が激しくなるっすからね~、自分から取りに行かないと餓死するっすよ」

 龍が皿に料理を乗せてくれた。

「あ、ありがとう……ございます」

「最初は優しいんすけど、みんな慣れてくると結構雑で冷たいんすよね。だから主張しないと誰も何もしてくれないっすよ」

 アキラは肩を落とし、

「ですよね……僕、昔から自分から主張するの苦手で……」

「あーわかるっす」

 アキラは思いがけない返答に顔を上げた。龍はニヤリと笑い、

「俺、人見知り激しくて。アキラさんにやっと慣れたんすよ。最初のご飯の時は、自分に似てるなと感じたんで話しかけられたんすけど、それから声がかけられなくって」

 龍は照れくさそうに頭をかいた。

「怖いっすけど、自分のためにも勇気を使わないと。勇気を使う事を恐れちゃダメっすよ、全部がダメになっちゃうっすから。勇気を使う事は悪い事じゃないっすから、ね?」

 龍は笑って缶ビールを渡した。アキラは頬を染めて嬉しそうに微笑んで受け取った。

「あの、一つ気になってたんですが……」

「なんすか?」

「いつも同じつなぎ着てますよね……今もそうですし」

 龍は自分の恰好を見て、

「慣れたモノしか使えない性分で。機械はどんな最新でも扱えるんすけどね」

 えへへ、と笑って見せた。

 食事が終わり、ビーチバレーが始まった。男女に分かれてチームを編成する。

「男女って、不公平じゃない?」

 あぐりが隣に座るココロに尋ねると、

「矛盾の基礎身体能力は性別に左右されない。性別ではなく個性だ」

 そう話している傍から、悠香がアタックを決め、大きな衝突音と砂煙が上がった。女性チームに加点される。

「っしゃあ!」

「悠香ちゃんすごい!」

「バレー部にいた時もあったから」

 悠香は照れくさそうに鼻を擦った。

 アーサーがボールを飛ばし、言葉が受け取ってトスを回していく。

「禊ちゃん今だよ!」

 禊が大きく飛び上がって真上からアタックを投げ込んだ。また砂煙が大きく上がる。衝撃の余り尻もちを着いた忍が指さし、

「禊さん男性でしょ!? 何でそっちにいるんですか!」

「いや、女どもが不利になるからって」

「か弱い乙女だけじゃ不安だよね」

「ねー」

 女子たちは顔を見合わせて言った。

「矛盾に男女差は無いでしょ!」

「やだ忍怖~い」

 美友がそう言ってウソ泣きを始める。

「あ、忍が泣かした」

「違……っ!」

「忍サイテー!」

 女子の圧力に忍は口を結んだ。

「女子ってああいうところ怖いよな」

 尊が肩を持ったが、忍は目を逸らすだけだった。

「まぁそう落ち込むなって。そういえば工は? 一番やりたがりそうなのに」

「あぁ、工でしたら……」

 忍が海の家の方に目をやった。

「せやから食べ過ぎんなって言われたんやろ」

 アーサーがトイレに向かって声をかけた。

「だって……! 矛盾だからこれくらい!」

「矛盾は不死身でなだけで、風邪ひく時はひくしお腹も壊すで」

 そこに小町がやって来る。

「どうだ?」

 アーサーはやれやれ、と言った様子で首を振った。

「工、明日朝には治るから頑張れよ」

「一晩これですか!?」

「一旦内臓全部取り出して再生し直せばすぐ治るぞ。ものすごく疲れるが」

「え、それは嫌です。とりあえず何か薬下さい……」

 小町はため息をついてレジャーシートの所に薬を取りに戻る。トイレの前で宵彦と明彦が座り込んでいるのが見えた。

「どうした双子」

「いえ、ちょっと……」

 宵彦が青い顔で答えた。

「渡さんほどではないのでお気になさらず……」

 小町は悟った。そしてトイレにやって来ると、明彦に抗生物質を渡し、宵彦に矛盾用の抗生物質を渡した。

「それで少しは腹が大人しくなるだろ」

 双子はぐったりした様子で頭を小さく下げた。

 そして工の元に行く。

「体内に元から住んでる菌や白血球の働きを促す矛盾用の薬だ」

 やや黄ばんだ透明な液体の入った小瓶を渡される。工は安堵の表情でそれを口にした。だが飲み込んですぐに目を見張り、

「ぐああああああ!!!! 不っっ味!!!!」

 アーサーが声を上げて笑う。

「何すかこれ!?」

「だから促す……」

「何でできてるんですか!?」

「矛盾の体液やら……」

「うげぇぇぇぇ」

 工は腹痛よりも吐き気の方が気になって来た。

「なんか断末魔聞こえたな……」

 禊が不安そうに海の家を眺めながら言った。

「まあ大丈夫だと思いますよ……アイツ、マラリアにかかったことあるらしいですし。あとエキノコックスとか」

「マジかよ」

 だがすぐに話は横に置かれ、バレーは再開される。

 チームメンバーが交代され、男子には優が入り、女子には百足が参戦する。

「なるほど、蹴鞠を足ではなく腕でやるんじゃな!」

「ボールもビーチバレーだから痛くないでしょ!」

「本来のボールを使うと痛いのか?」

「まぁ、慣れてないと痛いね」

 悠香は苦笑いする。矛盾一背の高い百足はブロックを担当する。

「こう見ると、百足ってでけぇよな……」

 尊は口を開けて見上げた。

「だが、妾は昔はもっと小さかったのじゃぞ。鰻の君よりも小さかった」

「うそぉ!?」

「奏が、胸に宝器が刺さって土の中にいたせいだとおっしゃっていたぞ」

「宝器を心臓に長期間刺していると、その場の環境や聖霊の体液や宝器に影響されて、死後の姿が変化する事がある、ってな」

 禊がそう言うと、尊は感心したように頷いた。

「とかそんなだべってたら、また点取っちゃうわよ!」

 美友がアタックするが、リベロの優が即座にボールを跳ね上げた。

「そんな!」

「同じアイドルチームだからね、ダンスでミスしないよう、美友の動きは読めるんだ!」

「くっ……優を向こうに入れるんじゃなかった……!」

 美友は悔しそうに歯を食いしばる。

 またビーチボールが高く上がり、女子チームに向かってアタックが入れられる。だがそびえ立つ百足の頑丈で高いブロックにより、ボールは近くの岩場の方に飛んで行ってしまった。

「僕が取りに行くよ」

 要はそうにこやかに言ってボールの後を追った。

 岩場は潮が引いていて所々水が溜まっており、小さな海の生き物がいくつか見えた。

「後で女子たちに教えてあげようかな……」

 岩の間にボールを見つける。ボールを拾い上げ、コートの方に戻ろうとした。その時、足元の海藻を踏みつけ、体は綺麗に後ろに倒れた。ボールが手を離れて転がる。

 急いで手を突こうとすると、手が触れるよりも前に、お尻に何かが当たるのが分かった。それも大きな岩肌ではなく、小さな何か一点だった。それはお尻を少し滑り、吸い込まれるように肛門に向かった。

 腸内に何かが入り込むのが分かった。そしてようやく手のひらと骨盤に岩肌に衝突する感覚が走った。だがそれ以上に、体内を走る衝撃の方が大きかった。目から涙が噴き出る。

「おい何してんだよ、ボール挟まったか?」

 要の戻りが遅い事を心配した尊がやって来た。目の前で膝を抱えて座る要に、尊は首を傾げた。

「どうしたんですか?」

 復活した工が尊の後ろから顔を覗かせる。尊は側に転がるボールを渡し、

「滑って転んだんだってよ。先に行っててくれ」

 工をコートに帰すと、要の前にしゃがみこみ、

「ったく、どこが痛いんだ? お兄ちゃんに見せてみろ」

「何急に兄貴ぶってんだよ……!」

「お前は何を怒ってるんだ。ほら、手を貸そうか?」

 手を差し出すも、要は顔を伏せて首を横に振るだけだった。

「何だよもう。いいからとりあえずレジャーシートに戻ろうぜ」

 腕を掴んで立ち上がらせようと引っ張ると、

「ひぅっ!」

 聞いたことも無い小さな悲鳴に、思わず尊は耳を疑った。要は地面に膝と手をついて口を押えた。

「え……いや、何?」

 尊がそっと体を低くさせようとすると、要に強く頭を叩かれた。

「いったぁ! え!?」

 驚いて顔を覗き込むと、要は耳まで真っ赤にさせて肩を震わせた。

「いやマジどうしたの……」

「違う!! 僕はそんなんじゃない! 僕は真っ当な男だ! 僕は絶対……絶対に……!」

 手元に涙がポトポトと零れる。

「事情はよくわからんが、一人でどうにかできるか?」

 要は首を横に振った。尊は小さくため息をつくと、要の腕の下に腕を通して抱えると、

「せーので持ち上げるからな」

 要は小さく頷いた。

「せーのっ!」

 まっすぐに要を持ち上げ、そのまま後ろに尻もちを着いた。要は尊の肩に顔をうずめてしゃくり上げた。

「よしよし、痛かったな」

 尊は頭を撫でてやった。要は股座を手で押さえ、

「絶対誰にも言うなよ……!」

「言わねぇよ」

 尊は困った様子で微笑んだ。そして肩を持ってレジャーシートに向かうと、バスタオルを渡し、脱いだ要の水着を、レジャーシートに座って海を眺める言葉に渡した。

「あら、穴空いちゃいましたの?」

「転んで引っ掛けたらしい」

「これくらい目立たないわよ」

 すると尊は声にはせず、口と息だけで「いいから、早く」と言って急かした。言葉は怪訝そうな顔をしつつも携帯している裁縫セットを取り出して穴を繕い始めた。要は腰にタオルを巻いて、頭をリュックの中に入れてぐったりしていた。

「どうしましたの?」

 言葉がこっそり訪ねると、尊は、

「コイツ、昔からすぐ機嫌悪くなるときあるんだよ。大丈夫、ただの駄々だから。しばらくすればケロッといつもに戻る」

 尊は笑いながらそう言うと、リュックの上から要の頭を撫で、バレーをやっている中に戻った。要はじっと撫でられた頭にじんわりと残る温かさを感じた。


 空も橙色になり始め、一同はシャワーを浴びて服に着替え始める。

「もう夕方だよ」

 海を眺めるアキラの横からあぐりの声がして、振り返った。

「早いね。もう一日終わっちゃった。こうやってどんどん終わりが近づいてくるんだろうな……」

 あぐりは哀愁を漂わせ、首をかしげてアキラの顔を覗き込んだ。

「そうだね……僕ら人間には、終わりがあるから。一日一日が過ぎていくのが惜しく感じる」

「おじさんは、死ぬの怖い?」

 アキラは夕日に輝く海を見つめる。

「君に会うまでは死にたかった。死んで楽になりたかった、でも周りが怖くて死ねなかった。今は君もいて、真尋さんもいて、温かい矛盾の皆さんがいるから、まだ、もう少し生きててもいいかなって、思ってる」

「私のおかげでおじさんは生き永らえてる?」

「まぁ、そうだね」

「じゃあ私は命の恩人だ」

「そんな、恩を売るような言い方されても……」

 アキラは困ったように微笑むと、

「まぁ、そうだね」

 わしゃわしゃと雑にかき回すようにあぐりの頭を撫でた。

「キャー! 髪がぐしゃぐしゃだよ~」

「シャワー浴びてからそうだったろ?」

「そうだけどー」

 あぐりは嬉しそうに笑った。

「あぐりちゃーん、宿戻るよー」

 円香の呼びかけに、あぐりはアキラの手を掴んで走り出した。

 宵彦はニヴェの手を握り、

「夕食前に、見せたいものがあるので、時間を空けておいてもらえますか?」

「わかりました」

 ニヴェは疑問に思いつつも、嬉しそうに微笑んだ。

 嫌好は禊に抱き着いて頬を舐めると、

「あ、シャワー浴びてないでしょ」

「だって、あそこのシャワー10分100円だぜ? そのまま風呂入った方が安い」

「禊はすぐそういうケチなことする~」

「何だ、私もだぞ?」

 小町がそう言って頬を差し出すと、嫌好は手のひらで顔を押し退ける。

「やだー、小町のは舐めたくない」

「コイツ、昼飯にしてやればよかった」

 小町は不機嫌そうな顔で言った。

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