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第三十六話 力の恐れ

 ある日。

 家にチャイムの音が鳴り響く。

「ハイ、今行きます」

 ニヴェが手を拭きながらにこやかに玄関を開けた。だがすぐに表情が冷めた。

「何の御用でしょうか」

「アークィヴンシャのレオニダス・ベネット氏に、署へご同行願いたく」

 令状を突きつけられる。

 ニヴェが急いでリビングに戻り、レオの肩に手を置いた。

「何だよ、俺何もしてねぇよ!」

「ネットへの書き込みに危険性があると判断いたしました」

「何の書き込みだよ、死ねとか殺すとか言ってねぇだろ。殺害予告もしていない」

「アーティストのライブ予告映像に、『食っちまうぞ』と書きこまれましたね?」

「か、書いた」

「矛盾は人を食う可能性が無いとは言い切れません。よって、危険性が十分にあるために署へのご同行を願いに参りました」

 レオは青い顔でニヴェを見た。だがニヴェは曇った表情で視線を落とした。

「何でだよ! それ言ったら、他の人間だって食える可能性が……!」

「矛盾研究の結城博士より危険性があると診断されています」

 レオはその場に座り込んだ。

「違う。ただ、そのバンドへのアンチが気に入らねぇから、食ってやろうって……」

 禊が急いでレオと警察の間に立つと、

「俺も一緒に行っていいですか?」

「関係者ですか?」

「保護者です」

「彼は未成年ではありません」

「矛盾ではまだ子供です、未成年と同じです。このまま国際問題に発展させたくありませんから、俺も同行します」

 警官は少し話し合うと、

「わかりました」

 禊とレオを連れて家を出た。

 ニヴェは急いで奏の元に向かった。

「どういうことですか!」

「そのままですよ」

 奏は冷めた顔で答えた。

「彼はなかなかに横暴で、外での行動が目に余ると感じていたので。これで反省してくれるといいのですが」

「何もしてないじゃないですか!」

「まあグレーだったり法に引っかかるような事はしてませんが、矛盾としてみると危険な事が多かったですからね」

 ニヴェは何も言えず拳を握った。

「大丈夫ですよ。今回は罰金で済みます。そもそも、このご時世金でどうにかなるんですから」

「お金でって……!」

「そういう時代なんですよ、もう17年前とは違うんです」

 強く言われ、ニヴェは口を紡いだ。

「彼がブタ箱に入れられるよりマシでしょう? もっと簡単な話、貴方の体細胞を売ればいいんです。別に減らないんですから。それで彼はもう一回同じことをしても許されますよ」

 鼻で笑うと、ニヴェは机を叩いた。

「最低……」

 強く踏みながらニヴェは帰って行った。

「……指導が必要ですね」

 矛盾の集められたリビングに奏だけが立っていた。

「まあ何があったかは恐らく貴方々のおつむであれば十分理解できるでしょう」

「え、何があった?」

 工がそっと忍に聞くと、忍は静かにするようジェスチャーするだけだった。

「過去に、アメリカでとある軍人がネットで『年明けとともに爆弾でも落とすか』と冗談をつぶやきました。勿論その軍人は大炎上し、謝罪を求められました。そして無期限の休職を言い渡されました。つまり、力を持っているからこそ、持っていない者からしたら存在だけでも脅威で、冗談でもその冗談を叶えてしまうだけの力があるのならば発言に気をつけろ、という事です。一般人が言っても平気な事でも、矛盾ならやりかねませんから。地球を滅ぼすと一般人が言っても、何をデカい夢を言ってるんだか、で済まされます。けどアークィヴンシャラの国民はそうはいきません。矛盾という、国一つを7日で破壊してしまう力を一人一人が持ち合わせているんですから。ですから以後、言動には気を付けてください。ペナルティで拘束具をつけていますし、こちらも出来る限りそう言った争いにならないよう努めますから」

 奏はそう言って、さっさと姿を消した。

「そう言いつつ、通報した張本人のようなくせに」

 ニヴェは怒りを露にしてそう呟いた。

「……ごめんなさい」

 レオの一言に一同が振り返った。美友がレオを突き倒すと、

「なんてことしてくれんのよ。対して役に立つことしてない癖に!」

「美友ちゃん、やめようよ」

 李冴が止めに入る。

「私だってそんな一言でこんな大ごとになるとは思わないよ。普通に人が言っても平気な事が、私らだと脅迫になるだなんて……」

「被害妄想の強い奴には気を付けた方がいい。触れただけで何を言いだすかわからん」

 小町はレオを立ち上がらせて言った。

「お前たちも気をつけろよ。矛盾である立場を利用されて悪い方に持っていかれるかもしれない」

 一同は返事をしてそれぞれの部屋に戻った。

「レオも、もう少し相手を思いやろうな」

「思いやるって、俺が言われて嫌なことを言うなってんだろ?」

「そうだ」

「今回は言われても平気な事を言った。なのに矛盾ってな理由だけで、こんな理不尽な目に……!」

 レオは目に涙を浮かべ始める。

「やっぱり人類理不尽だ! 腐ってる! 俺が死んだ時と何も変わらない! 宝飾店を見てたら強盗に罪を擦り付けられて、何もしてない俺が罰せられて!」

 小町の手を振り払うと、玄関を飛び出した。

「レオ!」

 小町が追おうとすると、

「走らせてやれ」

 尊の声に止められた。

「いつの時代も人類は理不尽。あぁそうだ、諸行無常と言えど、それが人間本質の一つ、ずっと変わりはしない。だからアイツが司る美が『絶望』なんだろう」

 尊が百足を見ると、百足は目を伏せて頷いた。

「言葉を持ち、賢くなった分、人はより複雑な生き物になった。そればかりは是が故だろう。哀れだ、絶望して矛盾になったものだから、その絶望を己の司るものとなった。可愛そうな子じゃ」

 レオは宝器の置かれている研究室に来ていた。

「ねぇ母さん、優しい世界はどこにあるの?」

 ケースを開け、そっと指先で自分の宝器であるナイフを撫でた。

「お前の名前、何にしようか。日本の漢字ってカッコイイだろ? ほら、お前は忍者のナイフみたいだから、よく似合うと思うんだ。意味も調べてきたんだぜ」

 レオは台に寄りかかって床に座ると、ポケットから紙を取り出した。

吭登刃コトギリってのどうだ? 喉笛を切ってやるって言うだろ? あのセリフカッコイイよな。登は……適当」

 膝を抱えてうずくまる。

「早く来てよ、聖霊……俺だけの相棒……」

 下手な字で沢山漢字の書かれた紙を握りしめ、レオはうつらうつらと眠り始めた。

「……坊やはまだまだ幼いねぇ。いくら威張っても、やっぱり子供だ」

 宝器のナイフがゆっくりとレオの枕元に降り立つ。そして茶色い宝石をぼんやりと光らせて、

「名前、受け取ったよ。私は坊やの宝器・庖貯骬ホウチョウ、聖霊名は吭登刃。絶望の美を司る。今後とも……と言いたいけど、ずっと入ってたの、気づいてないだろうね。これからもよろしくね、坊や。一緒に嘆こう」

 庖貯骬はレオの頭に柄をゴリゴリと擦り当てると、そのまま大人しく台に戻った。

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