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第三十四話 一見親子

「おーい、アキラー」

 一階に禊の声が響く。ソファーで虚無に浸っていたアキラは飛び起きて声のする方を探して向かった。

「阿呆、こっちだこっち! 洗面所!」

「はい、只今!」

 あぐりはその様子をうつろな目で眺めていた。

「おじさん忙しそうだな~」

「禊さん、結構気に入ったみたいっすからね」

 ふと、ソファーの側で床に座る龍が答えた。

「ねぇテヨン、何してるの? その大きいのは……皿?」

「違うっすよ~! 俺の宝器っす。盾・間流盾。聖霊名は戶珆佳ヘイカっす」

「陛下? 何で?」

「そ、それはナイショっす。そう言うのは他言するものじゃないんっすよ」

「ふーん」

 龍は宝器を丁寧に磨いていく。

 乾いた洗濯物を抱えて禊とアキラがリビングにやって来る。

「今は全部回収してあるけど、それぞれ部屋の前にこの籠が置かれてるから、この中に畳んで入れる。服には一応名前が書いてあるけど、わからなかったら聞いてくれ」

 禊はそう指示し、2人で洗濯物を畳んでいく。

 アキラは禊の動作を見ながら、自分の畳み方が合っているか確認する。だが禊が手に取った女性の下着を見るたび、手が止まって見えた。

「なに、女性のは嫌か?」

「い、いえ、そういうわけじゃ……」

 アキラは急いで尊のパンツを畳む。禊は下着をいくつか並べ、

「これは言葉の。言葉はあまり柄物は着ないし、自分の目の色に近いピンクを選んでくる。悠香はスポーツブラ。百足はブラトップしか使わない。そのバカでかいのは小町だ」

「せ、説明しないでください……」

 アキラがやや恥ずかしそうに目を逸らすと、禊は悪戯に微笑んで見せた。

 アキラが下着を一つ取って畳むと、

「おじさん、その白いブラトップは私のだから。あぐりって書いてあるでしょ?」

 あぐりが指さして言った。アキラは一瞬下着を凝視したが、急いで籠に入れた。

「やっば、おじさん超面白い」

 あぐりはクスクスと笑いながら呟いた。

「アキラ、その青いのは美友だ。鳥の刺繍が入ってるのは要。その水色は李冴。それ、ピンクで花柄だけど優のだから」

 アキラは驚いた顔でパンツを広げた。

「本当だ、窓がついてる」

「ああ見えて、心は女の子だからな。あぁ、そのキャラクター柄はココロだ」

 洗濯物の山が減っていき、どの籠も服が詰められていくのに、真尋の籠だけずっと空だった。アキラは不思議そうに籠を眺め、少し何か探す様子で洗濯物の中に手を入れた。紐っぽいものが手に絡み、それを掴んで引っ張り出した。広げると、フリルのたくさんついた白いブラジャーが現れた。アキラは思わず硬直する。禊は苦笑いをしながら、

「それ、ニヴェのだから」

「わかってますよ」

 アキラはやや切れ気味に下着を籠の中に放り込んだ。

「私のはその中にないよ」

 後ろから声が聞こえてきて振り返ると、真後ろに真尋が立って見下ろしていた。

「真尋さ……!」

 アキラは動物の降伏のポーズのように、両手を広げて腹を向けた。

「自分のは他の人のとは別で洗濯してるの、朝とか。だって、男の服の汚れが私の服に染み付いたらどうするの? そんな服もう着れないよ」

 その冷たい真顔にアキラは背筋が凍った。

「禊さん、もうコート使わないから洗ってもらいたいんだけど」

「はいよ」

「クリーニングには絶対出さないでね」

「わかってる。俺の部屋の前にでも書置きと一緒に置いておいてくれ」

 真尋は頷くとその場を離れた。

 アキラは離れて行く真尋の背中を見ながら、

「そんなに潔癖症なんですね」

「違うよ。まぁそれもあるだろうけど、アイツは男が生理的に嫌いだから。お前ならよくわかってるはずだろ?」

「そんなに……」

「まぁ、わからなくもないよ。俺も昔、本当にずっと昔だけど、そういう時期あったから」

 禊は最後の洗濯物を畳み終わると、アキラと一緒に籠をそれぞれの部屋に置きに行った。

 あぐりはネイルの入った箱を眺めて眉間にしわを寄せていた。

「ラッキーカラーは水色だけど、今シーズンはミントグリーンが流行だし……」

 一通り終えたアキラが戻って来て、ソファーに尻を投げ出した。あぐりはそれを見て何か思いつき、

「おじさん、ちょっと来て!」

 アキラの腕を掴んで縁側に出た。縁側に座ってネイルの瓶をいくつか並べ、

「これが好きな色なんだけど、もう夏も近いし水色とか可愛いでしょ? でも今シーズンこの色が流行で。でもこういう明るい色もいいし、渋めの色でシンプルに大人っぽいのもいいんだよ……」

 アキラは首をかしげながら手を目で追っていく。

「ね、この中でどれがいいかな?」

 アキラは瓶の一つを手に取り後ろに書かれた表示を見て、

「これ何?」

「マニキュアだよ。知らないの?」

「いや、知ってるけど……」

「どの色がいいかおじさんが選んで!」

「え、僕が?」

「他に誰が選ぶってのさ」

「いや、ほら、美友さんとか、言葉さんとか……」

「今お仕事中」

 アキラは眉間にしわを寄せる。

「そんなに悩まなくてもいいのに!」

 あぐりはアキラの肩を叩いて笑った。

 アキラは恐る恐るビンの上で手を泳がせ、そっと一つ手に取った。あぐりは手を覗き込み、

「えぇ~、これ今の時期のじゃないよ~!」

 そう言いつつ、アキラに足を差し出した。

「え、これどうするの?」

「塗って」

「どこに?」

「どこって、決まってるじゃん。足」

「え、でも学校……」

「靴下履くからわかんないよ。みんな結構足に塗ってる」

 あぐりはそう言ってスマホをいじり始めた。アキラは瓶を開け、震える手でそっとあぐりの足に手を置いた。若々しい滑らかで柔らかい肌に指の圧力がかかる。ぷっくりと膨らんで足から伸びる指先にマニキュアを塗っていく。あぐりは時々スマホから視線を外して爪を見る。

「ちょっと、はみ出しまくってんじゃん!」

 あぐりがケタケタ笑うと、足が揺れて狙いが定まらない。

「あぐりちゃん、動かないで」

 アキラは脂汗をにじませながら塗っていく。グレーの混ざった藍色が爪の上で艶やかに光る。

「その色ね、見てて落ち着くんだ。何でだろうね」

「さ、さぁ」

「夢で時々見る男性に似てるんだ。なぜか私、その人をお父さんって呼んでる。もしかして本当のお父さんなのかな」

 アキラはハッとして顔を上げた。そしてまた顔を伏せ、黙々と塗り続けた。

「……おわったよ」

 アキラは深いため息を溢しながら瓶のふたを閉めた。あぐりは足を上げて爪を眺め、

「おじさん、下手すぎ。超不器用じゃん」

 アキラの膝を叩いて笑った。

「仕方ないだろ、慣れてないんだから。これでもはみ出ないようにしたんだ」

「でも大丈夫だよ」

 あぐりは筆と除光液と小皿を箱から取り出すと、小皿に除光液を小量出し、筆先につけてはみ出たネイルの上に塗り始めた。はみ出たネイルが落ちていき、ネイルが整われていく。

「ね、こうすれば綺麗になる」

 アキラは努力が無駄になった気が少ししたが、そう言った方法もあるのかと、少し感心した。

「お邪魔します~」

 そこに千歳の声が飛んできた。

「あ、おとうさん!」

 あぐりは千歳に向かって走って勢いに任せて飛びついた。タックルされた千歳は吹き飛ばされる。

「あぐりちゃん、今日も元気だね」

 千歳は少しやつれた顔で頭を撫でた。そこに禊が近づいてくる。

「おぉ、ありがとうな」

「頼まれてた棚、これで大丈夫か確認しれもらえますか?」

「うん、大丈夫だろう。アキラ、手伝ってくれ」

 千歳とアキラと禊で組み立て式の棚を運んでいく。

「アキラの部屋と、ハッシュ、嫌好、美紗の部屋に置くから」

 禊の指示通り一つずつ組み立てていく。

「あれ、3個買ったはずなんだけどな」

 千歳が首をかしげて指を折る。

「4個って言ったはずだが」

「え、4個!?」

 千歳は申し訳なさそうに手を合わせた。

「このままじゃアキラの部屋が片付かないもんな……」

「俺、買ってきます」

「いや、いいよ。何だからアキラ、お前買って来な」

「え、あ……はい」

「いやいいですって、俺のミスですから」

「じゃあ千歳が車出してやれ」

「じゃあぐりも行きたい!」

 見ていたあぐりが元気よく答えた。

「でもあぐりちゃん、せっかくの休日なのに」

「おじさんセンス悪いから絶対変なの買って来る」

「でも……」

「あぐりと二人だけで向かわせるの心配だから、私もついて行くよ」

 そこに真尋も現れた。

「よし、じゃあ4人だな。今お金渡すから」

「すいません禊さ~ん」

 千歳が後を追った。

 4人は千歳の車に乗ってホームセンターに向かった。

「おとうさんは車で待ってるから、3人で選んできて」

「うん!」

 あぐりはアキラの腕に抱き着くと、千歳に手を振って店に向かった。

 ずらりと並ぶ棚を見上げる。

「ねぇ、これどうかな」

「値段見て」

 あぐりは値札を見て目を丸くさせる。

「彼の部屋は日が当たりにくいから、白いものにしよっか」

「んー、じゃあこれはどうかな?」

「それだと小さすぎない?」

 あぐりと真尋が選んでいる姿を、アキラは見本で置かれているベッドに座って眺めていた。

 しばらくして、飽き始めたあぐりが走って来た。

「おじさん疲れた~」

 あぐりが両手を広げてやって来るので、つられてアキラも両手を広げる。するとあぐりは目の前で立ち止まり、そのままアキラ目がけてダイブした。アキラは急いで起き上がろうとすると、あぐりに胴を抱きしめられて起き上がれなかった。

「あ、おじさんいい匂いするね」

 あぐりが鼻を押し付ける。アキラは頬を染めて目を逸らすと、

「よ、宵彦さんに香水を借りた……その、美友さんらがつけろと……」

「へー! おじさん女子力高いね」

 あぐりは嬉しそうに微笑んで目を瞑る。アキラは動かないあぐりをそっと覗き込むと、恐る恐る手を伸ばして頭を撫でた。

 そこに真尋もやって来て、あぐりの反対側に横たわった。

「楽しそうだね」

「すいません!」

「怒ってないよ」

 アキラの腕を伸ばし、その上に頭をそっと置いた。

「いいね、このベッド。ダブル?」

「みたいだね」

「ふーん、これなら一緒に寝られるね」

 真尋はあぐりと自分の二人、という意味で言った。だがアキラは真尋と自分と受け取り、

「え、一緒に?」

「なら、向こうのベッドだったら一緒に寝れるよ」

 あぐりは千歳と自分と祖母を差して言った。

「そんなに入るかな……」

 アキラは自分と真尋とあぐりの三人と受け取った。

「いやいやいや、無理だって」

 首を横に振り、急いで立ち上がる。そして適当に値段も機能もよさそうな棚を選び、そそくさとレジに入った。

「おじさん、照れてる」

 あぐりは悪戯な笑みを真尋に見せた。

「あぐりちゃん、本当そういう表情上手いね」

「え、どういう表情?」

「私にはできないや。うん、可愛い」

 真尋はあぐりを抱きしめて頭を撫でた。

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