第三話 始めまして
目が覚めた。だが見た事の無い部屋だった。いや、まず部屋と呼ぶべきだろうか。起き上がって辺りを見回す。白い何もない空間だった。地平線に行くほど灰色になっているが、遠くが見えない。天井も無く、上へ行くほど暗くなっている。床に顔を近づける。床は真っ白でつるつるしていて、自分の顔が映されるくらいだった。
一体ここはどこだ。見た事もない。
「あ、起きた?」
ふと声がした。女性の声だ。後ろからか。振り向くと、そこには白髪の少女が立っていた。いや、わずかに浮いていた。目が赤く、肌は髪と同じくらい白かった。少女はにっこり微笑むと、
「君、ココロちゃんって言うんだよね!」
確かに、私の名前はココロという。
「始めまして。私、永遠! 永遠って書いて、とわって読むの!」
永遠はそう言うと、私の手を握った。
「ね、少しお喋りしよう! もうしばらく誰とも会話してないから、頭がおかしくなりそうなの」
永遠は私の手を引いて歩き出す。何も無いはずの空間だが、少し歩いた先に白いソファーが、3人掛けと1人掛けの二つ置いてあった。永遠は1人掛けのソファーに座り、私は2人掛けの方に座った。
「君、意志は何?」
意志? 石?
「君の聖霊は何を司るの?」
私の聖霊?
「ほら、矛盾でしょ? 宝器は持ってないの?」
宝器……確か、私が矛盾として発見されたときに、頭にかぶっていた。
「そう、それ。石を贈ったはずだよ」
石。石なんかついていただろうか。
「付いてたよ。ね、君はどうして矛盾になったの?」
分からない。
「何か欲しいものとか無いの?」
何も欲するものはない。
「んー」
永遠は少し考え、
「君はどこにいたの?」
どこに?
「矛盾として発見される前」
研究所にいた。
「誰と?」
誰もいない。機械に接続され、ロボット兵を動かしていた。研究所のシステムを守っていた。
「その前は?」
女性と狭い部屋で過ごしていた。毎日パソコンに向かってプログラミングをしていた。
「その前は?」
同じ。ただプログラミングをしていた。
「その前は?」
覚えていない。
「本当に?」
本当だ。……でも、一つだけ、記憶らしいものが残っている。その女性が、私に本を読み聞かせていた。物づくりの、孤独な少年の話だった気がする。少年は毎日作って、作って、作って、それを幸福だと信じ、死んだ。
「その女性は誰?」
わからない。
「君に何をしてくれた?」
プログラミングをするよう言っていた。
「他には?」
それだけだ。
「君はどうやって生活していた?」
その女性が食事を作って、私に食わせていた。……機会に接続される前。
「他には?」
私に服を着せた。笑顔と判断される顔をしていた。鼻歌を歌い、ミシンで服を作っていた。
「その女性はどうなったの?」
いつの間にかいなくなっていた。
「いなくなってないよ」
行っている意味が分からない。
「答え合わせをしようか。君がこの世に産み落とされました。女性に育てられて、服を作ってもらって、ご飯を作ってもらいました。女性は嬉しそうでした」
記憶と一致する。
「でも女性は急にいなくなってしまいました」
記憶と一致する。
「本当に一致する?」
一致する。
「じゃあ、どうして急にいなくなっちゃったの?」
わからない。家を出たのだろうか。
「答えられる?」
わからない、答えられない。
「教えてもらいたい?」
教えて。
「例え、君が苦しい思いをすることになっても?」
私は十分苦しい思いをしてきた。
「その苦しい思いって?」
母が死んで、機械と一体化して――。
「ほら、答えられた」
永遠がほほ笑んで私を見る。
「君は覚えている。君が記憶の奥底にしまっちゃっただけだよ」
母? 私に母がいるのか?
「生き物には必ず母がいて父がいる、じゃないと君はこの世に生まれない」
母が死んだ?
「どうして死んだの?」
足が浮いている……。母の足が、床についていない。動かない。
「お母さんはどうなってるの?」
涙を流して浮いている……。
「どうして泣いているの?」
悲しいから。
「どうして悲しいの?」
絶望したから。
「何に絶望したの?」
現実に。
「どうして絶望したの?」
私に、心が無いから。
「……思い出せた?」
永遠が私の頬に触れる。濡れている? 私の頬が濡れている。どうして? 目から涙が流れている。
「君のお母さんは君のために色々してくれた。でもプログラミングに長けていた君は人々に利用され、君はますます心を失っていった。そのうちお母さんは君を気味悪がり、君を殺そうと思い立った。でもそんな事お母さんには出来なくて、お母さんは自ら命を断った……」
そうだ。記憶と一致する。お母さんは私に絶望したんだ。出来損ないの私に。
「君は出来損ないじゃないよ」
永遠が私を抱きしめる。
「何かが人よりできる分、何かが人よりできない。そういう風に人は作られているんだよ。だから君は出来損ないじゃない」
永遠は私を離すと、
「君の願いは何?」
私は……。
「心が、欲しい」
「そう、それが君の意志だよ。感情の美を司る、君の役割」
どうしたら願いが叶う?
「そうだな~」
永遠は少し考えると、
「みんなとたくさんお喋りして、一緒に生活する!」
みんな?
「君の周りには人がたくさんいるでしょ? 君はもう、一人で暮らしているわけじゃない」
矛盾のみんな。
「そう。そのみんなと暮らしてみたら?」
永遠とは?
「私とは……そうだね、今は無理だけど、もう少ししたら一緒に暮らそっか! お菓子作って、お散歩して、温泉にも入って、たくさん遊ぼっか! たくさん寝て、たくさん美味しいもの食べよ」
永遠は私を膝に乗せ、微笑みかけた。お母さんに似ている気がした。
「さ、もう朝が来るよ」
永遠が指さす方から強い光が差し込む。永遠の膝から降りて光を見つめた。
「ねぇ、永遠……」
永遠を呼ぼうとしたら、温かい手が頭に触れた。永遠は私の側にしゃがみこみ、
「この事は、誰にも言っちゃだめだよ。特に、禊にはね。嫉妬しちゃうから」
そう言って私の背中を押した。私の身体は光に吸い込まれていった。
「またいつか、会おうね」
永遠は優しく笑って手を振っていた。




