第二十九話 月を見る鳥、海を見る魚
大きな物音がして奏が顔を上げた。
「なんの音だ?」
「救護室の方ですね」
奏と職員は音のした方に向かった。部屋に入ると、半ビーストモードの小町と要が取っ組み合いをしていた。
「お前たち、何してんだ!」
職員が急いで止めに入ろうとすると、小町の尾ひれが当たって職員は吹き飛ばされてしまった。要は白衣のポケットに手を入れると、
「コードゼロファイブ、コードゼロツー、Lying down!」
そう叫ぶと、小町と要に装着されたチョーカーが光り、2人を床に這いつくばせた。
「な、何だこれ……!」
「聖女の力と似ている……」
奏は鎮静剤を二人に注入させると、チョーカーの力を解除した。
「何をやってるんですか。それに、小町さんの居場所は教えてませんよ」
要が口をとがらせて顔を背けると、
「いえ、情報が漏れたのは僕の指導の問題ですね」
奏は眼鏡を指で押し上げた。
「ですが、なぜこのような状況になったんです? 部屋もこんなに壊して。ちゃんと全て話してください」
奏はイラついた様子で貧乏ゆすりをした。するとそこへ職員の一人がやって来て、
「いた、結城先生! 2番の宝器に変化が現れました!」
奏と要たちは宝器を置いてある部屋に向かった。広い部屋には宝器が専用の台に乗せられて、数々のメーターと繋がれていた。
「あっ要殿! 宝器が呼んでおられますよ!」
白銀姫が元気よく声をかけた。尊の宝器も宝石を光らせ、
「おめでとうございます、弟君よ」
拍手の効果音を鳴らした。
要は自分の宝器の前まで来ると、宝器を覆うガラスのケースに手を置いた。奏が操作し、ガラスのケースが開く。
要はそっと宝器に右手を伸ばし、指を一本ずつ置いて握った。すると宝石が藤色に光り出し、光の粉を辺りに舞い上がらせた。
「神より仕え参った、聖霊です。我が持ち主よ、うちに名前をください」
その声は聞き覚えのある幼子の声だった。忘れていた声だった。要はつまる喉に唾を流し、震える声で、
「璨乃宮……君の名前は、璨乃宮だ……」
そう言って宝器を抱きしめると、宝器は光を弱め、
「うん、要様。璨乃宮だよ。つきからまいった、璨乃宮だよ」
璨乃宮の声は涙ぐんでいた。
「おめでとうございます要殿!」
白銀姫がそう言うと、周りの宝器から一斉に拍手の音が鳴った。
「はじめまして、ほうきのみなさまがた。ただいままいりました、璨乃宮です。これからもすえながく、よろしくです!」
要の宝器はパッと一瞬明るく光った。
奏は眼鏡を外し目を見開くと、
「これは貴重だ……おい、監視カメラの映像を取っておいてください! 要さん、どういった経緯で聖霊が宿る事となったのかお聞かせください。事細かに隅から隅まで詳細全てお話しください!」
奏は要につかみかかった。
「えぇ……」
「さぁ!」
奏は要を引っ張ってその場を離れた。
小町の側に寂赤金がやって来て、
「見られてしまったようですね」
「実に不愉快だ。後でぶん殴って記憶を消してやらんと」
「でもいいじゃないですか、おかげで一時も溢さず彼が覚えてくれるんですから。小町様は言動の全て覚えてますか?」
「覚えている……と言ったら嘘になる。私の記憶力は並大抵だから無理だ」
寂赤金は静かに笑い、
「記憶というのはその人のほとんどを構成します。とても大事な部分なんですから」
「わかっている」
小町は鼻を膨らませ、そっと首元のネックレスに触れた。
「わかっているよ、マシュー。もう一度会えてよかったよ」




