第二十六話 全ては貴方を思うが故に
悠香が生放送で義足が取れてしまった事件よりしばらく生放送を控えていたが、結城奏が設置した監視のためのカメラのおかげでネジを盗んだ犯人が発覚し、事件はひと段落つく事となった。
「でもクミちゃんどうなっちゃうんだろうねー。しばらく無期限でお仕事無いんだって」
美友は煎餅をかじりながらぼやいた。
「ドラマとかCM撮影の予定も全部破棄されたんでしょ?」
李冴は憐れんだ様子で白藤クミについてのネットの記事を見ていた。真尋はその画面を覗き見て、
「当然の報いじゃない」
と冷たく一言言い捨てた。
「真尋ちゃん冷たすぎるよ」
「それ相応の事をしたんだから。私が同じことをしてこのような結果になったなら文句は言わないよ。美友がされたように衣装を壊すことはもちろん犯罪だけど、義足のネジを隠すのはもっての外、さらに倒れた時ケガもしたんだから」
「怪我と言っても、少しひねっただけだよ」
悠香は右手首をさすった。
「まぁでも、同じアイドルとしてみると少し憐れんじゃうよね」
一同が小さなため息を溢していると、楽屋に七穂が入って来て、
「皆さん、出番ですよ」
「今度こそ失敗しないようにね」
「悠香、ネジは?」
「大丈夫! ストラップも新しいものにしてもらった」
悠香はニーハイソックスを少しめくって義足のつなぎ目を見せた。真尋は深く頷くと、悠香を補助するように腕を掴んで歩き出した。
ステージ上にスタンドマイクやギター、ドラムセットが設置されていた。それぞれ役割の楽器を持って、美友に目くばせする。美友は頷くと、センターに立つ言葉に合図を送った。カメラマンスタッフが秒を数える。
「5、4、3、――」
一方、禊たちは、アーミューズの新曲初披露生放送の為に家のテレビの前で待機していた。
「時間、遅れてるね」
要が時計を見て言う。
「前のアーチストのおしゃべりが長かったからな……」
尊はイライラした様子で言った。すると画面にスポットライトの当たったアーミューズが出てきた。
「来たぞ!」「言葉さんがセンターだ!」
全員が唾を飲んで釘付けになる。
ベースから入り、徐々に音が上がっていく。そして言葉が歌い始める。歌詞は至って恋愛ものの、好きな相手を思うごく普通の曲であった。が、サビに入るにつれてギターが激しくなっていき、ドラムをたたく優が激しく頭を振り始める。そして、言葉の口からとても最初のイメージとはかけ離れた単語が出てきた。
「ぶっ殺す!!」
その言葉とその表情に、その場の全員が抱き合って震えた。いつものおしとやかなお嬢様である言葉とは思えないほどの荒々しい言葉と、目を見開いた獣のような表情、そして鳴り響くハードなロック。
「……この曲、言葉だわ……」
禊がそう呟くと、男子一同が首を縦に振った。
「私を好きなのにその態度は何? 私の側においで? 来ないなら殺しに行くから!!!!」
スピーカーに強く足を乗せ、眉間にしわを寄せてシャウトする。が、曲の終盤、急にフッと表情が柔らかくなった。
「あ、いつもの言葉だ」
嫌好がそう呟いて胸を撫で下ろした途端、
「絶対誰にも触れさせないからね、マイダーリン♡」
と、鬼のような形相で歌った。
放送が終わり、歓声が沸き起こってスポットライトが消える。静まり返ったリビングに、アナウンサーの次のアーティストを紹介する声だけが聞こえた。
新曲発表も兼ねて、言葉の誕生日パーティーが開かれた。
「おめでとう~!」
「お疲れ様~」
禊とアーサーなどの料理のできる者によって用意された料理を、各々好きなものを取ってパーティーを楽しんでいた。宵彦の差し入れのワインも開け、酔いが回ってきた頃。
「ね、禊ちゃん。新曲どうだった?」
言葉が禊に話しかけた。
「うん、良かったよ。なんというか、言葉だなって思った」
「なにそれ~」
言葉は楽しそうに笑う。次の話に移ろうと切り出した時、
「禊ー、氷どこ?」
優が背中を叩いた。
「冷凍庫の……あぁ、俺が出すよ」
禊はキッチンに向かう。その後に言葉もついて行き、
「それでね、作詞するとき――」
「みしょぎー」
今度は美紗がやってきてジュースのおかわりをねだった。言葉の笑顔が冷めていく。
「ごめん言葉、待ってて」
ジュースを注いでやる。そして話の続きをするために顔を上げる。言葉の表情がまた明るくなるが、
「なー禊、これ見てくれよ!」
「えっ? あ、あぁ、そうだな」
禊は一瞬見て適当に返す。
「それで、何の話だっけ?」
「作詞するときね、工がドイツに行ったとき――」
「禊、これどうすればいいー?」
また声が飛んでくる。禊は優に差し出されたタブレットを覗き込み、
「だから、そこの歯車を……うん、それでそのシステムってのを――」
言葉は少しむくれた顔で禊の左手を握った。
「ねぁ禊ちゃん、今晩空いてる?」
「え? あぁ、後でね。だから、そこの……記号だけの表示ってわかりづらいな。貸せ」
禊は言葉の手を振り払ってタブレットを操作し始める。
「はい、これで使えるよ」
優に渡すと、優は嬉しそうにタブレットを持ってみんなの所に戻る。言葉は禊の腕に抱き着いて、
「ねぇ禊ちゃんってば。あのね、撮影の時――」
「み~そぎ~!」
そこに酔っぱらった嫌好が絡みに来た。禊に抱き着いて言葉を突き飛ばした。
「おい嫌好、危ないだろ。ったく、ほら部屋行くぞ」
「禊ちゃん、私がやる」
「いいて、主役はあっち行ってな」
禊は追い払うように手を振り、嫌好を抱えて上の階へ行こうとした。言葉は舌打ちをすると、グラスを強く机に置き、肩を持たれた嫌好の顔めがけて拳を振り下ろした。そして禊めがけて鋭く尖った指先を振り下ろした。
「ちょ、待て言葉!」
禊の背中が壁にぶつかると、大きな音と共に言葉の手がコンクリートの壁に突き刺さった。あまりの出来事にその場は静まり返って言葉を見た。
静かな部屋にパラパラとこぼれるコンクリートの音と、言葉の嗚咽が響く。
「……私、私頑張ったから、禊ちゃんに見てもらいたいのに……!」
唇を噛んで手を引き抜くと、
「もういい!!!!」
涙を流して自室へ駆けこんだ。ドアを閉める強い音に一同が肩を跳ねた。
「ど、どうしたの……?」
優が恐る恐る尋ねる。尊とアーサーが倒れた嫌好の側により、
「おいタコ、無事か?」
「あー、鼻の骨折れとる」
アーサーが鼻の骨を戻してやる。
「いてぇ!」
「あぁほら、大人しくしろ酔っ払い。アーサー、そっち持て」
「あいよっ」
アーサーと尊が嫌好を部屋に運ぶ。禊は唖然とした様子でその場に座り込んでいた。
パーティーも終わり、皆が寝静まった真夜中。禊が台所を拭いていると、背中に温かい重みを感じた。禊は手を止めず、
「ご機嫌は直りましたか?」
そっと背後に声をかけた。なかなか返事が返ってこないため振り返ると、言葉が背中にくっついて目だけを向けていた。
「お腹空いてるか?」
頭を優しく撫でながら聞くと、小さく首を横に振った。禊はフッと微笑むと優しく抱きしめ、
「久々に一緒に寝よっか。小さい頃は一緒に、硬い地べたに寝転がって寝てたよなぁ」
言葉は禊の腕に鼻を押し付ける。懐かしい埃っぽい匂いと甘い体臭。小さい頃からほとんど変わらない禊の匂い。言葉は嬉しそうにニコニコしながら抱きしめ返した。
「明日は遅く起きよ。折角のお休みなんだから、ゆっくり起きようよ」
言葉がそう言うと、禊の低い返事の声が耳をくすぐった。




