第二十五話 理想の身体だ!
アメリカ、ニューヨーク――。
禊はボストンバッグを一つ持って、最先端を行く現代人の行き交うビル群を歩いていた。小さなメモに書かれた地図を頼りに、一つの白いビルに入る。
受付に声をかけていると、
「待ってたよプリンス~!」
一人のきらびやかな衣装をまとった人物が飛んできて禊に抱き着いた。
「お、お久しぶりです、エンジェル……」
「そんな丁寧にしゃべらなくていいよ。君の方がずっと年上だろう?」
「で、ですけど……」
「ほら、これから一緒に仕事するんだ、それじゃあ好きに発言できないだろう?」
「……わかったよ」
禊は商談パーティーでエンジェルに持ちかけられた仕事に乗るため、こうしてエンジェルの事務所に来ていた。
「それじゃ……」
エンジェルが禊の肩に手を置いた瞬間、目の前に衣装やメイク道具を持ったスタッフが十数名並んだ。禊はやや引きつった顔でそれらを見た。
「まずは全身の毛を剃るところから始めよっか」
「え? 毛?」
意味が分からず混乱しているうちに、エンジェルに次々と服を脱がされていく。
「ちょ、エンジェル!? エンジェル!?!? アーッ!!」
エンジェルが手を叩き、
「スッキリしたでしょ?」
にこやかに顔を覗き込んできた。禊は濡れた猫のように髪の毛先から雫を垂らし、ゲッソリした様子でエンジェルを見た。
「まさかアソコまで剃るとは思わなかった……」
「ま、生えてても良かったんだけど」
「なら何で!」
「見たかったから」
エンジェルは頬を染めて微笑んだ。禊は信じられないと言う様子で目を見張った。
そして禊に下着のパンツを一枚渡し、
「それじゃ寸法測るね~」
全身の寸法をくまなく図っていく。そしてスタッフと共に数字を記し、その細さにみな目を丸くさせた。
「こんなに細くてよく生きてられますね」
スタッフの一人が言った。
「この傷とかどうしますか?」
メイクスタッフがエンジェルに尋ねると、
「これはこれでアクセントになるから隠さなくていいよ。今回のテーマにピッタリだよ」
エンジェルは自信気に微笑んだ。その目には強い闘志が潜んでいた。
数日後。
エンジェルが枚巻載るファッション雑誌に禊の写真が掲載された。
「すげー!」
「本当のモデルみたい~!」
全員で英文字だらけの雑誌を囲んで見入っていた。
「あの、あんまり見られるとさ……」
禊は雑誌を両手で隠そうとするが、言葉に手を叩かれておずおずと後ろに下がる。最新の下着と、デザイナーエンジェルによる最新衣装の試着例として禊が映っている。テーマの儚さと強さと虚無感を表すために、死人のような体を持った、矛盾だから成し得られた、とエンジェルは雑誌内で語っている。
嫌好は雑誌に目を向けたまま、
「禊、すね毛剃ったでしょ」
その言葉に全員が禊の足を見る。
「でも禊って元から薄かったろ。写ってないだけなんじゃねぇの?」
尊がそう言うと、アーサーはひょいと禊の足を掴んで逆さまにした。そしてズボンの裾をまくると、ツルリとした薄い皮膚が骨を纏っていた。
「ホントだ無いわ!」
「やめろアーサー! 撫でるな!」
禊はポカポカとアーサーを叩く。
「でもなぜこんな仕事を引き受けたんだ?」
小町が訪ねると、
「矛盾と言うのがどういうものかを知ってもらうにも、こうした方が分かりやすいかと思って。それに、今はモデルの減量に制限がかかってここまで痩せたモデルはいないらしいし、その為にモデルに痩せさせるのはかわいそうだと思ってさ」
「禊さん優しい~」
李冴が頬を染めてうっとりした表情で言った。
「いやこれで矛盾がどういうのってわかるのかよ」
尊は疑うように雑誌に目を向けた。
「でも、体の傷とかから検索かけてる人が出てきてるみたいで、矛盾の非公式ファンサイトが拡散されてますよ」
工がタブレットの画面を見せた。そこには懐かしき、宵彦が人間だった頃に作られたあのサイトが映っていた。
「懐かし~! これ宵彦が最初に教えてくれたやつだな。メンバー欄増えてんじゃん」
禊はニコニコしながら画面をスクロールしていく。
「このサイトには何が乗ってるんですか?」
悠香が訪ねると、
「矛盾について全部。過去のUPO時代に撮られた写真も載ってる」
「UPO……?」
「簡単に言うと、今から100年以上も前の写真とかも載ってるって事。僕らが入っていた組織についてとか、宝器についてまで載ってる」
忍がそう言うと、悠香は首を傾げつつ驚きの顔で禊を見た。
「でも、宝器の情報は秘密なのでは……?」
「UPO時代に作られた研究資料が全部流出してね。それでその頃の宝器についての資料が載ってるんだ。大丈夫、悠香ちゃんの宝器は載ってないよ」
その言葉に悠香は少し胸を撫で下ろした。
「しっかしよく作ったもんだよな。誰が作ったんだ?」
尊が画面を操作しながら言うと、
「海外の矛盾ガチ勢の複数人が作ったらしい。今は奏が代表管理してるんだってよ」
「えっアイツそんなことまでしてんの!? ガチすぎて気持ち悪……」
尊は身震いする。
「ックシュ!」
奏はくしゃみをし、室内を見渡した。




