第二十四話 短い左腕と右足
東京大型会場――。
アーミューズの握手会当日の事だった。
会場に入った美友らアイドル達は、広い会場に目を輝かせた。
「すごーい! これ何人入る?」
李冴と美友は走って会場の真ん中に向かう。
七穂は解くの2人にも聞こえるよう声を少し張り上げ、
「今日は1000人ほどの導入となります。私たちは裏で待機してますから、何かあったらすぐ言ってください。それから、真尋さんは特別に配慮して、この席に座って、これで握手してください」
テニスなどに使われる審判席と、3メートルほどの棒の先にマネキンの手が付けられたものを渡された。
「え、こんなんアリ……?」
美友が唖然とした様子で席を見上げた。
「この事は事前に公表してあり、ファンも同意の上でチケットを購入してくれています」
「同意してんだ」
「懐の深いファンなんだな~」
「七穂さん、ありがとう」
「いいえ、皆さんを守りサポートするのが私の役目ですから」
七穂はそう微笑んだ。
時間になり、準備のできた会場にファンがやって来る。
「今日はありがとうございます!」
美友が笑顔で手を差し出す。ファンには様々な人がいて、小学生くらいの女の子から、美友が生前アイドルだった頃からのファンであるおじいさんまで来ていた。
「美友ちゃん! あぁ、俺はこんなにも老けたというのに、あの頃と全然変わってなくて……! 昔、君が握手会を開いた時にも来たんだよ。ほら、これとかあのイベントのサイン」
「すごい、取ってくれてるんだ! ありがとう」
「孫も美友ちゃんのファンでね」
おじいさんは小学生の女の子を抱き上げた。
「わぁ~! 本物の美友ちゃん?」
「そうだよ、じいじとミミちゃんの好きな美友ちゃんだよ」
「テレビで見るより可愛い!」
「フフ、ありがとう」
美友は両手で2人と握手した。
「アイドル活動を始めた時からずっと見ていたよ、李冴ちゃん!」
眼鏡をかけた恰幅の良い青年が眼鏡を上げながら胸を張って言った。
「あ、ありがとうございます!」
「一番最初のステージにも行ったんだけどねぇ! 覚えているかな!?」
「えっと……多分……」
「まぁ仕方ないね! あの時はデパートの小さなステージだったから、他の買い物客もいっぱいいて――」
「お客さん、時間です」
スタッフが青年を出口の方へ向かわせる。
「フンッ!」
青年はスタスタと背を向けて行ってしまった。
他にも優や言葉の元には多くファンが来ていたが、悠香のスペースだけやけに空いていた。
「やっぱり、普通の私にファンがつくわけないよな……」
そうため息をついて諦めていた時、
「悠香!」
「中村先輩!」
「悠香ちゃん!」
聞き覚えのある声が飛んできた。それは見覚えのある、輝かしい青春の顔だった。
「リホ、鈴木ちゃん、細田先輩……!」
悠香たちはすぐさま手を繋ぎ目を潤ませた。
「アイドルになったって聞いて驚いたよ!」
「向こうの国の生活は大丈夫ですか?」
「彼氏とかできたか~?」
「先輩、ちょっと!」
赤くなる悠香を見て三人が笑う。
「でもよかった、ちゃんと悠香ちゃんの顔が見れて」
「先輩……」
「今度、うちの食堂にも来てね。まだちゃんと経営してるからさ! パーティー開く時も遠慮なく言って!」
「私も、ずっと応援してますから!」
悠香は顔をくしゃくしゃにさせ、
「みんなありがと~!」
目からボロボロと涙を零し始めた。
「ちょ、悠香! 次の人がいるのに!」
「もう無理~嬉しくて~」
リホはハンカチで涙を拭ってやると、
「それじゃ、悠香。またあの食堂でね!」
「向こうの国でのお話、聞かせてくださいね」
「頑張れよ、アンタなら大丈夫」
三人は悠香の頭を撫でて帰って行った。悠香は小さくなっていく三人の背を見つめ、深く頭を下げた。
一方真尋はと言うと。怪訝そうな顔でファンを見下ろしていた。
「親の金をくすねて握手会に来た俺を叱ってください!」
「今日の俺の服装どうですか!? ダサいですよね!」
「握手会の為に学校サボりました! 怒ってください!」
真尋を前に次々と土下座をするファンを見て、
「うわぁ、嫌だ」
真尋は怪訝そうな顔で一人ずつダメだししていく。勿論、説教を求めたファンに。ほとんどのファンが求めたが。
「あの、真尋さんのファンって何でああなんですか?」
七富がこっそり七穂に尋ねると、傍にいた日雇いの青年が、
「前にテレビに出た時、理不尽なことさせようとした芸能人にド正論噛ましたのが受けが良かったみたいで、ああいうファンが生まれたみたいです。結構ドMな奴が多いみたいでして。俺もその一人なんですけど」
青年は自分を指さして笑った。
「真尋さんて寡黙そうで、結構弱い部分に刺さること言いますもんね……」
「そ、そうね」
七穂は困った顔で真尋を見た。
握手会が終わり、午後には夜の歌番組の生放送が入っていた。
「会場の片づけはこちらでやっておきますから、皆さんは生放送の方へ行ってください」
七富はそう言って美友らを見送った。
車の中で昼食を取り、会場入りする。楽屋で準備をしていると、
「え! 今日、愛馬正人がいるの!?」
美友が突然、生放送スケジュール表を見ながら叫んだ。
「愛馬……って?」
李冴が首をかしげると、
「私の後輩。別事務所の子だけどね、仲が良かったの。ドラマでよく共演したんだ。挨拶行かないと」
「じゃあ私も行ってくる!」
美友と李冴は楽屋を出て行った。
「それじゃ、私も挨拶に回ってきますわ」
言葉は優と一緒に出て行った。
「私、外の空気吸って来る」
真尋も出て行ってしまった。一人残された悠香は暇なため義足の確認をし始めた。ネジを外して義手を外そうとした時、ドアのノックが聞こえた。
「えっ……は、はい!」
焦ってつい返事をしてしまった事に後悔する。悠香は急いでドアを押さえようとしたが、義足が外れてしまいそうで手で押さえながらゆっくり近づいているうちに、ドアが開いてしまった。急いで何事も無いように外れそうで不安定な左腕を押さえ、左足に体重をかけて立つ。
「失礼しまーす! 本日10時頃から出演します、ラブキャンのセンター、白藤クミでーす。本日はよろしく――あれ、誰もいない?」
クミが楽屋の中に入って辺りを見回すと、ドアの陰から、
「あの、こっちです」
「うわっ!」
クミが驚いて振り返ると、ゆっくり閉まるドアの陰から悠香が現れた。
「も、も~、何でそんな所にいるんですかぁ? ビックリ~!」
「え、えへへ! ちょっと脅かせてみようかなって思っちゃいまして……!」
「え~、お茶目~! にしても、他の皆さんはどこにいらっしゃるんですか?」
クミが楽屋を見渡して背を向けた途端、悠香は急いで外れそうな義足をはめ直した。
(あぁ、やっぱり。絆地悠香が義手義足ってのは本当なんだ……。デビューはずっと後だったってのに、ここまで来やがって……どうせ金と権力使ったんでしょ? ま、今まで潰して着た奴らと同じように潰すだけ――)
ふと、クミは机の上のネジに気付いた。
どうにかバレないように義足をはめ直せたと思った悠香は顔を上げ、
「あの、クミさん……?」
「皆さんそれぞれ出かけているみたいですね! それじゃ、他の方にもよろしくで~す」
そう言ってそそくさと部屋を出て行った。
その少し後に美友ら全員が戻って来た。
「挨拶終わったよ~」
「悠香ちゃん、誰か来たりした?」
李冴が手を貸しながら訪ねると、
「えっと、ラブキャン? っていうアイドルのセンターの白藤クミさんが来たよ」
「あぁあの、実力派アイドル。歌唱力もダンスもレベル高くて、それでブレイクしたんだよ。私が現役だった時に色々世話してあげたな~」
美友は懐かしむ顔で昔を思い出した。そこに七穂がやって来て、
「皆さん、そろそろ時間です」
「うひゃ~、緊張してきた」
「大丈夫ですよ、練習したじゃないですか!」
「ミスっても僕がサポートするから」
「李冴、今回は2番からだからね。間違って私のパート歌わないでね」
「わ、わかってる!」
「さ、行くぞ~!」
美友らが出ようとした時、悠香は机に置いたネジが足りない事に気づいた。
「どうしよう、要のネジが無い……これだと踊ってる間に……」
「悠香、どうしたの?」
美友が声をかけた。悠香は他のメンバーに心配かけてはストレスになってしまうと考え、
「何でもない、すぐ行く!」
そう笑顔で答えた。急いでネジをとめて後を追う。
(義手も義足もガタついてる……腕はマイクを持たないようにすればいいけど、足は……)
ついに時間が来て、
「お次は、アークィヴンシャラ国より来ました、アーミューズの皆さんです!」
拍手と歓声が上がり、美友らはライトの落ちたステージに立つ。曲が流れ、曲に合わせてライトがアーミューズたちを照らし出す。
「海の中のトンネル。高速道路。私は深海魚になって――」
最初に美友が歌いだす。そして李冴が歌い、言葉に回って行く。サビに入り、次は優と悠香のパートになる。一番センターに立ち、激しいステップを踏む。義足がさらにガタつき、足を動かしにくかった。スカートでギリギリつなぎ目は見えないが、ジャンプすると見えてしまいそうでハラハラした。後ろの方で、悠香の異変に気付いた真尋がエスパーで美友に声をかけた。
最後のサビが終わり、後は間奏を踊り切るだけだった。
最後のターンの時、ガクンと体が落ちるのが分かった。
『美友、李冴、センター! 優と私、横固める、言葉、悠香、中央にしゃがめ!』
全員の頭に真尋の声が響いた。指示通り全員が中央に固まり、李冴と美友がセンターでしゃがみ、その後ろで言葉が悠香のコルセットを後ろから掴んでしゃがみ、メンバーで一番スカート丈の長い真尋が悠香側に立ってスカートで足元を隠した。カメラスタッフは状況をすぐに理解して正面にだけカメラを固定させた。
スポットライトが消える。優は走って義足を掴み、アーミューズらは走って楽屋に飛び込んだ。
「大丈夫ですか!?」
七穂が急いで後を追った。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ネジが、ネジが見当たらないの! ネジが足りなくて、ストラップだけじゃ止まりが悪くて……!」
「だいじょうぶよ、きっと。落ち着いて」
言葉は泣きだす悠香を必死になだめた。
「何で……だって、出番前の準備中はネジちゃんとあったもんね?」
李冴が真尋を見ると、真尋は頷いて、
「私も、準備の時一緒に数えた。それから外に出た」
「じゃあ何で……」
全員が不安そうに震えていると、
「そうだ……ここに来た部外者って、クミだけだよね!?」
美友が訪ねると、悠香はしゃくり上げながら頷いた。
「クッソ……! 忘れてた。出演者をよく確認すればよかった!」
「その、クミってのがどうしたの?」
優が訪ねると、
「アイツは過去に嫌がらせやなんやで同期のアイドルを叩き落して来た事がある。私も一度、衣装をダメにされたことがあるよ」
「そんな、じゃあネジは……」
「急いで映像確認してきます」
七穂は楽屋を飛び出した。
「この後、もう一回出番あったよね。どうする?」
真尋が顔を覗き込んで訪ねると、
「で、出ていいですか……?」
悠香は弱々しく答えた。すると言葉は立ち上がると、少し顔を赤らめてうつむき、そして意を決した顔をし、急に下着を脱ぎだした。
「こここ言葉さん!?」
李冴が急いで止めようとすると、
「私の糸、粘着力が強くて3トンまでなら吊り下げられるの。応急処置だし、糸を剥がすのに特殊な方法が必要だけど、これで我慢して」
そう言い、スカートの中から糸を引っ張り出した。爪を伸ばし、爪先で起用に糸を団子状にして、足と義足の間に貼り付ける。腕にも同様に接着していると、七穂が走って戻って来た。
「一通り確認しました。一応義足が取れる所は写っておらず、ただ転んだようにしか見えません」
その言葉に一同が胸を撫で下ろした。ふと、七穂は言葉の足首に絡む下着に目が止まった。
「……あの、これ」
「な、何でも無いんです! 見なかったことに!」
「ハイ! 見てません!」
七穂は急いで目を押さえた。
その後の撮影も無事終わり、アーミューズたちは急いで家へ帰った。
それからしばらくし、
「あー、やっぱりバレてるっぽいね~」
工がSNSの画面を見せた。そこには生放送の時の映像の画像が上がっており、真尋の後ろ遠くに足があるのが指摘されており、心霊写真だ何だと騒がれていた。
「心霊写真で通ってるならそれでいいんじゃない?」
尊がそう言うと、
「でも一部では義足の話も出回ってるよ。過去の写真から、足のつなぎ目や腕のつなぎ目を発見してる人もいる」
別の画像を向けられる。
「おい、もうその辺にしてやれ」
禊はそう言って、ソファーに座り義手義足を外した悠香を見た。悠香は左足を抱えてため息をついていた。
「悠香、食べたいものはあるか?」
禊が尋ねるも、黙って首を横に振るだけだった。そして隣に立てかけた松葉杖を持って、重い体に腕を振るわせて立ち上がると上の階へ姿を消した。
尊は少し憐れんだ表情で、
「義手義足はいつ帰って来るんだ?」
「言葉の糸を取るにも、ヒンジに入り込んじまったらしいからな。取るのが難しいらしい。あと2週間くらいはこのままか……」
「スペアの義足とか無いのか?」
「明々後日には普通の義足を渡されるらしい。ただ、義手義足が戻ってくるまでは仕事は無理だな」
「来週、撮影あったよね?」
「仕方ないが悠香だけ欠席だな」
工は可愛そうに、と呟いてため息を溢した。
悠香がベランダで風に当たってると、カサッ、とお菓子の袋の音が横からした。ゆっくりと顔を向けると、顔を背けてレオが片手にお菓子をわしづかみにして差し出していた。
「元気出せよ。まるで俺のせいみたいに感じるだろ」
悠香は目を見張ったが、すぐに微笑み、
「それ、緑の袋のやつちょうだい」
レオが指示されたお菓子を渡そうとすると、
「ううん、中身をちょうだい。袋開けられないから」
レオは目を見張ったが、フンッと小さくため息をついて袋を破いてクッキーを一枚差し出した。悠香は首を伸ばしてクッキーを銜えると、上を向いて口の中に入れた。
レオはしばらくクッキーを食べる悠香の横顔を見つめていたが、顔を伏せ、
「手足切り落としたの、恨んでる?」
悠香は軽く振り向いてレオを見て、すぐにまた景色に目をやり、
「恨んでるよ。不便だし、重いし。メンテも面倒だし、好きな人にこんな姿見せられない」
足元の自分の陰に手の影が伸びる。レオはぎゅっと目を瞑って肩をこわばらせた。殴られる、と脊椎が思い込んだ。だが、襲ってきたのは激痛ではなく、頭の上を包む柔らかく温かい手だった。思わず顔を上げると、悠香の長い腕と短い腕がレオを包んだ。
「恨んでるけど、怒ってないよ。分かってるから。解ってる。だから怒らないよ。でも手足が描けてしまった事は恨んでる。許さないよ。だからってレオに酷いことしたり、偉そうな態度取ったりしないよ。わかってるから」
悠香は肩を組むと、
「だから家族としてレオに接するよ。家族だから怒らないよ。許さないけど怒らない。忘れないけど忘れるよ。家族だから」
歯を見せて笑った。レオは鼻の奥がツーンと痛くなった。ぎゅっと目を瞑り、同じように歯を見せて笑った。
「ね、しばらくレオの左手貸してよ。お菓子の袋開けたりするの手伝って。できる限り自力で歩くけど、階段上るときとか手伝って」
「わかった」
「あ、トイレは自分で行くから」
「わかってるよ。誰もねーちゃんのトイレ姿見たくねぇしそれくらい自分でできるだろ」
「ふっ、可愛くない弟」
二人はまた顔を見合わせて笑った。




