第二話 ざわめき
トロッコに宝器を設置し、レールの上を進んでいく。一番大きい大陸から少し離れたところにある島に着く。
竹林の奥を進んでいくと、赤く染まり始めた森に入る。そのさらに奥へ進んでいくと、一見の日本家屋が見えてくる。
玄関の戸を叩くと、カラカラと軽い音を立てて玄関が開いた。
「何だ、お主か」
百足が少し残念そうな面持ちで答えた。
「何だ、とはなんだ。少し上がるぞ」
禊がそう言うと、百足はすんなり中に入れてくれた。よく磨かれた木の廊下は、一歩進む度に鳥のような小さな、キュッキュッ、という軋みを立てる。
「綺麗な音だな」
「室町時代だかの、音の鳴る廊下を真似たのじゃろ?」
「らしいな」
襖が連なる廊下を進み角を曲がると、庭がよく見える縁側に出た。白い玉石をしいた庭には紅葉が広がっていて、川の流れを現した枯山水の上で落ちた枯葉が泳いでいた。
ふと、禊は庭の片隅に群生する桔梗に目がついた。
「綺麗な桔梗だな」
秋の香りのし始めた肌寒い風に揺れる。
「にべ殿が植えてくれたのじゃ。今見えているのはほんの一部で、あの向こうの方に一面桔梗が広がっておるのじゃ!」
「そうか、後で見させてもらうよ」
「その方に茶室がある。妾が茶を淹れてやろう」
「出来るのか?」
「ハッシュから教えてもらったのじゃ! 誰かにできて妾にできぬことなど無い」
百足は得意げに話す。
客間に着くと待っているよう百足に言われ、座布団に座ってじっと待つことにした。部屋には畳の香りが漂い、部屋に風が流れてくるたびに金木犀の香りを運んできた。
「悪いな、ちょっと工房に引きこもってた」
前掛けを外しながら尊が現れた。
「いや、ちょっと資料作成のために色々聞きたいことがあるだけだ。すぐ終わるだろうよ」
そう言ってカバンからパソコンを出して画面を見せた。百足もそのすぐ後にお茶を持ってやって来た。
小一時間ほどし、
「ありがとう、もう大丈夫だよ」
「役に立ったならそれでいいぜ」
尊は親指を立てた。
「宝石加工の仕事、問題無いか?」
「今のところは大丈夫だな」
「百足も、この家には慣れたか?」
「大丈夫じゃ。妾が生前住んでいた屋敷とは少し異なるが、よく似ていて住みやすいのう! 壁があるから冬も寒く無いし、何より風呂が大きい!」
「ここは火山があるから温泉も流れるしね」
禊は小さく手を振って家を出た。ふと桔梗の事を思い出し、家の裏手に回る。桔梗が誘うように竹林の小道に続くから、桔梗を追って小道を進んでいく。風に揺すられ、竹がさわさわとおしゃべりをする。そして時折遠くから、コーン……コーン、と竹のぶつかる音が響いていた。
竹林を抜けると、日光に照らされた一面の桔梗が飛び込んでくる。水平線まで桔梗色に染まり、間を縫うように流れる小川には紅い葉が流れていた。
満足そうに大きく息を吸うと、禊はトロッコに向かってその場を離れた。
島から離れ、大陸を少し進んだ内陸北部に入る。天気は次第に重くなり、空を厚い雲が覆い始めた。
トロッコが止まったのは、沼地の広がる湿地帯。映えるほどの草木も無く、ただ灰色の土が広がる。
禊は何かを探す様子で辺りを歩いていると、沼の真ん中で明るい茶色のものを見つけ、
「忍~!」
大きく手を振って呼んだ。すると明るい茶色は頭を上げて、大きく振り返した。
「禊さん、いらしてたんですね!」
忍は泥の中をかき分けながら近づいてくる。
「レンコンの収穫時期に悪いな」
「いえ、これくらい平気ですから」
「採り具合はどうだ?」
「例年通りですかね。でも少し多く採れましたよ。特にお米は今までで一番です」
禊は頷きながら紙に書いていく。
「建物の方はどうだ?」
「この前の大雨の時に雨漏りしちゃったんですけど、すぐに直せるので大丈夫です」
「ここらは怨の管轄だよな。最近奴はどうしてる?」
「お米の収穫が終わったので、ずっと藁を編んでます」
「後でしめ縄も頼んでおいてもらえるか?」
「わかりました」
禊は資料を確認し、
「よし、それじゃあ。収穫中に悪いな」
「いえ、大丈夫です!」
禊が帰ろうとした時、
「あ、あの!」
忍が呼び止めると、禊は大きな目をぱちくりさせて見上げた。
「えっと……その」
忍がしどろもどろしていると、禊は忍の腕をつかみ、そっと抱き寄せた。
「おつかれさま」
そう耳元で呟き、背中を軽く叩いた。忍は耳まで赤くさせるが、口元をほころばせて禊の背に腕を回した。
禊は渡されたレンコンをいくつか持って、またトロッコに乗って進んで行く。
厚い雲から雪がちらちらと舞い降り始める。灰色の沼地から、徐々に雪が見え始める。トンネルに入り抜けると、一面の銀世界が広がる。
そしてまたトロッコは止まり、禊は雪の上に降り立った。太刀斬鋏に案内されて進むと、葉の落ちた木々に囲まれたログハウスが見えてくる。ログハウスの近くに来ると、外で雪だるまを作っていたレオと目が合う。
「よっ」
禊が挨拶すると、レオは不機嫌そうに顔を背けて玄関を開けてくれた。
「要ー、禊だよー」
レオはコートを脱ぎながら要を呼んだ。すると上の階から足音がし、ロビーに見える階段の柵から要が顔を出して、こちらを輝いた目で見た。
「禊!」
要は階段を駆け下り、禊に向かって飛びついた。要を抱きとめた禊はよろけて後ろに下がる。
「し、資料の件で聞きたいことがな……」
要は嬉しそうに禊の頭に頬ずりする。
「気色悪ぃ奴らだ……」
そう言いながら護がヌッと現れた。相変わらずの猫背で、目の下に隈を付けて不愉快そうな顔をしていた。
「あ、禊のお兄ちゃん!」
護の背後からロランが顔を出した。ロランは護の弟で、今は霊としてこの家に住んでいる。完全な実態は持たないが、物を持ったりすることは可能だ。
ロランは護の背後から飛び出し、禊の脚に抱き着いた。
「ね、ね、こっち来て! お絵描きしたんだよ!」
ロランが一生懸命腕を引くが、
「禊は仕事で来てんだ、遊びに来たんじゃねぇんだぞ」
レオがロランの手を引き剥がした。ロランは肩を落としてレオを見る。
「な、何だよ。俺は悪い事なんかしてねぇからな。お前がわがまま言うのが悪いんだろ……」
レオの目が潤み始める。
「あーもー、面倒くさいなぁ……子供らは上で遊んでて」
護はそう言ってレオとロランの背を押して2階へ連れて行った。
「賑やかで楽しそうだな」
禊は嬉しそうに護たちが行った方を見つめる。上の階からは3人の楽しげな声が聞こえていた。
「僕の家ができるまでここにお邪魔させてもらってるけど、別に家は出来なくてもいいかな」
「お前~」
「冗談だよ。でもここは暖かくて楽しいね」
要は嬉しそうにつぶやく。
しばらく資料について話を進めると、
「禊、髪伸びてきた?」
要が禊の首に触れながら言った。
「あー、そうかも。少し襟足が邪魔かな」
「今度切ってあげるよ」
「あぁ、頼むよ」
禊はそう言って資料に目を落とした。
要があまりにじっと見つめて来るから、視線に耐え兼ね、
「あの、要、あんまりそう見られると集中が……」
要の指が首から頬に登り、髪を耳にかけると耳たぶを掴んだ。
「あの、要……」
「ううん、気にしないで」
「これを気にするなって言うのはさすがにちょっとさ……」
禊は怪訝そうな顔で要を見る。
「ハハ、ごめんごめん」
そう言いながらも、禊の顔を手で包んで顔を近づける。歯を立てて首筋に顔を近づけた時、
「お~い~……」
護の手が要の顔を掴んだ。
「何」
要は不機嫌そうに護を睨んだ。
「そう言うのは後で。禊、これもお願い」
護は資料の弾を禊に渡した。
「分かった、やっておくよ」
要は鼻を膨らませて腕を組んだ。
「それじゃ、仲良くやれよ」
「お兄ちゃんバイバ~イ!」
ロランが元気よく手を振る。
「次来るときは菓子折りくらい持って来いよな!」
レオはそう吐き捨てて2階へ消えてしまった。
「気を付けて~」
護は眠い目を擦って見送る。要は頬を膨らませてソファーの上で膝を抱えていじけたままだった。
日もとっぷり暮れ、禊はようやく自分の家に着く。普段なら美紗がいて家には明かりが灯っているはずが、今日は家中は静かで真っ暗だった。明かりをつけると、リビングの机に書置きがされていた。
『今日は美紗ちゃんは私の家で寝ます。言葉』
薄桃色のメモには達筆で大きま文字で書かれていた。
禊は小さい鍋の中の重湯を沸騰させ、湯飲みに入れて縁側に座る。
「旦那様、お夕食は召し上がらないのですか?」
白銀姫が心配そうに尋ねると、
「いや、今日はいいよ」
「ここの所ずっとまともに食べてないじゃないですか。今日だってまだ何も口にされてません」
黒鉄彦も心配そうに話しかけると、
「ここのところ、ずっとお腹が空かないんだよ」
「いあやり、胃袋の7割を損失してしまったからでしょうか……」
「なんとおいたわしい……」
白銀姫と黒鉄彦は寄り添うように禊の左右に佇んだ。
「大丈夫だよ、ここにいれば飲まず食わずでも餓死することは無いさ」
白銀姫と黒鉄彦は心配そうな声を漏らす。
「さ、もう寝よう」
禊は湯飲みの中を飲み切り、流しに置いて寝床に向かった。
「――禊!」
名を呼ばれ、禊は大きく目を開いた。
「あぁ、よかった。やっと起きたよ」
かすむ視界に誰かの姿が映る。声と匂いから尊だろう。
禊は目を擦りながら上体を起こした。
「何か食うか? 作ってやるぞ」
「お前、何で俺の家にいるんだよ……」
「あれきり禊が何日も家から出ないから、気になって見に来たんだよ」
尊は部屋に散らばった資料を拾い上げながら話す。
「また寝る間も惜しんで仕事してたな?」
「そこまで睡眠時間は削ってない」
「じゃあ自分がどれだけ寝てたか覚えてるのかよ?」
そう言われ記憶を探るが、全く持って記憶が無い。
「ほらやっぱり! まずは風呂入ってこい、片づけとか俺がやっておくから。何か食いたいものある?」
胃袋に何が食べたいか尋ねてみるが、うんともすんとも言わない。
「とりあえず重湯かな」
「重湯ぅ!?」
尊は眉をひそめて禊に迫る。
「じゃ、じゃあ、おじやで……」
「言葉ほど美味くないがいいか?」
「うん……」
ベッドから降りてシャワーを浴びに行く。
禊がシャワーを浴びに行ってる間に片づけをしておじやを作る予定だったが、予想以上に禊が戻って来るのが早かった。
「ちゃんと頭も洗ったのかよ」
「洗ったよ」
「リンスは?」
「持ってない」
尊は何か言いたげだったが、眉をひそめて飲み込んだ。
「今作るから、座って待ってろ」
尊は持っていた資料の束を机に置き、手を離そうとした時、
「痛っ」
「どうした?」
「いや、指を切っただけだ。大丈夫」
尊は血の垂れる指を銜える。資料に血がついていないか確認すると、紙と紙の間にペーパーナイフが隠れていた。
「紙の割に深く切れたな」
禊が覗き込む。
「いや、大丈夫だよ! ほら、今飯作るから……」
尊が肩を持った時、尊の指から血の匂いが微かに漂った。血の匂いが鼻をくすぐり、体の奥底に染み渡っていく。たかが血の匂いのはずなのに、体の奥底の何かが目を覚ました。匂いを嗅ぎ、頭を持ち上げる。心臓が大きく鼓動し、真柏が速くなっていく。呼吸が短くなっていく。顎の骨がピリピリし始め、唾液が勝手に溢れ出す。
パキパキと言う音が手元からするから目を向けると、勝手に腕が矛盾化し始めていた。慌てて押さえるも、皮膚を破いて腕が現れ始める。今までなかった症状に焦るも、とにかく口と目を手で抑え込んだ。だが手が勝手に顔から離れ、目は尊の方に釘付けだった。揺れる視界の中で、尊の心臓が光って見えた。
『――喰いたい――』
何かの声が体の中からした。
『喰いたい』
禊は必死になって抑える。何かが外に出ようとする。
『動け』
『目の前の心臓を』
『捕まえろ』
腰の辺りがムズムズし、黒い尾が服の間から垂れさがる。
黒い左手が爪を立て、ゆっくり振り上げる。口は牙をむき、唸り声が漏れ出す。尊の名を呼ぼうにも、声帯が開いて動こうとしない。
尊。尊。尊。気づいてくれ。逃げてくれ。尊。
「――っ、尊!!!!」
ようやく声が出た。台所に向かおうと数歩歩いただけの尊がきょとんとした顔で振り返った。逃げろと言おうと口を開けた瞬間、体が勝手に飛び上がり、爪は尊の肩に食い込んでいた。
床に押し倒して肩にかぶりつく。尊の悲痛な声が耳の近くで聞こえた。
禊は肩の肉に噛みつき、引き千切るように喰らいつく。
「禊……っやめろ!」
尊の拳が顔面に飛び込んでくるが、それでも禊はまた肩に喰らいついた。
「いっ……あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!!! バカ野郎! この……クッソ!!」
尊は禊の髪を掴んで頭を引き剥がす。二人は取っ組み合いながらリビングを転がる。禊がまた喰らいつこうとした時、今度は噛みつかずに尊の肩の方の床に頭を強打した。
「――いっ……てぇ……」
ようやく禊の声が聞こえた。力が抜け、禊は尊の上に倒れる。矛盾化していた腕も皮膚に包まれて元の人間の腕に戻っていく。
尊は何が起こったのか理解できなかったが、
「……お、おい、禊。大丈夫か……?」
自分の肩など気にもせず、禊の肩を持って呼びかけた。胸の上の禊の心臓はまだ大きな音を立ててドクドクと鳴っていて、生きも荒く肩を震わせていた。
「大丈夫……大丈夫。俺が、お兄ちゃんがいるから」
尊は微笑み、そう言ってそっと抱きしめた。すると禊の嗚咽が聞こえ始めた。今まで一度も聞いたことの無い、禊の声。
「怖かったな、よしよし」
禊の頭を撫でてやる。手に血がついていたせいか、禊の硬い毛は滑るように指の間を通って行った。
普段なら出血は止まるはずが、この時ばかりは何故かなかなか止まりそうになく、リビングの床に大きな血の水たまりが広がっていく。
「白銀姫! 黒鉄彦!」
禊の宝器を呼ぶが、なかなか姿を現さない。
「メンテに行ってんのか……?」
尊は大きなため息をつく。ふと、縁側の方からガサガサと音がし振り向くと、息を切らし髪を乱した小町が見えた。急いで来たばかりなのか、ちゃんと口を絞めていないカバンと白衣を抱えていた。
「遅ぇよ」
尊は薄ら笑みを見せる。小町は靴を足から外し、放り投げて家の中に上がる。
「くらくらするか?」
「あー、ちょっと」
持っていた白衣を尊の肩に巻き付け強く結ぶ。
「痛い痛い痛い! もっと優しくだな……」
「うるさい」
小町は持ってきた止血剤の注射を思いっきり尊の肩に刺した。
「痛い!」
尊は肩を抱えて床に寝そべった。
「禊、オイ禊。返事をしろ」
小町は血まみれの禊を起こし、腕の中で何度も呼ぶ。だが禊は嗚咽を漏らすばかりで一向に返事をしなかった。禊はただ全身を震わせ、小町にしがみつくだけだった。
「一体何をしたんだ」
小町は白い目で尊を見る。
「何もしてない! 何も! ここんとこ家から出ないから見に来たら寝てて、部屋の片づけと飯を作ってやろうとしただけだよ!」
「それだけでどうしてこんな事になるんだ。他に何かしなかったのか?」
「変な事はしてねぇよ!」
小町は辺りを見回す。血の飛沫がかかったテーブルの上のペーパーナイフが目に入る。
「そういうことか……?」
「な、何がだよ」
「いや、そんな事より」
小町はもう一度禊を見る。荒かった呼吸はある程度落ち着き始め、小町の呼びかけに首を動かす程度には反応するようになった。
一通り落ち着き、腰にバスタオルを巻いた禊が椅子に座る。
「落ち着いたか?」
禊はため息とともに頷く。小町はタオルで禊の顔を拭く。
「あーあ、血まみれだ。禊、どこか怪我はあるか?」
小町が尋ねると、
「もう治ってると思うけど……尊に顔面殴られた」
小町はまた白い目で尊を見る。
「正当防衛だって!」
尊は床の血をモップで拭きながら言った。
「一体何があったんだ。教えてくれ」
禊は渡された水の入ったグラスを握りしめ、
「尊が指を切って、血の匂いが鼻をかすめた瞬間、……何かが起き出したんだ。まるで空腹を誘われたように、飢えて眠っていた狼の前にウサギが通りかかったように……」
「俺はウサギか」
尊が呟くと、小町に黙れと叩かれた。
「今までこんなことあったか?」
禊は首を横に振った。
「事の発端は血……原因は何だ? その、何かってのは何なんだ?」
「わからない」
「千早ではないのか?」
「千早……だと思うけど、でも違う。千早はもう勝手にそう動いたりしない。ちゃんと話し合いもできるようになってる」
「となると何なんだ……?」
小町はしばらく考え、
「最近、千早と会話したりしたか?」
「したけど、雑談程度しか……」
「もっとこう、大事そうな会話は無いのか? 何か契約したとか、取引をしたとか」
「独立する前に、千早の家族になる、受け入れるって言った」
「恐らくそれだろう……。千早を受け入れたことにより、身体が千早に慣れつつある。千早に飲み込まれつつあるんだ」
その言葉に、尊がモップから手を離してしまった。
「じゃあ、禊は千早になっちまうのか……?」
「それは無いはずだ。ただ体が千早と同期されつつあるという事だ」
「じゃあ、尊に喰らいついちまったのは、千早が人肉しか食えないっていう性質が、俺に移りつつあるって事か……」
「何、千早は人肉しか食えないのか?」
「あれ、言ってなかったっけ」
「禊、最近体に変化は無かったか?」
「食欲がなくなってきてはいるなと思ってたけど、胃の損失が原因かと思ってた……」
小町は額に手を置いてため息をついた。
「恐らくこの先、禊はもう普通の食事はできないだろう」
尊が驚きの声を上げる。
「完全にか?」
「いや、多少なりとも普通の食事はできるだろうが、人間の血の方を体が求めるだろう」
「でも、ここに人間はいないよ?」
「矛盾は元人間だ、完全な化け物じゃない」
小町はそう言って採血器で自分の血液を採り、小瓶に入れて禊に渡した。
「どうしてもだめな時はこれでしのいでくれ。何か症状を抑える方法が無いか、ハッシュと探してみる」
「あ、ありがとう小町」
禊は小瓶の中の血液を眺める。
「でもよ、小町。何で呼んでも無いのに駆け付けてこれたんだ?」
尊が問うと、
「……女の勘だ」
小町はそう言って荷物をまとめて帰って行った。
尊と禊は一緒にシャワーを浴びる。
「ごめんな、尊」
「いいって! 別に血肉の一口二口、すぐに回復するんだからよ」
尊は笑顔で答えた。
「うひゃあ、全身血まみれだ」
尊は笑いながら血を洗い流す。食われた肩の傷口はほとんど塞がっているが、失った筋肉の分はへこんでいた。
「こんなに食ってたのか……」
禊が申し訳なさそうに尊の肩に触れた。
「これくらい筋トレですぐ戻るって」
尊はそう言って禊の頭を強く撫でた。
「また喰いたくなったら言ってくれ。血くらい飲まれても平気だからよ」
拳を禊の肩に当てると、風呂から出て行った。
「……ありがとう」
禊は小さく呟いた。
「まぁでも、泣いてる禊が見れたのは収穫だったし?」
尊は体を拭きながら笑みを浮かべて独り言を溢した。