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第十七話 アイドル化計画、始動!

 春の心地よい朝、寝癖の付いた頭をかき上げながら嫌好がリビングにやって来た。朝食を取る者、食事が終わりリビングでゆっくりする者など、それぞれがそれぞれの時間を過ごしていた。だがいつもせわしなく働いている背中が、今日は見当たらなかった。それに小難しい事と金の事に口うるさい背中も無かった。

「ねぇ、禊は?」

 側にいた忍に声をかけた。

「あれ、言ってなかったっけ。小町さんと宵彦さんと七穂と一緒に国際サミットに行ったよ」

 嫌好はかゆそうに首元をかきむしりながら首をかしげる。

「大丈夫? 起きてる?」

 忍が顔の前で手を振ると、

「起きてるからここにいるんだろうが」

 少し機嫌悪そうな顔をして、キッチンの流しで口をゆすぐ。

「現地はどんな感じなんだろうね」

「年寄り共に囲まれてんだろ。禊も不憫な事だ」

 嫌好は朝食を探しながら言う。

 とりあえず机に置いてあった食パンを一枚取り出し、ソファーに座り庭を眺めながら食パンをかじった。いつもならここで、パン屑がこぼれるから皿を使えと言われるのだが、今日はそう言う声も飛んでこない。

「静かなんだなぁ」

 リビングに女子供の会話が響いていたが、嫌好にとっては鳥のさえずりみたいなものだった。


 会場の各国の代表が声を潜め、禊らの方を見ながらそれぞれ会話をしていた。

「視線が鬱陶しい」

 禊は機嫌悪そうにため息を溢す。

「幸せが逃げるぞ」

 小町が資料を見ながら言った。

「こんなところに幸せが来るわけ無いだろ」

「大丈夫ですよ、アークィヴンシャラはとりあえずで参加しているようなものですから。聞くだけ聞いてさっさと締結して帰りましょう」

「他にもやる事は多いけどな」

 小町が手元の紙を見せる。

「え~、これやる必要ある?」

「とりあえず仲良くしとかないと、国としての尊厳みたいなもんがあるだろ?」

「地球とはほとんど関わりなくなるのに」

「条約の内容は、地球の存続危機があれば首突っ込みに来るからな、ってのに?」

 禊は不満そうな唸り声を漏らして、背もたれにもたれて天井を見た。

「あとは、地球に散らばった聖女の欠片を集める事か……」

「結城奏の方でいくつかかき集めたようだ。推定だと、あと20か国ほどに散らばっているらしい」

「全体で何か国だったんだ?」

「そりゃ全世界だろ」

 禊はまた唸り声を漏らして机に突っ伏す。アナウンスが入り、会議が開始された。


「おつかれさまです、禊さん」

 七穂が会場から出てきた禊を出迎えた。

「七富は?」

「御代家の方でお仕事をしてもらってます。条約締結のほうはいかがでした?」

「とりあえず、主要国とその他10数か国で結んできたよ。これでまぁ、世界規模の戦争を二度と起こさずに済むかな」

 禊はため息とともに柔らかく微笑んで見せた。

「よかったですね、UPOの頃からの夢が叶って」

「あぁ、これでアイツらも報われるだろう」

「それで、次のお仕事がありまして……」

 七穂は手帖を見て報告しようとしたが、思わず口を結んだ。

「どうした?」

 禊が不思議そうな顔で顔を覗き込む。

「いえ、あの、禊さんには少しいやな仕事かもしれませんが……。日本の番組で、近々有名になるであろう日本にいる人を呼んでインタビューするという番組がございまして、それに是非アークィヴンシャラの代表に出てほしいと」

 七穂が窺うように見ると、

「いや、いいよ、やるよ。折角アークィヴンシャラを広める機会だ」

 そう言って小町を見ると、

「最近だと、アークィヴンシャラに対する不安や恐怖で、閉鎖的な国だとか、独裁国家だとか、悪いうわさも流れ始めているからな。変な国じゃないってのを証明できる」

「では、このお仕事受けておきますね」

 七穂は嬉しそうに手帖に描き込む。




「さぁ女子たち! 集まれ!」

 美友が七富を連れて、資料を抱えてリビングにやって来た。リビングに女性らが集い始める。

「お待ちかね……アークィヴンシャラメインアイドル計画、始動だよ!」

 計画書を高らかに掲げると、一斉に拍手が起こった。

「選ばれなかったからって、妬んだりいじめたりしない事、いいね? この国の顔になるんだから、選ばれた子は顔として頑張る、選ばれなかった子はその子を支える。みんなそれぞれ仕事は違えど大変なんだから! 私たち矛盾は家族、誰かが家の外で頑張る分、誰かが家の中を頑張る」

 美友が一通り話し終えると、七富が資料を持ち、

「では、メンバーを発表します。美友さん、李冴さん、悠香さん、真尋さん、言葉さん。それと、優さん」

 七富が優を見ると、優の手に持つゲームからゲームオーバーの音が響いた。

「え!? 僕!? いやいやいや、僕、男だよ? いくら見た目が可愛いからって……」

「だからよ。あえて女の子しかいないグループに、実は男の子がいるってのもなかなか面白いでしょ? それに、矛盾の醍醐味の一つは、姿形が変わらない事! 男でこれほど女の子らしい見た目を保っていられるのは、優、アンタだけでしょ?」

「そうだけど……」

 優は少し困ったような顔をしたが、

「やってもいいの、アイドル……?」

「もちろん! その外見を最大限に活用しな!」

 美友が肩に手を置くと、優の顔は弾けるように明るくなり、

「うん、頑張るよ!」

 七富たちの側に駆け寄った。

「それから、真尋さん。勝手に決めちゃったけど、大丈夫?」

 恐る恐る尋ねると、真尋はそっと微笑んで深く頷いた。

「やるよ。こういう事も、ずっと憧れてたのは確かだから。私も世の中の普通の女の子と同じように、輝きたいと思ってた」

 真尋の白い頬がうっすらと桃色に染まる。

「それじゃあ決まりね! で、チーム名は……」

 美友が七富に目くばせすると、七富は一枚の長い紙を横に広げた。

「『AreMusEアーミューズ』! アイドルでもあると同時に、私たちはアークィヴンシャラの音楽隊なの。ほら、日本の自衛隊にあるでしょ? あんな感じ」

 辺りから驚きの声が上がる。

「で、意味は、アークィヴンシャラを英語表記したときの最初の音を取って、そこにギリシャ神話の音楽の女神の名前を入れたの。どう?」

「いいね、お洒落でカッコイイよ!」

 李冴が興奮気味に答えた。

「とても趣のあるチーム名ですわ」

 言葉も嬉しそうに答えた。

「よくわからないけど、とてもいいと思う」

 悠香も賛同した。

「それじゃ、次は衣装ね。基本はアークィヴンシャラの制服がいいと思うんだけど、どうかな」

 美友が一同の顔を見回すと、悠香が手を上げ、

「アイドルとして活動するときは、もう少しアイドルっぽくしたらどうかな。こう、着崩す感じ」

「なら、なにかアイテムを足すのもどうかな?」

 李冴がスマホの画面を見せ、

「こういう、可愛い飾りのついた、それぞれの色のインカムとか」

 周りから「いいねー!」と声が上がる。

「よっ、どんな感じ?」

 そこに工が様子を見にやって来た。

「はい、今、衣装について話し合ってまして」

 七富が笑顔で答えると、

「いや、ため口でいいよ。俺の方が年上なんだろうけど、ほら、感覚は同じ若者だから。な?」

 肩に手を置くと、

「い、いいの? アークィヴンシャラの、しかも不死身の方に」

「いいんだよ。ほら、さん付けとかすんなよ!」

「わかった、工!」

 工は少しくすぐったそうに笑って鼻を擦った。

「で、センターは誰なんだ?」

「そりゃもちろん、私よ!」

 美友が胸を張って言うと、

「えー、私もやりたい!」

 李冴が腕をつかんだ。

「李冴、アンタ人前に出るの嫌がってたじゃない」

「でも、こういう事なら前に出たいよ!」

 美友が困った様子でいると、

「二人でセンターになったら? リーダーも兼ねてさ」

 工がそう提案すると、周りの者たちも頷いた。

「じゃあ、そう言う事にするか……」

「やった!」

 李冴は喜んで美友に抱き着いた。

「で、楽曲の方なんですけど。一応ロータスチェストの方からサンプルを貰ってまして、これを元に、工と美友さんに作詞作曲してもらいます」

「俺!?」

 工は驚いて自分を指さす。

「工はシンガーソングライターやってたんだって?」

「そうだけどよ……もうずいぶん古い人間だぜ? 今にあったものが作れるかどうか……」

「だから私もやるんじゃない。時代がいつだろうと、新しいものに関しては詳しいわよ」

 美友はそう言って工の手を取ると、

「よろしくね、工。これでも元アイドルなんだから、覚悟してね?」

「こ、こちらこそ」

 美友は満面の笑みを見せて手を離した。工はしばらくその手を見つめていた。

「作詞作曲をこっちでしておくから、完成までに基礎練習するからね」

「明日から練習を開始しますので、運動しやすい服装の準備をしておいてください。何か予定があって練習を外れなければならない場合は僕か七穂さんに伝えてください」

「では、解散!」

 美友の声と共に、それぞれが会話をしながらその場を離れて行く。七富も次の行動を確認しようとしていると、美友に呼び止められ、

「ね、さっき工にため口使えって言われたでしょ。私もため口でいいから、感覚としては似た世代なんだから」

「でも……」

「じゃあ命令ね! 他のみんなもため口でいいから。あでも、禊とか、小町とか、あそこの起源世代はため口使うとお仕置きされるから、気を付けてね」

 そう言って、美友はその場を離れて行った。




 ダンス練習室にリズムを数える声と手拍子が響く。

「悠香、そこワンテンポ遅れてるよ。真尋はもっと自信もって。じゃあさっきの所からね。ワン、ツー、スリー――」

 美友が一つ一つ細かく指導していく。

 それを見ていた七富が七穂に、

「さすが元トップアイドル、指導もそうですが、歌もダンスも惹かれる強さがありますね」

「彼女は国も文化も問わないやり方がモットーのアイドルだったからね、どの国からも受け入れられやすかったから、すぐトップにのし上がったんだよ。もちろんそれだけじゃなくて、彼女自身の持つ実力や、才能もあると思う」

 七穂はそう言うと前に出て、

「そろそろ休憩にしましょう、お弁当を持ってきましたよ」

 床に座り、持ってきた重箱を全員で囲む。蓋を開くなり、彼女らの嬉しそうな歓声が聞こえてきた。から揚げ、卵焼き、たこさんウインナーなど、弁当に定番のおかずから、それぞれの好物である、きんぴらごぼうや酢豚、イチジクのコンポートまで入っていた。

「禊さんが、頑張る皆さんにって朝早くから作ってくれました」

 彼女たちは目を輝かせて弁当を見て、

「いただきまーす!」

 一斉に言い、箸を伸ばした。

「ん~、この絶妙な甘酸っぱさ!」

 美友は頬を押さえて酢豚を頬張る。

「あっ、最後の一個~!」

「君はもう一個食べただろう?」

 真尋は悪戯な笑みを浮かべてから揚げにかじりついた。

「はい、みんなに渡して」

 言葉がお茶を淹れた紙コップを隣に座る優に渡していく。

「あ、かまぼこ残しておいてね、僕まだ食べてないから」

 優が心配そうに声をかけた。

 昼食が終わり、立って説明する美友の前に全員が座って話を聞く。

「それじゃ、完成した楽曲を披露するね」

 プレイヤーにCDをセットして曲を流す。プレイヤーから、アイドルらしいキラキラと輝くメロディーが流れ始める。そして、美友の強くもリボンのようにしなやかな歌声が流れ始める。アークィヴンシャラという、生物種の王が住むこの星の、星としての輝きを務める、美友の鼓舞の美が込められた歌だ。

「なんか、元気が出てくる歌ですね!」

 七富が曲に合わせて体を揺らす。

「そうだね。私、スマホに入れさせてもらおうかな」

 七穂はスマホを確認する。

 美友たちは歌詞の書いた紙を見ながら、それぞれがどのパートを歌うか決めていく。それと同時に振付や立ち位置も決めていく。

「よし、こんな感じかな」

 曲の大まかな振り付けが決まる。

「ひぇ~、キツイよ」

 李冴が床に座り込む。

「ほら、矛盾のモットーは体力と筋力なんだから」

「でもハード過ぎない? この振り付け」

「そうかな。一番体力無さそうな真尋は、ほら」

 美優が指さし、一同がその方を見る。真尋は一切汗をかいている様子もなく、いつもの涼しい顔をしていた。

「なんでそんなに涼しい顔してんの~!?」

 李冴が足にすがりつく。

「最低限の運動になるようにしてるから。それと、多分生物種が関係しているのかもね。ほら、クラゲはそんなに動かないでしょ? 美友と悠香は元々の体力があるだろうし、言葉も」

「そんなぁ」

 李冴は肩を落とす。

「それじゃ、体力に合わせて立ち位置を考え直そうか。ここの時、李冴を前に出すんじゃなくて、悠香と私で前に出るから、その間に――」

 日もとっぷり暮れた頃、練習から帰って来た美友たちがリビングでぐったりしていた。

「おつかれ、どうだった?」

 小町がソファーに座って声をかけてきた。

「美優ったら凄いスパルタなの。もう全身筋肉痛……」

 李冴は震える手で体を起き上がらせる。

「これくらいでへこたれてたらやっていけないわよ。もう、現役の時なんか――」

 美友もさすがにしゃべる余裕が無さそうだった。そこに垢すりを持った真尋がやって来て、

「ね、お風呂湧いてるってよ。早く入ろうよ」

「えー、何でそんなけろっとしてんの」

 悠香が白目を向けて見た。

「なんでだろうね」

 真尋がほほ笑んで首をかしげると、

「本当に、真尋ちゃんって不思議ちゃんだね。色々ミステリアスだよ」

 李冴は苦笑いしながら立ち上がる。そしてそのうちそれぞれ起き上がり、風呂場に向かった。

 その様子を見ていた禊は、冷蔵庫からレモンと蜂蜜を取り出して、キッチンに包丁の音を響かせ始めた。

「ねぇ、あの話した?」

 嫌好が訪ねると、禊は口元に指を立てて、

「ちょっと、悪戯したいから」

 悪戯な笑みを浮かべた。

「禊、随分変わったね」

「そうか?」

「前はそこまで余裕ない感じだったじゃん」

「んー、ま、仕事あったしなぁ」

「今も、これから仕事まみれになるじゃん」

「そうだね」

 禊は受け流すと、作り終えた料理をタッパに移し、冷蔵庫の奥にしまった。

「なぁ、お前もう寝る?」

 嫌好に声をかけると、チューハイの缶に口をつけたまま頷いた。

「今日、一緒に寝るか?」

 禊の耳がやや赤くなっていた。嫌好は急いで缶を机に置くと、禊に飛びついた。

「お前、また太ったか?」

「太ってないし」

「前よりも重いんだけど」

「夕ご飯の分です~」

「よく言うよ」

 禊は笑って、嫌好と共に自分の部屋に入って行った。

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