第十六話 商談パーティー
煌びやかに着飾った人々が、大きな太陽のように輝くシャンデリアの下を行きかっていた。
「なぁ、これで本当に大丈夫か?」
禊が心配そうに宵彦に話しかけた。
「えぇ、問題ありませんよ」
禊はトイレの鏡に映る自分をもう一度見つめる。アークィヴンシャラ国の礼装でもあるこの白い金の装飾の制服に身を包み、髪はある程度整えてあるが、右目は髪に隠れている。
「こういうのは慣れていませんでしたか?」
「パーティーみたいなのはよく参加していたけど、こういう品格の問われそうなものは数えるほども無くてな……」
禊は肩を落として話す。
「大丈夫ですよ。私がリードしますから、禊さんは商談にだけ集中してください」
宵彦が背中に手を置く。禊は顔を手で軽く叩き、トイレを出た。
「遅いぞ」
そこに同じ制服に身を包んだ小町が壁にもたれて待っていた。
「美友はもう先に行っている」
「アイツ、こういうの慣れてたんか」
「アイドル故、そう言うのに参加する機会もあったんだろう」
三人は会場に向かう。体育館くらいはありそうな広い会場に、料理を乗せた白いテーブルがいくつも並んでいて、そこを人々が行き来しながら、グラスを手に立ち話をしていた。
「うっ……人が多い、人間臭い」
禊が口元を手で覆う。
「私の傍に居てください。今日は香水を強めにしておきましたから、匂いも紛れるでしょう」
宵彦が禊の側に寄る。
「それ人工香料じゃないよな?」
「自然由来の物ですのでご安心を。ニヴェの花も入れてあります」
「あぁ、矛盾のが入っているなら安心だ」
禊はそっと宵彦の肩にかけられた衣の端をつまんで、宵彦らと共に歩き出した。
「久しぶりじゃないか!」
「やだ、ご無沙汰で~す」
美友が中年の男性と会話する。
「美友さん、いかがですか?」
宵彦が声をかけると、美友はいつものおてんばさを包み隠し、
「あら、宵彦さん。こちら、私が地球でお仕事をしていた時に同期だった松島さんです。彼もアイドルだったんです」
松島という男は小さく頭を下げた。
「へぇ、これが矛盾の……。聞く限りだと、もっと筋肉質で野蛮な大男でも出てくるのかと思ったら、こんなにも美しい人が出てくるとは」
「もう、矛盾を何だと思ってるんですかァ?」
「そうだね、君みたいなかわいい子もいるんだ」
男と美友は楽しそうに笑う。が、禊らには美友の心の声が漏れて聞こえており、
『何が野蛮だゴルァ! いくら筋肉担当と言えど、アーサーさんだってそんな厳つくないわよ! てめぇの女を抱きまくった(強制規制)よりかは(強制規制)!!!!』
宵彦らは困った顔でその場を静かに離れた。
会場のさらに奥に行くと、一つ人のやけに群がるのを見つけた。その真ん中に蓮刃とチャスがいた。
「失礼」
宵彦が泳ぐように人の間を通って蓮刃の前まで行く。
「おぉ、君は!」
気づいた蓮刃が近寄って来た。
「あの時は本当にありがとう。それから、参加してくれてありがとう。地球に来たばかりの君らはまだ何も持っていないんじゃないかと思って、せっかくだからこのパーティーに招待したんだ。どうだい?」
宵彦はそっと微笑み、
「えぇ、大変ありがとうございます。とても盛大なんですね。おや、アレは三橋電機の息子さんじゃありません? ずいぶん大きくなられたんですね」
「おぉ、知ってるのか。そうか、20年前だもんな。今は社長補佐をやっているそうだよ。次期社長として期待も高いんだとか」
「いやぁ、驚きですね。私が地球で現役だった頃の商談相手の御子息が、私と同じように仕事をなられていて……。時が経つのは早いですね」
「てことは、今日は商談も兼ねているんだろう?」
「えぇ。我がアークィヴンシャラ国は過酷な財政難に陥っており、莫大な借金も抱えております。それらを解消するためにも地球にやってきまして。色々仕事が無いか探したのですが、何せ癖の強い国民ですから、もう汚れ仕事は嫌ですとか、色々苦情が多くてですね」
「ハハハ、そうか、そういえばUPOの人員も国民の中にいるんだったかな」
蓮刃がそう言うと、小町はムッとした顔で見た。
「ですので、ここは流行に乗り、まずは我が国の売名から始めようかと思いまして。矛盾に対する感染危惧など、色々恐れられていることが多いようですので、それらの誤解を解くためにも、まずは顔を売り出す事から始めようかと考えておりまして」
「ほう、それでウチの事務所の元に。だがそんな貧乏人を雇えるほど、私らに手があるわけじゃありませんでしてね」
空気が冷たくなっていくのが分かった。
「十分承知の上でございます。もちろんそちらのメリットも――」
「10万ドルでどうだ」
後ろから女性の声が飛んできた。振り返ると、黒いロングドレスに身を包んだマーリンが立っていた。
「ごきげんよう、ロータスチェスト様」
不敵な笑みを浮かべると、蓮刃は急いで身を整え始めた。
「お楽しみいただけておりますか、マーリン様」
「そんなに肩をこわばらせなくとも。私は狼ではない」
マーリンは楽しそうに微笑む。
「マーリン、お前、蓮刃と何かあるのか?」
禊が怪訝そうに尋ねると、
「別にやましい事も何もないさ、父さん」
マーリンは自信に満ちた微笑みを向けた。
「父さん!?」
蓮刃が目を丸くさせる。その様子を禊らはただひたすら首をかしげていた。するとマーリンは高笑いをし、
「世界で五本の指に入る財閥があれと、それと――」
マーリンが会場にいる人間を1人ずつ指さす。その中に、花京院家の紋の入った服の人間もいた。
「これ」
マーリンの指が自分の胸をさす。
「ん、つまり?」
マーリンは困った様子でため息をつくと、
「世界で五本の指に入る財閥に私がいるって事だ」
「え? マーリンそんなにいつの間に……いや、でも」
「マーリン・イワノワってのは本名じゃないことくらい知っているだろう?」
「あぁ」
「私は隠し子でな、しかも孤児だったから尚の事どこの子供かもわからなかったが、丁度禊が地球を離れた頃だ。私の血筋の本家に当たるところから、後継ぎがいなくて困っていると来てな。隠し子がいるという事が分かり、私が後を継ぐことになった」
禊の開いた口がふさがらずにいた。
「元々、私が誰の子供かなんてわかっていたくせに」
「いや、分かっていたが、こうなることは全く予想していなかった」
禊が頭を抱え始める。
「まぁそんなこんなで、禊たちのフォローができていたわけだよ。私が大した財力も無いのにフォローしていたとでも思っていたか? 随分おつむの中が満開なわけだ」
「満開とはなんだマーリン……」
小町が怒りを露にする。
「ま、まぁ、落ち着いてください。彼女もこの20年で変わったんですよ」
宵彦がなだめる。
「そうだ、他の奴らはどうしてる? ……まだ、生きてるよな?」
禊が不安そうに尋ねると、
「安心してくれ、みんな無駄に元気だ。円香はまた宿を経営したいと言い出して、今は小さい銭湯を営んでいる。健良は何か企業を立ち上げたらしいが、まぁ色んなことをやる企業でな、私にはわからん。成則は七穂と共に楔荘の管理をしているよ。花京院のお嬢さんと、お前の双子、一応幸せそうにしているよ」
「みんな大事無くてよかったよ」
「もちろん、私も好きにし着て幸せにやっているよ」
禊は嬉しそうに頷いた。
「で、本題に戻ろうか」
マーリンが蓮刃の方を見る。
「こ奴らは今。アイドルブームに乗ろうと考えておってな、そこでお前様の事務所を使いたいんだ。こんな貧乏人と言ったが、後ろ盾は完璧だぞ? イヴァーノヴィチ財閥に、花京院財閥の恩恵、御代家の補佐もある。悪くない話かと思うんだが」
蓮刃は少し難しい顔をし、
「わかりました、考えておきましょう」
小さく微笑んで見せた。
「ありがとう、マーリン。お前がいなかったらこのまま国に帰っていたよ」
「帰ったところで借金は消えないからな、ちゃんと返してくれよ」
そう言うと、マーリンはドレスの裾をなびかせて人の中に消えていった。
「目的は果たせましたし、後は残る時間を有意義に過ごしますか」
宵彦が顔を向ける。
「そうだな」
「では私は別の目的がありますので、これで」
小さく頭を下げると、小さな人だかりの方に向かって行った。人だかりは宵彦に気づくと、嬉しそうな声を上げ始めた。
「アイツは人との縁が多いだろうからなぁ」
「お前も多いだろう」
小町が皿を持って言う。
「多いが、こういう場にいるような人間は少ない」
「そうだな。おい、お前の好きなほうれん草があるぞ」
「マジか」
禊がテーブルに飛んで行く。
「あまり食べすぎるなよ。お前の胃はもうまともに働けないんだから」
「わかってる」
「繊維ものはよく噛めよ」
「うん」
生返事と共にほうれん草の料理を口に頬張る。
「全く……2000年経っても子供だな」
「そうだ、入ったところの方で海鮮類を見たぞ。ほら、お前の好きな粽もあった」
「本当か!?」
小町は颯爽とその方に向かった。
「お前も変わらねぇよ」
禊は笑みを浮かべながら小さくなっていく小町の背を見つめた。しばらく料理を堪能していると、
「あれ、禊さん?」
聞き覚えのある声が呼んだ。振り返ると、まだあどけなさは残るものの、少し大人びた千歳がスーツに身を包んで立っていた。
「千歳、お前も来ていたのか」
「俺は友人に連れてこられただけなんですけど……」
前髪の持ち上げられた広がるおでこを撫でながら、困った顔で千歳は答えた。するとそこに金髪の青年がやって来た。
「はい、チトセの。あぁもう、また髪が乱れているじゃないか。おでこ触らない!」
青年は千歳のてを叩いた。
「エンジェル、もういいじゃんかよ~」
「ダメだ。君は私のキングなんだから! ……おや?」
エンジェルが気づいて禊の顔をじっと見入る。
「そうだ、こちら友人のエンジェル・モンジェル。大学で知り合って、留学先で一緒にシェアハウスしてたんだ。モデルをしていて、今はデザイナーとしても仕事を……エンジェル、見すぎ」
千歳がエンジェルの視界を遮ろうと手を顔の前に出すが、エンジェルはまた叩く。
「えっと……エンジェル、さん。アークィヴンシャラ国の矛盾代表、五月雨禊です……えぇと」
禊が頬を少し染めて困っていると、
「その反応、いいね。私の美しさを分かっていらっしゃる」
そう言い、エンジェルは少し離れて顎に手を添えて考えながら禊の周りをぐるぐると回り始めた。
「あ~、またか」
千歳は額に手を置いてため息をついた。エンジェルは禊の周りを数周すると、また元の位置に立ち、そして急に胴を掴んだ。ビックリした禊は両手を上げて硬直する。エンジェルはしばらく禊の身体を触り、そして顔を覗き込んだ。
「は、あの、エンジェルさん、くすぐった……フヒヒ」
「んー、笑い方に品は無いが、体はパーフェクト」
「品がないって何だオイ」
エンジェルは頷いて手を叩くと、
「よし、採用!」
指を鳴らして禊を指さした。
「採用?」
禊は首をかしげる。
「うちに是非とも欲しいモデルがあったんだけど、どうにも最適なモデルが見つからなくて。モデル業界も制度が変わって、減量制限とかスリーサイズの制限とか出てきて、使いたい理想のモデルが制度に反していたんだよ。でも、君なら大丈夫だろう。チトセから聞いたよ、君はもうそれ以上体型も体重も変えられないのだろう?」
「あ、あぁ、そうだな。胃の七割以上損失しているから、食事もまともにできない。別に食事が無くてもとりあえず生きて行けるが」
「うん、じゃあ大丈夫だ。明日からウチのチームに来てくれる?」
「は!?」
千歳と禊が驚きの声を上げる。
「だが、うちには別でやらなければならないことが……」
「ロータスチェストの社長と商談していたでしょ。あそこは女性アイドルを扱う事が多いから、おそらく君はまだ使われないよ。それに、そちらの国にアイドルはまだいないから、初めに女性を使うでしょ?」
「当たってる……」
「エンジェルの勘は9割当たるんだよ」
千歳が耳打ちした。
「だが、明日から仕事しろなんて、無理がある。こちらも他国との条約締結だとか、貿易の話だとか、色々やらなければならないことがある」
それを聞いたエンジェルは少し考え、
「じゃあ大まかな寸法だけ測らせて。そしたらあとは秋まで時間を設けるよ。それでどう?」
「いいいだろう、その頃ならそちらに行ける余裕がある」
「決まりだね」
禊とエンジェルは握手を交わした。
「本当、ごめんなさい。エンジェル、かなり変わった子で身勝手で。でも悪いやつじゃないんです」
「わかってるって。自分に正直で、意志を貫く力を持っているんだろう」
禊は千歳の頭を撫でた。
「それにしても、全然背が変わって無いな」
「こ、これでも高校の時より伸びたんです……148㎝にはなりました」
「やはり感染が原因か」
「それもそうでしょうけど、聖霊師は成長が止まることが多いようです。フランも20過ぎたというのに、やけに周りよりあどけなく見えていたかと」
「確かにそうだったな」
二人の間に沈黙が訪れる。ふとそこに千歳の携帯の着信音が流れる。千歳が急いで出ると、
『ねぇおとうさん、ちゃんとバウムクーヘン買って来るよね? トコトコドーナツも。あと茜祢ちゃんがヌーバーのゼリーが――』
「わ、わかってるって! 忘れやしないから、今仕事中だから、ね?」
急いで電話を切った。
「あぐりか?」
「えぇ。17歳、丁度真尋さんが矛盾になった時と同じ年齢です。身長もそんなに差が無いので、二人で並んだ時は姉妹に見えましたよ、お顔もよく似ていますし」
「確かに、あの二人はよく似ている」
「そうだ、一つご相談と言うか、これは世間的な目を気にするようなお話になるんですけど……」
千歳が声を潜めるから、禊は少し身をかがめて耳を寄せた。
「矛盾による被害者なんですけど。いえ別に、直接的な感じではない、いや直接的でもあるんですけど。本人は被害意識は全く無いんですけど。精神に異常をきたしているような方がおりまして、典型例が奏になるんですが」
二人の頭に怪しい笑みをする奏が浮かぶ。
「で、その被害者って?」
「真尋さんの同級生なんですが。彼女へ恋心を当時抱いていたようで、彼女が矛盾になった時にその思いを捨て去ろうとしたようなんですが、逆に拗らせまして、それ故に大人になってから暴行事件を二回と、あぐりちゃんを誘拐未遂しまして……」
「またどうしてそんな事に」
「それで、彼を唯一救える方法が、もう真尋さんにどうにかしてもらうしかないんじゃないかと、病院側もお手上げでしてね」
禊は深いため息を溢す。
「矛盾に魅了される人間ってやっぱり本当なんだな」
「俺もその一人です」
「つまりなんだ、熱狂的なファンの頭がおかしくなったから偶像にどうにかしてもらおうと」
「えぇ。真尋さんにとって唯一の心許せる男性だったようなので、会わせても問題無いかと思いますが」
「わかった、どうにかしてみるよ」
「良かったです……」
千歳が安堵のため息を溢した。
「そんなに安心してどうしたんだよ。何か胸に詰まるほどだったのか?」
「まぁそんな所ですね。結構心配だったんですよ」
禊はそれ以上特に聞く様子はなく、安心の余りしぼんだ千歳を横目で見下ろしていた。




