第十五話 稼ぎ口、ありませんかね
平日初めの昼間。客間に不穏な空気が漂う。
「えっと……大丈夫ですよ、僕がいますから」
リードを持って立っている千歳が禊に優しく声をかけた。だが禊の険しい顔は一切緩まなかった。その横に座る御代家当主の宗政がため息とともに椅子に深く座り直した。
禊の視線の先にいる細めの男が、たばこの煙を吐き出して吸殻に煙草を置き、
「そんなに警戒しなくても、僕に自由はもうありませんよ、狼さん」
「俺はお前に対してこのような顔をしているんじゃない。入り口に張り紙を張っておいたはずだ。ウチは禁煙だ結城奏!」
禊が机を叩くと、奏は吸殻を持って千歳を見た。
「だからやめとけって言っただろ……」
「え? 聞いてないよ」
千歳が深くため息をつく。
「さて、今日は今後の矛盾の行動についてアドバイスと許可を貰おうと呼んだんだ。ほら、そんな顔すんなって!」
髪も髭も真っ白な宗政が禊の背中を叩いた。
奏が書類を取り出し、
「国で矛盾の行動に関しての規制や規約はまだ制定していないから、今のうちに決めた方がいいでしょう。じゃないとタマを取られるようなことを要求する国が出て来ちまう」
奏が書類にびっしり書かれた文をペンでなぞりながら説明していく。
「まあ主に、矛盾化は基本禁止。誰かを守るためってんなら別に大丈夫だろうけど、だからってその頻度が多くなれば僕から国に要請して規制する事になります。僕にも君らを管理する責任ってのがありますからね」
「何でお前なんかに管理されなきゃならないんだ」
「誰もここまでやろうとしないし、できるのは僕くらいですからね。正に天職ですよ」
奏が笑いながら煙草をくわえた。禊の怪訝そうな顔がより深くなる。
「で、矛盾化されて暴れられたら大変困りますので、拘束具としてこちらのチョーカーとブレスレット、アンクレットをつけてもらいます」
奏が千歳に指示すると、千歳はアタッシュケースを机の上に開けた。中にはチャックのビニール袋に入ったそれらが矛盾の人数分入っていた。
「首、手首、足首といった首の付く部分に装着してください。大変薄くなっていますので、皮膚に密着して違和感を感じさせませんし、見た目にも目立たないかと。宝器を元に制作しているので、僕の手でなければ外すことはできませんからね。そんなに睨まなくても、お国に帰るときには外しますよ。あと、カラーの指定はできませんからね。僕にそういうセンスと余裕はないんで」
禊は奏を睨みつつ、それらを手に取って見る。幅3センチほどの灰色のもので、特に何か柄や形に特徴は無い、ただの薄い一片のリボンだった。
「早速つけてみます?」
奏が笑顔で尋ねると、禊は目を光らせてより一層睨んだ。
「でも義務ですからね。僕は不死身ですけど、これでも、いつあなたに殺されてしまうか結構内心びくびくしてるんですよ。ほら」
奏の差し出した両手は目で見てわかるほどに震えていて、握り過ぎた手のひらには爪が食い込んだ跡があった。
「本能は正直ですよね。どんなに平気だと自分に暗示かけ、理解していても本能と体は正直だ」
銜えた煙草に火をつけ始めた。
リビングに矛盾らが集められる。1人ずつ奏の元に番号順で向かい、拘束具を取り付けられていく。
「ねぇ、これどうしてもつけなきゃダメ?」
足首に装着されている最中の要が訪ねた。奏は装着用の機器を持って目だけ向け、
「どうしてもです。不死身の僕だって貴方々に殺されたくありませんから」
「じゃあ殺さない程度にいたぶってみようかな」
「あはは~じゃあ殺してください」
一通り全員付け終わる。
「ん~、なんかダサい」
美友が不満そうに手首を見た。
「ねぇ、もっと青いものにしてよ。灰色じゃダサすぎ」
「カラーの指定はできませんって言ったでしょう」
奏は腰を伸ばし、アタッシュケースを片付ける。
「それじゃ、後は最初に話した通りですので。別にこれは義務じゃないので、そちらの判断にゆだねます。あ、拘束具は義務ですからね」
「わかったからさっさと帰れこの死にぞこない」
「面白いこと言いますね、あなたも死にぞこないなのに!」
奏は手を叩いて笑った。玄関で靴を履いていると、
「昔のお前は、もっと素直だったのにな」
後ろから宵彦の声が聞こえてきた。奏は靴ひもを結ぶ手を留め、
「そう見えましたか? 僕は昔から、こうですけど。貴方の目が見えていなかっただけでしょう」
奏は立ち上がり、
「どうせ貴方に僕は解りませんよ。解ってたまるものか。僕の意志はそう易くない」
目を光らせて宵彦を見た。
「……そうだな。私も禊さんからいろいろ学んだよ。君を無下にしないようにするよ」
「そうして頂けると大変うれしいです。それもそうですが……」
土足のまま玄関を上がり、
「ちょっとだけ触らせてもらえませんか? 昆虫なら腕はもう一対出てきたりするんですか? 触覚あります? 生殖器はどうなってますか? 甲虫に属する? それとも蠅なんかと――」
「ちょっと!」
千歳が急いでリードを引っ張った。首輪を掴まれてそのまま玄関の外に連れて行かれる。
「お邪魔しました!」
千歳は奏を連れて帰って行った。
「……だから首輪付けてたんか」
リビングから顔を覗かせる禊が呟いた。
「一種のプレイかと思ったぜ」
工がソファーに寝転がって言う。
「これからどうするんです?」
宵彦が禊の側に来ると、
「まずは各国との条約を結ぶことだな。こちらは人間じゃないから、お互いに戦争にならないよう条件を立てておかなければならない。今度国際会議があるだろうから、その時にでも」
「内容とか考えてあるんですか?」
禊が小町を見るので、宵彦もその方を見た。小町が書類を持ってやって来る。
「内容は主に、国家同士の在り方だろう。こちらは一応、永世中立国であるから、他国の問題に言及したり手出しはしない。が、地球の存続が関わることになれば手を出す。我々にとって大事なのは国家でも人間でもない、地球だ。聖女がいなければ我々は存続することは難しいだろう」
「つまり、地球の存続が関わるような戦争が起きたら、何らかの行使により戦争を阻止する、って事ですか?」
「おおよそそんな所だろう」
「そんな攻撃的な条約、組んでくれますかね……」
「人類にとって大事な地球が滅べば我々も人類も困る、ウィンウィンな条約だろ。まぁ組めるか組めないかは、私とコイツ次第だろう」
小町が禊に親指を向ける。
「ダメだったら牙を見せるかぁ」
「禊さん、それぜったダメでしょう」
「わかってるって」
禊は笑って見せた。
禊と小町、ハッシュ、七穂、七富、宗政、マーリンが机を囲んで難しい顔をする。
「なぁに、この国の抱える借金に比べたら可愛いものさ」
マーリンがそう言いながらお茶をすすった。
「いや、この国は国内の借金だからマシじゃないか……。うちはそもそも国家資金すらほとんど無いじゃないか、ここに来るまでにほとんど使い果たしているし」
禊は青い顔でそう言うと、机に頭を置いた。矛盾が国を立ち上げる際に必要になった資金のほとんどをマーリンの財閥、花京院財閥、御代家が負担ていたため、アークィヴンシャラ国は莫大な借金を抱えていた。挙句、他国との貿易をほとんど取っていなかったため、収入も一切無かった。
マーリンはカップを机に置き、
「持ってきた宝石類はどうした?」
「感染の可能性を危惧されて火星で没収されたよ。今監査に出されてる」
「宝器は?」
「武器の所有は認められていないから、日本が預かってる。ついでに奏の研究に使われているよ」
「丸裸の状態で来た感じだな」
禊が唸り声を漏らす。
「どうやって稼いだらいいんだろう……。普通に就職とか?」
七穂が提案する。
「いや、こんな化け物ら、雇ってくれる所なんて無いよ」
「何でも屋みたいなの出来そうですけどね。知識と力は限りなくあります」
ハッシュが力こぶを見せた。
「感染を危惧して誰も利用しないだろ」
「矛盾による感染率なんて、もうほとんど無いのに」
「もうずいぶん地球を離れましたからね、この地に染み込んだ矛盾の気はほとんど消えてますし」
一同が深いため息を漏らす。禊が気分転換にテレビをつける。そこには各国を代表するアイドルのコンサートの様子が流れていた。
「なにこれ」
禊が七富を見ると、
「最近流行りの、各国を代表したアイドルです。ろこどるって覚えてますか?」
「あーあの、ご当地アイドルとかいう……」
「そうです。その国バージョンなんですけ……」
そこまで言いかけ、七富は立ち上がり、
「そうですよ! アイドル、やりましょうよ!」
禊の手を取った。
「いや、俺はさすがに無理があり過ぎるからな!?」
「いいですね、試してみる価値はありそうです」
七穂が嬉しそうに手を叩いた。
「まずは……受け入れられやすい女性アイドルから始めてみませんか? ほら、元アイドルがいるじゃないですか!」
「え、うちにそんなキラキラしたのいたっけ」
「何よ、私の輝きが衰えたとでも言うの?」
そこに颯爽と美友が現れた。
「お前アイドルだったんか」
「なんて物言い! アイドル歴は結構あるんだから。それに元々、私はアイドルのマネージャーになりたかったの。けど事務所が勝手にアイドルとして採用しちゃって、そのままデビュー果たしたの」
美友はため息をつきながら頬杖をついた。
「でも、事務所とかどうするんです? 採用されなければ手の打ちようもありません……」
七穂が言うと、その場の空気が一気に重くなる。
「そうだ、そう言えばこんなものが来ててな」
小町が立ち上がり、いちまいの封筒を持って来る。中にはパーティーの招待状が入っていた。
「あれ、もしかしてこれって蓮刃とチャスの?」
禊が尋ねると、
「助けていただいたお礼に、交流会に参加しないかって。多くの企業が参加していて、商談もよく行われているそうだ」
「でも、そこで出会った芸能事務所となんか……」
禊が封筒を見た時、そこに書かれていた会社名に目が飛び出た。
「こここ小町、よく見ろ」
そこには『芸能事務所ロータスチェスト』と書かれていた。そして招待状の中に書かれていた送り主は『社長・須天 蓮刃』。
「これだ!!」
家の中に小町の声が響く。
「禊、絶対行け。絶対だ。絶対この好機を逃すなよ! ここで終われば我々は下水掃除を何十年も飲まず食わずでやる羽目になるぞ」
「いやそれもアリなのでは……」
「絶対にもう汚れ仕事は勘弁だからな!」
小町の鼻先が禊の鼻にぶつかった。




