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第十話 空からの贈り物

雪も半分ほど溶け、自然が目を覚まし始めた。

「おーい、禊ぃ」

 アーサーに呼ばれ、禊が台所を離れる。

「なんだか久々ですね、こうやってみんなで、禊さんの家で食事するの」

 忍が嬉しそうにリビングを見渡すと、

「ずっと寝ていただけですから、つい昨日のような感覚ではありますけれど」

 そう言いながら、視界の中に言葉が現れた。

「おはようございます」

「お、おはようございます」

「御髪が乱れておいででしてよ」

 言葉が手を伸ばして手櫛で梳かしてやると、

「今日はどのような料理がもてなされるんだろうなぁ! のう、カワズの」

 百足が後ろから声をかけた。

「百足さん、おはようございます」

「おはよう。そうだ、妾の櫛を貸してやろう」

 百足はポケットから宝器の櫛を取り出した。金属の歯の多い櫛に、埋め込まれた黄浅緑色のネフライトが輝いていた。

「宝器、見つかったんですね」

「あぁ。じゃが、まだ聖霊が来てなくてな。みなどうやって呼んだんだ? 陰陽師にでも頼んだのか?」

「えっと……僕はわからないです」

「私もよくわかっておりませんの、ごめんなさいね」

 忍と言葉が申し訳なさそうにしていると、

「己の矛盾としての意志、役目、司る美を再確認し、矛盾として確固たる意識を持てるようになると宿る、らしい」

 横から声がして振り向くと、本を閉じながらハッシュが近寄って来た。

「私の宝器もまだ宿っていなくてね、まともに宿っているのは禊さん、小町さん、尊さんの宝器のみらしい」

「意外と聖霊のいない宝器って多いんですね」

「忍さんの宝器はどのような形を成されていますの?」

 言葉が興味深そうに尋ねると、

「いや、まだわかっていなくて」

「でも全部出土しているはずなんじゃないの?」

「彼と貴女の宝器は出土していますが、まだちゃんと形を成していないんです。錆がついて塊のようになってしまっている状態で、明確な形はわかっていません。恐らく、忍さんのはシャベル、長い方の。言葉さんはペンのようなものでしょう」

「シャベル……」

 忍は複雑な面持ちで足元に視線を落とした。

「飯ができたぞー」

 台所から禊の声が飛んできた。

「さ、食事の用意ができたみたいですよ」

 忍らは嬉しそうにダイニングに向かった。




「ばぶー」

 忍はただひたすらに、何も考えないようにしようとしている。が、目の前の光景を見て、どうにも考えなければならないような気がしてならないのだった。

「なぁチビ、俺はいつまで赤ん坊の真似をしていなければならないんだ」

 涎掛けを首に下げ、おしゃぶりを銜えた千早がリビングに横たわっている。

「むい!」

 美紗は黙れ、と言うように、おもちゃのフライパンで容赦なく千早の顔面を叩いた。

「おんぎゃー、おんぎゃー」

「ここまで殺意全開の赤ちゃん始めて見たよ」

 忍は怪訝そうな顔で千早を見た。

「うるへぇ、おチビ様の命令は絶対なんだよ」

「美紗帝」

「むい!」

 振り回されたぬいぐるみで頭を叩かれる。

 美紗は飽きてしまったのか、立ち上がって千早の髪を引っ張り、

「おー! う! んんん!」

 外を指さした。

「あー? 今度は外? ったく」

 千早は起き上がり、涎掛けとおしゃぶりを床に投げ捨てて、美紗に手を引かれて外に出た。

「随分なついたな」

 後ろから様子を見ていた禊が話しかけた。

「驚きですよね、まさかあの邪神が幼女にあそこまで手懐けられるなんて」

「懐いたのか、懐かれたのか。ま、どっちも幼女みたいなもんか」

 禊は立ち上がって何処かへ行ってしまった。


 吹雪の叩きつける雪山に、この国に似つかわしくない飛行船のようなものが落ちていた。小型飛行機よりも小さいそれは黒煙と炎を上げている。その中から人間が一人、這い出てきた。

「……チャス、おい、チャス!」

 アジア人らしいその男は、ガラスの割れたヘルメットを脱ぎ捨て、炎の上がる飛行船に近寄った。急いで割れた窓から中に入り、口元を袖で押さえて中を進む。すると座席の上にサングラスをかけた男がうなだれているのが見えた。

「チャス! 起きろ! チャス!」

 男がチャスと呼ぶ男の頬を叩くと、目を覚まして急いで辺りを見回した。

「船が落ちたようだ。とにかく、出るぞ!」

 二人は急いで割れた窓から外に飛び出した。それと同時に、船は大きく爆発して、二人は爆風に吹き飛ばされた。

 チャスはただ、サングラスに映る燃える船を見つめていた。

「仕方ない、やはり手作りともなると、企業品より劣るさ。諦めよう」

 男はため息をついて雪の上に横たわった。

「なぁ、蓮刃はすは

 チャスは何か言いたげだったが、

「また作ればいいだろ? 俺とお前ならできるさ」

 チャスは少し落ち込んだ様子だったが、すぐに白い歯を見せた。

「それより、いつまでもここにいたら凍え死ぬ。どこの惑星かもわからないんだ、とにかく安全な場所を探そう」

 二人は小さい銃を一丁と金槌一つを持ってその場を離れた。

 しばらく歩くと、すぐに洞窟を見つけた。チャスが喜んで駆け寄ると、

「まて、何が潜んでいるかわからない」

 蓮刃は洞窟内部をライトで照らして慎重に中に入って行く。

「大丈夫そうだな」

 二人は胸を撫で下ろして、側の岩の上に腰を下ろした。だが安心したのもつかの間、洞窟の奥からうめき声が聞こえてきた。

「チャス、下がっていろ」

 蓮刃が銃を構えると、暗闇の向こうから大きな熊が現れた。熊は大きく咆哮して二人を睨んだ。蓮刃がトリガーに指を置いた時、

「Wait!」

 若い男の声が後ろからした。ゆっくり振り返ると、護が背を丸めて入り口に立っていた。

「お前は日本人だな。お前は……何人だ?」

「俺は蓮刃、日本人だ。こいつはチャス、混血だが俺と同じ日本人だ。お前は何だ? ここはどこかの惑星か?」

 護は特に何も答えず、二人を手招きした。二人は隈から目を離さないようにしてゆっくり後ろに下がり、洞窟の外に出た。

「ありがとう、助かったよ」

 蓮刃が握手をしようと手を差し出した。護はそれを見つめ、手を伸ばすが、握手をするのではなく、そのまま蓮刃を背負い投げ、後頭部を殴って気絶させた。呆気に取られていたチャスは我に返り、急いで金槌を振り上げるが、護の拳が鳩尾にめり込み、咳き込みながらそのまま倒れて動かなくなった。

 護はただ二人を怪訝そうな顔で見降ろしていた。


 遠かった意識が戻り始め、ゆっくりと瞼を開ける。薄暗いレンガ造りの部屋が見える。その中に斜め上から光が差し込んでいた。壁のうんと高いところに小さい窓があって、そこから光が差し込んでいた。起き上がろうとしたが、拘束されているようで身動きが取れなかった。どうにか体を揺すって寝返りを打つと、反対側に口を開けて横たわるチャスが視界に飛び込んだ。

「チャス、おいチャス!」

 蓮刃がどうにか体を動かしてチャスに近づこうとしていると、部屋の重い金属の扉が開いて、男が一人入って来た。

「おい、お前! これはいったいどういう事だ!? ここが火星ならこれは決して許される事では――!」

 男はそんな蓮刃の言葉など無視し、二人を引きずって部屋から出した。そのまま白いツルツルした廊下を引きずっていき、広い空間に連れ込まれた。

「おい、俺の話に応えろ!」

 蓮刃が怒って膝立ちになると、周りの様子に気が付いた。真っ白い大広間のようなこの場所は、二人を囲むように20人以上が玉座に座り、コチラを見つめていた。そして二人の視線の上の方には、巨大なクリスタルを切り出して作ったかのような、雪の女王が座るであろう立派な玉座が佇んでいた。

「はるばる地球からようこそ、お若い者よ」

 目の前の向こうの方に座る、翡翠色の目の若い男がそう呼びかけた。

「なんだ、子供が王族の真似事か?」

 蓮刃が鼻で笑って見せると、

「あぁ、これだから貴様ら人間は……。お前、名前は何て言うんだ」

「答えん!」

 蓮刃はすねたように口を結んでそっぽを向くが、

「チャスです! こいつは相棒の蓮刃!」

 チャスが歯を見せて答えた。

「チャス! お前にはプライドってもんが……!」

「そうか、蓮刃にチャスか。どこから来たんだ?」

「お前も名乗れよガキ!」

 蓮刃が怒鳴ると、若い男はため息をつき、

「五月雨禊、アークィヴンシャラ国総長、矛盾の狼だ」

「矛盾?」

 蓮刃は禊の発言が引っ掛かった。

「で、どこから来たんだ?」

「日本です!」

 チャスは元気に答える。

「日本か、懐かしいな。今はどんな感じだ?」

「昔に比べたら随分発展しました! ただ、治安が悪くなった気もします」

「へー」

「なぁ、待ってくれ」

 蓮刃はそう言い、後ろを振り向いた。背後の廊下は七罪が横並びになり塞いでいる。

「なぁ、縄を解いてくれないか。何もしない、本当だ。仮に何かしたところで、おそらく俺はお前たち……いやあなた達には傷一つつけられないだろう」

「わかった」

 禊が指示すると、護が縄を解いてやった。チャスは嬉しそうに両手を上げると、すぐさま蓮刃の背後に隠れた。

「もしかしてここは、第二の地球と言われるアークィヴンシャラ国か?」

「さっき言っただろ」

「じゃあ、あなた達は……不老不死の、あの彼らという事か?」

「だから矛盾って名乗っただろ」

 蓮刃は信じられない様子で首を横に振りながら、

「いや、だが、あの国へ行くには何光年もかかるんだ。それなのに」

「確か、宇宙空間のどっかかしらにワープ地点があるはずっす。それに吸い込まれた可能性もあるんじゃないっすか?」

 龍がそう言うと、蓮刃は床に手をつき、

「ご、ご無礼をいたしました、大変申し訳ありません……」

 いきなり頭を下げた。

「いや、こっちこそ手荒な真似をして悪かった。怪我は無いか?」

 禊は玉座から降りて蓮刃に近寄ると、

「ここじゃ話しづらいだろう、移動しよう」

 蓮刃の肩に手を置いた。蓮刃が頷くと、

「ハイ解散~! 解散、解散! 散った散った!」

「何だよコレ~」

「いざって時の為の練習だってよ」

「ウチは王権国家じゃないだろー」

 矛盾らは玉座から降りながら口々にそう言って、蓮刃らの横を通って廊下の向こうに消えていった。


「すなんな、まだ客間ができてないんだ」

 禊の家に招かれた二人は、リビングのソファに座らされる。チャスは不思議そうに部屋を見渡していた。

「あの、さっきのあれは……」

 蓮刃が訪ねると、

「あぁ、城みたいなもんだ。一応国だから、そういう場所も必要だろう?」

「上にも玉座があったが、誰も座ってなかった。アレは誰が座るんだ? 矛盾は全員いる様子だったが、あと誰が座るんだ?」

「君のような感の良いガキは嫌いだよ……」

「えっ」

「冗談だよ」

 禊はそう言い、二人の前に座った。

「――船が故障して帰れないのか、よくある展開だな」

「え? えぇ」

「んー、うちに現代の機械を直す術は無いからなぁ」

「では、俺らはずっとここに……」

「いや、それはダメだ。ここは矛盾だけの国、いわば墓場だ。そんなところに生者がいたら、何がどうなるかわからん」

「ではどうしろと」

「近々、地球に戻る予定があってな。その時一緒について来ればいい」

「良かった! で、それはいつになるんだ?」

「んー、來年くらいかなぁ」

「は?」

「準備とか終わって無くてなぁ。荷物が届けば数日で出発の準備ができるんだが……」

「荷物、ですか?」

「どうやって届くかもわからんし。ま、それまでこの家で過ごしてくれ。白銀姫、あとはよろしく。黒鉄彦、行くぞ」

「ハイ、旦那様」

 禊は宝器を持って家を出て行ってしまった。

「えっと……」

 蓮刃が心配そうに白銀姫を見ると、

「この国についてお教えいたしますね。まず第一条件として、ルールを破ったら国際問題になりますので、きちんと守ってくださいね。もちろん貴方々の人権は保障されます。それでは、まずは――」

 蓮刃は青い顔で話を聞いていた。


 蓮刃とチャスは用意された服に着替えて、まずは外に出てみた。

「本当に、地球と同じだな」

 遠くに見える草原の丘に草を食む牛が見える。

「アレは家畜か?」

「我が国に家畜はいません。全生物皆平等です、二度と家畜なんて言わないでくださいね?」

 白銀姫の冷たい声に蓮刃は身震いする。

 二人は草原の上に横たわり、雲の泳ぐ青い空を見つめた。

「空気が綺麗だ……矛盾はこんなにも良いところに住んでいるのか。まるでファンタジーの世界のようだな。どうして矛盾だけ……」

「蓮刃」

 チャスは首を横に振って見せた。

「彼らの境遇を見ろって事か。は、年寄りはいつの時代も面倒だな」

 蓮刃はため息を漏らした。ふと、空の向こうに黒い点があるのを見つけた。

「なあチャス、アレ見えるか?」

 指さす方をチャスも見つめる。黒い点は近づいているようで、赤い光を放ち始めた。

「おい、おい総長呼べ!」

 チャスの肩を叩くと、チャスは慌てて立ち上がる。だが黒い点は予想よりも速い速度で近づいているようで、どんどん目前に迫って来る。

 そうこうしているうちに、黒いそれは雲を蹴散らし、草原の真ん中に落ちてきた。

 蓮刃らからそう遠くない所に落下し、土を吹き飛ばし、衝撃波が二人を吹き飛ばした。

 土煙に覆われ、騒然としていた辺りは静かに風だけが通る。

 土の中からチャスが顔を出す。辺りを見回すと、同じように少し離れたところから蓮刃も顔を出した。

「せっかく着替えたのに」

 蓮刃が土を払っていると、チャスに肩を叩かれ、指さす方を見つめた。土煙が晴れていき、中から鎖でつながれた十数個もの金属の箱が現れた。

「な、何だあれ……」

 恐る恐る近づくと、アーサーがのんきにやって来て、

「禊ー、荷物来たでー!」

 アーサーは恐れる事も無く箱に触れた。

「お、おい、大丈夫なん……」

「あっちぃ!」

 アーサーは急いで手を離して、火傷した手に息を吹きかける。

「すぐには開かんよ。龍、任せた!」

 小町がそう言って空に向かって声をかけると、上空からドラゴンが降りてきた。蓮刃たちはただただ唖然とするしか無かった。

 ドラゴンは頭を荷物に向かって降ろすと、口に含んでいた大量の水をかけた。荷物は水を蒸発させ、また辺りを隠す。

「もう冷えたか?」

 小町が確かめると、箱はまだ冷たくはないが、触れるほどにまで冷めた。

「おい、事前に渡された鍵があるだろ、どこにやった」

 小町が聞いて回っていると、

「小町、あるよ」

 禊が手のひらほどの大きな鍵を持ってやって来た。鍵は箱の数だけあって、金属の輪に繋がっていた。それぞれ箱と鍵に番号が振られている。

「おーい、並べー」

 禊が呼びかけると、いつの間に集まっていたのか、矛盾たちが禊に向かって列をなし始めた。小町が横につきながら、一人一人に鍵を渡していく。

「要は2番。えー優は10番、宵彦は12番。アーサーは……」

「6番だ」

 それぞれ鍵を渡された者から箱を開けていく。

「面白いから、お前らも見て見ろよ」

 禊に呼びかけられ、蓮刃たちは禊の後をついて行く。縦1m、横1.5m、高さ1mほどの箱の蓋の鍵穴に鍵を差し込む。1回転させると、軽い金属のカチャリ、という音を立てて鍵が開く。ふたを開けると、3人げ中を覗き込む。すると中からビックリ箱のようにトルソーが飛び出した。トルソーには服が着せられており、その足元にその他、靴や風呂敷包み、また別の小さな金属の箱も入っていた。

「これは一体……」

「我が国の制服だよ。ちゃんと品物は入ってるな?」

 禊が全員に呼びかけると、あちこちの箱から「全部あるよー」「大丈夫ー」等と声が飛んでくる。

「さ、家へ運ぶか。太刀斬鋏」

 禊が呼ぶと、宝器が飛んできて、箱の下に入って持ち上げた。

 箱に着いた土を払い落とし、部屋に置く。

「よし、お披露目会だー」

 禊はまず、中に入っている金属の箱から開けた。縦10㎝、横30㎝、高さ10㎝ほどの大きさで、鍵穴はあるがかかっておらず、中に小さな鍵が入っていた。中にはネクタイピンやカフスボタンなどの宝飾品や小物が入っていた。風呂敷包みの中には紙の箱と、折りたたまれた大きな布。紙の箱の中には靴が入っていて、大きい布は広げると1枚の着物だった。さらに木箱もあり、中には衣桁が分解されて入っていた。

「ほぉ、衣専用の衣桁か」

「普通の衣桁と何か違うのか?」

「知らん」

 最後に、宝器の鞘が入っていた。

「ハサミらしさが出るな……」

 蓮刃は少し笑みを浮かべながら、鞘に収まった太刀斬鋏を見つめた。

「笑わないでください!」

 白銀姫は怒った様子だった。

 一通り見終わる。

「一体どこから贈られてきたんだ?」

 蓮刃は首を傾げて箱を見つめた。

「神からだろ」

「そうなのか!?」

「俺も実際はどうだか知らないから、何とも言えんよ」

 禊は包み紙などを拾い集め、

「さ、夕食にしようか」

 二人をダイニングに連れて行く。ふと、蓮刃は縁側から見えた穴の開いた草原に、まだ残る箱を一つ見つける。

「なぁ、あれはどうするんだ?」

「ん? あぁ、誰かが回収するだろ」

 禊は冷蔵庫の中を漁り始めた。


 残った箱を回収した七罪が、聖女の土地の屋敷に箱を運び込む。

「後は私がやるから、もういいよ」

 真尋がそう言うと、七罪は空気に溶けるように消えた。

 0番の鍵で箱を開ける。中には衣と、薄い透けた布が折りたたまれて入っていた。

「お一人でできますか、ドライフラワーのお嬢さん」

 ふと背後から声がして、真尋は恐れるように振り返った。物陰から現れたその姿を目でとらえると、真尋は肩の力を抜き、

「急に現れないで。食べちゃうじゃん、宵彦さん」

「貴女になら食べられても平気でしょう」

「恋人がいるのに、私に浮気するなんて。悪い人だね」

「あの、誰かが聞いていたらとんでもない勘違いが生まれるのでそう言う事絶対に言わないでくださいね絶対ですよ絶対!」

 必死に訴える宵彦を見て、真尋はポロリと笑みを溢す。

「ニヴェさん、怖い?」

「怒ったら誰だって怖いですよ。特に、女性は怖いです」

 二人は荷物を開けながら他愛もない会話をする。

 中には、クリスタルで作られた靴、制服、ベール、宝飾品や小物などが入っていた。

「地球へ戻るのは、どう思われます?」

 宵彦のその言葉に、真尋の手が止まる。

「別に」

「少し、恐怖を感じているんじゃありませんか?」

 真尋は口を結ぶ。

「大丈夫です。私の務めは、矛盾を守る事。守ることが務めで、守護を司ります。だから、私に身を委ねてください。貴女の精神も心も守りますから」

 真尋は目を見張っていたが、少し瞼を下げ、

「そう、ありがとう」

 そっと微笑んだ。

「でもね、その言い方、語弊があるなて思うんだけど」

「えっ? あ。あ!」

 宵彦は頭を抱えて首を垂れた。

「宵彦さん、ずいぶん変わったね。老いた?」

「私は老いてなんかない!」

「そういうところ」

 真尋は宵彦の背中を突きながらクスクスと笑う。ふと、宵彦の腰に携えた刀が光っているのが見えた。

「ねぇ、宵彦さん。刀が訴えてるよ」

 宵彦は刀に目をやり手に持つと、刀は空中で自立し、鞘を落としてさらに光を強めた。

「神より仕え参った、聖霊である。我が持ち主よ、ボクに名前をお与えください」

 刀は滑らかにそう言うと、宵彦に近づいた。

「良かったね、おめでとう。聖霊が宿ったんだ」

 真尋は小さく拍手する。だが、一向に応えない宵彦を不思議に思い、顔を覗き込んだ。

 宵彦の顔は恐怖と嬉しさと悲しみに染まり、ただじっと刀を見つめていた。

「――兄さ……兄さん……あぁ、やっと――」

「さあ持ち主よ、ボクに名前を与えておくれ」

 ふと、温かい大きな手が頭を撫でた気がした。宵彦はしかと頷いて、

「明星丸、お前の名前は明星丸だよ。末永くよろしく頼む」

 そっと刀に触れると、刀は光を消して手の中に納まった。

 すると明星丸は何か思い出したような声を上げ、

「聖女様にご挨拶しなければ。聖女様はどちらに?」

「聖女? あぁ、彼女は……」

 宵彦は真尋を見るなり、二人で曇った表情をし、

「彼女は散ったんだ」

「散った? それはどういう事だ?」

「私にも詳しくはわからないが、御身を犠牲に全てを終わらせた、と聞いている」

「死んだのか? ……いや、聖女様に死などあり得ない」

「彼女はもういないが、彼女の宝器ならあるよ、瑠璃の星」

 背後から声がして振り向くと、ドアの側に千早が壁にもたれかかっていた。

「祭壇の方にいるよ」

 千早に言われるまま祭壇の方に行くと、祭壇を見つめるように、宝器が宙に佇んでいた。

 明星丸はゆっくりと宵彦の手から離れ、聖女の宝器に近づく。

「お初お目にかかります、聖女の宝器殿よ」

 聖女の宝器は振り返るように明星丸の方に宝石を向けた。聖女の頭上を飾り、後光を背負うその輪の形をしたティアラは、白く虹色に輝くきらめきを溢しながら佇んだ。

「初めまして。冠・鉱羽慰コウハイ、黄金妃と申します」

 女性の透き通った、しかと力のある声が耳に通る。

 黄金妃はスッと明星丸に近づくと、

「すごい、初めて他の宝器を見たかも!? わぁ~カッコイイ~!」

 先ほどまでの声音とは真逆の、溌剌とした娘の声が響く。

「あ、あの、黄金妃殿……」

「何よその反応。私だって魂の性格ってものがあるのよ、文句があるなら前世に言いな!」

 カキン、と音がして、黄金妃は明星丸を小突くように宝器を当てた。

「あの、まだ他の宝器を見た事が無いように言っていたが……」

「この地を守るためにずっと祭壇の上にいたり、あちこち浮遊してたの」

 黄金妃はクルクルと回転する。

「でももう大丈夫そうだね。一応ここを離れるわけにはいかないけど、たまに遊びに行くよ」

 真尋は一瞬、黄金妃が一人の女性に見えた。大きく見開いたつり目に、綺麗に巻かれた栗毛の、豊かな身体の美しい女性に。

「綺麗……」

 思わず言葉が口からこぼれていた。

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