第5話 止められない復讐
大森翔輝がレドサン高校の生徒を殺してから3日が経った。翔輝は宣言通り少年少女を殺しているが教室や道路、被害者の自宅など、場所を選ばず顔を隠さないで殺人を行った。また、殺している様子を撮影した動画を自身のウェブサイトである『大森翔輝の復讐リスト』に公開している。これまで公開された動画は9件。いずれも魔法を使用している様子が映っている。
「現れないわね」
時刻は午前10時。自宅にいる勇士とハルミアは、レウ・サガジに翔輝の居場所が表示されるのを待っている。
レウ・サガジの探索範囲は半径50キロメートル。翔輝に殺害予告をされた少年少女のほとんどが、勇士の自宅から50キロ以内にいるため翔輝が現れるのを待つことにしている。
「ああ。いつ現れるんだ?」
勇士は重々しい声で言った。
「もしかして緊張している?」
「まぁな。奴の強さが分からない。魔法を使えなかったら余裕なんだけどな」
翔輝が公開した動画を見た勇士は、翔輝が魔法を使えると確信している。これから未知の能力を持つ相手と戦闘になるかもしれないため、勇士は緊張している。
「勇士なら大丈夫だよ。イセワルディの魔王を2人も倒したんだから」
「あれは、みんながいたからだよ」
勇士のスマートフォンから音がした。
「うわっ」
「ひぃぃ」
勇士とハルミアは驚きのあまり声をあげた。
「なんなの?」
「俺のスマホだ。クラスの奴からザツトークがきてる」
ザツトークとはスマートフォンのチャットアプリのこと。
『お前が学校を休むなんて珍しいな』
胴一が学校を休んでいる勇士を心配しているようだ。
『風邪ひいた』
『本当か? 彼女とイチャついてないだろうな?』
『イチャついてねーよ』
「来た!」
「なに!?」
レウ・サガジの画面に赤い点が表示された。
「この近くの高校だ。場所はグラウンドか。場所は分かるな?」
「うん」
「行くぞ」
勇士は青い鎧で、ハルミアは黄金色の鎧で全身を覆った。身を守るためと、高校の生徒たちに素顔を見られないようにするためだ。
鎧から光が漏れて、勇士達が部屋から消えた。
「いた! あそこ」
勇士達は魔法で高校のグラウンドに移動した。グラウンドには体操服を着た生徒達と剣を持った翔輝がいる。
「誰、アイツ? なんか剣を持ってるが?」
「ヤッベー、大森翔輝じゃね?」
「いつのまにいたんだよ」
数人が翔輝の存在に気づいた。
「なんだよ……お前」
「やぁ! おはよう」
翔輝は軽い口調で挨拶をしてから一人の生徒を十数メートル先に蹴り飛ばした。
「ごはぁ」
蹴り飛ばされた生徒の真上に紫色に光る円が出現して、雷が落ちた。
「ぎゃああ」
間髪を入れず翔輝は剣を構えて、蹴り飛ばした生徒に駆け寄る。
「危ない!」
ハルミアが叫ぶと、蹴り飛ばされた生徒の目の前に輝く半透明の盾が現れて翔輝の攻撃を弾いた。驚いた翔輝は周囲を見回した後、笑顔で勇士達の元に駆け寄った。
「驚いたよ。君達も魔法が使えるのかな? んで、邪魔をしたのは誰?」
「私よ」
「君かぁ。俺の攻撃を防ぐなんてやるねぇ」
翔輝が見下したような言い方でハルミアを褒めた。
勇士は、ハルミアと翔輝が話している隙に蹴り飛ばされた生徒の元へ走る。
「うう」
魔法による雷に打たれた影響か生徒は上手く喋れない。
勇士は生徒を抱えた。その時、勇士の目の前に赤く光る球が出現する。危険を感じた勇士が後ろに飛び退いた瞬間、爆発が起こった。
「うお」
勇士の左手から輝く透明な盾が現れて爆風から生徒を守った。
「危なかった」
「ヒュ~、あっちの人もやるねぇ」
余裕そうに言う翔輝だが、顔には悔しさがにじみ出ている。
「ねぇ君達、イーアルドの人間?」
「イーアルド?」
ハルミアは聞いたことがない単語を耳にして呟く。
「知らないならいいや。じゃ、ここに来た理由は?」
「あなたがやっていることを止めるため」
「ははっ、そうか!」
ハルミアの目の前から翔輝が消えた。
「瞬間移動……」
と言ったハルミアは校舎を見つめた。ややあって教室から悲鳴があがり、翔輝が戻ってきた。
「一人殺してきたよ。残念だったね」
「くっ……」
「お前、1年前に自殺した大森翔輝だろ。なんのために人を殺しているんだ!? いじめられた復讐か!?」
勇士が大声で質問した。
「あのサイトを見たんだね。そうだよ! 俺はいじめられるのが嫌になって自殺した。だけど、異世界に転生して能力を得た!」
叫んだ翔輝の周囲に複数の爆発が起こった。
「俺をいじめた奴を全て殺す! でも邪魔が入るとは思わなかったよ」
そう言いながら翔輝が地面に手を触れた。グラウンドの砂が人型の巨大な物体を形成し始める。その数5体。
巨大な人型の物体は校舎に向かって歩き始めた。
「これは俺を楽しませてくれたお礼だ。楽しんでね」
そう言い残して翔輝は消えた。
「ゴーレム?」
勇士が呟いた。
「勇士、その子とこのデカいのは私に任せてアナタは翔輝を追って!」
「おう、頼む!」
勇士はレウ・サガジで翔輝がいる場所を確認してから、魔法で瞬間移動した。
勇士は高校の校門の前に瞬間移動して、レウ・サガジを校舎に向けた。
勇士がレウ・サガジの画面に表示されている『地図を取得する』というパネルを触ると高校の立体的な構造が表示された。
「ここか」
勇士は翔輝がいる場所まで飛んで移動した。
「遅かったね」
教室には横たわっている生徒がいる。他の生徒は逃げたのか、教室には勇士と翔輝以外誰もいない。
勇士は翔輝を無視して横たわっている生徒に駆け寄った。
「大丈夫だよ。まだ殺してない」
「……復讐が目的ならトラウマを植え付けるとか殺す以外にも方法があるだろ」
「う~ん……他の方法も考えたけど、めんどくさいし殺す方が楽しいから殺す」
翔輝は笑みをこぼした。
「テメェ……」
「いろいろ聞きたいことはあるけど今は帰るよ。また会おうね」
そう言いながら翔輝が床に手を着くと、床が剣と盾を持った茶色い人型の物体を形成した。
「2体だけど大丈夫かな? じゃあね」
「おい、待て!」
翔輝は勇士に笑顔を向けて消えた。
「くそ……」
勇士は何も持っていない右手から剣を出現させた。それはイセワルディで入手した剣。魔王達を討ち滅ぼすための聖剣。勇士と一体化しているためイセワルディに戻していない。
「おらっ!」
勇士は聖剣を突き刺したが、人型の物体は怯まないどころか剣を振りかぶって攻撃してきた。
すかさず勇士は聖剣を抜き、左手から青色に輝く半透明の盾を出して攻撃を弾いた。さらに聖剣で薙ぎ払う。人型の物体は元の床の板となった。
「なんだ? 弱いな」
簡単に斬れる。勇士は、人型の物体が持っている剣や盾も同じように斬れると考えた。
そんな勇士の予想は的中。剣や盾は簡単に斬ることができた。勇士にとって無防備になった人型の物体を倒すのは簡単なことだった。
翔輝は空中に映っているスクリーンで映像を見ていた。ハルミアが人型の巨大な物体と戦っている様子だ。
ハルミアの周りに黄金色に光る球が7つ浮かんでいる。その球が人型の巨大な物体に飛んで、レーザーを放った。人型の巨大な物体は、あっけなく崩れる。光る球は、先程と同じように攻撃をして残る4体を壊した。
「魔力で簡単に作っただけとはいえ、俺のゴーレムがあっさりと……」
翔輝が作り出した物体は一分もかからずに、ハルミアによって全て壊された。
「何者だ……。日本で普通の家に住んでいるようだが」
翔輝はスクリーンに映し出された民家を見た。
「俺達のことがニュースになってる。謎の鎧2人組現る、だってよ」
時刻は20時。勇士はハルミアと一緒にニュースサイトを見ている。
そこには高校のグラウンドに出現した物体を、鎧を着た人物が倒したことや鎧を着た人物が生徒を助けたという記事が書かれている。
「トアル高校に……」
ハルミアは記事を黙読し始めた。
「まぁ、ニュースになるよね。いきなりゴーレムみたいなのが出てきて私が魔法で倒したんだから。勇士も翔輝が作った人形と戦ったし」
と言いながら黙読を終えたハルミアは一瞬、驚いた。
「警察が私達のことを探しているの!?」
「そうみたいだな。事情を知ってるかもしれないとかで」
「マジ……」
「顔を見られてないんだから大丈夫だろ」
「それもそうね」
「勇士、ハルミアちゃん、ちょっといい?」
誰かがドアの向こうで勇士とハルミアの名前を呼んだ。
「なに母さん?」
勇士達の名前を呼んだのは綾羽だ。
「今すぐリビングに来て」
「……分かった」
綾羽は怒っているようなトーンで勇士達をリビングに呼んだ。
「今日、トアル高校と浦尾戸高校に鎧を着た人が現れたみたいだけど、あなた達……なにか知らない?」
「げっ……」
「なにか知ってるのね。鎧を着た人ってあなた達でしょ?」
「それは……」
勇士とハルミアは今日起こった出来事を素直に話した。
「変なことに首を突っ込んで……。人助けをするのはいいけど、あなた達、変な人形と戦ったのね」
「ああ。余裕だったけどな」
綾羽は複雑そうな表情になった。
「異世界で魔王を倒したって聞いたけど、命を落とすような危ないことはしないで」
「おう……気をつけるよ」
綾羽は、勇士やハルミアが翔輝を追い続ければ死ぬかもしれないと懸念して忠告した。
「話は終わり?」
「終わりよ」
「じゃ、俺達は部屋に戻るよ。」
勇士が部屋に戻ろうとした時、剣を持っている茶色い人型の物体が四体入ってきた。
「きゃあ、なに!?」
綾羽は震えている。勇士やハルミアと違って普通の人間なので当然の反応だ。
勇士は手から聖剣を出して人型の物体を薙ぎ払った。人型の物体は土となって崩れる。
「今のはなんなの?」
「さ、さぁ……?」
心当たりがある勇士だが惚けた。
「まさか大森翔輝とかいう子に目をつけられたんじゃないでしょうね?」
「……かもしれない」
勇士は他に敵がいないことを確認して部屋に戻った。
「やぁ! 今日はどうも」
勇士の部屋に翔輝がいる。勇士達は身構えた。
「まぁまぁ、落ち着いて。君達と戦うつもりはないよ」
「じゃあ、何しに来た!?」
「警告しにきた。あの女の人……君のお母さんは普通の人間みたいだね」
「だからどうした?」
「もし俺の邪魔をするなら、あの人を殺す」
翔輝は本気だ。勇士は直感でそう感じた。
「ッ!?」
「俺は瞬間移動ができる。顔を知っている人の近くにね。もし復讐の邪魔をしたら……分かるよね?」
「勇士……」
「分かった。邪魔はしない」
「いい返事だ。一応、俺のサイトを教えておくよ。はい」
翔輝はURLが書かれた紙を勇士に渡した。
「大森翔輝の復讐リスト。そこに書いた奴以外は殺す予定はないから安心して。じゃ、さよなら」
翔輝は消えた。
「……どうして、ここが分かったんだろう?」
「レウ・サガジみたいな物か魔法を使ったんだろう」
「これからどうする?」
「母さんを人質に取られたんだ。諦めるしかない。」
こうなることはある程度予想していたが、母親を人質にとられた勇士は、翔輝の復讐を阻止することを諦めるしかなかった。