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ほのぼのソフトなショートショート  作者: あんぽんまん
9/18

英雄

 都会の喧騒を嫌うその男は国境付近の山中にまるで身を隠す隠者のようにひっそりと暮らしていた。

 クラフトでさえも入り込めないほどの鬱蒼とした山の道なき道を探しつつ奥へと進む。

(こんなことになるならば素直にガイドを頼めばよかったか……)

 麓の村で若干高めのガイド料をケチった自分を呪いつつ、地図を広げる。現在地が間違ってなければその男の住居はこの山道の30kmほど先である。が、私にあと30kmを歩ききる体力も時間もない。

(今日は野宿か……)

 そう考え荷物を降ろして腰をかけたその時だった。

 しょっていた荷物を下ろすために後ろを向いたその時、そこに小さい影が佇んでいることに気がつく。

「!」

 この山に住まう獣のたぐいかと思い、私は思わず護身用にに持ち歩いているピストルを取り出そうと懐に手を伸ばした、がそこにいたのは毛皮の上着に短いチノパンを持った少女であった。彼女は手に持っていた猟銃の銃口をこちらに向けていた。

 ひとまず獣ではないことにホッとしつつ銃口がこちらにむけられていることに対して改めて危機感を覚える。

「ま、待て!撃たないでくれ」

 咄嗟に命乞いをする、が彼女の反応は至って淡白だった。

「先にピストルに手を伸ばしたのはあなたでしょう?あなたが撃たないなら私は撃たないよ」

 そう言って彼女は私が懐に伸ばしている右手を指差す。

「あ、これは失礼……」

 そう言って、私が懐から手を下ろすと、彼女も猟銃をおろした。

「あなた、麓の人ではないみたいだけれど……観光客?」

 15歳くらいだろうか、色気盛りというにはあまりに逞しすぎる彼女はあまり関心なさげにそう尋ねてくる。

「いや、私の名はグレイと言ってね……。ここから見ると隣国になるがG国の作家だ」

「作家……?」

「……作家といってもわかりにくいかな。要は歴史家だ、我がG国の歴史を研究し解明している。ニクスさんに会いに来たんだ」

 一応噛み砕いて説明したつもりだったがそれでも彼女はなんとなく要領を得ないような表情だったため私は要件に移ることにした。

「彼は誰にも会わないと思いますけれど……」

 彼女はそう言うが、こんな目が回るほどの山奥までやってきて成果なしで帰るわけにはいかない。

「そこをなんとか!」

 大の大人の男が15歳ほどの少女に深々と頭を垂れて頼み込む。街中であれば通報されそうな絵柄であるが、大自然の開放感が私を恥などという感情から解き放っていた。

「……そこまで言うなら仕方ないですね。私も今から向かうところですからついてくるなら勝手になさってください」

「地図ではあと30kmほどあるみたいだけれど……」

「いえ、近道があるんです」

 そう言って彼女はそれまで私がなんとかぎりぎり歩けると思って選択していた獣道のルートをのっけから外れて横にあった藪の中へと入っていく。

「……おいおい嘘だろ」

 彼女のたくましさに舌を巻きつつ私は置いていかれないように足を速めるのであった。



 彼女の言うとおり、予定していたよりも早くその山小屋には到着した。……山を二つくらい超えた気がするが。

「帰りましたよ、ご主人」

 まだ家に入っていないというのに彼女はそのように声をかけたため、私はすかさず辺りを見回すとすでに見えている山小屋の横に一人の老人が薪割りをしているのが目に入った。あまりに自然と同化し過ぎていて気がつかなかった。

「おおう、レアーナ。おかえり」

 どうやらこの少女はレアーナというらしい。

「すいません、遅くなりました」

「なぁに、構わんさ……」

 そこまで優しげに声をかけたところでその老人は私の姿を確認したようで、口をつぐんだ。

「君は……」

「初めまして、私はグレイ。歴史家です。あなたはニクス少尉ですね?」

 その言葉を聞いたその老人が顔色を変えるのにコンマ一秒とはかからなかった。

「帰ってくれ」

 ぱっと見八十を過ぎた老人がおおよそ出すとは思えない大声を彼はひと呼吸で言ってのけ、レアーナの背中を押して山小屋に入るよう促しつつ踵を返して去っていこうとしたが、私もここで諦めるわけにはいかない。

「待ってください!私はG国出身者です、祖父は抵抗軍で44部隊のことは聞いています」

 この言葉でニクスが立ち止まる、が振り返りはしなかった。

「祖父は常々あなた方のことを話してくれました。G国を救った英雄だと」

「ひとつ言っておくぞ」

 ニクスはそう言って鬼のような形相で振り返ってからこちらに詰め寄った。


「二度と私のこと、いや私たちのことを"英雄"などと呼ぶな」




 今から六十年ほど前のことになるが私の故郷G国は存亡の危機に瀕していた。隣の軍事国家ロータス帝国との戦争に敗北した我がG国は首都が帝国に占領された。この事態を重く見た第三国、ボルトリア国はG国に対し援軍を派遣することを決定。しかし、ボルトリア国自体も当時ロータス帝国と戦時中であり、主力は帝国との前線に出払っていた。

 そこで派遣されたのがベティア移民を中心とした44部隊であった。ベティア移民とは、ロータス帝国とはまた別件の先だっての戦争でボルトリア国との戦争で敗北し国を失った大量のベティア人のことであり、ボルトリア国はその戦争難民の多くを保護していた。それを恩義に思ってか、ベティア系ボルトリア人で兵を志願する者が多かったのだ。


 ベティア移民からなる44部隊の奮戦ぶりは凄まじく、彼らはG国に駐留するロータス帝国軍を現地に僅かに残っていたG国抵抗軍とも協力しながらも追い払い、ここにG国を帝国の支配から解放したのだ。この時の奮戦ぶりから44部隊は「最強の歩兵部隊」とも呼ばれ、その後も戦況の厳しい前線に送られたが、そのことごとくで活躍し殊勲賞を受けた。

 私の住んでいた首都では年に一度独立記念として44部隊に感謝する感謝祭が毎年行われているほどである。



「……とまぁ、ここまでが私がこれまでに調べたことなのですが、これはあくまで当時の主にG国側の資料からわかったこと。……44部隊の唯一の生き残りであるあなたからの当時の詳しい状況を聞けなければ私のここまでの取材は全く意味がないのです」

「では私からも質問をしよう」

 気難しそうな、それでいて優しそうな目のそのニクス少尉は目を細めてそのように切り出した。

「私はどのように答えればいい?君が望む通りの虚構か?それとも誰も望まぬ真実か?」

 誰も望まぬ真実――怒りもせずかと言って悲壮感すらない、清々しい顔でそのように述べたニクスのその言葉に私は歴史家としては非常に恥ずべきことに一瞬怖気づいてしまった。

 私はG国を救った英雄としてしか44部隊を知らない。祖父もそのように言っていたし、G国の全ての資料がそのように彼らを書き立て、筆を踊らせていたのである。

 だが、私は作家である前に歴史家である。

「すべての真実を……教えてください」

「では話そう。まずは私の生い立ちから話しておこうか……」

 そう言ってニクスは静かに話し始める。

「私の両親は小規模ながら綿織物業を営んでいた。別に大繁盛していたわけではなかったが、私たちは幸せに暮らしていた。だが、そんな時私たち家族が住むボリトリア国とロータス帝国との戦争が始まった。物資は足りなくなり、物の値段が上がったり食料が配給制になったりした」

 私は彼の言うことを聞き逃すまいと一心にメモを取っていた。そんな私を気遣ってか、彼はそこで一旦口をつぐむ。

「そんな時私の家族の周りで変化が起きた。物資が不足していく中、これまで受けていた配給が受けられなくなったり、店がものを私たちに売ってくれなくなったり……。それだけじゃない、当時中学生だった私は放校され……しまいには私の両親が営んでいた綿織物の店が没収されていた」

「……待ってください。なぜ突然にそんな仕打ちを……?」

「後からわかったことだが、私たちがベティア移民だというのが原因なようだ。そもそも私たちベティア人はボルトリア国と戦争していた国民。ボルトリア国自体は難民を受け入れていたが、ボルトリア国民はあくまで我々のことを敵国民としか思っていなかったのさ。私が住んでいた市のほかのベティア難民も同じような目に遭っていた。父も、そしてまだ学生だったが私も必死で仕事と住む家を探した。

 しかし、どの職場も私たちがベティア難民だとわかった途端に門を閉ざした。

 そして最後の職場から断られたその時、私は軍が志願兵を募集しているというポスターを目にした」

「それで入隊したのですね?」

「そもそもベティア人が差別されるのは我々がボルトリアの敵国民だと思われているからだ。ならばボルトリアのために戦争に出れば世間の目を変えられる、私はそう思い至り入隊希望を出した……だが入隊を決めた時は遅かった」

 そこでニクスは口を閉ざしたため、私も少し次の言葉に対して覚悟を決めた。

「私が入隊希望を出して帰ってきたその時、私の母は死んでいた。どうやら母は食べ盛りの私に遠慮をしてろくに食事を取っていなかったようだった。父はこの上私を失いたくないと入隊に猛反対したが、私は既に心を決めていた。ひとつ幸いだったのは軍には私と同じような処遇を受けて志を共にする信頼できるべティア人の仲間が大勢いたとうことだ。私たちが送られるのは決まって戦況が厳しい前線だった。G国解放戦はその中でも特に激しい戦線だった。だが、ただのひとりとして逃げ出す兵士はいなかったよ。一人だって逃げ出せばベティア人はやはり信用できない民族だと自分も家族も仲間の家族も後ろ指さされるのは目に見えていたからな。数え切れない程の仲間が私の目の前でいとも簡単に死んでいった。まるで消耗品のように……。その後も私たちは激しい前線を転戦した。その度に死体はどんどん増えた、殊勲賞の一つ二つで贖える量じゃない……。戦争が終わる頃には4000人いた部隊はたったの20人になっていた。今となっては私たちが前線に送られ続けていたのは『最強の歩兵』だったからなのか、それとも私たちが『ベティア人』だからなのか……。考えるだけ時間の無駄かもしれないがね」




「今日は貴重な話をありがとうございました」

 話を終えたあと、私はニクス少尉に頭を下げる。

「もう帰ってしまうのか?朝までゆっくりしていかないと夜明け前に山で遭難することになるぞ?」

「あのような話を聞いてしまっては早く記録書として残しておきたいですからね。先程レアーナから近道を教えてもらったので心配はいりません」

「……そうか。野犬などに襲われんよう気をつけなされ」

 手を振りながら見送るニクスをあとにして私は朝越えた山の方へと向かっていった。数十分ほど歩いた頃だったか、今日二度目となる背後からの気配を感じ取り、振り向いた。っと、そこにいたのは果たしてレアーナであった。手には猟銃を構えている。

「いつの間にか姿が見えなくなっていたと思っていたら猟に出ていたのかい?」

 そう優しげに声をかけた途端あたりに銃声が響き腹部に衝撃が走る。

「え?」

 衝撃の後腹部に違和感を感じた。手を当ててみると、腹から明るい赤い色の液体が溢れ出ている。

「な、なんで……?」

 っと、次の瞬間には肩と足に衝撃を受けた。あまりの激痛、とても立っていることはできず私は思わず倒れ込んだ。

「悪く思わないでくださいねグレイさん。でも困るんですよね、こんなニクス少尉の姿を歴史書に書かれてもらっては」

「……き、君は、一体……」

「察しが悪いようですね、私の名前は……レアーナ=グスト少尉。ボルトリア国第44部隊所属です」

「第44部隊……ってまさか!」

「ようやく気づいたみたいですね……私たち現44部隊に所属しているベティア人にとって前44部隊は誇りであり伝説であり常に目指すべき高みなんです」

 そう言ってレアーナは猟銃の銃口を私に向ける、間違いなく頭を狙っていた。

「そしてだからこそ私たちはその誇りを守る義務がある。前44部隊は愛国心とボルトリアへの恩義ゆえに志願した……そうなっているはずなのに、ボルトリア国民の偏見を取り除くための志願兵だったなんてそんな内容が歴史書として発表された日には我々の誇りは一体どうなるというんです?」

「やめろ……頼む!」

「44部隊は"英雄"なんです!これからも!そして永遠に!!」


 連なる山々に銃声が響き渡り、驚いたやまどりが飛び立つ。

 だが、すぐに山は平穏を取り戻しまるで何もなかったかのように時間が過ぎ去っていく。


 そう、何もなかったかのように……。

 第二次大戦に興味を持ってまもなくアメリカの442連隊という部隊の存在を知りました。

 アメリカで日系アメリカ人が差別を受けていたというのは最近では有名な話になってきましたがこの442連隊とは、その日系アメリカ人のみによって編成された部隊です。部隊の中には、アメリカの日系アメリカ人が収容されている収容所から志願した若者もいたそうで、『ジャップス部隊』なんて蔑称でも呼ばれていたようです。

 この442連隊が派遣されるのは決まって戦況の厳しい前線です。しかし、この442連隊はそのような前線を転戦しながらも各地で奮戦、ドイツに占領されたフランスの都市を解放したり前線で完全に孤立した部隊を救出するなどの戦果から、『アメリカ最強の歩兵部隊』と呼ばれ、日系人の偏見が取り除かれる大きな要因の一つとなったようです。

 しかし戦争というのは過酷なもので、激しい戦線に送られ続け、生き残った日系人の兵士の多くは長いあいだPTSDに苦しむ余生を送ることになったという悲しい話です。

 以前NHKのドキュメンタリー番組で元442連隊だった隊員がインタビューの際の「"英雄"と呼ばれるのが一番嫌いだ」と言うセリフがどうしても忘れられず作中でほぼパクリで使ってしまいました。


 私のような歴史好きは時に史実や戦果といったものを重視し過ぎて時にこのような歴史の流れの一滴のような人たちを軽視してしまう傾向があると感じていますが、時にこのような人たちも当然生きていて生活があり様々な考えがある、それを含めて伝えていくのもまた歴史を伝える義務なのかなって思います。

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