暗殺
郊外にあるスタンティン牢獄。巨大かつ頑丈な作りで侵入も脱獄も不可能と呼ばれるこの牢獄には多くの凶悪犯や政治犯が収容されている。
その中でも危険思想を持つ者が収容される地下最下層に革命家スタンが厳しい尋問を受けていた。
「……どうあっても話すつもりはないか」
「……」
取り調べの官吏の厳しい尋問にも一切何も離さず口をつぐむスタン。
一切情報を引き出せずいらつく官吏。その怒りの矛先はすきま風のような荒い息遣いとともに転がるスタンへとぶつけられ、彼を壁際まで蹴り飛ばす。
そこで牢獄の鍵が開く音がする。
「誰だ!尋問中だぞ!」
尋問がうまくいかない上に水を差された形となった官吏が怒鳴るが、彼はすぐ頭を下げることになる。
「こっ!これは失礼しました皇帝陛下!」
「あぁ、よいよい。こちらこそ仕事の邪魔をして申し訳ない。ずいぶん難航しているようだね」
「い、いえそのようなことは……。すぐに仲間の居場所やアジトを吐かせてみせます!」
「心強いな。期待しているぞ」
「は、はい!」
ルイデーヌ帝国初代皇帝モレグ、元は小国に過ぎなかったルイデーヌ王国をいまや六カ国を支配する大帝国へと導きルイデーヌ人からは英雄と呼び声高い名君主……。
そういえば聞こえが良いがスタンはこの男の裏の顔を知っている。だからこそ、この男だけは倒せなばならないという、明確な使命感を抱いている。だからこそこのような厳しい尋問にも耐えてきたのだ。
「ところで君たちも長い尋問で疲れただろう、そうだね。三十分ほど私にも尋問を体験させては貰えないかね?」
「陛下!しかし……!」
「わかっている。私の身を案じてくれているんだろう?どうか曲げてくれ。お願いできないだろうか」
そのように頭を下げて頼まんばかりのモレグに対し官吏たちも首を縦に振らざるを得なかった。
「わ、分かりました。しかしくれぐれもご用心なされてください」
「君たちは三十分ほど休んでおいてくれ」
「いえ!私たちはすぐそこで待機しておりますので、万が一の場合はお声を!」
そう言って牢から出て行き、丈夫そうな鉄格子を閉めて鍵をかける官吏たち。その様子をモレグは笑顔で見送る。
「うちの官吏たちは働き者過ぎていけないな……」
さて、改めて獄中で革命家のスタンと二人向き合ったモレグは、苦笑いをしつつひんやりと冷たく汚い獄の石畳の上に全く気にすることもなくあぐらをかいた。
「まさかR国王子の息子がまだ生きていたとは……。我ながら驚かされたよ」
「……気づいていたのか」
「R国国王とは長い付き合いだった。君の祖父にあたるな。君の顔を見てすぐにわかった」
「そこまで分かっていてなぜまだ生かしている?」
「あれからずいぶん経ったしね、気まぐれかな」
「……私の祖父と父と母……それに兄とまだ幼い妹を殺したのも気まぐれか?」
長い尋問によりスタンは肩で息をしていた、がその目だけは死んではいない。メラメラと復讐の炎が燃え盛っている。
そのあからさまな憎悪に少しモレグは口をつぐむがそれも長くはもたない。
「それは違う、彼らは目的のための必要犠牲だ。彼らのぶんも私は彼らの領土"だった場所を"これまで以上に豊かにしているさ」
「だが、母も兄も妹も私の目の前で殺された。抗うことすらできず……」
「なるほど、だから私が憎いか」
「それもある、それもあるが……」
スタンの目から少し憎しみの炎がなくなったように感じる。
「それ以上にお前のような卑怯なペテン師に我が領土を任せておくことはできない!幸い我が領土には顔が利く。私の父や祖父を未だ敬愛してくれる郷士が多くいるのだ!彼らとともに立ち上がって正義の軍を起こし我が領土をお前のような卑劣極まりない賊から取り戻し……」
「ふふっ……ふっはははは!」
スタンのその熱い弁の途中でモレグは突如笑い出した。
「何がおかしい!」
「ふふふ、いやすまない。だが、このような尋問に耐えうる意志力をお持ちながら王子も所詮は若造だと思ってしまってな。我慢できなくて申し訳ない」
「……私のことを夢想家と笑うのであれば笑って断頭台に送るがいい。私は既に全てを受け入れている」
「……なにか勘違いをなされているようですな。別にあなたの計画が実現不可能だと蔑んで笑ったわけではない。私もまだ我が帝国がルイデーヌ王国と呼ばれる小国だった頃、地方を統一する大国を作るといったときは周囲の大人たちから笑われたものだ……。若者が大志を語るときにそれを笑う大人を私は最も忌み嫌う。私が笑ったのは君の夢が実現不可能だからではない、あまりに支離滅裂な内容であるからだ」
「支離滅裂……だと?」
当然これにはスタンは先程以上に怒りを抱く。話の実現性ではなく、話そのものにケチをつけられたのだからある意味当然と言えるかも知れない。
「確かに君の言うとおり私は卑劣極まりないペテン師かもしれない。今あるルイデーヌ帝国は六カ国の国から成っているが、私はそのうちのその国王のほとんどを暗殺や家来の内応などによる騙し討ちなどによって葬り去り、それだけでなく王族も全て殺してきた。ルイデーヌの英雄などと讃えられている裏で私のことを『梟雄』、『権謀術数』、『騙し討ちしかできぬ無能』と罵る者がいることも知っている」
「妥当な評価だ」
吐き捨てるかのようにこぼすスタン。だが、モレグは怒るどころか逆に呵呵大笑している。
「はっはっは、いやその点に関してはそのとおりだ。確かに私は多くの争いを暗殺という方法によって解決してきた。それにおいて私が罵られるのは全く構わないのさ」
ここで少しモレグは少し遠い目をする。
「私の父は良くも悪くも武人だった。わがルイデーヌとその隣のR国――すなわち君の国とは同盟や対立を繰り返しながらも数百年という長い関係が続いていて、我が王家にとってR国にどのように対処するかは伝統ある課題だった。武人だった父はR国をはさんで向かいにあった国と盟約を結んでR国を挟み撃ちにして滅ぼそうと画策して戦争を仕掛けた。作戦は概ね成功して父はR国の三つの支城を手に入れて領土を広げたが、この遠征によって私の父を含め何千人という国民が戦争で死んだ。それにR国の国民をそれ以上に殺したはずだ」
「……」
R国の出身であるスタンもこの話には聞き覚えがあった。
「正義の戦争という言葉があるが、正義であろうが賊であろうが戦争が起これば兵は死に市民は住む場所を追われ田畑も荒らされる。戦争が起きるということはそれだけのリスク、それに国民に対する多大なる犠牲を強いることになる行為。私は父の背中を見てそう学んで以来いかにして戦争を避けるかを考えてきた。戦争もその火種もなくなるためにはこの地方の国が全て一つの国になる必要がある。しかしそうなればその巨大な一つの国を作る過程で戦争が起きてしまうことだろう。それでは父が行っていたことと変わらない」
「回りくどいぞ。何が言いたいんだ」
「つまり、戦争も行わず相手を屈服させる手段。つまり暗殺によって六つの国を統一することこそ戦争をなくす方法だと考えたのだ」
「行為の正当化も甚だしいところだ!お前のその身勝手なエゴのおかげでどれだけの人間が犠牲になったと思っているんだ!」
「どれだけの人間が犠牲になったと思っているか……?どれだけの人間が犠牲になったのだと思う?」
「……」
「六つの国の王族全て合わせて九十九人だ。君は先程正義の軍を起こし、私に対して戦争を起こすと言っていたが、それによってどれだけの人間が死ぬのだろうな?どれだけのR国民が犠牲になると思う?」
「……」
「少々大人気なかったか。しかし、私が笑わずにはいられない理由はわかっただろう?国民のためだとか言いながら君が今からやろうとしていることは私がしたこと以上に国民を苦しめる行為だということに気づいたはずだ」
「……だが!だとしてもお前のやってきたことが卑劣極まりない行為であることに変わりはない!こんな無法が……こんな無法者が君主であることが許されていいはずが……」
「卑劣で結構!無法者で結構!私は我が国民を守るためならどんな汚いことだってしてやるとあの日、父の骸見て以来そう決めたのだ、最後の審判の時ですら私は自分の罪状が読み上げられるのを笑いながら聞いてやるさ……」
「……本気か。それがお前の君主としての矜持……だというんだな?」
目の前のモレグという男、これまで自分が倒してやると息巻いていた相手の恐ろしさを前にスタンはただ恐れて敬服することしかできなかった。
「お前がそこまでR国民、いや、この帝国のことを考えていたとは……」
モレグに対して自らの近視眼的な見方や未熟さを嫌でも思い知らされスタンは拳を握り締めたまま牢獄の中で頭を垂れ身をかがめる。
「一体何の真似だ」
「私をお前の部下にしてくれ……」
「君こそ本気か。私は君の家族の仇なんだぞ?」
「だがこの国のことを誰より考えている!私はまだまだ未熟者だが……必ず役に立つ。まず俺たち革命軍のアジトの場所だが……」
「あぁー、待て待て。部下の持ち帰った重大な情報をこんな場所で聞くなどあるまじき行為だ。おい!!誰かこの男の鍵をもってこい!それと、傷薬。それと我がルイデーヌ城で食事の支度をするよう使者を!」
「え!?は、はい!?」
監獄の少々離れた場所で邪魔しないように待機していた官吏が豆鉄砲を食らったかのように動き出し、そのうちのひとりがスタンを拘束していた鍵を持ってくる。
自由の身となり手首をぐるぐると回すスタンだったが、そのスタンにモレグの方が逆に心配層に声をかける。
「しかしいいのか?お前のやろうとしていることは革命軍の仲間を裏切る行為だぞ」
「天下のモレグ様が裏切りの心配とは滑稽だがご心配には及びません陛下」
そう言って大げさなほどに仰々しくお辞儀をするスタン。
「むしろ、俺が捕まったとなればあいつらは俺の口から情報が漏れることを恐れて計画の実行を早める恐れがある。やつらが軍を起こしてからではもう戦争は回避できない、早くアジトに乗り込んで捕まえないと」
「う、うむ……そうだな」
先程まで私は"気まぐれで"私を仇と憎む政治犯と話していたはずだが……と困惑するモレグだが、スタンは時間がないとばかりに官吏による治療を受ける時間もないとばかりに足を速める。
(たまには気まぐれというのもよいもの、ということか)
そう考えなおし、新しくできた優秀な部下の後をモレグも足を速めて後を追うのだった。
少し前回のクーデターと似た話かもしれないと思いつつ書いておりました
今回のモデルはまたしても日本の武将ですが、"羽州の狐"こと最上義光です。私の特に好きな武将のひとりで、よく斎藤道三や宇喜多直家、松永久秀とともに四大梟雄なんて呼ばれることもありますね。
その策謀は権謀術数とも呼ばれ多くの政敵を暗殺したことで知られている人物ではありますが何故か非常に地元での人気が高い武将でもあります。最上義光が治めた出羽国すなわち山形県ではやはり今でも最上義光が名君として認識されていて、大河ドラマで最上義光が悪役扱いされたときは山形県民から猛烈な抗議の電話が相次いだという逸話もあるほどです。
歴史的な観点だけを持ってこの人物を暗殺者、策謀家としての性格がクローズアップされがちだというのは無理がないことかもしれませんし、実際その一面が濃い人物でもありますが、しかし見方を変えれば暗殺を多用したことで自らの領土を戦国時代という特異な時代でありながら戦火から守った人物でもあるというのもまた事実です。
「戦争はなぜなくならないのだろうか」と世の中を憂う人は多いでしょうが、憂うだけでなく理想とか幻想などをすべて抜いた合理的思考で自分の領土から戦争をなくそうとした人物。
もしこの人物が暗殺者や策士という評価をなされるのであれば、それと同じ程に上記のような人物であるということも評価されて欲しいと思うのは私がこの人物のファンだからというわけではないはずだ、と願いたいものです。
あ、別に私は山形出身ではないです。