美人
とある高家な屋敷の家族に二人の娘がいた。
妹ガーネの方は気立てがよく炊事洗濯などこそ苦手なものの、非常に美人だという評判で、求婚してくる男性が後を絶たないほどの人気ぶりはまさしく引く手あまたといっても過言ではなかった。
そんな妹は早々とその中から意中の男性を見つけて結婚、男性の家へと嫁いでいって十年近くなる。
しかしそれに対し姉クレハの方は気立てもよくとても働き者ではあるものの残念ながら男性たちからの評判はあまり芳しくなく、特に"醜女"であるというところがその不人気の理由であった。
「不健康そうな身体」
「目がぎょろついている」
と男たちの感想はそのような感じで、せっかく両親がお見合いなどを取り決めてもなかなか結婚が決まらない。年月ばかりが過ぎて行き、ついには両親やクレハ自身ですら結婚を諦めかけていた。
「お父さんお母さんいろいろ努力してくれたけれどごめんなさい。でも私もう独身で暮らすのも悪くないかなって思えてきたの、二人が年を取っても一緒にいてあげられるし……」
さて、そんな時クレハの下に一人の若い男性がやってきた。彼の名はフランクで、クレハとは小学生時代からの幼馴染である。学校を卒業したあとは軍に入り、今の今まで遠征にいっていたが、ようやく帰還したのだ。
「フランク?……フランクなの?久しぶりね!」
「クレハ!クレハなのか!?」
庭のベンチに腰掛けたクレハにフランクが近寄り、突然にハグをする。
「また生きて会えて嬉しいよクレハ!」
「私も、軍人になったと聞いてずっと心配していたの」
そう親しげに言葉を交わす。フランクは以前より非常に女性に人気があった。男らしい性格と恵まれた体躯がその理由である。クレハも密かに想いを寄せている人物ではあったのだが、
(私みたいな醜女じゃきっとフランクと釣り合わない……)
そう考えて、結局軍に入る前のフランクに気持ちを伝えることはできなかった。
「クレハ、軍にいた時にずっと考えていたことがあるんだ。伝えてもいいかな?」
「何?」
「クレハがよければなんだが、僕と結婚してくれ!」
「……え?」
一瞬混乱でクレハの頭の中が真っ白になる。
「そ、そんないきなり……」
「ごめん、そうだよね。僕はずっと戦争中もし僕が戦争から帰ってもクレハが独身だったら絶対に伝えようって考えていたんだけど……。返事は今すぐじゃなくても大丈夫だから」
「いや、そうじゃなくて。わたしを想ってくれたのは嬉しいし私も願ってもないんだけれど……なんで私に?フランクのことが好きな女性なんていくらでもいるんじゃないの?」
「確かに、縁談の申し出はいくつか来ているよ」
やっぱりもてるんだ……、とクレハの心中に早くも嫉妬の炎が巻き起こる。
「でも僕はクレハじゃないとダメなんだ、クレハと結婚したい」
「私醜女なんて呼ばれてるのよ?きっとあなたとは釣り合わない……」
「誰がそんなこと言ってるのか知らないけど、見る目がないやつの言うことなんて間にうけちゃダメだよクレハ」
そう言ってクレハの前で片膝をつくフランク。
「じゃ、改めて僕と結婚してくれますか?お嬢さん」
クレハは何とかして嬉しさが顔ににじみ出ないよう、一つ咳払いをして背筋を伸ばすと、スカートを少し持ち上げ
「えぇ、喜んでお受けいたします」
と行儀よく答えるのだった。
それから何年も経って。
「あれ?」
とある屋敷の古ぼけた倉庫の片付けをするよう親から言われた少女ジェラだが、その途中である古い写真を見つけた。
「なんだろうこの写真、ずいぶん古そうだけど……」
っと、そこに一人の老婆は入ってくる。ジェラの祖母であった。
「あ、おばあちゃん。この写真の人たちって誰?」
ジェラがそう言って差し出した写真、どうも若い夫婦と子供の写真なのだがジェラはそのうちのだれも見覚えがなかった。が、祖母は違った。
「あらあらこれは……随分と懐かしいわねぇ。これはねおばあちゃんが子供の頃の写真よ、この真ん中の子供がおばあちゃん」
「へぇー、じゃ両隣はおばあちゃんのお母さんとお父さんなんだね!?」
「あなたから見るとひいおじいちゃんとひいおばあちゃんになるわねぇ」
「ひいおばあちゃんかぁ。でもすっごい美人な人だね!背が高くて目がパッチリしていて……モデルさんみたい!」
「ふふふ、そうね。ひいおばあちゃんはそれはそれは美人な人で、ひいおじいちゃんはひいおばあちゃんに一目ぼれして、軍を退役した直後に求婚したそうよ」
「この男の人?うーん、なんかこのひいおじいちゃんはあまりイケメンじゃないね、なんか背が低いのに身体大きくって」
「あははジェラちゃんは本当に素直なのねぇ」
ジェラの言葉に非常に愉快そうに笑う祖母。
「でも二人は家ではもう私が恥ずかしくなるくらい仲がよくってね、まぁ確かに結婚式の日、周りの人の中には『あまりお似合いの夫婦じゃないわ』なんて噂する人も何人かいたみたいだけれどねぇ」
「やっぱり!」
そう言ってジェラは写真をじっと眺める。
「おばあちゃん、この写真貰ってもいい?」
「いいけれど、何に使うんだい?」
「部屋に飾っておきたいの。私もこんな綺麗な人になりたいから!」
その言葉を聞いて祖母は少しあっけにとられていたが、すぐに先ほどのにこやかな顔に戻った。
「もちろんいいよ、ジェラちゃんならきっとなれるよ」
そういって家の方に戻るジェラ、だがすぐに家の方から
「ジェラー!倉庫の掃除しなさいって言ったでしょ!」
「ごめーんなさーいー!」
という怒鳴り声と悲鳴が聞こえる。
それを聞きながら祖母もまた倉庫を去っていく。が、少し立ち止まり、庭の一点を見つめていた。昔よく両親が言っていた、父が母にプロポーズをした場所だといっていたベンチである。
「時代って変わるものね……」
完
歴史小説家の中で好きなのは和田竜さんです。「のぼうの城」「忍びの国」「小太郎の左腕」すべて読んだのですがつい数年前、本屋大賞も受賞された「村上海賊の娘」という作品を読みました。読みふけりました。おそらく映像化するでしょうがこれも映像化するより前に小説で読んで欲しい作品の一つです。
特に主人公の設定が魅力的で、以下は少しネタバレになるのですが、もちろん題名のとおり村上海賊もとい村上武吉の架空の娘、景が主人公です。作中では"醜女"という設定でのっけから登場します。
しかしよくよく読み進めていくとこの景さん、実は当時の価値観で言うところの"醜女"であって実は今その景さんがいれば"美人"に分類される方の女性であることが分かる、という一種の叙述トリックが用いられています。これがわかったときは、さすがプロだなぁと感心したもので今回の作品のヒントにもなった作品です。
もちろんこの作品は上記の叙述トリックがストーリーのメインというわけではないのですが、美人、イケメン、これらの価値観は常に変化していくものなのだなと改めてしみじみ感じます。
ちなみに私は今も昔も"ブス"に分類される側だと思います。