テロリスト
「次のニュースです、昨日X駅を狙った爆破テロ事件についての続報です」
二人の男以外誰もいないバーに備え付けのテレビのニュースの女性アナウンサーの声が響く。
「見ろよジャベド、またしてもテレーズ教過激派のテロ事件が起きたそうだぞ」
「しかもX駅って、俺たちの家のすぐ近くじゃないか。ここいらも物騒になったものだなぁ……」
そう言って行きつけのバーのカウンターで話すふたりの男、彼らは最近A国に出稼ぎにやってきたジャベドとアジズである。彼らの母国レムズ国は国民の97%がテレーズ教という宗教を信じており、彼らもまた例外ではない。とは言っても駅前でテロ事件を起こしているような過激派はほんの一部で、テレーズ教の大多数を占める穏健派は温厚で、テロ事件などに心を痛めるごく普通の一般人だし、アジズとジャベドもそのうちのひとりである。
「レムズ人があんたらみたいに穏やかな奴らばかりならテレーズ教のテロもなくなるんだろうがなぁ」
ニュースを見ていたふたりのもとに髭面の酒場の親父がジョッキ二杯のビールを運んでくる。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか親父。もういっぱい頼んじまうとするかなぁ」
「あまり飲み過ぎるなよ、この間みたいに酔いつぶれたあんたを介抱するのはごめんだかんな」
そう言って親父は奥の部屋へと入っていくのを確認し、二人がテーブルに置かれたジョッキに手を伸ばした時だ。突如酒場のドアが乱暴に開き、数人の警官が入ってきた。
「伏せろ!手を頭に上げるんだ!」
「早くしろ!」
「お、おいおい。何なんだ一体……」
殺気立った警官隊にいきなり不躾に命令され戸惑う二人。
「伏せろと言っているだろう!」
警官隊から銃を向けられ、仕方なく二人は言う通り地面に伏せると、すかさず警官の一人がふたりの体にくまなく触れる。好き放題ボディチェックするとその若い警官が怒鳴る。
「大丈夫です、爆発物などは持っていないようです!」
「当たり前だろう、俺たちは一般人で……」
「黙っていろ!」
そして今度は立ち上がるように指示される。こちらは何も持っていないというのに警官隊は銃を下ろしてはくれない。
「おい!一体何ごとだ!」
店の奥から酒場の親父が慌てて戻ってきた。
「おい俺の客に何をしてんだ!」
「ここの店長か、この二人のレムズ人には駅前のテロ事件の容疑がかかっている」
「そんな馬鹿な……!」
信じられないといった様子で顔を覆う髭面の店長。ほかに客がいなかったとは言えジャベドはちょっと申し訳なくなった。
「店長、心配しないでくれ。俺たちは無実だ、来週にはまたこの店に来る時までそのビールはつけにしといてくれないか?」
だが、ジャベドの思った通りにはいかなかった。はっきり言って警察では取り調べというより尋問にも近い捜査がなされていた。知らない、やってないといえば殴られ蹴られ、取調室ではろくに睡眠も食事も取らせてもらえない日々が何日も続く。
かと思えば、早く言えば罪が軽くなるとか、あるいはアジズの方はもう犯行を認めたなどという見え透いた嘘をつくような時もあった。
「何度も言うが俺はあのテロ事件とは無関係だ。俺はそんなことはしない」
「嘘をつけ。あの時間帯にX駅付近でお前を見かけたという目撃者が多数いるんだぞ」
「俺の家はX駅のすぐ近くにあるんだから当然だ、事件の時間帯に家に帰ってたんだからな」
「いい加減に本当のことを言わねぇと承知しないぞ!」
取り調べを受けてジャベドが気づいたのが警察の持ってる証拠はその目撃情報だけであるということだった。今回のテロ事件はかなり多くの人が被害にあったと聞いている。彼らは明らかに焦っていた。
しかし、やってないことを証言することなどできない。むろん自白を引き出せないままズルズルと拘留期間だけが過ぎていき、結局証拠は何一つ揃わないまま起訴され、裁判にまでもつれ込んだ。
法廷に出てきたジャベドを待ち受けていたのは傍聴席からの多くの憎しみのこもった目線である。
(なるほど、来ているほとんどがあの事件の被害者やその遺族というわけか……)
長い拘留期間で疲れていたものの、ジャベドはこの裁判が多くの人々の関心を引いているということに気がついた。そしてそれはある意味で、多くの人間が自分がテロの実行犯だと確信しているであろうということである。だが被害者とその遺族は可哀想だとは思うが自分は無実なのだ。
(だが、俺が無実だなんてどうやって証明すればいいんだ……)
被告席でジャベドが絶望した時だった。弁護士の男がひとりの証人を召喚した。
「俺の名はスレイター、こいつの行きつけのバーの店長だ」
その男は酒場の親父であった。ここで検事が親父に質問をする。
「あなたが彼が犯人ではないと断言する証拠は?」
「こいつが新聞とかで書いてあるような悪人じゃないいいやつだからさ、長年こいつの接客をしていた俺はそう断言できる」
「この男はレムズ人ですよ」
「だからなんだってんだ!?はっきり言ってこいつぁうちの店に来るA国人のどいつよりも気持ちのいい客だぜ!テロなんか起こすわけがねぇ!」
他にもいくつか質問がなされたが正直ジャベドは覚えていなかった。というより、その時ジャベドは号泣していて聞こえていなかったのだ。
これまで何日も拘留され、やってもいない罪を押し付けられ、そして人格さえも否定されるかのような取り調べに耐えてきた。誰ひとり自分の味方はいないと思っていたが自分をしっかりと見てくれる人がA国内にもいたのである。それが何よりも嬉しかったのだ。
去り際、親父は泣きじゃくるジャベドの近くに足を運び(言ってやったぜ!)と言わんばかりに親指を立て、髭を持ち上げてウインクをする。
「親父……」
去ってゆくその横長の後ろ姿をジャベドは泣きながら見送ることしかできなかった。
それから弁護士が非常に沈痛な面持ちでジャベドのもとへやってきたのはその翌日のことだった。
「先生、昨日は親父を連れてきてくれてありがとう。あの野郎俺の言ってほしいこと全部取りやがったよ。胸がすくような思いがしたぜ」
「あ、あぁ……、そうか。それは、良かった。本当に……」
まるで奥歯にものが挟まったような喋り方をする弁護士。その様子にジャベドは嫌な予感を抑えきれなかった。
「先生……一体どうしたんだ」
「実はあの店長さんだが……、昨晩、遺体で発見された」
強烈な電流が体を走ったのではないかというほどの衝撃がジャベドを襲った。
「……は……?」
「犯人は分かっていない……。警察は今回のテロの被害者遺族の誰かじゃないかと見て捜査をしてるらしい……」
「……」
「……おそらく私のせいだ。私が……」
「出て行ってくれ……」
ジャベドの気持ちを察したのか、弁護士はバツが悪そうにしながらも、速やかに出て行った。
「クソが……」
「クソがァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
それからのことはよく覚えていないが、次に目が覚めたのは拘置所のベッドの上であった。おぼろげながら最後に刑務官にみぞを殴られて気絶したのは覚えていた。
「なんでだ……なんで俺が……俺たちがこんな目に……」
それから間もなくしてジャベドとアジズは解放された。というのも、X駅での爆破テロ事件とは別件のテロ事件で捜査されていたとあるテロリストの家からX駅で爆破テロを起こした証拠品が多数発見され、X駅での爆破テロ事件の真犯人が判明したためであった。そのため、公判中ではあったがジャベドとアジズは無実が証明され晴れて自由の身になったのだ。
それから二年後。
A国内、Y街にあるYブリッジ、そこにふたりのレムズ人の男の姿があった。
「うまくいったかジャベド」
「あぁ、あと一時間でYブリッジは間違いなく地獄絵図だ」
その翌日、A国内のY街にあるとあるパブに備え付けてあるテレビの女性アナウンサーの声が響く。
「では次のニュースです。昨夜七時頃、Yブリッジにおいて爆破テロ事件が発生いたしました。実行犯と思われる二人組の男が付近で目撃されており、警察はテレーズ教徒過激派によるテロリストによる爆破テロ事件と見て捜査を進めており……」
「また爆破事件か、ここのところ多いなぁ」
「おい、しかもこのYブリッジってうちの近くじゃないか?物騒になったもんだなぁ……」
このパブの常連である二人組のレムズ人の男がそう話していたその時であった……。
―――テロリスト―――
以前とある雑誌で、とある武装グループに所属していた男性のインタビューを読んだことがありました。この話の主人公ジャベドのモデルとなる人物と言っていいかもしれません。
インタビューの内容はこの男性もやはりとあるテロ事件の犯人であるという濡れ衣を着せられて逮捕され、暴力的な取り調べを受けたために武装グループに所属することに決めた……という内容でした。
性善説を別に信じてるというわけではないのですが、根っからの悪って本当に存在するのかって疑問視することがあります。盗人にも三分の理ということわざ通り、罪を大目に見るべきではありませんが、理解しようとする努力こそ時に必要であって、悪即斬を地で行くスタイルが通じるのは漫画の世界くらいなものじゃないですかね。
っと、まぁ9割くらいとある国の悪口のようになってしまいましたけど……。