表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ほのぼのソフトなショートショート  作者: あんぽんまん
2/18

クーデター

 誰も知らぬ山中の奥深く、その古ぼけた屋敷の一室。そこに田舎にはおおよそ似合わない武骨な男たちがおおよそ似合わない人数で所狭しと並んでいる。

 屋敷は広いが、持ち主がいない。人が住めばおよそ一年崩れずに暮らせるかどうかも怪しいような古ぼけた屋敷。そこの一室に大の男たちが所狭しと十数人ほど集まり、全員地べたに座っている。

 誰ひとりとして声を発するものはいなかったが、明らかに全員苛立っている。というよりも殺気立っているといった方が正しい。しびれを切らしたのか男たちのうちの一人が声を荒立てる。

「ジョア卿。そろそろ訳をお聞かせ願えないかな」

「おん?」

 所狭しと並ぶ部屋の前方に不自然にぽっかりと空いたスペースがある。そこの傍らに座る男が野太い声に呼応するかのようにとぼけて返事をする。

「とぼけなさるな、手紙ではかけぬ大事な用だなどと煽った文面で我々を呼び出しておいて待ちぼうけとはあんまりではないか。要件だけでもここでお聞かせ願いたいのだが」

 その場にいた男たち全員がその通りだと言わんばかりの非難の目線を前方のジョア卿に向ける。が、彼は全く臆す様子はない。

「いやいやそれに関しては全く面目ない。しかしもう間もなく準備が整います。しばしお待ち頂いて……っと、噂をすれば到着なされたようだ」

 そう言ってジョア卿が前方にある扉に注意を向けたため集まった男たちもそれに釣られて目線をジョアから扉へと移した。

 それに応えるかのように扉が開き、若い男が入ってくる。若い男は全員が注目する中を悠然と威厳すら感じさせる様子で前方に備えてある椅子に座る。

 その若者らしからぬ威厳に、先程まで苛立っていた男たちも一瞬静まり返ったが、若者が椅子に座るやいなやまたしてもジョア卿の方を見るが、ジョア卿はなぜか不機嫌な様子で男たちに声を上げる。

「先王ダイムが遺子ドラティス様ぞ!」

「んなっ……!」

 静まり返っていたその場がざわめき始めるが、ジョア卿の言葉で全員我に返り、狭い中うまくスペースを確保しながら片膝をつくが、「まさか……」「本当に生きておられるとは……」と誰が発したかもわからぬ声と涙声が響く。

 場が再び静まったのを確認し、ドラティスと紹介された若者が声を発した。

「皆、これまでよく耐えてくれた。私が先王ダイムが息子ドラティスだ。今日までここにいるジョア卿により外国で保護され、自らが先王の息子であるとは知らずに命を長らえてきた。だが先だってジョア卿によりすべてを知らされ、自分のなすべきことを知った。私はまだ経験が浅く頼りないと思うこともあろうが、私のどうか力を貸して欲しい」

 ドラティスがそのように口上を述べ終わるか終わらぬうちに一段の先頭にいた一際体の大きい男が嗚咽しながら近寄ってきたかと思うと、まるでくずおれるかのように大きい体を低くかがめる。

「ドラティ……いや、陛下。私がこの上に一体何を望めというのでしょうか、遺子が生きているなどという噂は単なる情弱の慰めに過ぎぬ……そう切り捨てていたというのに陛下を目の前にして私は、やはり生きていてくれた、などと矛盾した安堵を抱いているのです。その私が……その私に陛下はそのようなお言葉を……」

「この場に先王の恩義を受けなかったものはおりません陛下!我ら全て陛下の下僕……。力を貸してくれなどと頼むことをなさらないでください!」

「そうだ!現王ロズリー率いる貧弱兵どもにダイムの戦士の恐ろしさというものを今度こそ叩き込んでくれるぞ!」

「……ありがとう。ありがとう……!」

 父を未だに慕う部下たちの忠義を前にドラティスはそのように言うことしかできなかった。

「今ここに誓おう。これからなにが起ころうと、憎き現王ロズリーを血祭りにあげ、私が新ダイムを名乗るまでは進むことをやめることはしない。必ずだ!」

 世代を超えて再び志を一つにする先王の遺子とかつての部下たち。その団結の様子をジョア卿は冷ややかに見つめるのであった。



 その事変が起きたのは十八年前のことである。この国はとある国王の一族によって統治されており、国王は代々ダイムを名乗っている。統治は安定しており、安定した統治が国民へと還元され、外交トラブルもない平和な支配が長く続いたが、先代のダイムの時代にロズリーという男が宮廷内で仕えるようになったことが全ての始まりであった。

 ロズリーはずる賢いだけでなく野心的な男で、ある年にたまたま凶作が起こったことに端を発した現君主への不安をタネに諸侯の現ダイムへの不信感を煽り、ついに宮廷内で武力クーデターを起こした。クーデターは成功してダイムは殺された。ロズリーは自ら君主になり、各地に逃げていた親族やダイム派の諸侯もことごとく捕まえて粛清された。息子がひとり逃げ延びたという噂はあったが本気にするものはなかった。



 旧王派の残党とドラティスが感動の再会を果たして復権を誓って一年後、彼らは宮廷内においてクーデターを実行していた。この日、現王ロズリーは宮廷内におり、またこの日が一番手勢が少ないことは調べがついていた。悪賢いロズリーを確実に屠るにはこの日をおいてほかにはない、ドラティスたちの意見は一致を見た。

 様々な不安要素はあったが、クーデター自体は順調に進み、宮廷内のあらゆる場所が復権派によって制圧されていた。しかし肝心のロズリーの姿が見つからない。

「おかしいな……戦闘開始と同時に出入り口は全て封鎖し誰も出てはいない。必ず中にいるはずなのだが……」

「そうか、ならば私自ら行こう」

 宮廷外で様子を見ていたドラティスもしびれを切らし宮廷内へと侵入する。

「私が道案内をいたしましょう」

 そう言ってジョア卿に連れられるドラティス。


 さて、宮廷内に入ったジョア卿とドラティスであったが、ロズリーを探そうと様々な部屋を見てまわろうとするドラティスに対しジョア卿は、まるで目的地でもあるかのようにずんずんとドラティスをおいて行かん勢いで前に進んでいく。

「お、おいジョア卿待ってくれ!」

 ドラティスの懇願も聞かず先へと進むジョア卿だったが、突然ある大きな壁画の前で立ち止まった。と思うと、今度はなんとか追いかけてきたドラティスの方に向きなおり、あたりを確認するように周りを見渡した。

「どうしたんだ?ジョア卿、ひょっとして隠し扉の類でも知っているのか?」

 ジョア卿は答える代わりにその壁画に描かれている女性の目の部分に懐から鍵のようなものを差し込む。すると、からくり屋敷のように足元が回り、壁画ごとジョア卿とドラティスは向こう側の空間へと吸い込まれていった。

「……なんと。こんな仕掛けがあったのか。あらかじめ調べておいたのか?」

 驚いてドラティスは尋ねるがジョア卿はやはり無表情のまま答えずにその先の通路を歩いていくとほどなくして一つの空間が現れた。人一人が暮らせるほどの狭い空間。小さいテーブルの上にはティーセットと拳銃が一つ。通路の反対側の壁には暖炉があり、その前に椅子が暖炉に向けて座っている。そこにひとりの男が座っていた。いや、ひとりの男などという言い方は回りくどいに違いない。

「ロズリー……」

 父の仇を前にドラティスは肩をいからせる。

「恥知らずの裏切り者……。その卓上にある拳銃で自殺することすらできなかったようだが、明日にはお前は今日死んでおけばどれだけ良かったか悔いることになるぞ」

「ドラティスか、座れ」

 緊迫した雰囲気に構うどころかますます目深に椅子に腰掛けるロズリー。

「紅茶はどうだ?」

 だが次の瞬間に紅茶はティーカップごと粉々になりロズリーの右手から鮮血が流れた。

「……紅茶は嫌いだったか」

「ジョア卿、すぐにこの反逆者を捕らえてください」

 ドラティスはすかさず傍らのジョア卿にそう命令するが、ジョア卿はピクリとも動かない。

「ジョア卿……?」

「無駄だ、ジョア卿は私の部下だ。ジョア卿、取り押さえろ」

 命令されたとたん、ジョア卿は普段の物腰柔らかな態度が全く嘘のような身のこなしでドラティスの体を取り押さえ、テーブルの傍らに置いてある、ロズリーが座っていない方の椅子へと座らせる。

「ひ、卑怯者……」

 ジョア卿の怪力の前に為すすべもなく座らせられるドラティスの前に二杯目の紅茶が置かれる。

「紅茶は嫌いなようだから、ミルクティーにしてみたんだが。砂糖もいるかね?」

「私のことを殺す気か……」

「殺す?まさか、自分の息子を殺すわけがないだろう?」

 ドラティスはその言葉にまるで電気が流れたカエルの足のように身を震わせ、ロズリーの方を見た。だが、ロズリーはそれには一切構わずに話を続ける。

「十八年前、知ってのとおり私はクーデターを起こし先王とそれに与する人物すべてを殺した。だが、先王を慕う者すべてを殺すなど不可能であることを悟った。仮に殺せたところでその殺した人物の縁者が私を憎む。要は敵を増やすだけだ。できれば自らの子供に国を継がせたいが、そんな敵だらけの国を子供に継がせれば私への恨みと憎しみも受け継ぐことになるだろう。どうすればそれを避けることが出来るのかを考えあるアイディアに至ったんだ。それが自分の息子を先王の息子に仕立てあげることだ」

 そう言ってロズリーは満足げに紅茶をすする。

「そう考えた私は、クーデターを起こす前、ちょうど同じ年に生まれていた君を部下に預け、外国で育ててもらうことにした。ジョア卿はその役目にうってつけだったよ。なにせ宮廷内部でクーデターの手引きをしていたのは彼だったからね。彼はクーデターが起きるまで――いや、起きたあとですら旧王派だとみなに信じられていたし、先王の遺子を連れ出して逃亡した忠臣を完全に演じることができるのは彼をおいてほかにいなかった。今宮廷内を土足で散らかしている連中も、つい数分前の君ですら、ジョア卿のことを疑わなかった。万が一君の出自を疑うものが出てくるのが心配だったから、あらかじめ先王の遺子が逃げのびたという噂を流しておいたんだが……こちらはあまり必要がなかったかもしれないね」

 ロズリーがそのように喋る間もドラティスはまるで自分の話ではないかのようなあっけにとられた表情でその話を聞いていた。

「さて、息子である君に伝えるべきことはこれだけだ。このあと君は反逆者から国を取り戻した英雄として讃えられ、私が支配を続けていたよりもはるかに長く王権は続くだろう。私が悪政を続けていたのも、君の今の部下たちを執拗に探さなかったのもこのときのためだ。あとは私が、自らの運命を知って自害の道を選んだ反逆者を演じてこのピストルで自分の頭を撃ち抜けば大体私の書いた筋書き通りの結末だが、ほかに質問はあるかい?」

「なぜだ……」

 もはや半分茫然自失となりつつもドラティスは呻くように声を出す。

「なぜそんな事実を伝える……?それが真実だとしてなぜそれを私に教えたんだ……。知らなければ、それを知らなければ私は、私は……!」

 狭い部屋の中で椅子から滑り落ちるかのように倒れこみ、泣き崩れるドラティス。その姿を、少し悲しげな顔でロズリーは見つめていた。

「確かに、ここで君にこの事実を伝えることはリスクが伴う。わかっているんだ。わかっているが……」

 ロズリーは少し寂しげに笑い、自分のこめかみに卓上のピストルを押し当てた。


「子を持てば君もいつかわかるさ。ドラティス」





 その翌日、野心に駆られて先王を暗殺して悪政を尽くしたロズリーの死体は街角にさらされた後、川に投げ捨てられた。

 代わりに国王に即位したドラティスはまもなくして正式にダイムを名乗り、側近ジョア卿の協力のもとし善政を敷く。王権は子孫代々受け継がれ、その支配は長く続いた……。

 多くの方がそうだと思うのですが、私が一番最初に名前を覚えた戦国武将が「織田信長」でした。彼の伝記を初めて読んだ時のことを覚えているのですが、その時に登場した斎藤道三という人物が非常に私の興味を引きました。低い身分から武将になり、以前の領主を暗殺して美濃の大名になったものの、その暗殺した領主の息子に殺される。下克上という言葉の意味を知りたいならこの人物を見れば良いとも言うべき人物です。

 そして今回の作品のモデルでもあります。実はこの全領主の息子、斎藤義龍ですが道三が全領主の妻を自分の妻としても娶っており、ちょうど妊娠したとされる時期がその暗殺事件の前後というなんとも出自が釈然としない人物でもあります。

 以前とある歴史小説で、実はその息子が以前の領主の息子であるという噂を流したのは斎藤道三自身だったという斬新な解釈を紹介しており、「いやまさか……しかしあのしたたかな斎藤道三であれば」とどちらが正しいとしても不毛な思考を巡らせたことがあり、この話のもとでもあります。

 史実の義龍は道三に謀反を起こした直後に急死しており、道三の呪いだとか信長の刺客に暗殺されたのだとか様々な憶測にも近い説が飛び交っておりますが、もし上記の仮説が正しければ、実の親を殺してしまい、良心の呵責に耐え切れずストレス性の病気にかかって突然死した、と一つの一貫したストーリーになっちゃうのですから歴史というのは興味深いですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ