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ほのぼのソフトなショートショート  作者: あんぽんまん
17/18

ルーツ(中編)


 その日の午後。

 普段より遅い昼食にありついた探偵と助手は蒸気バスに乗っていた。

 舗装された道であるにもかかわらずガタガタと激しく揺れる乗り心地の悪い座席と、車内に蔓延する煙の有毒な臭いを小一時間楽しんだのちに目的地に到着する。

 現在はヘングと呼ばれ非常にカラフルな色合いな建物に飛んだデザインに富んだこの町も以前はストートと呼ばれる辺鄙で迷信深い村であり、そしてこれから調査することになる魔女裁判の舞台となった場所である。

「……で、はるばるやってきたわけですがどうやって探しますか?」

「うーん、そうだなぁ」

 カリンの問いかけに腕を組み考え込む探偵。

 その姿勢を10秒ほど保ち、彼はその恰好のまま話し出す。

「ここは最良の結果は最良の専門家によってもたらされるという故事に倣うことにしよう」

「最良の専門家?」

 

「あぁ?魔女の子孫だと?」

 聖職者にしてはやけに気難しそうな表情で額にしわを寄せた猫背の牧師はそのように聞き返してきた。

 もともと小柄な男のようではあるがその猫背な体勢のせいで余計に小柄に身を丸め、探偵を下からにらみつけている。

「えぇ、ここはこの町で最も古い教会ですから家系図など残っていないかと思い至ったわけです」

「教会で魔女について尋ねるのは罰当たりだとは思い至らなかったようだね」

 牧師はそのように皮肉を言うと低い声で「ヒヒッヒヒッ」とうなっていた。

 それがどうも笑っているのだと探偵とカリンが理解するのには少々時間がかかった。

「まぁ異端者どもを火あぶりにする楽しみは後に取っておくとして……だ。家系図が見られればよいということかな?」

「その通り」

「何とも変わった人がいたものだ……」

 あんたほどじゃないよと探偵とカリンが考えていたときである。

 急にその猫背牧師が回れ右をして歩き出したのである。

 突然のことに探偵とカリンもどうすればよいのか戸惑っているとその猫背牧師が怪訝そうな表情で二人の方を振り返る。

「おい、何をぼーっとしてるんだ。家系図を見たいんだろう?」

「え、あ、あぁ……」

 せめてついてこいなどの一言が欲しかったなどと注文を付けられる様子もないこの有無を言わせぬ態度に探偵とカリンは慌てて牧師の後を追いかけるのだった。

 牧師はそれにお構いなく先に進んでいく。

 先ほど3人で話していた会堂は非常に広くて歴史を感じさせる場所であったが、牧師はその広い会堂から地下へと通じる小さい扉を開いて進んでいく。

 そこは先ほどとは打って変わって非常に狭く坑道を彷彿とさせるかほどに狭く圧迫感のある地下へと通じる螺旋階段だ。

 階段を降り、通路にであると両側にいくつもの扉のある狭い石造りの廊下へと出てくる。

 先ほどのらせん階段よりやや広くなっていて歩きやすいものの経年劣化による木製扉の朽ち具合や燭台の金属部分のさびなどがやはり歴史を感じさせる。

「えぇーっと、家系図家系図は……どの部屋だったかな?」

 そう独り言を言いながら猫背牧師はいくつかある扉のどれを開くか、まるでポーカーの捨てるカードでも選ぶかのような仕草で選び始める。

 少々探偵とカリンが不安になるレベルの時間が過ぎたとき、ようやくその牧師は開く扉を決めたようでその扉の取っ手を押すが、さび付いているのか扉が変形しているのかうまく開かない。

「む、この扉。神の代弁者たる私を拒むとは……」

 そのように不敬な扉に対して牧師はいきり立ったかと思った刹那。

 次の瞬間その牧師は狭い廊下分で許されるぎりぎりの助走をつけたかと思いきや、その古びた扉に対してなんと飛び蹴りを食らわせる。

「あ」

 探偵とカリンが声を上げる暇もない。

 哀れな古びた扉はひとたまりもなく音を立てて、土埃をあげて粉々に崩れ落ちる。

 唖然とする探偵とカリンをよそに牧師は非常に満足そうな表情で先ほどの不気味な笑い肩をする牧師。

「ヒッ、これこそ神の怒り」

 かくしていろいろあったが神の怒りにより目的地への通路が開かれたことに安堵しつつ目的の場所へとやってきた3人。

 期待に胸を膨らませながら探偵とカリンはその部屋へとやってきたが……。

「……。牧師さん。この部屋は空っぽのようですが家系図は?」

 困惑しながら燭台で全くあたりを照らしている牧師を探偵とカリンが見つめる。

「……これは」

 それに対し牧師はその部屋の中の隅々を気が済むまで燭台で照らしていたがやがて立ち上がった。

「どうやら向かいの部屋と間違えていたようだな、ヒヒッ」


 先ほどの部屋と違い正解の部屋のドアは神の怒りを執行するまでもなくすんなりと3人を迎え入れてくれた。

 二十メートル四方のその広い部屋は部屋のいたるところに木棚が置かれ、そしてその棚のすべてに家系図やそれに関連する資料が置かれており正直どこから探せばいいかまるで見当がつかない。

「どうやら途方に暮れているようですね。ヒヒヒ……」

 先ほどから聖職者とは思えないほど不気味な笑い方をするその牧師は部屋の奥の方へとずんずんと入っていく。

 地下室の奥は昼間とはいえまだ薄暗く、牧師は途中で燭台に灯をともしながら広い部屋を縦横無尽に歩き回る。

 だが、その歩き方は何かを探し回っているというよりは何か目的のものに向かっているという歩き方で、思わず探偵もカリンも慌ててついていく形となった。

「……どこだ?スロウ家家系図……。ストート魔女裁判、ストート魔女裁判……」

 ずんずん奥へと歩いていた牧師がある一角の棚の前で足を止めたかと思うと、一番下の段を重点的に調べ始める。

「確かこの辺に……あぁあった。君たちの目当てのものがあったぞ」

 ごそごそとしゃがみこんで調べていたかとその牧師はそのように叫んで突然立ち上がったものでまたしても驚かされ思わず探偵とカリンが後ずさりをする。

「君たちが探す子孫――といってもガリンチには娘が一人しかいないが、彼女の名前はマリアという。母ガリンチが魔女裁判で死んだあと、彼女は他家の養子となった後その家の息子と結婚したそうだ。その家の名前はスロウ家という」

「なるほど……つまりスロウ家こそが魔女の子孫ということですか……」

「まぁそういうことだな」

 家系図を見ながら説明する牧師に対し探偵が答えた。

 カリンはその様子を見ながら先ほどから気になっていたことを尋ねる。

「それにしても牧師さん、これだけ広い部屋だというのにずいぶん見つけるのが早かったですね。まるで前にもこの魔女裁判の資料について調べたことがあるかのように迷いなくここに来られてましたが……牧師さんとはそういうものなのですか?」

「あぁそれか……」

 その牧師は口を濁すかのように小声になる。

「実はこの魔女裁判は私も少々気になる点がいくつかあって若いころに個人的に調べたことがあったんだ」

「気になること……?」

「通常中近世に行われる魔女裁判だの異端審問だっていうのは一種の病的な恐怖が元となって裁判が行われるため、訴えの内容が曖昧だったり訴えの供述の内容がちぐはぐなものとなることが多い……」

「この魔女裁判はそうではないということですか?」

「あぁ、違う」

 先ほどから何やら曖昧な言い回しの多かった牧師が今日初めて見るほどに強く断言する。

「まず証言者の訴えが一致している。このガリンチという女性が宙を舞ったとか、何もないところから火を生じさせたなどの超常現象を起こしたところを多くの証言者が見ていて証言が一致している。これは非常に珍しいことだといっていい」

 曲がりなりにも裁判という体をなしていながら証言が一致していないことの方が多いというのもどうなのだろうとカリンが思っていると次は探偵が本題に入る。

「……それで、話を戻しますが結局このスロウ家の今の子孫というのは?」

「あー……、家系図によるとこのマリアには息子が一人産まれているようだな。そしてさらにこの子には娘が一人産まれていてその嫁ぎ先は……」

 探偵とカリンに家系図を見せながらともに家系をたどっていく牧師。

 木の根のように広がっていく家系図を下へ下へと読み進めていき、ついに最下部にたどり着いたとき探偵とカリンは思わず息をのんだ。

「ショルメ先生……これって……」

「あぁ……だがこれは一体……?」





 それから3日後。

 その日の彼女の一日は普段のそれと一切変わらない。

 習慣的に行っているようにまず午前の仕事を終えた後の休憩時間に食事とティーブレイクを兼ねて研究所の近くの喫茶店に寄る。

 ポイントは砂糖を入れすぎないことと、ミルクは入れないことだ。

 卵サンドを食べ終え紅茶を半分ほど飲み終えたところで科学雑誌を開こうとしたところで彼女のルーティンは崩される。

 喫茶店に何やら年の差がありそうな見慣れないカップルが来たかと思うと何やら喫茶店の女性店員と二、三言葉をかわし、それが済むと二人とも視線を女性店員からこちらへと向ける。

 何やら巻き込まれそうな気配を感じるが、先に動いて自分からルーティンを崩すのも本意ではない。

 どうするべきかと悩んでいるうちにその茶色いベストに長身、そして伸びた髪の手入れされていない男と、背の低い童顔の女性が近づいてくる。

「アメリ=ライトさんですよね?」

「……」

 先に声をかけられてしまったのでわざと聞こえていないふりをしてやり過ごそうと読んでる雑誌から目を離さずにいると彼らは彼女の座るカウンターの両サイドに座ってきた。

 事ここに至っては無視をするのも限界であろう。

「まぁ、そうですね」

「私を知ってます?」

「……」

 アメリは目の前の男性と隣の背の低い女性を交互に見て記憶をさかのぼる。

「……。この間飛行試験にいらしていました?」

「えぇ、ショルメ探偵事務所の私立探偵。ヘンリー=ショルメと申します」

「私は助手のカリンです」

「まぁ前置きはこの辺にしておきましょう。なぜ我々が貴方に会いに来たのかわかりますか?」

「……」

 アメリは少し考えるそぶりを見せる。がすぐにそれが恰好であることが明らかになった。

「企業スパイ?」

 人を食ったような顔でそう答える彼女に探偵はため息をつく。

「先日あなたのお父様から不思議な依頼を受けました。その依頼の内容とは……」

「400年前に起きた魔女裁判事件の子孫を見つけてほしい……ですか?」

 探偵が答えるまでもないとアメリは探偵の言葉を自ら代弁する。

「話していただけますか?」

「もう隠したままでいられないようようですね……」

 そういってアメリは開いていた科学雑誌を閉じてカウンターにそっと置いた。

「私正直推理小説みたいにまどろっこしい展開は嫌いなので結論を先に言っておきます。私がその子孫です」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 カリンがアメリの言葉を遮った。

「アメリさんはベルラ所長の娘さんですよね?」

「えぇ、そうです。正確に言うと今は亡き私の母方の家系がそのガリンチの家系、だといえばお判りいただけるでしょうか。……そうですね、とにかく父がなぜあのような依頼をしたか、そこから説明する必要がありますね」

「ぜひお願いします」

 正直そのあたりは探偵としても気になっていたところだったので探偵はアメリの次の言葉に耳をすませる。

「まずはこれを見てください」

 そういってアメリはカウンター席の下においてある自身のバッグからファイルを取りだし、中身を見せた。

「……これは、設計図ですか?」

「えぇ、これは写しですが、すべて父がこれまで発明してきたものの設計図です。これは蓄音機。これは白熱電球、それにこれはアンテナ。……でもですね探偵さん。実はこれらの設計図はすべて400年前に書かれたものなんです」

「!?」

 この言葉に探偵とカリンは同じような表情で目を見開いた。

「400年前って、まさか……!」

「そのまさかです。ストートの魔女裁判で処刑されたガリンチ――つまり私と母の先祖は魔女でも異端者でもない。とても優秀な発明家だったんです」

「……そ、そうか!」

 カリンがそこで手をたたいた。

「やっとわかりました。異界と交信してたってのはきっとこの蓄音機のことですよ!そして何もないところから火を生じさせたっていうのはきっと電球のことで……。宙を舞っていたというのは……」

「えぇ、それこそ今私たちが開発している飛行機の原型です」

「にわかに信じがたい話だな……」

 独り言なのか会話なのかわからないほどに小さい声で探偵がつぶやいた。

「しかしベルラ所長はこんなものを一体どこで手に入れたんだ……」

「探偵さんはそもそもなぜガリンチが逮捕されることになったかご存じですか?」

「え?えっと……確かストートの村の医者の密告がきっかけで裁判に発展して……。って、ん?まさか……」

「父の家系がその医者の家系です」

 新事実の連発に正直探偵もカリンも頭がこんがらがっていたがアメリはそんなことお構いなしにどんどんと話を進めていく。

「父と母が結婚したのは本当に偶然だったみたいです。父も母もエンジニアを志していて大学で知り合ってそのまま結婚。でも母は途中で気が付いてしまいました。実は父の家系はあの魔女裁判で自分の先祖を殺した家系であるということ。その捜査の途上で押収したガリンチの残した設計図……。無知な人が見れば意味のない線と文字の羅列であってもエンジニアであればなんであるのかすぐわかる。父がその没収された設計図の数々を自分の発明品として発表して名声を得ていることにです」

「しかし母――確かアビーさんでしたか?――はそのことを公表するなどの措置は取らなかった」

「それは……」

 先ほどまで雄弁に説明していたアメリはここで突如口を濁した。

「なんというか……父自身はそんなに悪い人ではないんです。私や母のことも心から愛してくれていますし発明に関しても父自身はどうもその設計図が誰のものかよくわかっていないみたいで……」

「それで公表するには気がとがめた、だがノートを渡す気にもなれなかった、と」

 探偵の問いかけにアメリは無言でうなずいた。

「母は亡くなる直前に私にノートを預けてこれをどうするかは私に任せると言って息を引き取りました。このノートは設計図の解読表のようなものでいま私たちが開発している飛行機など一部の重要な発明品は設計図の内容が暗号化されていてこのノートなしで設計図を読み解くのは難しいようになっています」

「なるほど、それでベルラ所長はこのノートをなんとしても手に入れようとしているというわけですね。それで合点がいきました」

 探偵はそういうと腕を組んで今度は確認するようにアメリに尋ねた。

「所長からそのノートを探し出すようにという依頼を受けた私がこのように尋ねるのはおかしいのかもしれませんが、結局アメリさんはそのノートをどうしたいのですか?」

「私は……」

 アメリはまたしても口を濁して少し考え込んでいた。

 だが答えを考えてるというよりは言うべきかを悩んでいたという面持ちで彼女は比較的にすぐに結論を出した。

「私はあの飛行機に乗りたい。世界で初めて有人飛行を行った人物になりたいです。私は世界で初めて空を飛んだ人物として注目されて取材陣が集まってきたその時私はすべてを明らかにします」

 そこまで話したところでそれまでカウンターに寄りかかっていたアメリは探偵に改めて向き直るやコホンと咳払いをした。

「探偵さん……、一つ探偵さんにお願いがあるのですが」



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