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ほのぼのソフトなショートショート  作者: あんぽんまん
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一粒の麦死なずば

(おかしい……実におかしいぞ……)

 目の前の若いながらも堂々と肩をいからせ、左手には銀色の笏を握って玉座に座る青年。そしてその横に近侍するまさしく狸親父という言葉をそのまま人物にしたような計算高そうな親父。その人物らに対し性格を体現するような色と言われた炎のような赤髪の頭を深々と下げながらシッチは頭の中で疑問を巡らしていた。

(俺は王政に対する反乱を支援するため聖都エレイムにやってきたはず……。それがなぜ王子の前でこんな平伏を……)

 地方の方から反乱軍を支援しようと聖都エレイムにやってきたシッチがこのように第三王子の前で平伏しているには訳があった。それはシッチが十五歳だった頃、すなわち四年前に遡る。



 彼は田舎で草木染めを営む豪商の家に生まれた。十五歳にして父から染物の仕入れを行う仕事をおうせつかった彼であったが、その仕事においてシッチは農家の持ってきた染物をランク分けし、良い染物を高い値段で買うというシステムを考案、こうして仕入れる染物の質は上昇したことにより更なる成功を収める。

 が、シッチと彼の家には大きな悩みがあった。それが、シッチの家が豪商であることをいいことに気分次第で大金を要求して来る地方領主の存在であった。彼らは国を治める王の威光をいいことに商人に対しても農家に対しても好き勝手に振る舞い続けており、非常に迷惑な存在である。

 シッチが商売を任された直後も一千デールものお金を要求された。シッチの十年分の年収にも値する大金であったが、シッチの父は結局この領主、それにその背後にある王に対して逆らうことができずそのお金を払うことにしたがまだ若いシッチには納得が行かなかい。

「庶民を苦しめることしかできない政府などあっても意味がない」

 そう考えた彼は領主に追われる身となりながらも聖都エレイムに反乱分子が存在するという噂を聞きつけ、一路エレイムへと到着したのであった。のだが……。



「第三王子陛下、この者が私が常日頃申していたシッチという男です」

 いま発言した狸親父、全てはこの第三王子に近侍しているこの狸親父のせいである。以前に商売で知り合いだったこの狸親父ことエンジィにたまたまエレイムで出会い、反乱分子の仲間を知っているというので喜び勇んでついていったら、そこにいたのは反乱分子などというものではなく今まさに背こうとしている人物ではないか。人を馬鹿にするにも程があるというものだ

「うむ……、なかなか良い面構えである」

(良い面構えだと……?)

 平伏した顔をバレないように上にあげその第三王子とやらの顔を眺めようとしてみる。

(青白い顔にほっそい首と体躯だ。苦労を知らないお坊ちゃんと見える)

 視界の端に捉えた第三王子の姿は商屋の仲間や彼に対して染物を持ってくる農家の若者と比べると随分と頼りないように見えた。

「よし、決めたぞシッチとやら。お前、これより我がディミトール王国第三王子であるこの私、リスルーの部下となれ」

「んなっ!」

 余りにも身勝手なその話にシッチは我慢がならず立ち上がる。

「断る!私がここに来たのはお前ら王政を圧倒する反乱軍に協力するためだ、弱い者いじめしかできないお前ら王や王子などこの国には必要ないのだ!これにて失礼する!」

 これほど無礼なことを言っといて簡単に失礼などできるはずもないが、この時のシッチは非常に腹を立てておりそのようなこと全く考えはしなかった。そしてそんな彼にとって次に投げかけるリスルーの言葉はあまりにも予想外であった。

「ははは、待てシッチ。そんな心配せずともこの王国はいずれ滅ぶとも」

 そのリスルーの言葉にシッチは足を止めた。

「何?」

「この王国はおそらく遠からず滅ぶ。そういったのだ」

(王子のくせに王国の滅びを口にするというのか……?)

 そのような疑問を抱くシッチに対してリスルーはさらに言葉を続けた。

「だがシッチ、勘違いするな。我がディミトール王国を滅ぼすのは反乱軍でも外国の勢力でもないぞ?我が王国を滅ぼすのは時代だよ」

「時代……だと?」

「そうだよ、ほら。あれを見てみろ」

 そう言ってリスルーは窓の外を指し示し、シッチに対してもそれを見るように促すものでシッチも窓から外を見る。

「あそこにふたりの外人が見えるだろう?」

「……あぁ」

「彼らはメンゲルという国から来たそうだ。彼らの国には王もいなければ地方領主などというものもない。国は国民によって選ばれた代表者が統治し、庶民たちは誰でも自分たちの好きな仕事をする。農家の子供が店を営むことがあれば、国の代表者に名乗り出ることもある」

「……なんと」

 今まで王によって統治され、生まれた時から仕事が決まっている世界しか知らないシッチにとって想像もつかない世界を聞かされ、彼は唖然とすることしかできなかった。

「そこでは才能のあるものがさらにその分野を発展させることによって国の暮らしがさらに豊かになっている、いずれこの体制の違いが我が国と外国との国力の差をどんどん生じさせる。その国力の差にどこが一番先に耐え切れなくなるか、我が国が耐え切れなくなるか、あるいは国民が耐え切れなくなるか、問題はそのどちらが先にせよこの王国は滅びるだろう、しかも遠くない未来にだ。時代によってこの王国が滅びるという言葉の意味はそういうことだよ。シッチ」

「……待て、ならばこちらにも質問がある」

 突然新たなる世界の存在を知らされ情報を整理できないシッチだが、なんとかそれを飲み込み質問を切り返す。

「もし仮にお前の言うとおりこの王国が遠からず滅ぶとして、そしてお前がそれを正しく認識しているとすれば……なぜお前は俺に仕えろと言う?なぜ遠からず滅ぶ国への仕官を勧めるのだ?それは矛盾しているのではないか?」

「……さすがだ、エンジィに見込まれただけのことはある。その質問にはエンジィに答えてもらおう」

「はっ」

 っと、ここでしばらく発言しなかった狸親父が口ひげを動かすように話し始める。

「シッチ、これはまだ内々の話だがリスルー第三王子は次期国王になることが決まっている」

「なっ……!」

「私はおそらくこの王国最後の国王となるだろう。やりたいことは多くあるが最後の国王としてできることは非常に少ないと思うし時間もほとんどない。そんな私がどうしてもやっておきたいのが訪れるであろう次代に備え優秀な人材を在野からひとりでも多く見つけ出すこと、そしてそのような人材に多くの経験を積ませることだ。これは確実に訪れる次代に私、いや我が王国が残すことができる数少ないものだ」

 窓の外を眺めつつそう語っていたリスルーだった、が彼はそこで当然カッと目を見開きシッチの方に向き直り、肩をがっしりと掴んできたのでシッチの方が後退りをする。

「君の故郷での活躍のことはそこなエンジィから聞いた!そして確信したよ、君は今とこれからのこの国に必要な人材だと。だからこそ君にはこの滅び行く私と私の国に仕えて欲しい!」

「だ、だが……俺は一商家の息子に過ぎない。一体何をすればいいというのだ」

「そうだな、まず君にはメンゲルに留学してもらいたい。そこでおもに君にはその国の経済システムを学んでくるんだ。それを君なりの視点で刮目し、我が国において取り入れられそうなシステムを注意深く観察するんだ。そして帰ってきた時に、たとえ"この国の政権を誰が握っていたとしても"、君の勉学の成果を生かしてほしい。それが私が君に科す仕事だ。君ならきっとできるはずだ」

 そう言って肩を握る力をさらに強めるリスルー。その熱意にシッチはただただ頷くしかできなかった。

「ありがとう!君ならそう言ってくれると思ったよ」

 そう言って新たな"部下"を得たことに喜び再び窓の外を眺めるリスルー第三王子、いや次期国王。その背中を眺めつつシッチは

(おかしいな……さっきはずいぶん頼りない姿に見えたんだが)

 っと想像以上に広く感じる彼の背中を見つめることしかできなかった。





 それからまもなくしてシッチはメンゲルへと留学に出発。そこで約五年間の留学を終えるが、帰ってきたとき、ディミトール王国は反乱軍によって滅ぼされていた。

 それでも彼はメンゲルで学んだことを活かし、多くの株式会社ならびにその他の株式会社の設立を支援するため銀行を設立、国の発展に大きく寄与した。

 一方で自らをメンゲルに留学させるため尽力しながらも隠居していたリスルーとの友情もリスルーが七十六歳で死ぬまで続いた。

 彼の死後、シッチは反乱軍によって悪王の烙印を押されていたリスルーの功績を残そうと自分から見たリスルーの成果や功績に対する二冊の本を出版。本が出版されて一年後、彼もまた息を引き取るのであった。

 先日長年一万円札の文字通り顔を飾って来た福沢諭吉が降板し新たに渋沢栄一が新たに一万円札の顔を飾ることとなりました。

 彼こそこの物語の主人公シッチのモデルであり、王国最後の国王リスルーのモデルは徳川慶喜です。

 渋沢栄一と聞くと多くの方がやはりその経済界に寄与した功績に注目すると思います。それもそのはずです、日本初の銀行の設立に保険会社、ビール会社、製紙会社、紡績会社、鉄道会社、帝国ホテル。さらにさらに社会奉仕にもご関心があったようで、日本赤十字社やキリスト青年会の日本窓口、一橋大学、東京経済大学などなど。多分もっとあると思いますが、ホントに多くの会社や学校などの設立に尽力した方だからです。

 しかし個人的に私がこの人の好きなところは徳川慶喜との友誼に関する話です。

 武蔵の国から倒幕を志して京に上ってきた渋沢栄一はそこでなんの因果か徳川慶喜に仕えることになり、彼の命令でフランスに留学することになります。彼が留学から帰ってきた時には既に大政奉還がなされていて、渋沢栄一は静岡に謹慎となっていた徳川慶喜のもとへ久しぶりに対面することになるのですが、その場で慶喜は渋沢栄一に対し「これからは自分の道を行きなさい」と声をかけ、実際に渋沢栄一は先述のような功績を残していくことになるわけです。

 後年彼は自分の主君だった徳川慶喜に関して本を出しておりこれまた大政奉還の真実を紐解く上で重要な一級資料となっているようです。

 後に一万円札の顔となるだけの功績を残したとの評価を受ける渋沢栄一、一方幕府最後の将軍として後世においては悪者扱いされることの多い徳川慶喜。

 一つだけ言えるのはこのふたりの出会いが後の日本の歴史を大きく動かしたということ。

 今回この方がお札の肖像に選ばれたことで物議を醸している場所もあるようですが、この機会に渋沢栄一が日本のお札の顔を飾ることにふさわしい魅力を兼ね備えていることが知られますように。

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