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ほのぼのソフトなショートショート  作者: あんぽんまん
13/18

地名

「では各市区町村の予算に関しての話はこれくらいでみなさんよろしいでしょうか」

 市庁舎二階の会議室の一室。その前方のメガネをかけた生真面目そうな男性の言葉にテーブルに座っている中年の男たちの一団は一斉に頷いた。


 その波は確実に広がりを見せていた。

 数年前から始まった市町村の合併熱。行政の効率化、議員削減による予算削減を狙って政府から発行された合併特殊法による地区の合併熱はまさしくピークを迎えている。

 その余波はここI市と大波市にも達していた。既に住民たちへの正式な告知もされており、来年九月より合併した新しい市となることとなる運びである。そして、今は二市の合併に関する会議中、というわけだ。

「それでは次の議題は、新しい市の名前に関してです。お手元の資料二十五項をご覧下さい」

 一斉に紙をめくる音がする。

「かねてお伝えしてあるとおり、新しい市の名前に関しては住民たちによる一般公募によって決めさせていただくという流れになっておりましたが、その結果が出ましたので資料にさせていただきました。ご覧下さい」

その言葉に中年男たちは皆一斉にメガネのいう資料とやらに目線を落とした。中には少し隣人と話し出すものもおり、少し会議場内にざわめきが走る。

「ご覧のとおり、住民投票により最も支持された名前は東アイガー市という名称でした。皆さんご存知の大波市西部の一部にかかっている『日本アイガー山脈』。その東部に位置し、その元となったアイガー山脈にも負けない景勝地であるという自負のこもったこの一般公募の結果により……」

「ちょっといいかな」

 メガネ男の言葉を遮りメガネ男から見て左側に座り、老眼鏡をかけた初老の男が手を挙げた。

「これは……友井副市長。どうかなさいましたか?」

 手を挙げたのは大波市副市長の友井という男であった。彼は長年大波市で市長として、年をとった現在は副市長として辣腕を振るう男である。大波市市議員の中にも彼を先生と呼び慕うものは多い。

「友井副市長、どうかなさいましたか?」

「この市の名前を変える件なのだが……そう安易に変えるのもいかがなものかと思う。もし我々大波市にかかっている山脈の名前を取ってくれるというなら……せめて『東大波市』とか」

 だが、これにメガネ男から見て右側に座っている男性の一人が鼻を鳴らして対抗する。

「それはつまり大波市とI市の合併であるというのにあなた方の市の名前のみを残すということですかな?そんなこと我がI市の市民が聞けば何と言うでしょうか」

「全くその通りだ、それでは対等な合併ではなく吸収になってしまうではないですか」

 メガネ男から見て右手のI市の市長や市議たちが一斉に騒ぎ出す。一斉に非難を受ける形となった友井は少々渋い顔をした。

「しかし、大波市という名前は……」

 友井は次に出す言葉を選ぼうと懸命に頭をひねるが、その友井を隣に座っていた大波市市長がなだめた。

「まぁまぁ友井副市長……彼らは私たちの市にかかっている山脈の名前で譲歩してくださってるんです。ここは折れてくださいませんか?」

「そ、そうですよ。そもそもこんな山奥の町なのに大波市なんて名前おかしいでしょう!これはむしろ名前を変えるチャンスでもあります!」

 逆隣に座る、友井が教え子のように可愛がっているまだ若い市議の一人、梶からもそのように諭され友井は少し考えこむが、

「分かりました……市長たちがそこまでおっしゃるのなら……」

 と呟いた。

「あれが数年前は大波にその人ありと言われた友井副市長か……」

「でもあぁなると、ただの偏屈な老害ですね」

 I市の中にはそのようにささやきあうものもあった。結局この会議では予算についてと、合併したあとの新しい市の名前が『東アイガー市』となることが決定し、市議たちは解散したのであった。



 それから数十年後のこと。

「最近よく雨が降るなぁ和子」

「えぇ、洗濯物が全然乾かなくて大変です」

「全く、市長になったとしても天気に関してはままならないものだな全く……」

 数十年前、友井を先生と慕っていた梶は今では東アイガー市の市長となっていた。

「天気に関してはどうしようもなくとも町の災害対策の取り組み次第で被害は減らせます。それはあなたのお仕事でしょう?」

「む……お前最近ますます先生に似てきたな」

 梶の妻、和子はかつての梶の恩師であり、今は亡き友井副市長の娘であった。

「しかし先生について俺は未だに理解できないことがあるんだ」

「なんでしょう?」

「あぁ、あれはもうだいぶ前……I市と大波市が合併する前の話なんだが……」

 っと、梶は数十年前、友井副市長が現在の市の名前に異議を唱えた話を和子に話した。

「……ということがあったんだ。なぜ先生があそこまで大波という名前にこだわったのか未だに理解できずにいる。そのときは先生も年を取って頑固になったんだろうなと思ったんだが……」

「あぁ、それは多分……」

 っと和子が何か言いかけたところで梶のスマートホンが鳴り響いた。

「はい、もしもし……。なに!?いや、だがその地域には避難勧告が……、え!地域全体が!?」

 梶は電話での応対をずっとしていたが、ひとしきり驚いた反応を見せたあとがっくりと肩を落とした。

「あなた、何かあったのですか?」

 明らかに落胆する梶のもとに歩み寄る和子に梶は

「あぁ、いや。和子すまないがさっき言いかけたことを僕に教えてくれないか?」

「え?あぁ、はい。父から聞いた話では大波という地名は、江戸時代大波市であった地区一帯が豪雨に見舞われたとき、山脈からの土砂崩れがまるで大きな波のように押し寄せてきたことがあってそのことを忘れないように、というのが由来だったとかで……、ってまさか……!?」

「父の心子知らず……いや、この場合師の心子知らずといったところかな。旧大波市一帯が土砂崩れにあったと電話があった。先生はいつかこういう事が起こるってわかっていた、だからあの時抗議の声を上げた。僕は市議として、市民の代表として先生を擁護するべき立場にあった……、だというのにあの時の僕は……」

「あなた……」

「ほんと、君のお父さんは亡くなってもなおやはりかなわないなぁ……」



 それから数年、豪雨による復興が一段落付いた段階で梶市長は『東アイガー市』という名前を『東大波市』という名前というかつて合併で消えた名前の一部を用いた名前に戻す。

 合併で消えたはずの名前が戻ってきたことで、旧大波市の市民は喜んだものの、旧I市の市民の理解を得ることができず彼は次の選挙に落選。それ以降は副市長として腕を振るったが、彼自身は後のマスコミの取材に「これからは先生と同じ立場からこの市の行政を影から支えていく存在でありたい」と満面の笑みで答えたという。




-地名-

 最近ほんと災害が多いなぁ、次の題材にできないかなぁって思いながら考えついたネタです。実は私の住む町が結構山手なのですが、そんな山の中に水に関する地名が多くある場所があったんです。私は以前から「山の奥で海も川も結構遠いのになぜなんだろう」って思ってたのですが、大雨の際にその謎が解けました。というのも大雨の際に大きい被害を受けていたのがいずれもその例の水に関する地名の場所ばっかりだったからです。「この地名はご先祖様からの警告だったのかしら」なんてことをいう現地のおばあさまもいて、なるほどなぁ、などと思ったりもしました。

 最近は合併の関係などで以前の地名と大きくかけ離れている名前、時にキラキラ地名なんて言葉を聞きますが、もしおばあさまの言うとおり地名が時に昔の人からの警告であるとするならば、その地名を安易に変えてしまうということは……。

 ともあれ自然災害への対策は怠りなく!!

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