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ほのぼのソフトなショートショート  作者: あんぽんまん
12/18

二重人格

 事件はとある閑静な住宅街にあるアパート二階で起こった。

 現場となったアパートの一室は被害者、坪井英介(48)本人の自宅であり、胸には縦四センチメートルほどの刃物による刺し傷がついている。検死の結果を待つまでもなくこれが致命傷であることは明らかであった。

 だがこの事件の犯人は優秀な刑事や名探偵などといった人物が推理を巡らせる間もなく判明する。

 隣のアパートに住んでいた男子大学生、小川弘樹から通報を受けて駆けつけた警察官がそこで目にしたものは件の坪井の死体、そしてその傍らにはひとりの女性が力なく座り込んでいたのだ。少女はその小さい両手で凶器と思われる刃渡り十五センチメートルほどの血だらけの包丁をしっかりと握り締め、体の正面には被害者の返り血をベッタリと浴びてブツブツと何かをつぶやいている。

 どう考えてもこの女性が犯人であろう。

「ちょっと君大丈夫か?」

「……てないやってないやってないやってない私はやってない……」

「ちょっと君立てるかい?詳しい話を署で聞かせてもらえるかな?」

 現場に駆けつけた警官の一人がその女性の肩を掴んでパトカーへと護送する。彼女は抵抗する素振りは一切見せずおとなしくパトカーへと乗り込み、署まで同行することとなった。



 それから間もなく、この殺害事件は現場となったアパートの名前からゆらぎ荘殺人事件という名前で捜査が行われ、この時に逮捕された女性――坪井美春のことが次々と明らかになった。

 まず、幼い頃に両親が離婚し、離婚したあとは父と娘の二人暮らしであったこと。さらに離婚後から父による身体的・性的虐待を受けていたことなどだ。

 しかし特に不可解なのは美春の主張が二転三転したことである。あるときはやってない記憶がない知らないと言い張り容疑を否認したかと思えば、あるときは自分が殺してやったなどと得意げに犯行当時の様子を克明に語りだすのだ。

 結局不可解な点を残したまま美春は送検され起訴され、裁判を受けることになる。

「警察の調べによって被告人――坪井美春は幼い頃から父、坪井英介から身体的・性的な虐待を受けていたことがわかっています。本人の主張は二転三転し一貫性がありませんが、事件直後現場にいた被告人は凶器である包丁を持っており、またその当時の服装には被害者の返り血を浴びていたことも分かっております。被告人が家庭内暴力にに耐えかねついに父を殺害するに至ったことは明白であります。以上です」

 切れ長の目に随分細い体の四角四面を擬人化したかのような検察側の主張を終え、次に裁判長に促された美春の女性の弁護人が立ち上がる。

「弁護側は、被告人は犯行当時心神喪失状態であり、責任能力を欠いていた、よって被告人は無罪であると主張します」

 心神喪失、この言葉に傍聴席の数人が眉をひそめヒソヒソと話し始める。

「弁護側請求証拠第六号証をご覧下さい。こちらは被告人が事件直前まで通っていた精神科病院の診断書です」

 そう言ってその女性弁護人は長い髪をなびかせながらモニターへと注意を促した。

「この診断書は被告人が"解離性同一性障害"、いわゆる多重人格障害の患者であることを示しています。この病気は特に幼少期から虐待を受けた子供に多いと言われております。彼女は本人、つまり美春の人格の他に、ショウという人格を持っており、今回の事件はこの第二のショウという人格によって引き起こされたもので、彼女自身に犯行の記憶はありません。彼女の証言が二転三転し一貫性がないのもそれが理由です。弁護側からは以上です」


 それからも弁護側と検察側による激しい論戦が行われたが、やはり精神科医の診断書が決め手となった。被告人坪井美春は心神喪失状態が認められ無罪。病状が収まるまで精神病院に入院することが決まった。




 さて、その事件から五年後。

 田舎特有の広い公園で長身で短髪の男性が犬を散歩させていた。だが、ものの数分で犬の方が疲れてしまい、芝生に座り込んでしまったため男性は少し困った顔をしつつ近くのベンチへと運んでいき自身も水分補給をすることにする。

「やっぱりチワワにこの公園は大きすぎるか」

 ぐっすりと眠り込んだ愛犬を優しい目で見つめる男性。そのもとにひとりの女性が近づいてくる。

「あの……小川先輩、ですよね?」

 その声に男性が振り返る、とそこには白いカッターシャツの上から黒いワンピースを着た二十代ほどの女性が立っていた。

「……美春ちゃん」

「なんと言いますか……その節はお世話になりました」

「……」

 小川、と呼ばれた男性は五年前の事件、事件を通報した隣の男子大学生である。そしてこの女性は五年前、心神喪失により無罪となった坪井美春であった。

「先輩のおかげで私無罪になれました。あと、病気も……」

「そうか、ショウはもういないんだね」

「は、はい……」

 親しいような、はたまたよそよそしいようなぎこちない会話である。

 美春は少しそうするかしまいか一時悩んだが、勇気を出して小川の隣に座った。が、小川はあまり気にしてないようだった。

「まぁとにかく病気が治ったのはいいことだね」

「……本当に良かったんでしょうか」

 美春は声を震わせてそうつぶやき自分の両手を見つめた。

「五年もたったのに、まだこの手にはっきりと残っています。父を刺した時の感触が……」

「……」

「だってあの事件の本当の犯人はショウくんじゃなくて……」

「やめろ!!!」

 小川の怒鳴り声にそれまで寝ていた隣のチワワがびっくりして飛び起きてしまう。小川は慌ててチワワをあやす。

「あぁーごめん。ごめんよ」

「……すいません。でもこれだけは言わせてください。私が父を殺したあと、一番最初に小川先輩が駆けつけてくれたとき、本当に嬉しかったです。それだけは間違いないです」

「感謝なんか……俺は美春を救えなかったのに」

「救ってくれましたよ、先輩のアイディアのおかげで私は前科者にならずに済んだんですから」

 そう言って美春はすっくと立ち上がる。

「もう行くのか?」

「はい、ほかにもいろいろ行くところがありますから」

 そう言って公園の向こう側へと足早に歩いていく美春を小川は黙って見送った。

 美春が見えなくなったのを見計らい、小川はあやしていた愛犬を地面に下ろして一回大きく体を伸ばして散歩を再会することにした。

「女をかばって消える、か。かっこいいなぁ……」

 そう言って小川は彼女が去っていったのとは逆の方にリードを伸ばすのだった。

 先日別の人格が万引きを行ったとして解離性同一性障害の女性が心神喪失状態により無罪となっていたというニュースを目にしました。これまでも解離性同一性障害、いわゆる多重人格による心神喪失を理由に無罪を主張した例というのはいくつかあったようですが、実際に無罪になったのは今回が初めてだとか。

 ドラマ映画の創作の世界で多重人格者による犯罪というのを題材にしたものを何度か見たことはありました(BOSS、Mr.Brain、プラチナデータetc)が実際の事件で無罪になるというのもなかなか興味深いと思いましたし、万引きが無罪になるならもっと重大な犯罪でも無罪になる可能性があるのでは……?と下衆の勘ぐりをしてしまいますよね。

 少し話がそれるかもですが、日本は法治国家なので裁判は人を裁いて懲罰すること自体が目的で被害者の復讐のためにあるのではないとは言え、心神喪失で無罪放免ペナルティなしとなっています。誰かの為の裁判というより法律のための裁判となっているような気がします。っとまぁ、ある"特定の団体"に対する非難にならないところでこの話を締めくくっておきたいと思います。

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