聖女(後編)
ラウル・ロザン。通称ラウル男爵、はもともと貴族だったわけではない。生まれは傭兵であり、優秀な隊長であった。その戦績も認められ爵位も与えられたが、その傭兵時代の粗暴な性格は治らず、略奪癖や苛烈な戦いなどはバターニ王をすら悩ませる原因となっていた。
が、そのラウルに転機が訪れたのは当時十三歳だったアラジャ王女が戦列に加わったことであった。勇猛果敢ながら粗暴であるラウルの扱い方に困っていたバターニ王は彼に戦列に加わったばかりのアラジャ王女の元で戦うよう指示。
ラウルは当初「女の家来になどなれるか!」と拒否をしていたものの、結局王命に逆らうことはできず渋々アラジャ王女の部下になることになった。
「失礼、私が聞いた話ではアラジャ王女は天啓を受け、バターニ王国を導く救世主、聖王女となったと聞いたのですがこれは間違いないのですか?」
「さぁな、私はあまり神を信じないもので分からないが……」
笑いながらフリンチは答え、話を続ける。
天啓を受けたかどうかというのは別としてこのアラジャ王女というのはとても気立てのいい素直な良い子で、一兵卒一人が死んだことに大しても人目をはばからず涙したり、兵士たちの食べる食料が足りないとわかるや夜のうちにこっそり軍を抜け出して自腹で足りない食料を補充しに出かけたりと、指揮官としてはともかく、女性としては非常に甲斐甲斐しい限りの女性で、ラウルのような荒くれた傭兵が主体のアラジャ王女軍だったが、少しずつ彼女に対しては信頼をするようになっていた。
「……なるほど、史書では王女の優れたカリスマ性、指揮能力が兵士たちを鼓舞しまとめ上げたというふうによく紹介されますが」
「まぁ本当は彼女が元来持っていた女性的な優しさに触れたことで兵士たちが彼女を信頼するに値する女性、言ってみりゃこの女のためなら自分は死んでもいいって気持ちになったってことさ。お前でも、惚れた女のためなら死んでもいいって思うだろう?」
さて、そんな折アラジャ王女殿下に舞い込んできた任務はビルハ街解放作戦だ。アラジャ王女殿下が考えた作戦はいたって無謀ここに極まれり、持てるバターニ軍全軍で防備の施されたビルハに突撃、城門をこじ開けて街に攻め入り、Q国軍を追い払い街を解放するというもの。……しかしこの作戦に異論を挟むものは一人としていなかった、みなアラジャ王女殿下のためであれば玉砕覚悟の面持ちだったのである。
この危険な作戦の司令官にはラウル男爵が選ばれた、というよりも男爵自身が志願した、このような危険な戦いで王女を矢面に立たせるわけには行かないと先発隊を志願したのである。
ラウル男爵はその他、傭兵時代から苦楽を共にしてきた信頼できる部下数人とともにビルハに到着、真夜中になってからQ国軍の陣営に火を放ってから街に突入した。
多大な犠牲者を出しながらも明け方には街の大部分をおおむね制圧。アラジャ王女はラウルや生き残った部下たちひとりひとりの手を握って感謝を述べつつこの戦いで犠牲になった兵士たちが安からに眠れるよう夜を徹して祈り続けていた。ラウル自身、別に信仰心の厚い人物ではなかったが、この時は祈り続けるアラジャ王女とともに祈りに和したという。
だが、アラジャ王女にとって最後の戦いがやってきた……。
「それは君も知っているだろう、Q国軍との国境沿いの決戦だ」
「知っています。戦いに勝利したものの、その決戦の最中に王女が失踪……。おそらく戦死したのであろうと歴史書にはありましたが」
「それが通説だが、わしはパダーニ国王に王女は殺されたのでは、と思っている……」
「そ、そのような!だって王女は国王様の……」
「娘だ、だがそもそも娘を大事にする親であるならいくら天啓を受けたとは言え大事な娘を武人にするか?娘を危険な戦場に送り込むなんてことをするか?」
「そ、それは……」
「王女とはいえ、そばめの娘だ。パダーニ国王にとって彼女は劣勢になったパダーニ国軍に火をつける着火剤でしかなかった。そして、その戦いが終われば不要になる英雄だ。生かしておけばそばめの娘が王位継承に影響を与える可能性すらあるからな」
「ですが、そんなひどい話……」
「ジジイは決戦の後、戦いの最中姿が見えなくなったこの王女を捜索する許可を求めて何度も願い出たらしい。いや、ジジイだけじゃなく、他の王女の部下も何度もこの件に関して王女が戦死したのかどうか調べて欲しいと直訴したのだが、いずれも冷たく突き放されるだけだった。まずはそれよりも戦後復興の方が大事だなどと御託を並べられてだ。巷じゃ国を救った聖王女とすら言われる彼女だが、戦争が終わった王家にとっては目の上のたんこぶだったのかもしれんな」
「……私の村に伝わる伝説では、戦いの後、遺体の処理をしていた村人が傷だらけのアラジャ王女殿下を見つけ慌てて連れ戻って治療をした、と言われてます。王女殿下は怪我は治ったもののまるで放心した様子で、村の者が役人に届けようとしてもそれを頑強に止め、結局最後までガロン村で村人として天寿を全うした……と」
「可哀想に……。自分を殺そうとした人物が誰なのかに気づいてしまった、ということか」
そう言って、フリンチはテーブルに置かれたカクテルに手を伸ばして飲み干した。
「随分と長い無駄話になってしまった。せっかくの酒がぬるくなっておる」
「酒よりも面白い話を聞かせていただきましたよ。ありがとうございました」
「待て若造」
席を立とうとするジルをフリンチが呼び止め、先程渡したアラジャ王女の遺髪の小包を差し出した。
「フリンチ……」
「ここはこの遺髪を置いておくのにあまりに汚れすぎている。王女がその決戦の後どうなったのか、そればかりが気がかりだった。今日はずっと知りたかったジジイの昔話の続きを知ることもできた。八十にして人生最良の日だよ」
そう言いながらまたしても老人は思えない身のこなしでジルに小包を握らせる。
「クソ老人のおそらく最後の頼みだ。確かに頼んだぞ」
「……」
そう言ってフリンチは席を立ち、酒代をテーブルに置いてから外に出る。
慌てて追いかけてもその姿は見えなくなっていた。本当に身のこなしの早い老人である。
「しかし、綺麗な街だな……」
季節は冬、この時期になるとになるとこの国の建国時に起きたQ国との戦争について劇場にてその時の様子が役者たちや語り部によって演じられ、それを見に遠方からも大勢の人がやってくる。
「明日もう一度、劇場へ彼女に会いに行ってみるか」
-完-




