聖女(前編)
「かくして!アラジャ王女この迅速な判断によって、同王女率いる我らバターニ軍は破竹の勢いで国内の各都市を解放!また王女は信頼する部下ラウル男爵に軍をあずけて我らが首都ビルハをも解放し我が国を長年悩ませたQ国軍を完膚なきまでに打ち破り、国より追い出したのである!」
巨大な城と見まごうほどの劇場にも負けぬ語り部の大音声が劇場内に響き渡るのと同時に劇場内には割れんばかりの拍手が響き渡る。
バターニ王国首都ビルハの劇場、毎年冬になるとこの国の建国時に起きたQ国との戦争について毎年このように劇場にてその時の様子が役者たちや語り部によって演じられ、それを見に遠方からも大勢の人がやってくるというのがバターニ国での通常儀礼となっていた。
あまりに観客が多すぎるために、演劇が一週間に渡って行われるほどで、冬になればみな寒い中わざわざやってくる。農繁期を少しずらして行われるために多くの農民にとっては数少ない健全な娯楽でもある。
そんな日、観光客で賑わう酒場にひとりの男性がやってくる。
三十代ほどのその恵まれた体格の持ち主の男性は、辺りを見回し、カウンターで作業をするマスターのもとへと近寄る。
「マスター、ちょっとよろしいか?」
「うん?どうしたんだい?お客さん、見ない顔だね」
「私はバターニを旅しているものだからね」
「なるほど、んでその旅人さんが何の用で?」
「実は旅をする傍ら考古学の研究をしていてね、それでこの国の聖王女こと、アラジャ王女について調べたくてね……」
「おっと、兄さん!アラジャ王女に興味があるのかい!?」
マスターとそこまで会話したところで、カウンターに座っている髭面のまるで山賊のような外見の男が会話に入ってくる。
「それなら俺様に任せてくれな。こう見えて歴史に関してはちとうるさいぜ?」
「待て!そいつのにわか仕込みの知識なんざあてにならねぇ。兄さん悪いことは言わねぇ、ことアラジャ王女殿下に関することならこの俺の右に出るものはこの酒場にはいやしねぇよ?」
「なんだとてめぇ!言わせておけば……!」
店の真ん中で諍いを起こしかねない勢いで食ってかかるカウンターの親父二人を尻目にマスターが口を開く。
「ま、このとおりだ旅人さん、この酒場にいるもんでアラジャ王女について知らないもんは、いやこのビルハじゃ子供だってアラジャ王女のことを知っている。なんなら劇場の場所を教えようか?」
「お気持ちはありがたいのですがそうではなく……」
勢いに飲まれそうになった男性は少し苦笑いをしながら彼らの申し出を断る。
「実はすでに目当ての人物がいまして……その男性がこの酒場に出入りしていると聞いたもので少しお尋ねしただけです」
「目当ての人物……」
「フリンチという肩に傷のあるアカザの杖をついた老人と聞きましたが、ご存知ありませんか?」
その名前を出したとたんマスターとカウンターのオヤジ達の顔が一瞬曇った。そのため、まさか既に……。という懸念が男性の頭の中に浮かんだが、その懸念はすぐに消える事になる。
「わしに会いたいって狂人はあんたかい?」
突然に背後からそう声をかけられ、驚いて男性が振り向くとそこには冬だというのんボロ布のような羽織一枚とぼうぼうのヒゲを蓄え、また肩にはやけどの跡とアカザの杖をついた老人が立っていた。
「アカザの杖に肩の傷……、もしやあなたが?」
「いかにもわしがフリンチだ。アラジャ王女について聞きたいとか聞こえたが老いたわしの聞き間違い、だよな?」
「いえ、あなたに聞くのが一番だと聞いて私はここにきました。話を聞かせてもらえますね?」
「……バカな助言者もいたもんだな」
フリンチは吐き捨てるかのようにそう呟いて奥の席を指さした。
「マスター、わしはいつもの頼むぜ。わしはこのちちくせぇガキと少し昔話をさせてもらう」
「おうよ、旅人さんはなにか飲んでいくか?」
「ではフリンチさんと同じものを」
っと男性が注文をしている間にフリンチはいつの間にか奥の席へとたどり着いていた。足が悪いのに随分と動きが素早いもので、男性は慌てて客たちの座席やテーブルの間をすり抜けて奥の席へ向かう。
「改めて、わしはフリンチ・ロザンだ」
「私はジル、と申します。ガロン村生まれです」
「山岳地帯じゃねぇか、それじゃここまで来るのも大変だったろう」
「でもあなたに会えれば来た甲斐がありました。これを言伝として渡されておりまして」
そう言ってジルは紙に包まれた一つの包をテーブルの上に置いた。
「なんだこれは」
「アラジャ王女の遺髪です。私の村にはアラジャ王女殿下が最後の戦いの後に、ガロン村に訪れたという伝説がありまして、私の祖母は信じていたみたいで、これが証拠の遺髪だ、と」
「それをなんでわしに?」
「これが本物であるならあなたが持っているべきだ、と。私もそう思い言伝として預かってきました。なにせあなたはアラジャ王女殿下第一の部下、ラウル・ロザンのひ孫にあたる人物なのですから」
「……」
「このことも私の祖母から聞きました。話を聞かせていただけませんか」
話を聞いているのかいないのかフリンチはただそのテーブルの上に置かれた遺髪の小包をジッと見つめていた。あまりに黙っている時間が長かったためジルが、話しかけようとした時である。
「あの……フリn」
「あいつらに会ったか?」
っと、長い沈黙の後先ほどの質問の答えなのかは分からないがフリンチがそのように尋ねた。
「……あいつら?」
「カウンターにいる連中だ。この国で語られるアラジャ王女について知りたいだけならあいつらでも十分だと思うが」
「ですが、私はあなたの口からお聞きしたい。アラジャ王女と轡を並べ戦ったラウル男爵をよく知る人物は間違いなくあなたです。違いますか?」
「……二度と語るまいと思っていたんだがなぁ」
あまりの口の重さにジルは少々不審に感じた。
「なぜそこまでアラジャ王女のことをで口を閉ざそうとなさるのですか?」
「前にアラジャ王女殿下について、ジジイから聞いたことを喋った時に捕まって貴族の地位まで剥奪されたものでな、不敬罪で。以来、あのお方についてジジイから聞いたことは話さないことにしたんだ」
そう言うとフリンチは目の前に差し出された小包を受け取り自分の方に引き寄せた。
「だが、お前さんはこうして王女殿下をビルハに凱旋させてくれた。もう二百年も帰れなかった故郷にアラジャ王女を連れてきてくださったのだ」
「それじゃ……」
「ここで黙っている方が不敬罪ってやつだよな?」
っと、ここでマスターがフリンチの頼んだ"いつもの"を運んできた。マリアテレサ、ずいぶんとテキーラの香りが強いカクテルが二つ、テーブルの上に並んだ。




