02-01.振り返り
―――ものすごく、眠い。
友実は押し寄せる眠気に耐えながら、絶対に寝てたまるかと、周囲に気づかれないよう様々な居眠り防止を試みる。しかし、睡眠が足りていない脳に響く教師の言葉はまるでお経のように、友実の意識を夢の中へ誘っていた。
授業の内容は、半月前に予習を済ませている。だから居眠りしようと友実のテストの点には全く影響はない。しかし内申点や居眠りから派生する可能性のあるいじめ、チクりを未然に防ぐためには起き続けていなければならないのであった。穴だらけの机にノートを敷き、必死に黒板の内容をコピーする。そこに思考はなく、目から指先へ直接命令をしているような感覚だった。
(くそ、こんなに眠いなら無理してでも寝ておけばよかった……)
友実は先日、キサリアを倒してからの自分を呪う。眠気が来ず、徹夜と言う選択肢を選んでしまったのだ。ベッドの上で20分ほどゴロゴロと転がっていたが、目が冴えて寝付くまでに至らなかった。
「無理もないよ。さっきまで生きるか死ぬかの瀬戸際をさまよってたんだしね」
眠れない、と4回ほど友実がつぶやいたあたりで、タキアーがねぎらいの言葉をかける。事実、友実の脳は興奮が冷めない。恐怖から開放されたこと、戦いで奮い立った体の感触、勝利の喜び……今まで体験したことのない新しい出来事が一気に訪れ、眠気を阻害していた。
もういいや、と寝ることを諦めた友実はベッドから起き上がり、赤と青の指輪を嵌める。パジャマはまばゆい光を放ち、紫のドレス姿へと変化する。友実はサンシャインパープルとなった。
「実験しながら徹夜しよ」
「何をどうやるんだい?」
「うーん……そうだな、筋力なんてどうだろ」
「あたし、20キロくらいの重さならギリギリ片手で持ち上げられるから。変身したまま他にどんなのが持てるか調べたら、どれだけ強くなってるのかが解ると思う」
「あんまり時間もかからないし、いい方法だね」
友実は再び公園へ足を運んでいた。そこにある駐車場……軽自動車からトラックまで、数台止まっている。友実は片手を軽自動車の下に突っ込むと、ゆっくりと力を入れる。
「……考えられる可能性は2つ。これが持ち上がるか上がらないかで、どっちかわかる。行くよ、……せーのっ」
ゴゴ、と言う鈍い音とともに、軽自動車はあっさりと持ち上がってしまった。友実は軽自動車を壊さないようにゆっくり下ろす。手に付いた埃をぱんぱんと払いながら、タキアーをみる。
「多分だけど、乗算されてる」
「乗算?」
「この自動車、1トンくらいでしょ。あたしが片腕で持ち上げられる重さのギリギリが20キロで、1つの変身で20倍。400キロまで持てるようになったとして、勿論車を持ち上げるなんて無理。もう1つ指輪嵌めたとしても、単純計算で800キロが限界だから持ち上げられない」
「えーと、つまり?」
「サンシャインパープルは多分、400倍の強さなんじゃないかな」
友実はタキアーに推察を説明しながら隣の軽トラックへ向かって歩く。
「400…なるほど、だからキサリアともなかなか善戦出来たのか」
「ぶっちゃけ本気出されたら、ボコボコにされてただろうけどね……っ」
よっ、と今度は片手で軽トラックを持ち上げる。少し重さを感じたが、楽に持ち上がった。
「……うん、乗算だね。ということは指輪全部嵌めたら……」
「20の5条で3200000倍?」
「……そゆこと」
「そんな設計してないんだけどなぁ」
「機械なんてバグがあって当たり前ってことじゃないの。科学に万能は無いよ」
「反論したいが……く、現実を受け止めておこう」
「あたしから見れば、ぬいぐるみが喋ってるほうが非現実的だけど」
トラックを下ろした友実は、変身を解いた。行きも帰りも、キサリアの姿はなかった。
「3200000倍じゃあ流石に、体力や力を使った実験は無理だね」
「いいんじゃない? あんま実験して、敵に色々知られても困るでしょ」
それもそうか、とタキアーは頷く。友実とタキアーはその後、部屋の中で全ての指輪を嵌めて、変身後の見た目について検証した。キサリアとの戦闘の際、友実の服が変化しなかったのは、変身時の衣装変化の能力が、規格外の力のせいでオーバーフローしていたから……と結論付けた。実際友実が意識的に服を変えようと念じたところ、私服やせーラー服、きらびやかなドレスなど、思いのままに出来た。服の見た目を自在に変えることが出来るというのは、いいカモフラージュになる。ファッションショーを続けているうちに、部屋の目覚ましが朝を告げた。
そして今、眠い。……が、何とか昼まで持ちこたえることが出来た。無理をせず、早退してしまおうか。しかし何を言われるかと考えると、少し気が重かった。友実は教室の隅の定位置で給食を食べ終わると、眠気を覚まそうと1人保健室へ向かった。
・・・・・・
結局午後は休むことにした。保健室では先生に睡眠不足を指摘され、母親には早退することを伝えてもらった。ああ、お母さん心配かけてごめんね。そんなことを思いながら家へと歩く友実の表情は明るく、眠気もほとんど吹き飛んでいた。見慣れた道路をゆっくりと歩く。他の生徒は授業中だし、今この道で蹴られたり、転ばされることは無い。そんな余裕も、友実の上機嫌の一因だった。
「死にやが「オラァ!!!!」
マッハを超えた友実の拳を喰らい、友実の背後から突然襲い掛かってきた敵は、季節はずれの入道雲へと消えた。友実は変身済みだった。登校時から尾行されていることは察知できていたのだが、万が一の人違いという可能性があるため、自分からは攻撃しなかった。攻撃を受けたのは予想通り。次いつ仕掛けてくるか解らない、というタキアーの言ったとおりであった。
なお、理論上パンチの速さはマッハ46647まで出る。