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太陽戦士マーブルサンシャイン  作者: アルドニコフ・E・マクバレー
第1話
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01-01.いじめられっ子とぬいぐるみ

 友実が泥水を味わうのは十日ぶりだった。あの時も同じ様に帰り道の公園で、違うところと言えば、今日は雨がもう止んでいて、少し砂場に近い場所だということくらい。突如発生する理不尽なイベントだが、慣れた顔で起き上がる。制服に染みた泥水は冷たく不快だが、どうしようもないのでそのまま歩き出す。


 友実は今日もいじめられていた。


 友実の家は一軒家。寂れてなければ大きくもなく、良くも悪くも特徴のない町の、住宅街の片隅にある。


「ただいまー」


 帰ってきたことを家族に伝えるように発すれば、玄関を開けて靴と靴下を脱ぎ、そのまま風呂場へ向かう。居間を通り、台所を抜けて、途中で夕食を作っている母とすれ違い、二度目のただいまを言う。母、恵実はおかえりなさいと返事をした。


 友実はシャワーで泥を落としながら、自分の名前について考える。待雪友実。友達がたくさんできるように。だけど、友達なんて、一人もいない。シャワーの下に置かれた鏡をなるべく見ないように下を向く。大きめの釣り目は、ただでさえ小さい瞳を強調する。友実は自分の目が嫌いだった。くすんだ深緑色の短い髪を伝って、シャワーが小さい滝になる。幸い体つきは平均的であったが、首から上のせいで痣は耐えない。頭にシャワーを浴びながら、少しの間ぼーっとしてみて。友達はいないけれど、あたしは今、まあまあ幸せなのだと言い聞かせるように考え事を振り払い、シャワーを止める。でも少しは助けを求めたい。雪を待つのではなく、あたしは今、雪融けを待っているのかもしれない。


 シャワーを終えた頃には、夕食は既に出来ていた。髪を乾かすタオルを首に巻きながら、居間の椅子に座る。向かいには母親。


「いただきます」


 二人一緒に両手を合わせて食べ物に感謝する。子供の頃の教えは今も守る。しばらくののち、沈黙は破られた。


「友実、今日の制服、どうしたの?」

「ごめん、また転んだ」

「ボランティアもいいけど、あまり汚しちゃダメだよ」

「うん……気を付けるよ」


 地域清掃のボランティアをしていると、母には嘘をついている。時々こうやって汚れる服の説明のため。実際は18時まで図書室で本を読み、頃合いを見計らって家へ帰る。それでもいじめは止まないので、いちいち感情的になるのを諦めて、何も考えないことにした。

 その後は今日の勉強の話、ご近所の話をお互いに交換して、夕食は終わった。今日はサンマの塩焼きだった。



「………………」


 パジャマ姿の友実は、無言でベッドの上をごろごろ転がっていた。食後のこの時間は脳内で鬱憤晴らしをする時間と決めている。あたしがもっと強ければ、華麗に身をかわして、逆に相手を泥水の上に突き飛ばしてしまうのに。いじめを受けた日は必ず、出来もしない妄想でストレスを発散していた。できないというのは意識の問題だ。その気になれば教室で、主犯を椅子でぶん殴るくらいは、できないことはない。しかし、そのあとは確実に自分が悪者になってしまうことや、根本的な解決にはならないこと、母に迷惑をかけること、そんな思いが巡りめぐってしまい、衝動を押さえているだけだった。思春期特有の病気に近いのかとふと思いつつも、客観的な立場で否定してみたりもするが、結局思うだけで行動に移せないそれは、同じようなものなのではないかという考えに終着していた。



・・・・・・



「……?」


 次の日、それまではなにもない帰路の途中、友実は不思議な出来事に遭遇していた。アスファルトの道の途中にぬいぐるみが落ちている。ただの落とし物と思えばそれまでだったが、わずかに動いたように見えたそれは、その考えを払拭させた。

 見たこともないキャラクターだった。寝る前に漫画を読むのが日課の友実でも、手に取ったぬいぐるみがどの作品に出ているのか、判らなかった。どこかのオリジナルキャラクターだろうか、考えを巡らせつつ家につく。何となく持って帰ってきてしまった。こんなところを見られたらまた、これをネタにいじめられるのかとも思ったが、明日にでも念のために交番に届ければいいかと、気にしないことにした。


 勉強机にぬいぐるみを置き、パジャマ姿で椅子の上から訝しげに睨み付ける。ふざけた顔のライオンに似たその黄色いぬいぐるみは、どこか殴りたくなるような、守りたくなるような、不思議な気分にさせた。


「んー……女子中学生に行き倒れのぬいぐるみ、か。アニメの世界ならあたしは来年の今ごろヒーローになってたりするんだけど」


 そんな不思議な話はないよね、とぬいぐるみの頭を2,3親指で撫でると、友達もいないし戦隊はあり得ないなーなどと思いつつ、ベッドに座った瞬間。


「いいや! 君は選ばれた戦士だよ!」


 友実はただでさえ大きい目を見開きながら、とっさに部屋のすみに避難していた。


「なんで逃げるんだい?」

「だ…だってっ…ぬっ、ぬいぐるみしゃべったら普通驚くでしょ!?」


 不思議そうに尋ねるぬいぐるみを、恐怖の対象としてみやる。友実は腰が抜けてその場から動けなかった。お前は一体何者なのか、これはどういうことなのか、とりあえず自分に害がないことを確認するべく言葉を連ね、質問攻めにする。


 「私の名前はタキアー。銀河を越えてこの星にやって来た天才博士さ! よく聞いて。この星を我が物とするべく、悪の宇宙組織が動き出している。私はそれを止めるためにこの星に来たんだ。やつらを止めるためには力で追い払うしかない。その力を持つのは君とその仲間の五人だけなんだよ! 私が作ったこの指輪を嵌めるだけで、何のリスクも無しに力を100倍にまで高めることができる! これさえあればやつらを止めることができるんだ。簡単でしょ?」


 自慢げに語るタキアーをなおも疑う目で見る友実。


「いや、さっぱりわからない……」

「何が?」

「何がって……全部だって! そしてね、人違いだから! たぶんそのヒーローってのがいたとしてもあたしじゃないから!」


 自慢にはならないが、友達のいない友実には、仲間などと呼べる人間は周りにはいない。強く否定するのも、面倒ごとに巻き込まれるから……という理由ではなく、本気で自分だとは思わないからだった。


「いーや君だね! 私の作ったセンサーに狂いがあるはずかない! 君はこの星のヒーローになるんだよ!」

「話聞けっつーの!!」

「友実、どうしたのー?」


 大声で言い合っていると、様子を伺いに恵実が部屋に入ってきた。


「あっいや……! ぼ、ボランティアでさ! 劇やることになっててっ……! その練習だよ、練習!」


 慌ててタキアーの口を押さえるとを背に隠し、ベッドを背にして言い訳する。


「あらそうなの。練習もいいけどご近所に迷惑かけないようにね」

「うん! 大丈夫だから…ほらお母さん練習するからあっち行った行った! 恥ずかしいんだから!」


 半ば強制的に恵実を部屋から追い出すと、友実はタキアーを握りながら睨み付ける。


「……声出すんじゃないぞ? 今なら見なかったことにしてあげるからさっさとどっか行けっ」


 言い放ち、窓から投げ飛ばそうと腰をあげた瞬間、


「……。きーみがー納得するーまでー! やめないーー!! あー! あー!!」


 大声で抵抗し始めたタキアーを慌ててベッドのなかに突っ込むと、友実も観念したのか、ぐったりした顔でタキアーに降参した。


「……わ、わかったよ……わかった。とりあえず話くらいは聞くから……おとなしくして……」


「察しのいい子供は好きだよ。よし、それじゃあどこから話そうか」


二人暮らしと一匹(?)の夜は、今日、特別にとても長いものとなった。

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