第8話 狂乱の悪魔
※少々残酷描写がありますので、ご注意下さい。
9/23 誤字脱字修正しました。
「はぁ、はぁ…ッ!くッ!」
採取依頼で訪れる洞窟にて、僕はとあるモンスターに追い詰められていた。
剣も折れた。心も折れそうだ。
セイラさんから頂いた剣も、ミリアから託されたナイフも、使い物にならなくなってしまった。
足はズタボロだ。全身という全身から出血しており、万が一このモンスターから逃げることが出来ても時間が経過すれば僕はいずれ死んでしまうだろう。
僕の前には、人間など容易に両断出来る大剣を持つ悪魔の様な容姿のモンスター。
モンスターは自身の倍以上もある大剣をまるで直剣の様に軽々しく振る為、僕が太刀打ちなど出来るはずもなかった。
「ごめ、ん…」
誰かに謝罪すると同時に剣は振られ、僕は容易く頭から真っ二つに両断された。
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………………………
………
…
「ッ…!」
夢?さっきのは夢だった?なんだか気持ち悪い。
目が覚めた途端、跳ね起きる様に上半身を起こすとすぐに今は朝なんだと気づく。
モンスターに殺される夢、これが所謂悪夢というものなのだろう。
奴隷時代でもこういうのは何度も見たのに、まだ慣れない。やっぱり恐怖というものは捨てられないのか。
そんな寝覚めが最悪な状態で、ベッドから起き上がりすぐに部屋を出ていった。
部屋を出て向かった先は、宿屋の近くにある井戸だ。
井戸で水を汲み、それで顔を洗ったりして目を完全に覚ます。
多少寝覚めが悪くとも、これでなんとか改善出来たハズ。悪夢は忘れよう。
◇
猪云々から七日後経った今でも嫌がらせは続いている。
ある時は出会い頭に数人に蹴られたり、ある時は小石を何発も投げつけられたりと。
僕とあまり変わらなさそうな少年少女の6人のパーティーで、暴力関係は少年4人から、悪口は少女2人からが多かった。
嫌がらせと言っても、奴隷時代よりかは幾分かマシな為、平気な顔で流したり無視している。
そんなに痛くもないからね。痛覚が鈍ってるというのはこういう時に活かされるのか。
そして今日もギルドにあのパーティーがいるのかと、少し面倒そうに思いながら支度をする。
一日くらい休んでも良いくらいにはある程度所持金が集まったのだが、やっぱり強くなる為にも出向いた方がいいだろう。
「はい、今日のお弁当」
「いつもありがとうございます」
朝、出掛ける際にユニさんは見送りついでに昼食用の弁当を持ってくる。
いつもの様にありがたく受け取ると、僕は軽く手を振って出発した。
「バッグとか必要なのかな…」
通りすがりの冒険者達を見掛けた時、その人達が背負っているバッグに注目する。
一応、今はウエストポーチで事足りているのだが、いざという時にやはり必要なのだろうかと考えさせられる。
しかしバッグを入手したとして、武器を装備する箇所に困る。
今は背に一本、元々使っていた剣を背負い、腰にセイラさんから授かった剣を装備している。
ミリアからのナイフは、変わらず足ベルトだ。
「…要らないかな」
色々考えはしたが結局必要ないという考えに至り、冒険者達に構わずギルドへと直行した。
「あ、ルーア君。おはよう」
「おはよう、ございます」
ギルドに到着すると、カウンター付近で作業していたセイラさんがすぐにこちらの存在に気づいた。
周りを見渡してみるが、どうやらあの少年少女パーティーはいないみたい。
しかし、人との会話もある程度慣れてくると本当に話し易い。
今はミリアから文字等を教えてもらえない状況にあり、本で学習しているのだがなんとなく成果が出てるんじゃなかろうか。
「今日も一人?あんまり無茶しないでね」
「はい、気をつけます…」
軽い挨拶と会話を終えると僕は依頼書を確認しに行った。
当然の如く討伐依頼はなし。ランク白は辛いよ…。
仕方なく今日も採取関係の依頼を受けることにし、依頼書をカウンターまで持って行った。
内容は食材として有名らしいエンテノ草の回収。
なんでも、サラダや炒め物に使われるらしい。
採取出来る場所は街から割と通く離れている『ケルブムの谷』という場所とのこと。
1、2時間掛ければ行けるのかな。
念の為にセイラさんに確認したら徒歩2時間で着けるらしい。
別ルートを使えば、1時間で行けることも教えてくれた。
早速そこに向かおうと建物から外へ出ようとしたその時、僕は何かに足を引っ掛けてしまい勢い良く転んだ。剣の重さも相まって、少し滑る様に転んだのか右頰辺りがヒリヒリする。
そんな中、後ろで聞き覚えのある声で笑う集団に気づき、どんな人なのかある程度予想した状態で振り返る。
するとやはりというか、あの嫌がらせをしてくるパーティーだった。
「そんな急いで大丈夫かぁ?まーたどっかの獲物を横取りしようとしてんのかよ」
「ってか、そんな装備してないで辞めたら?邪魔なんだけど」
色々と罵倒はされるが心に響くわけもない為、あっさりと聞き流せた。
そのパーティーに構わず、ゆっくりと立ち上がっては、僕は目的地の場所へと向かった。
途中、後ろから石を投げられたのは言うまでもない。
◇
「ふぅ…ここら辺りなのかな」
セイラさんに教えてもらったルートに辿って進んでくると、近くで滝の流れる音が聞こえ始めた。
地図的には合ってそうだけどーーーと、地図と照らし合わせながら滝の近くに来てみると、そこには巨大な流れる滝とそびえ立つ高い岩の壁という光景が広がっていた。
何か目印になるものはと辺りを見渡すと、岩石群が並んであるのが発見でき、谷の特徴として岩石群という単語があった為、どうやらここがケルブムの谷らしい。
問題は目的のアイテムであるエンテノ草なのだが…。
「あ、あんなところに…」
なんと、滝の頂上付近に生えているのである。
つまり、依頼書は僕にこれからこの壁を登って取りに行けと言っているのである。
これ本当にランク白の依頼なのか?と少し疑問に思いながら、不慣れながら壁を登ろうとする。
生憎崖など登った経験は全くない為、当然崖登りは困難を極めた。
迂回とかすれば良かったのかと多少後悔しながら、ゆっくりと登っていく。
が、コートが災いしたのか、高所で吹く風が予想より強くコートの布が暴れて落ちそうになった。
「ッ!!ぐ、ぬぅッ!!」
風に必死に耐えながらゆっくりと登り進めていき、よくやく登り終えた時にはもうヘトヘトになっており、暫く動けない程だった。
しかしその分、言い表せない程の達成感と感動は凄まじかった為、容易に疲れと相殺できた。
幸いエンテノ草はそこまで少ないわけでもなく、結構な数で群生していた為すぐに必要個数まで回収できた。
小一時間頂上で休んでいると、ユニさんから頂いた弁当を思い出した為、少し早いが昼食を摂ることにした。絶景を眺めながら食事をするのはこんなにも格別なのか。
奴隷時代に味わえなかったことだから余計万歳。
食後は滝の水で喉を潤すことにした。
下に降りた方が幾分か都合が良い為、下に降りようとするのだがまた危ない目に遭うんじゃないだろうかと心配していたのだが、意外にもあっさりと下に降りることが出来た為拍子抜けした。
滝の水はそれ程汚いわけでもなく、普通に飲むことが出来るくらいに綺麗だ。
試しに飲んでみると、身に染みる程冷たい水はあっさりと喉の渇きを潤してくれた。
「ギルドに戻って報告かな…」
依頼がひと段落ついた僕は、喉の渇きも潤したことでギルドに帰還することにした。
ルートは覚えたし、迷うことなく帰れるだろうから少し寄り道でもしようかな。
そう思って出発した矢先、どこか遠くから少女の悲鳴が聴こえた。
「…?」
声がした方向に顔を向けるが、特に見当たらない。
依然として悲鳴が聴こえるが近くに洞窟でもあるんだろうか。
何なのか確認しようと引き返し、先程の滝付近とは別の場所に訪れる。
木々に囲まれ、どこかに洞窟がありそうな雰囲気はしてるが…。
『誰か助けて!!』
距離が短くなった所為か、先程の悲鳴がハッキリと聴こえた。
すぐに助けを呼ぶ声の方向へ走って向かうと、段々と他の人間達の声も聴こえてくる。
どことなく聞き覚えのある声だった。
『誰かぁ!誰かぁ!』
『くそッ!!聞いてねぇよこんなの!!』
『足がぁ!!俺の足がぁ!!』
近づく度に聞こえてくる叫びからして、かなり悲惨な状況にあるみたいだ。
非力な自分が行ってどうにか出来るのかわからないが、近くを通った限り助けないわけにはいかない。
死人は極力出したくないのだ。
「ッ!ここかッ!」
声のする方向まで走って来ると、ようやく洞窟を発見し中へと入る。
洞窟内は鉱石の間から出る謎の青い光源で照らされている為、迷うことなく進めた。
急いで救助に向かうと拓けた場所に辿り着き、奥で何やら大剣を手にした巨体のモンスターとそれに追い詰められた6人の少年少女がいた。
よく見ると、そのパーティーはあの嫌がらせを行ってくるパーティーじゃないか。
しかも、その内の一人、小太りの少年の右足が膝から先が無くなっている。
モンスターが手にしている武器にその少年の物と思われる血液がついている為ある程度予想は出来る。
「!(どうする!助けるかッ!?だけどあの6人は…!)」
離れた位置で、あの6人から受けた嫌がらせを思い出すと助けることを躊躇ってしまう。
生憎僕は彼らを許せる程善人じゃない。だけど、このままだと自分の目の前で死体の山が出来てしまう。そう思っていた矢先、僕は無意識のうちに走り出しており、背中の剣を抜いていた。
「くそッ!」
多少不満に思いながらもモンスターの前に立ち、彼らを守る様に身構えた。
その姿を見た6人は僕に対して驚いている。
「なッ!?お前!!?」
リーダー格の様な少年は驚きながら剣を取り出し、モンスターではなく僕にその刃を向けた。
向ける矛先が違うだろう、こんなピンチな状況なのに。
「早く逃げてッ!僕が凌ぐからその間にッ!!」
「はぁ!!?お前なんかが相手に出来るわけねぇだろ!!」
「なら逃げるついで誰かに知らせてッ!!その間僕が凌ぐから!!」
彼らにそう伝えると、リーダー格の少年は何かを決意したかの様に立ち上がり仲間達を連れて洞窟の外へと逃げていった。
当然モンスターは逃げる彼らを追う為、僕はモンスターの前に常に移動し足を止める。
この間にモンスターを観察してみると、なんと悪夢に出てきたあの悪魔の容姿をしたモンスターとソックリではないか!
持っている大剣も大きさといい形といい、まるで夢の中から出てきた様である。
「正夢ってやつなのかな…!」
モンスターは大剣を大きく振り被り先制攻撃を仕掛けてくる。
振りはかなり速いし、風圧も凄い。正直、風圧だけで吹き飛ばされそうだ。
それを寸前で躱し、出来た隙に攻撃を仕掛ける。
が…。
「ッ!?硬過ぎる!!」
まるで巨大な岩石にでも攻撃しているかの様に、モンスターの肉は硬かった。
思わず怯んでしまった僕は、モンスターの蹴りを受けてしまい壁に勢いよく叩きつけられる。
「ッ!!?」
腹部を直撃した為か、地面に倒れると同時に胃の中の物が全て外に漏れ出してしまう。
加えて吐血もしてしまい、手で口を押さえこれ以上出血しない様にした。
モンスターはその間にかも攻撃を仕掛けてくる為、大きく振られた大剣を回避は出来ず剣で防御した。
しかしそれも虚しく、剣は刀身の半刃辺りからあっさりと砕け散る。
攻撃の勢いは依然として変わらず、僕はギリギリで回避はするものの、風圧で吹き飛ばされてしまった。
「くッ!くそッ!」
なんとか力を振り絞って立ち上がり、砕けて折れた剣をそこらに投げ捨てた。
そして、セイラさんから頂いた剣を右手に、ミリアから託されたナイフを左手に装備し構えた。
「いっつ…!…ここで諦めたら、終わりなんだ…!」
自分が時間を稼がなければ、助けは来ないしモンスターは彼らを追って彼らを殺すだろう。だからここは僕がなんとかしないといけないんだ。
例え、非力でも、ランク白でも、誰からも嫌われようとも、ここで退くわけにはいかない。
そんな思いが僕にこの化け物と対峙する気力を与えてくれた。
「…!ハァッ!!」
今度は僕から先手を打ち、攻撃を仕掛ける。
モンスターは回避することなく攻撃を受けるが、やはり肉が硬いせいが擦った痕の様なものしか出来ない。
対してモンスターは、こちらに隙が出来ると絶え間ない攻撃をしてくる。
あの大剣の重さを物ともせず、軽々しく振る為その様はまるで直剣を振っているかの様だ。
「ぐッ!(攻撃はなんとか回避できる…!けどこっちの攻撃が…!)」
モンスターからの攻撃は受け流したり、工夫して回避するなどしてなんとか凌いではいるが、どうしてもこちらの攻撃が届かない。
どうしたものだろうか。
と、考えながら戦っていると、目の前を疎かにしてしまい僕に隙が出来てしまった。
モンスターはその隙を突く様に僕の左腕を掴み、そして力強く握り締める。
「ッ!?ぐ、ああぁぁぁああ!!!!」
メキメキと音を立て、想像を絶する激しい痛みと同時に指先から感覚がなくなっていく。
そしてモンスターはそのまま僕を振り回し、奥の方へと勢いよく投げ飛ばした。
壁に激突した僕は地面に倒れると、左腕を押さえながらゆっくりと立ち上がった。
付近に落ちたナイフを、ズタボロになった左手で回収し痛みを堪えながら再び構える。
正直、今にも逃げ出したい気分だ。何で僕がこんな目に遭うんだろうと自分を責めたくなってくる。
このモンスターは恐ろしい。僕は非力だ。勝てるわけがない。
「はぁ…はぁ…つッ!」
意識が朦朧として来ても、モンスターは攻撃の手を休むことはなかった。
僕は少しでも意識を保ち、奮闘し続ける。
いずれ来るであろう助けを待ちながら。