第7話 受難の連続
「…君のこの先が気になるよ。自分の思うように進むんだ、ルーア君」
柔らかい白色に満ちた心地の良い空間、その中で地上の姿を見下ろす者、神と呼ばれるその者は一人の少年に向けて見守る様に呟く。
その姿を後ろから見張るかの様に見詰める者が一人。背には大きく、そして純白な翼が生えており神秘さを感じさせる。
「神よ、随分とその忌み子が気になる様で」
透き通る様な女声で神の様子を尋ねた。
「ウリエルか。大天使がこんな所にいてもいいのかい」
「それは神も同じこと。態々そんな姿にまでなり、あの者を転生させるとは」
大天使の一人であるウリエルは、若干崩れた態度で訴えるかの様に返答する。それに対して神は笑みを浮かべ、顔をウリエルに向けた。
「相変わらず君は厳しいな。私はただ見たいんだよ。あの子の先を、可能性をね」
「忌み子に可能性などありません。例えあったとしても、その殻や壁を破れるだけの力がなければ無駄に終わる」
「…だから見たいんだ。彼が、彼らがどんな運命を辿るのかを」
神は見守るかの様に、優しく落ち着いた表情で地上を見下ろし続けた。
◇
「ッ!ハァッ!せいッ!…ふぅ、このぐらいかな」
今日から始まる日課の一人鍛錬。
いつもはミリアに稽古をつけて貰うのだが、暫くの間無理だろうし一人で素振りとかをすることにした。
早朝に起きて早速やってはみたが、意外と気怠い感じはなかった。
それから少し休んで、すぐに走り込みをしたのだが、身体が異常に軽く今なら本で読んだバク転とか出来るのでは?と思い、走り込みを終えてすぐにやってみたら割と簡単に出来たことに自分自身、大変驚愕した。
「こんなに運動とか…出来たっけ…」
以前ならまだしも、奴隷時代の時はまず出来ないと豪語出来る。
そもそも、石が十数個しか入っていない木箱すら持ち上げられなかったのに。いつの間にこんな身体能力を身につけたのだろうか。
取り敢えず今はミリアのお陰ということにしておいて、鍛錬を終えて宿屋に戻った。
「あ!ルーア君、おはよ〜」
「おはようございます…」
宿屋に戻ると、洗濯物を干し終えたユニさんが厨房に向かう所に偶然遭遇する。
因みに最近気づいたこと、顔を露出しても割と平気なこと。ただし確証はない。
「今日も早いね〜今から朝食作るから待ってて」
「!えっと、僕も手伝います…」
なんとなく何もせずに待つというのをしたくなかった為、ユニさんの手伝いをすることに。
手伝いと言っても簡単なことしか出来ない。テーブルにフォークやスプーンを用意したり、完成した朝食を並べる程度だ。
「えっと、いただきます」
「はい、いただきます」
合唱を終えて完成した朝食を食べ始める。
実のところ、この『いただきます』の意味がわかってない。というのも、ユニさんの故郷では必ず食事の前にこれを言ってから食事をするのだとか。
どんな場所なんだろう、一度行ってみたい。
そんな奴隷時代に叶わなかった好奇心を仄かに駆り立てながら想像する。
食事を終えたら再びユニさんの手伝いをすることに。
食器の洗い物なら僕でも出来る。そこで昨日のことを思い出した。
ユニさんがミリアの紋章を見たという出来事のことを。僕はそれに関係することについて通回しに尋ねてみる。
「ユニさんって…その、ミリアと仲が良いですよね。どうしてですか…?」
そう尋ねてみるとユニさんは「んー?」と食器を洗い続ける。
「そうだね〜、少し前のことなんだけどね。ミリアちゃんに助けてもらったことがあるんだ〜」
「助けてもらったこと…?」
「うん、盗賊に襲われててね。そこをミリアちゃんに助けてもらったの。そこからかな〜」
何故盗賊に襲われていたのかは敢えて聞かず、そのままユニさんの話を聞く。
「ミリアちゃん、時々無茶しちゃうからさ。私を助けた時もそうだよ。一人で何人もの盗賊と戦うんだかかさ〜」
「そうなんですか…」
「うん。誰も守ってくれないからって、一人で頑張ってる。だから支えてあげたいんだ〜。それに初めてのお友達だからね。だから、嫌いになんかなれないよ。ずっと好きで、仲良しでいたいかな」
ユニさんの話を聞いてなんだかほっこりする。
僕にもそんな人が出来たらな〜とか羨ましく思ったり。そんな時、急にユニさんは手を止め顔をこちらに向けた。
「だから、ミリアちゃんを守ってほしいんだ、ルーア君には。私じゃ守れないから」
「え…?」
突然のその願いに僕は固まる。
まだ彼女と出会ってそこまで経ってない上に、素性も知れない者に頼むのだから。
「この前みたいに、ミリアちゃんを助けてほしいの。ルーア君がいると安心するからさ」
「……僕に、出来るのかな…僕はそんなに強くないし、ミリアに助けてもらってばかりだから…」
自身なさげに僕が答えると、ユニさんは微かに笑った。何故笑うのかと僕は疑問に思いながらユニさんを見る。
「ごめんね。ところで、ルーア君は何かになりたいとかあるの?」
「え…?…いや、ないです…まだ決まってないというか…」
実際ギルドの依頼をこなしているのも生活の為であって、別に何かになりたいとか目指したいとかは特にない。水晶の色も拘りとかはなく、出来たらな〜って程だ。
「そっか〜。思い切って''英雄''になるとかどう?かっこいいと思うんだ〜」
英雄なんて僕には全く似合わないものじゃなかろうか。本とかで読んだりしているが、どの人物も偉大過ぎる。
「英雄なんて…僕には勿体ないです」
「そんなことないと思うな〜。私にとって英雄は、誰かを大切にしてくれる人だって思ってるの。評価とか活躍とかじゃなく、純粋に人を想える人。だからある意味、ルーア君は私にとって英雄かな〜。大切なミリアちゃんを助けてくれた人だからさ」
「そんなことないですよ…」
何かを目指すなんて前は考えたこともなかったけども、僕にはもう縛る程の首輪も枷もないし、自分の思う様にやろうかな。
そんな風にユニさんの話を聞いて考えを改めた。
◇
「と、言っても…大して強くもなんともないんだよね…」
とある洞窟に依頼で赴いた際、中に入った途端にそう呟いた。
洞窟内を歩いていると、淡い青い光が壁に見え始め出口が見えない程に奥に進んでも暗過ぎことなく十分に辺りが見渡せた。
前回来た時はそんなに奥まで行かなかった為、全く知らなかった。浮かない気分で依頼内容にある『黄色雫石』という物を拾っていく。
「これか…」
絵に描いてある様に黄色の石を発見する。
聞くところによると傷薬の材料になるらしく、簡単に砕くことが出来るらしい。取り敢えずミリアの治療にも使えるかもしれないし、幾つか持って帰ろう。
幸い、そんなに珍しいわけでもなくそこらに落ちていた。
「本にあったし、積み重ねが大事なのかな…」
拾った雫石を眺めながら呟く。仄かに透き通っていて、磨けば綺麗になるんじゃないだろうか。
そんな時、僕は背後から近づく気配に気づく。
狼の様な唸り声を上げており、ゆっくり振り向くとそこには猪の様な生き物がいた。
歯並びが良いが涎を垂らし、鋭く豪快な牙を兼ね備えており、明らかにこちらを捕食対象にしているのが伺える。
「なッ!!?」
急に突進してくる猪の攻撃に衝突し思わず吹き飛ぶが、なんとか受け身を取りすぐに剣を構えた。
猪の大きさは僕のおよそ2倍程の大きさだ。今さっきの突進でもかなり衝撃が強い。あまり喰らわない様に立ち回らなければ。
グォォォォォ!!
とても猪とは思えない様な雄叫びを上げると、猪は再度突進してくる。
突進自体の速さは一級品であり、トカゲの素早さが丸々猪に追加されたみたいだ。僕は髪一重で受け流すと同時に攻撃を加え、少しずつ攻めていった。
ミリアとの稽古である程度は慣れている為、相手の動きが遅く見える。
「ッ!ハァ!」
隙が出来たら攻撃、隙が出来たら攻撃を少しずつ相手の体力を削る。
しかし、使っている剣の刃がボロボロに刃毀れしているのと、思っていたのより猪の肉が断ち難いのもあって、中々に苦戦する。
結局猪との対戦は20分以上続き、お互いボロボロになり勝利は僕が得た。
「はぁ…はぁ…た、倒した…」
剣もボロボロ、自分も傷だらけでヘトヘトだ。その場に座り込み、暫く休んでから猪や依頼をギルドに報告することにした。
◇
「えぇ!?あの''人食い猪''を一人で倒したの!?」
見知った顔の女性係員、セイラさんに猪のことや依頼達成の報告をすると、突然周りにも聞こえるくらいな声量で驚かれる。そんなに珍しいのだろうか。
「しかもランク白の人が…どういうことなの…」
あの猪は人食いらしく、かなり獰猛で慣れた戦士でも手を焼くとのこと。その為、討伐依頼を出されていたのだが、なんとランク青以上対象らしい。
時間を掛けて倒したんだけど、これで良かったんだろうか。
◇
翌朝、僕は再び浮かない顔で朝を迎えた。
猪を狩った日、ランク変動とかあるのかと仄かに期待していたのだが、実は先に猪討伐の依頼を受注していたパーティーがいたらしく、僕はそれを横取りしたことになった。
別に悪気はなかったんだが、倒してしまったのは仕方ない為受け取った報酬などは全てその方々に。そしてそのお返しとして、嫌がらせを受ける様になってしまった。
お陰でランク変動どころか、いらない手土産を持たされたよ。
忌み子が悪い印象を抱かれると途端にこんなことになるんだと改めて思い知った。
「はぁ…今日も頑張ろ…」
起きて早々出掛ける準備を始めようとベッドから起き上がる。
今日の鍛錬はなし。こういうのは日々の積み重ねが大事らしいけど、今の僕にはそれをやる気力が湧かない。
こうやって人はサボったり、怠けたりするのだと本に書いてあった。
「もう出掛ける支度してるのね」
溜息をつきながら出掛ける支度をしている際、ベッドで眠っていたミリアが突然話掛けてくる。
「あ、うん…今日は早く出たくてさ」
「…そう。気をつけてね」
「……?」
彼女はそれ以上何かを言うことはなく、僕は少し不思議に思いながら支度していった。
剣を背負い、ミリアから貰ったナイフを脚ベルトに装備し終えると、特に何も言わずそのまま出て行こうとする。
するとその時、後ろから「ルーア」と僕を呼ぶ声がしすぐにその方向に顔を向けた。
「…?何、ミリア…?」
彼女の方を振り向くと彼女自身も浮かない顔をしている。
「…無理に、私の事気にしないでいいから」
ミリアはそれだけを僕に伝えると再びベッドに横になった。
どういう意味かイマイチ理解出来なかった僕は、頭に疑問符を浮かべながら部屋を出ていく。
ギルドにやってくるなり僕は真っ先に依頼書が貼ってあるボードの元へと近寄る。
最近は採取関係の依頼ばかりで、討伐関係の依頼をあまり受けられていない。ランク白には討伐は無理があるらしい。
そこは確かにその通りだろうけど、少しは討伐依頼を増やしてはくれないだろうかといつも思う。
「今日はいつもより早いね」
ボードの前で悩んでいる僕の横からセイラさんが話し掛けてきた。この人、こんな早い時間からでも仕事してるのか。
「は、はい…ちょっと気分を変えようって思って」
「ふ〜ん、そっかぁ。あ!そうだ。ちょっとこっちに来て」
「はい…?」
急に奥の部屋へと連れられ中に入るようにと言われる。木箱の中身を漁り始めた為、一体何なのかとセイラさんの手許を覗いた。
「えーっと、あ、あった」
「…?」
何やら武器が入っている木箱の様だが、何か見つけた様でこちらに振り返る。その手には僕が背負っている剣より強固そうな剣が持たされていた。
「これあげるよ。今ルーア君が装備してる剣ってボロボロでしょ?何かあった時に大変だから少し古いけどこの剣をあげるよ」
「え…!いや、そんないいですよ…!第一、剣の料金を払える程の金なんて持ってないですし…!」
差し出される剣をそう答えて頂くのを遠慮すると、セイラさんは途端に笑みを浮かべる。
「元々これは事故で亡くなった戦士の方が装備していた物なの。ギルドはそんな亡くなった方の装備を回収して預かることもしててね。本来なら遺族とかに返すんだけど、時々遺族がいなくて倉庫に眠ったままの武器とかあるの。これもその一つ」
「…そう、ですか」
それだと以前の持ち主はどんな人だったんだろうか。
刃毀れはあまりしておらず、刀身はまだ綺麗だ。つい最近手入れされたかの様に刀身に僕の顔が映る。
「だからずっと倉庫で眠るのは可哀想だからさ、ルーア君にこれ、使ってほしいの。代金の事は考えなくていいよ。責任は私が持つから」
「!…ありがとう、ございます。大切にします、ね」
「うん、お願いね」
剣を受け取った僕は、背にもう一方の剣と交差する様に装備した。
重さ自体は今までの剣よりも断然重く感じたのだが、何故か身軽に動ける程重量に左右されなかった。
敢えて言わせて貰うなら僕の体重が軽過ぎるせいか、剣達の重さで少し苦しい程度。
「ルーア君を見てると、何かほっとけなくてさ。つい手助けしたくなるの」
「そ、そうなんですか…」
ほっとけないとか手助けしたくなるとかの単語を聞いて少し照れくさくなっていると、セイラさんは突然僕を強く抱き締めてきた。
「可愛いなぁもう!」
「!?」
普通に抱き締められるならまだしも、当たる箇所を優しく包み込む様な柔らかい胸に抱き締められた影響で埋もれてしまっては呼吸が出来ず苦しいばかりである。
締め付ける様にセイラさんはさらに強く抱き締める。
「頑張ってね、応援してるから」
「ん…!んん…!」
ようやく解放された時には僕は呼吸が出来る大切さを身に染みてわかった。
本には「女性から抱き締められるのはご褒美である」とか何かの本で書いてはあったけどあれがご褒美ならただ単に苦しいだけだと思う。もしくは僕はまだ経験がないからわからないだけなのだろうか。
どちらにせよ、剣を頂いたことはちゃんと感謝して、その場で彼女と別れ依頼に向かった。
人喰い猪の報酬は金貨2〜3枚相当で、その他の報酬としてその猪の肉が与えられます。
この猪だけで当分生活していけるらしいですよ。
亡くなった方々の遺品は武器だけでなく防具やアイテム、所持金など様々な物があります。亡くなる方々は大体単独で行動する人達が殆どな為、それを恐れてパーティーを組む人も多数存在します。