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嫌われ者の快進撃  作者: 異夜
第一章 快進撃の始まり
3/33

第3話 ギルド、そして生活

9/13 後書き追加しました。

2023/3/03 大幅改変いたしました。

 

「…はぁ。」


 ここ中立都市ミニールにて、人々の動きが活発になり始める朝方に、僕は密かに不満気な溜息をついた。

 目の前には、昨夜出会った可憐な少女ーミリア・マーク・ブラーケがいる。どういうわけか、僕はこの少女のお供をすることになったのだ。




 昨夜---。





「単刀直入に聞くわ。貴方、呪いの紋章持ってるわね。」


 彼女の言葉に僕は耳を疑い思わず息を飲んだ。紋章自体見られていないはずなのに、彼女は疑問すら持たず指摘してくる。その眼差しに、無意識で冷や汗が出そうだ。


「…まぁ、そう尋ねられて''はい、そうです''なんて言える人いないわよね。」


 彼女の言う通り簡単に明かしても、それが事実なのかはわからない。間違っていないだろうが直感なのは変わらない上、相手が否定する可能性もある。彼女は一旦溜息をつくと、どこから話そうかと腕を組んだ。


「昼間、貴方と目が合った時、何故か頭痛がしたでしょ。」

「…う、うん。」

「あれは、面識がなかった紋章同士が近づいたことによる共鳴反応よ。」

「共鳴…反応…?」

「そ、所謂お互いの存在を確かめ合うようなものね。」


 彼女はこちらの方へと近づき、僕の額に人差し指を当てる。その際、ふわっと僕の鼻に彼女の匂いが漂ってきた。花のようで、優しい匂いだ。


「私達は他人とは違う、理不尽に呪われた人種なの。この共鳴だって傍から見れば気持ち悪いと思うわ。体のどこかに刻まれる消えることのない紋章と一緒にね。」


 怒りや悲しみとも取れるような語りを終えると同時に、彼女は僕の額からゆっくりと指を離す。僕は指を当てられた額を自身の右手で撫り、彼女の話を思い返す。そこで僕は気づいのた。私達ということはつまり―――。


「じゃあ、君も…。」

「…紋章があるわ。」


 これは所謂運命のいたずらとでも言うのだろうか。転生してから初日で、自分と同じものがある人物に出会うとはどういった偶然だろう。仲間がいたと喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのか。

 だがしかし、その後に僕から出る言葉はそれとは別の素直な感想であった。


「でも何だろう…意外かなって…。」

「意外…?」


 気づけば無意識に出た言葉に、彼女は明らかに嫌そうな反応をする。地雷を踏みそうだと瞬時に気付き、念のため僕は少し距離を空け、彼女の機嫌を損ねない様に言葉を選んだ。


「いや…その…君って、綺麗だからさ。」

「は?き…き、れい…?」

「うん。その…ほら、僕って…小汚いし…対して君は、その、可愛いから。」


 しっかりと言葉を選んだつもりではあるが、如何せん僕自身があまり人との会話経験がないためどうにも上手く喋ることができなかった。不満を抱いてないかと彼女の顔を恐る恐る伺うと、辺りが暗いせいであまり確認できなかったが、彼女の顔がまるで林檎の様に赤くなっていたのが見えた気がした。

 驚いた表情で固まっている彼女に対して、僕は疑問符を浮かべて尋ねる。


「あの、どうしたの…。」


 そう尋ねた瞬間、彼女は後ろを振り向き「何でもない!」と答えた。やはり何か不満だったのだろうか、どこか間違っていたのだろうかと少々悩む。もう少し紳士に対応できたら変わっていたのだろうと、自身の会話能力を鍛えようという意欲が増した瞬間であった。

 その後、彼女の背中を見詰めてから暫くしてようやくこちらに顔を向けた時、少しは落ち着いたのか表情も柔らかくなっていた。


「…ところで貴方、戦士とか冒険者とかなの…?」


 突如話の内容を変えられ、僕は少々焦りながら咄嗟に「違う」と答えた。そんな大層な者じゃない、職にすらつけていないと話すと彼女は後ろに腕を組み、「ふーん」と口にしながら僕を見詰める。


「今後、それ関係で動きたいとか思ってる?」

「…ま、まぁ…職に就ければ。というか、今お金とか持ってないし…。」


 正直なところ、職に就ければどこでもいいとは思っている。それに昼間の会議を見た際、戦士や冒険者に少々憧れるような感情を抱きはしたし、可能性があるならばそういった道でも良いのではないかとも思う。折角やり直すチャンスをくれたのだ、思う存分謳歌しなければ彼に、神様に申し訳がたたない。

 だがそれとは別に、仕事のための道具や武器、装備も無ければ、そこらの根底にある金がないという、結局はやはり金が必要だと行き着き半ば諦めていた。そんな時、不意に彼女はこちらに手を差し出してくる。


「なら貴方、私について来てよ。」


 身寄りもない、出来ることも少ない僕に、彼女の言葉はどこか惹かれるものがあった。気づけば彼女の提案に承諾し、僕はその手を取っていた。





 そして現在---。



 こうして僕は彼女と行動することになり、今現在彼女の後をついて行っている最中だ。思い返してみたら、何故あの時無意識に承諾したんだと、自分の選択は間違っていないんだろうかと少々疑問に思えてくる。


「…あの、ところで今どこに向かってるの…?」

「ギルドよ。そこで貴方の登録をするの。」


 その話に僕は思わず「えっ。」と呟く。それまで予定などを聞かされていなかった上に、自身が想像していた展開とは明らかに予想外のことだったからだ。


「いや…その、戦いの経験ないんだけど…。」

「どうせ、働き口ないんでしょ。」


 彼女の言葉の針が思いっきり僕に刺さり、弱いところを突かれて強制的に納得させられているように感じる。だがそれとは別に、彼女自身になんだか違和感を感じるような気配があった。


「あの…怒ってる…?」


 なんとなくだがそう聞いてみると突如として彼女は歩みを止め、ゆっくりとこちらに顔半分だけ向ける。どこか不満気にも感じられる表情で、昨夜程ではないが頬を赤く染めている気がした。


「別に、なんでもない…!」

「……う、うーん?」


 やはり昨夜のことで思うところがあったのだろうか。こんな調子で今後彼女について行くなんて、大丈夫なんだろうかと少々不安にもなってくる。改善を図れるならその都度気を付けて行こう。不安を抱いてばかりでは、何も進展しないと自分自身に言い聞かせるように気を引き締めた。

 暫く彼女の後ろをついて行くと、やがて一つの巨大な建造物に辿り着き、彼女は入り口前で歩みを止めた。もしやここが目的地なのだろうか。


「着いたわ、ここがギルドよ。」

「…ここが…。」


 上を見上げ、どれだけ高いのだろうかと探ってみる。明らかに他の建物とは違い、立派な造りになっており、過去拝見したどの建物よりも壮大だと感心した。そんな僕を他所に、彼女は淡々と建物の中へと入っていった為、僕も慌てて彼女の後について行く。


 中に入るとそこかしこに戦士らしき者達がいた。

 立派な大剣を背負う者、強固な鎧に身を包んでいる者、様々な人材がいる。どの人物もギルドとやらで登録し、ここを中心に活動しているのだろうか。キョロキョロと周りを見渡しながら彼女についていくと、女性が待機している受付前で止まった。


「ここで登録するのよ。」


 そう言われ恐る恐る受付に立つと、誰が見ても美人だと口を揃えるであろう女性職員が対応し始める。思わず緊張してしまいそうだ。


「此度はどういった御用件でしょうか?」

「え!?…えっと…。」


 何を言ったらいいのか急に焦り始める僕に、仕方なく手を貸す様に彼女は僕の隣に立つ。


「この人の加入登録をしたいんだけど。」

「ギルド加入の登録ですね。少々お待ち下さい。」


 職員は一礼をし直様その場を離れ、奥にある部屋へと入っていった。僕はミリアの方に顔を向け、礼を言おうと頭を少し下げる。


「あ、ありがと…。」

「いいわ。あんまり長居はしたくないし、スムーズに事を済ませた方が貴方にとっても良いでしょ。」

「まぁ…うん、そうだね。」


 少しして職員が受付の方まで戻ってくると、右手になにやらアクセサリーの様な物を持ってきているのに気づく。

 形からして、十字架と五芒星が重なった様な物で、透明な水晶が添える様に付いていた。何かの証明になる様な物なのだろうか。


「では、お名前を。」

「え…えっと、ルーア・ハエレティクス、です…。」

「『ルーア・ハエレティクス』様でございますね。今から登録の手続きを開始しますね。」

「?」


 職員が受付の引き出しから一枚の用紙を取り出し、羽根ペンと共に僕の目の前に差し出してくる。用紙にはなにやら文字の羅列があり、どういったことが書かれているのかわからない。少々困惑している僕を他所に、女性職員は続けた。


「ギルド内規約に同意いただけたら、最後の空欄に契約のサインをお願いします。」

「さ、『さいん』…?」


 羽根ペンを持ち、用紙に目を凝らす様にじーっと見詰めるが当然文字は読めない。そもそも『さいん』といったものがどういうものがわからない。文字を書くのだろうが、文字が読めないということは必然的に書くこともできない。どうしたものかと、ふとミリアに囁き声で尋ねてみる。


「あの…さいんって、何…?」

「え…?…名前よ、名前。その空欄に貴方の名前を書くの。」


 成る程、『さいん』というは名前のことなのかと思いながら空欄付近にペン先を近づけるが、やはり問題は文字だ。文字を知らないとは中々に不便だと認識した瞬間でもあった。少々申し訳ないが再び彼女に尋ねてみる。


「その…代わりに書いてほしいんだけど…。」

「え!?な、どうして…!?」


 周りが気づかない程度でミリアが驚き、女性職員も疑問符を浮かべている表情だ。僕はそっとペンを置き、申し訳ない気持ちで心一杯にしながら彼女に頭を下げる。


「…文字、書けないんだ…。」

「……。」


 暫くの間沈黙が続くと彼女は何かを察したかの様に代わりにペンを取り、空欄に僕の名前を記してくれた。文字の綺麗さなどわからないが、彼女がスラスラと文字を記す姿が美しいと感じ、多少なりとも羨ましく思う。


「はい、確認致しました。それではこれをお持ち下さい。」


 職員は先ほどの十字架に水晶が付いた様な物を取り出し、丁重に扱いながら僕に手渡しする。

 それを受け取った僕は、光に当てながら眺めた。水晶は透明でとても透き通っており、光を通す度に光を反射していた。


「これにて登録は完了致しました。申し遅れましたが、私は『セイラ・ミリナーン』と申します。もしわからないことがあれば私か、各施設の職員にお申し付けください。今後の貴方のご活躍に期待しております。」


 係員が頭を下げ、僕とミリアの二人は施設から外に出ると、まず始めに僕はこの十字架と水晶について彼女に尋ねる。


「これは…?」

「それは『ギルドシンボル』よ。要は証明道具ね。その水晶を見て。」


 彼女の言う通りに水晶に目をやり、暫く見詰めていると徐々に水晶の色が白く変色していき、やがて透明だったものが全体が真っ白の水晶に変貌した。


「今の水晶の色は白、つまり"最低ランク"ね。」

「ランク…?」

「そ、水晶の色によってランクがあるの。白、黄色、青、赤、銀、金、黒の順でランクが上がっていくの。ランクによって受けられる依頼の難易度が違うわ。」


 説明を聞いて納得した僕は、水晶をまじまじと見詰めながら「なるほど。」と呟く。そこでふと、僕の水晶の色が白なら、彼女の水晶の色はどんな色なのかと気になり正直に聞いてみた。


「君の水晶は、何色なの?」


 彼女は特に躊躇することなく懐からギルドシンボルを取り出し、僕の目の前に翳した。色は綺麗な青一色で、透き通った青に光を反射していてまるで雫を見ているような印象を受ける。


「そんなに功績を上げてないから、まだ青なの。」

「功績…?何かすれば、色が変わるの…?」

「例えば強敵の討伐、大群からの防衛とかね。ギルドにとって評価に値することをやればランクが上がるわ。」


 彼女からその話を聞き、やはり仕事をするのも受注するのも一筋縄ではいかないと改めて認識できた。功績を上げていないと彼女は言うが、そんな中でもランクを上げて仕事をしているのは並大抵のことではないのではと思う。


「これからどうするの…?」

「まずは装備の調達。それより、先に聞きたい事があるんだけど。」


 貰ったギルドシンボルを懐に収め、彼女に今後の予定を聞くとどうやら彼女自身も質問があるようだった。彼女の次の言葉を疑問符を浮かべながら待っていると予想外の質問がやってくる。


「貴方が泊まってる宿屋はどこなの?」

「え……。」


 彼女の言葉に、途端に僕は固まる。僕は今無一文であり、当然だが宿屋に泊まるなんて夢のまた夢の話だ。昨夜も彼女と一旦別れた後、結局野宿して一晩過ごしていた。


「これからは一緒に行動することになるし、一緒の宿屋で泊まる方が何かと便利でしょ。」


 もはや何と言ったらいいのかわからず、僕は黙り込みながら俯く。すると彼女は伺う様に、僕の顔を見ようとそっと覗いてきた。


「どうしたの?」

「……その…今僕、野宿してるんだけど…。」


 その言葉を聞いた瞬間、「えっ」と呟いたと同時にミリアの体が固まり黙り込んだ。僕は苦笑いの表情で彼女からゆっくりと目を逸らす。


「…じゃあ昨日の夜も…。」

「の、野宿、そのまま一晩過ごしたよ…。」


 それを聞いた彼女は途端に大きい溜息をつき、呆れたような目で僕を見据えた。そこはかとなく彼女の視線が痛いような気もする。だが、次に彼女が発した言葉は呆れながらもあまり負の印象を受けるような嫌な言葉ではなかった。


「…仕方ないわね、予定変更よ。ついて来て。」


 彼女に言われた通り、再び後をついていくと一件の宿屋らしき建物に辿り着く。ギルドからはそう通く離れておらず、ここが彼女の拠点ならば利便性は悪くないと感じるような物件である。

 彼女が躊躇なく中に入っていく為、恐る恐る自分も入ってみるとカウンター前に女性店員がいることに気づいた。


「ほら、こっち来て。」


 ミリアに連れられるままカウンター前まで来ると、僕を他所に彼女は親しげに女性店員と会話をし始める。


「あら、ミリアちゃん。もうお出掛けは終わり?」

「いいえ、これからまだ予定があるの。」


 会話からしてこの二人は仲が良いのだろうか、少々居心地が悪いような気もしてくる。そう感じていた矢先、女性店員が突如こちらに関心を向けてきた。


「後ろの子は?お友達?」

「えっと、パーティーメンバーよ。ついさっきギルドで登録してきたの。」

「へぇ、そうなの〜。」


 なんだか穏やかな物腰で会話しているのか、この女性は個人的に話し易そうな人だと感じた。少々好印象受けている中、女性店員が「見掛けない子だね~。」とこちらの方へ顔を覗かせてくる。


「お名前は?」

「…る、ルーア・ハエレティクス、です…。」

「ルーア君か〜。初めまして、私は『ユニ』、よろしくね〜。」


 お互い名乗り終わった途端、急に頭を撫でられ呆然としてしまった。こんな唐突に、優しく撫でられたのは神様以外ではこの人が初めてだ。女性に撫でられたからなんだろうか、なんだか気恥ずかしくもなってくる。


「それよりも。この人、泊まる宛てがないらしいから私との相部屋にして。ベッド一つ余ってるし、取り敢えず一ヶ月宿泊でお願い。」


 本題に戻そうとミリアはそう言って話を戻し、懐から銀貨を10枚程取り出してはユニさんに渡した。その光景を見た僕は再び目を丸くして呆然とする。


「え…?」

「うん、わかった。いいよ〜。」

「え…あの…。」


 何かを言う暇も与えられずあっさりと決定され、後から断りや意見を言おうと思っても、気づけばとても言えない状況になってしまっていた。


「ほら、用は済んだし次の場所に行きましょ。」

「…え、ちょっと!」


 棒立ちになっているのも束の間、彼女は足早に宿屋から外へと出ていく為、自分も急いで後を追う。その際、宿屋の中から「いってらしゃ~い。」と小さく手を振るユニさんが見え、振り返り軽く一礼をして再びミリアの後を追った。

 振り回されている感じが否めないが、これから世話になるんだと密かに妥協し、仕方ないのだと自分に言い聞かせる。

 彼女と共に歩いていくうちに商店街へと入ってくると、唐突に彼女は口を開き僕に再度質問を始めた。


「聞くんだけど、文字が書けないってどういうこと?」

「え…?…えーっと、教えてもらってない、というか…。」


 突如そう尋ねられ、言葉を選びながら返答した。間違ってはないし、迂闊に元々奴隷だったんだと話しても、その後の対応が複雑になりそうだと判断した上でそういった内容の返答になってのだ。


「じゃあ、文字も読めないの?」

「…うん。」


 奴隷だった時のことが頭を過り、多少思い詰めながら彼女の言葉に頷く。すると彼女は、同情するかのように小さく呟いた。


「…貴方も色々あるのね。」






 暫く歩き、ミリアがやがて一件の店に立ち止まると僕はその店の看板らしき板を眺めた。

 文字は読めないが、武器らしきマークがある為ここが武器屋なのだろう。彼女が中に入ると、ついていくように自分も店の中へと入っていった。


 店内はやはりというか、入口でも見えていたが大量の武器が飾られていたり、置かれていた。初めて武器屋の中を見るが、中々に物騒だなと印象を受ける。


「貴方ってどんな武器が好みなの?」

「好みって言われても…経験ないし、どれを選んだらいいか…。」


 そう呟きながら、付近にあった如何にも安そうな剣を手に取ってみる。見た目はかなり重そうだと思っていたが、実物の重さはそこまで重いというような印象をあり、片手で持ち上げることも出来た。


「うーん、しっくり来ない…。」

「まぁ、最初はそんな感じかもね。取り敢えず、スタンダードに片手剣で試したら?」

「うん。」


 持っていた剣を元あった場所に戻し、ミリアが選んだ武器を購入することに。先程の剣より少し細身で長く、安くも高そうでもない感じ、只々普通と思えるような剣という感想だった。

 勿論だが無一文なため、ここは彼女に頼ることに。


 購入し終わり、鞘に納めた剣を渡されると彼女と共に早々と店から出た。すると、直後に彼女から軽く額に指を弾かれる。ペチっと小さい音をたて、その箇所を呆然としながら軽く摩っていると彼女の口が開く。


「これで貸し二つ。宿泊代と武器の料金、合わせて銀貨15枚分よ。いつか返してね。」

「…は、はい…。」


 銀貨15枚なんて駆け出しの自分はどう稼ぐんだと聞きたくもあるが、寝床や武器にと提供してくれた彼女にここは一つ感謝しないと。いつか返せるといいなと、武器を抱きながら心に秘めた。


「次はどこ行くの…?」

「今日はここまでにしましょ。明日に備えておきたい事があるし、宿屋に戻るわよ。」

「わ、わかった。」


 備えておきたい事とは何だろうと、今後の予定とかとは別に考えながら彼女についていき、来た道を辿りながら宿屋に戻っていく。



 宿屋に戻って来るなり中でユニさんが笑顔を浮かべながら手を振っているのが、窓ガラス越しで見える。二人で中に入ると、「おかえり〜。」とユニさんが出迎えてくれた。こんな風に誰かが迎えてくれることなんて初めてだと、少々感慨深いものがある。


「昼食出来てるよ〜。ルーア君も一緒に食べよ〜」

「え…?ちゅうしょく…?」


 一瞬何のことかわからなかったが時計を見ると丁度昼時になっていた為、これから食事なのかと察することができた。カウンターのあるロビーとは別にある部屋に案内され、そこには広いテーブルが一つにあり、その周りに椅子が複数置かれている。そしてテーブルの上には3人分の食事が用意されていた。

 用意されている分や案内をされたこと察するに、ミリアやユニさんは勿論だが、あと一食分はもしや僕の分なのだろうか。


「よーし、二人とも椅子に座って〜。」


 言われた通りに、食事が置かれている前の席に座る。他に宿泊している客等はいないのだろうかと、周囲を見渡していると途端にユニさんとミリアは「いただきます。」と呟き、食事を始めた。


「え…え…?」


 唐突な展開に困惑して何をすればいいのかわからず、取り敢えず自分も見様見真似で「いただきます。」と呟く。が、そもそも食事の作法というものがわからない。

 何か、"まなー?"というのがあるそうで、そういったちゃんとした食事をしたことがない僕には、どういった作法で食事に手をつければいいかわからないのだ。見た感じ何やら二人共、フォークとナイフを使っているがそれで食べるのだろうか。

 流石に手を使って食べるのは…やめた方がいいか。


「あれ?ルーア君は食べないの〜?」


 僕が食事について困惑していると、突如としてユニさんにそう尋ねられ、思わずギクッと擬音が聴こえそうな反応を示してしまい冷や汗が出始める。


「え、えっと…。」

「?どうしたの?」

「…た、食べ方がわからなくて…。」


 正直に答えてみると、ユニさんは「なるほど~。」と納得したかの様な反応を見せ、僕の後ろまでやって来た。すると突然僕の両手を優しく掴んでは動かし、右手にナイフ、左手にフォークを握らせた。ゆっくりと優しく教えるように動かしていく。


「こうやって、一口サイズに切ってね。それでフォークを刺して、食べる。ほら、やってみて。」


 教えてもらった通りに、ぎこちないながらもやってみると歪だがなんとか成功。一口サイズに切った肉?を少しの間だが眺め、ゆっくり口に運んだ。


「どう?美味しい?って、あれ?…どうしたの?」


 今度はユニさんが困惑するように僕の様子を伺ってきたのには理由がある。それは、突如として僕が涙を流し始めたからだ。僕自身も無意識だったのか、気づけば一筋の雫が滴り落ちている。

 今まで簡素で、決して美味しいとは言えないものばかり食べてきたからなのか、こうしてちゃんとした食事を口にした時、あまりの美味しさに思わず涙してしまったのだろう。


「ご、ごめんね?もしかして美味しくなかった…?」

「い、いやその…!あの…逆においしくて…初めて、こんなの…食べたから…。」


 涙を服の袖で拭いながら、僕は食事を続けた。生まれて初めてのちゃんとした食事を、涙を流し手を震わせながら、そしてじっくりと味わいながら、二人に見守れ口にしていく。





 夜---。



 特に何かをすることなく、案内された部屋の隅でぼーっと過ごしていたらいつの間にか夜を迎えた。目の前にはベッドがある。実はベッドにすら触れたことがない為、少し警戒していたり。そんな時、ミリアが突如として部屋の中へと戻ってきた。

 入浴が済んだばかりだからか髪がまだ湿っており、体も火照っているのかほわほわと湯気が微かに見える。彼女は部屋の隅にいる僕に気がつくと、一瞬だが身体がビクッと驚いたような反応を見せる。


「貴方、ずっとそうしてたの?」

「…まぁ、その…うん。やることなかった、から…。」


 その言葉を聞いた彼女は、途端に呆れた様な顔を浮かべると同時に溜息をついた。


「まぁいいわ。それよりお風呂入りなさいよ。」

「あ、うん。」


 次に入浴する順番が僕に周ると、彼女に言われた通り早速風呂場へと向かった。が、実は入浴するのも初めてだ。今まで水浴び程度しかしたことなかったし、奴隷も入ることができる大浴場なるものがあるのも聞いたことがあるだけで、どういったものなのかも詳細は知らなかった。

 本当に、転生してから初めて経験することばかりだ。


「へぇ…お風呂ってこんな感じなんだ…。」


 取り敢えず、湯船とやらに浸かってみる。足のつま先から肩辺りまでの全身が、一気に温まる感覚が走り、全身の疲れが抜けてくる様だ。思わず体が溶けてしまいそうな感覚に陥る。


「はぁー…」





 …………………………………………


 ………………………


 …………


 …




「文字の読み書きが出来ない、食事の仕方もわからない、それに世間知らず…これってまるで…奴隷みたいじゃない…。ルーア、もしかして…。」

「ただいまぁ…。」


 多少逆上せながら部屋に戻ってくると、ミリアは先程まで何かしていた様で昼間に購入したあの剣に指で軽く触れている。


「?何かしてたの?」

「…いえ、ちょっと刃こぼれとかしてないか気になっただけ。実戦で突然折れたり、戦えなかったりしたら困るから。」

「そっか。」


 道具の手入れはこまめにするのが大事だとどこかで聞いたことがあるし、彼女はそういった意味で心配しているのだろうと納得し、僕は再び部屋の隅に座り壁にもたれた。


「…どうしてまた、部屋の隅に?」

「あぁいや、ベッド使っていいのか、わからなくて…。」

「…はぁ、使っていいに決まってるでしょ。ここは宿屋よ、ベッドは一人一つずつあるし、好きに使ったら?」

「……そうするよ。」


 彼女の言う通り、試しにベッドに腰掛けてみると、柔らかい感触を感じとても座り心地が良い。ここで眠ったら、一体どんなに気持ちが良いんだろうか。


「それと…。」

「?」


 突然ミリアが呟く為、僕は思わず反応し彼女の方に顔を向けては様子を伺う。


「文字、私が教えてあげる。読み書きが出来れば貴方も色々と動けるし、私も行動が楽になるだろうから。」

「!いいの!?」

「断る理由なんてないし、これからは一緒に行動するんだから。このままだと、貴方も不便でしょ。」


 彼女のその言葉に僕は言い表せないくらい嬉しく思った。こんな何もない僕に、色んなものを与えてくれる彼女に感謝してもしきれないくらいに、僕自身の心は喜々として明るくなっていくのを感じる。


「…ありがとう…!」



 今できる精一杯の感謝を伝えると、彼女はそれに応えるかのように微笑みを浮かべたのだった。





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