第2話 孤独の少女
9/13 後書き追加しました。
2023/2/24 大幅改変いたしました。
「君を見送る前に、伝えたいことがあるんだ。」
「…な、に…?」
神は僕の左胸辺りにそっと手を当てる。
すると仄かに暖かい光が発し、心臓の鼓動と共に揺らめく炎が出現する。
「これから君は辛く苦しい、長い道のりを辿ることになる。そして道のりを渡った先でも、君はまた辛い思いをすると思う。それでも自分が選んだ選択を、君が初めて得た名前を後悔しないでほしい。」
「こう、かい…。」
布を捲り、左胸辺りを露出させるとそこには黒い紋章がある。魔法陣の様でもあり、何かの印の様でもあり、とにかく禍々しい印象を受ける呪いのようなもの。
「これは私の勝手な願いではある。だから君自身が歩みたい道を選んでくれ。私はいつでも君を見守ってるから。」
後悔なんてしない。なぜなら、何も持っていなかった僕に生きる意味を、名前をくれた人なんだから。
………………………………………………………………
ガタンッ!!
耳元で物が揺れたり倒れたりする物音が聞こえると、その拍子に僕は目が覚める。馬車の荷台に横になっていたらいつの間にか眠ってしまった様だ。
「ん、ここは…。」
上半身を起こし、被っている布を取り周りを見渡す。
前方に遠くで薄くではあるが、街が見える。ここまでの道中はと言うと、まず転生し目覚めてからはあの場から森を抜けた。道はわからなかったが付近に川があり、それに沿って歩くと平原に出たのだ。そこから宛てもなく歩いていると、通り掛かった馬車に出くわし荷台に乗せて貰ったというわけだ。
長時間馬車を走らせていたのか、ガタガタと揺れる荷台でもいつの間にか熟睡していたようだった。
「坊やや、もうすぐ街に着くぞ。」
馬車を運転している老人は、落ち着いた様子で伝える。彼には乗せて貰う際、荷台の中にあった布を貸してくれた上、水まで飲ませてもらった。込み入った事情があるんだろうと察してくれもして、僕自身の素性なども一切聞いてこなかったのだ。
「ありがとう…ございます…。」
老人に感謝を述べ、取り敢えず今後の事を考えながら前方に見える街を目指していく。
中立都市《ミニール》
「ここら辺りでええか?」
「はい、ありがとう…ございました。」
「まぁ、なにかと大変だろうが頑張るんだぞ。」
街の入り口、門付近で運転手の老人とは、好きに使えと先ほど借りた布を貰い別れた。問題はここから。
金がない為、宿屋に行こうとも行けず、そもそも僕は''文字が読めない''。金がない以前の問題である。働こうにも、僕には何の技術もないし、経験もない。精々荷物運びなどはできそうだが、果たして雇ってくれるところがあるかどうか。
悩みながら、街の内壁に沿って歩いていると一枚の紙を発見する。
「?…駄目だ…読めない…。」
何やらモンスターの様な物が描かれているが、さっぱり読めない。取り敢えず自由に取っていいらしい為、念のため持って行く。他にも見ていこうと、その場から離れ街中を歩くことにし、門付近まで戻ってくるが、やはり人の出入りが激しいからなのか、人が多い。
今まで暗い路地裏や、商店街の裏などの場所ばかりで過ごしていたため、こんな光景を目にするのは初めてであり新鮮な気持ちではある。
注意して歩けばぶつかりはしないだろうという思いで、人混みを抜けて行くと商店街に辿り着いた。
「!わぁ…。」
見たことのない物だらけで何もかもがまるで夢の世界の物なのかと思えてしまう。商店街の表など歩くのはこれが初めてだ。宿屋というものも、主人が話していたのを耳にしたくらいだ。
取り敢えず気になった物を見つけては近くに寄って見に行ってみる。まず最初に気になった物は、何やら不思議な形をしたパンが沢山置かれてある店。ぐるぐる巻きにしてあるものや、色々な色をしているものまで。
(パンって種類とかあったんだ…!)
ガラス窓の外からパンを見詰め、店の中から匂う香ばしい匂いを嗅ぎながら、どんな味がするのかを想像する。
今までパンを与えられても、腐った食パンの耳の欠けらや鳥の餌用のパンの欠けら程度しか口にしたことがなく、そもそもパンとしての認識すら怪しかった。匂いを嗅ぎ続けていると、途端に腹を空かせてしまい僅かながら「ぐぅ〜」という音を出してしまう。直様その場から離れ、別の店に行ってみる。
次に目をつけたのは、服を売っている店。遠くからでも、沢山服が飾ってあるのがわかり立ち寄ってみる。
転生後、一応自分自身の姿を確認した際、長くボサボサだった黒髪が短くなり黒に近い紺色になっており、服装も普通の住民の様な物になっていた。これも神様のお陰なのだろうか。
奴隷の時の姿で歩き周っていたら、今頃どうなっていたのだろう。そんな事を考えながら、飾ってある服を見てみる。綺麗な白い布の服、手触りも良くとても高価そうに見える。
「お洋服をお探しですか?」
突然、左から女性の店員らしき人物が現れその声に驚き、すぐに振り向く。が、驚き過ぎてその女性の顔を見ることが出来ず、すぐに目を逸らした。
「え…!?あ、いや、その…!」
「?」
言葉が出ず何を言えばいいのか迷うのと同時に、そもそも金を持っていないのに立ち寄っているという勝手な羞恥心を抱き、少し涙目になってくる。今すぐにでも逃げ出したい気分だ。
「ぼ、僕…!金、持ってない、から…!」
店員にそう伝えると、そのままの勢いで半ば逃げるかの様に走り去っていった。必死な思いで全力で走り、商店街を駆け抜ける。
数分間走り続け、息切れを感じると細い路地に入りすぐに隠れる。そこで呼吸を整え、その場に座り込んだ。こんなに走ったのは初めてだ。
なんだか今日は初めて経験する事ばかりだ。僕自身がロクな経験をしなかったというのが問題なわけだろうけども、初めて目にするものばかりで頭が混乱してくる。
「はぁ、はぁ…!ッ…!」
しばらく休み、呼吸が落ち着いてくるとゆっくりと立ち上がり、ひょこっと路地から顔を覗かせてみる。傍から見れば盗人のようにも見えてしまいそうだ。
今の自分の行動に呆れ、疲れとちょっとした憂鬱による長い溜息をついたその時、別方向から男性の若い声が微かに耳に入る。
何やら演説をしている様ではあるが、上手く聴き取れない。取り敢えず路地に沿って、声の聞こえる方向へと進むと広場に出ることが出来、その広場の中心に声の主であろう男性が立っていた。
その周りには大勢の人がいる。どの人も男性ばかりで、立派な武器や鎧などの装備を身に付けている。
(?何だろう…。)
広場の隅に移動し、途中からではあるが男性の話を聞いてみることに。
「諸君!これから我々は大型モンスターの討伐に向かう!しかし、ここで心残りのある者は手を挙げるといい。」
男性の言葉に反応したのか、言う通りに手を挙げる者が数名、数十名と次々に現れる。皆、男性の言う通り心残りなどがあるのだろう。
「ふむ、手を下げろ。大体把握した。その様な者に無理にと行かすわけにはいかん。ここで去る者の分まで、残った我々が大型モンスターを討伐してみせよう!」
そう男性が意気込むと、周りの戦士達は歓声を上げ士気を高めていく。どうやらモンスター討伐の会議を行っていたらしい。どうやら口ぶりからしてかなりの大規模戦闘が予定されるみたいだ。
僕自身、こういったものを見聞きするのは勿論初めてだ。
隅から彼らを眺めていると、どうやら早速討伐に向かう様で街の出入り口に大勢で移動していく。
それを横から眺めてると、とても壮観でありこの人達なら目的を達成出来るだろうと確信出来る気がしてくる。
しかしそんな中、あの大勢の連中とは不釣り合いな姿があった。とても可憐で、この場には全く似合わない、そんな姿が。
「…!」
それは、とても儚げな少女だった。透き通るような白い髪、白い肌、綺麗な真紅の瞳。
男ばかりの集団の中、そんな少女が一人混ざっていたら嫌でも注目してしまう。事実、僕自身彼女から目を離せなかった。
左右の腰に短剣が一つずつ装備してあり、その服装はどこか金持ちを連想させる様な汚れが一つもない綺麗なものである。隅々まで彼女の容姿に釘付けになってしまった。一目惚れとかではない、何か不思議なものを彼女から感じるのだ。
「…?」
どうやら彼女の方もこちらの視線に気づいたらしく、こちらに視線を向けた。そして、お互いの目と目が合ったその時、突然激しい頭痛に見舞われる。
「ッ…!?」
まるで電流が流れる様な突発的な痛みで、すぐには収まるものでもない。そんな中ふと彼女の方に目をやると、彼女も僕と同様頭痛を感じている様で苦しい表情のまま頭を押さえている。
(何だ…この痛み…!)
あまりの痛さでつい倒れてしまいそうになるが、グッと必死に堪え壁に寄りかかり倒れるのを防ぐ。兎に角どこかで休もうと頭を押さえながらその場から離れ、彼女をあとにして路地の中へと消えた。
夕方……
あの後、頭痛はすぐに収まり途端に痛みが消えていった。何故突然激しい頭痛に見舞われたのか、未だ不明である。兎にも角にも、行く宛てもなく街の中を色々と見て周ってはみたが、どうやら今晩は路地裏で野宿になりそうだ。
奴隷だった時もそんな生活ではあったし、今は老人から貰った布があるため多少は我慢できると思う。
「はぁ…転生してもあんまり変わらない気がするな…。」
段差に座り、そう呟きながら自身の手を見詰めた。
奴隷の自分と今の自分、汚れや臭い、傷の数など全く違う。本当に変わりはしたが、まだ変われてない、そんな感じだろうか。
「本当に、変われるのかな…。」
少々思いに浸っていたその時、門から大勢で街の中へと入っていく者達、そう、あの戦士達だ。
見事モンスターを討伐し、無事この街に戻ってきたのだ。中々の激戦だったのか、戦士達の身体や武器防具の傷でどのぐらいの戦闘をしていたかが伺える。
その中には、あの可憐な少女もいた。他の戦士達とは違い傷という傷は見られず、土や泥の汚れが目立つ。もしや彼女は、自分自身が想像していたものよりずっと強い猛者なのか、僕は彼女に視線を向けながらそう思った。
だがしかし、他の者とは違い彼女は浮かない顔をしている。何かあったのだろうか。
彼らは昼間会議していた広場に向かっていく。どうやら其処で祝いを始めるようだ。僕も好奇心に従って観に行こうと、彼らの後をついて行く。
日が沈み始めると、祝いは開始され戦士達は酒を飲み交わし始めた。巨大な肉の塊にかぶりつき、豪快に食していく者もいる。陰で観ている僕自身も思わず腹を空かせてしまった。
腹からグ〜と情けない音が鳴ったことにより、僕自身はこの一日、まだ何も食べていない事に気づく。
「……はぁー」
一日二日なら我慢出来るだろうと思い、この場はぐっと堪え耐える。
そうしている中、あの例の少女を見つけようと陰からそっと探すと、隅で隠れる様に座り込んでいる彼女を発見する。やはり浮かない顔をしており、しかも他の戦士達の様に食事をしている気配もない。
すると、一人の男が会議長を務めていた男性に近寄る。二人の会話は、僕がいる位置からは充分に聞こえる。
「リードさん、あの女のガキ、俺は納得いかねぇんだが。なぜあんなガキにも俺らと同じ取り分で報酬を貰えるんだ?」
どうやらあの演説をしていた男性の名は''リード''と言うらしい。そのリードとやら人物に男があの少女について、不満を唱えているようだ。
「そうか。確かにそれもそうだな。」
リードは懐から一つの袋を取り出し、中から硬貨を数十枚取り出した。取り出した硬貨はどれも金貨や銀貨であり、残ったであろう袋の中身は先程よりかなり小さくなっている。
「これでどうだ?銅貨7枚、子供が得る報酬ならこの程度だろう?」
「へへ、話がわかる人で助かったぜ。」
男はリードからその袋を受け取り、少女の方へと近寄っていく。すると途端に袋を少女の下に投げ、中に入っていた銅貨が飛び出しばら撒かれる。
(え…)
その光景に目を疑い、フラッシュバックのようにある一面を思い出し一瞬固まってしまう。まるで、パンの欠けらを投げ渡される奴隷の時の僕の様だったからだ。
「そいつがお前の報酬だ。ガキなんかが来るんじゃねぇよ。」
男はそれだけを言い放ち、仲間の下へと戻っていった。一方、銅貨の入った袋を投げ渡された少女は銅貨を搔き集め、それを袋に入れると密かに歯を食い縛りながら、夜の街へと消えていった。僕自身も彼女の後を追い掛けようと街中へと消える。
彼女に気づかれない様、静かについて行くと橋の下に辿り着く。
僕は陰に隠れ様子を伺い彼女を観察すると、彼女は橋の下で座り込み顔を埋めた。涙を流しているのだろうか、川の水が流れる音と共に小さく啜り泣く声が聞こえる。
慰めようにも、見ず知らずの他人の僕にはどうすればわからなかった。
しかしその時、つい足元の石ころを蹴飛ばしてしまう。橋の下だったというのもあって小さく動いた石ころでも、その音は瞬く間に辺り一面の空間内に響き渡ってしまい、彼女は僕の存在に気付いてしまった。
「誰!!」
凛としたその声と同時に、短剣が投げられ僕の頰を掠め壁に衝突する。
「うわっ!?」
突然のことで驚き、その場で尻餅をついてしまうと気づけば彼女は一気に間合いを詰め、もう1本の短剣を僕の首筋に当てる。動いたら殺されてしまう、そう思った僕は微動だにしない様に身体の動きを止めた。
「貴方、誰。」
「え…えと…。」
しばらくの間、お互い見詰め合っていると彼女の表情が少し変わる。
「貴方、昼間の…。」
どうやら覚えていた様だ。
すると短剣を僕の首筋から離し筒に納めると、少女は手を差し出してくる。僕はその手を手に取り、彼女に起き上がらせて貰うと僕は顔を露出させる。
彼女と僕の身長差は大して大きいわけでもなく、互いの目が見易かった。ということは僕は男としてはかなり小柄なのだろうか。
「貴方、ここで何してるの。」
「え…その…君があの広場からここまで来るのを見てたから…つい…。」
「全部、見てたの…?」
その問いに僕は迷うことなく小さく頷く。すると彼女は、目を逸らして拳を握った。
「…じゃあ、私が泣いてたのも…。」
「見てた、けど…。」
僕がそう答えると、彼女は途端にその右手で思いっきり僕の左頰を叩いた。
ッパァァン!!!
会心の一撃が決まった様な気持ちの良い音が辺りに響き渡るのと同時に、僕は叩かれた拍子で思わず吹き飛んでしまう。
…………………………………………………
「いや…その…悪気とかあったわけじゃなくて…。」
「ふん…!」
橋の下にて、僕と彼女は二人で座り込み僕は彼女の機嫌をとろうとしていた。左頰に赤い小さい腫れと痛みを抱きながら。
「大体、後をつけてくる辺り、貴方どうかしてると思うわ。」
「…ご、ごめんよ…。」
左頰を優しく撫りながら、小さく謝罪する。すると彼女は、大きい溜息をつき濡れた布をこちらに渡してきた。
「…まぁ、その、私も悪かったわ。いきなり強く叩いてごめんなさい。」
彼女からの謝罪に少し意外性を感じたが、取り敢えず布を受け取り左頰にそっと当てる。ヒンヤリと丁度良い冷たさで腫れを冷やされていき、段々と腫れが収まっていくのが感じられた。
「貴方、名前は?」
突如そう問い掛けられた為、一瞬身体がビクッと反応するがすぐに冷静になり自身の名を名乗る。
「…《ルーア・ハエレティクス》。」
「ルーア・ハエレティクス…私の名前は、《ミリア・マーク・ブラーケ》。ミリアでいいわ。」
「…ミリア。僕のことはルーアでいいよ。」
お互い、自身の名を名乗ると突然ミリアが立ち上がり僕の方を見詰める。すると、彼女は凛とした表情で口を開いた。
「単刀直入に聞くわ。貴方、呪いの紋章持ってるわね。」
「!!」
僕は彼女の言葉に、耳を疑った。
ルーアの転生前の体は現世にて再利用できない程に潰れてしまったがために、転生後の体は神様が新しく生きやすいようにと作り直したものです。