走り出した二人
「おい、宮本。ちょっといいか?」
帰り支度をしていたら声を掛けられた。顔を上げるとクラスメイトの竹内が視界に入った。
「うん?どうしたの?」
今日はもう、早く帰りたいんだけどな……。少しめんどくさいがあまり関わったことがないクラスメイトに対して本音を漏らすことに気が引けたので声には出さなかった。
特に気づかれた様子はない。
竹内は「宮本の家ってジャガイモ畑の近くのコンビニ付近だろ?俺んちもそこら辺なんだよ。一緒に帰ろうぜ」
「はぁ……まあ、そうだけど。何で知ってるの?」
住みを教えたことはないと思うんだけど。
「田中に教えてもらったんだよ。あいつに聞いたら教えてくれたぜ」
田中か。あいつ口軽いからなぁ。
「うーん。いいよ、一緒に帰ろう」
特に断る理由はないしな。これを機に竹内との親交を深めるのもいいかもしれない。
適当に教科書とノート、筆記用具をカバンに放り込む。
竹内は既に帰り支度を終えていた。
僕も支度を終え、二人で駐輪場へ向かう。
「コンビニまで競争な」
突然、竹内はそう宣言した。
「いいよ。いつでも行ける」
駄弁りながら帰るのかと思ったら競争することになった。
竹内が何を考えているのか僕にはわからなかった。
とりあえず、僕らはコンビニまで競争することになった。
「よきかな、よきかな」
神様は笑っている。
シャカシャカシャカ
シャカシャカシャカ
……速い!!竹内を甘く見ていた。自転車の性能か、竹内の脚力か。思っていたより相手のスピードは速かった。
一瞬、竹内が僕を見た。目と目が合う。
(宮本、お前の力はそんなもんじゃないだろう?)
挑発だ。いいだろう。乗ってやる。
「ギア、上げるよ」
カチリ。宣言と同時にギアを上げた。速度が上昇する。竹内を、抜かした。
「そうこなくちゃ」
笑って、竹内が叫ぶ。抜かしたり、抜かされたり。白熱したレースが通学路で繰り広げられる。
「……邪魔だな。パージ!!」
竹中のリュックが空中を舞った。地面を転がる。あっという間に見えなくなった。
身軽になった竹内はさらにスピードを上げていく。
(まずい!!)
慌てて僕も勉強道具が入ったカバンを捨てる。この勝負、負けるわけにはいかなかった。
さらに、ギアをもう一つ上げる。
シャカシャカシャカ
シャカシャカシャカ
(よし、何とか追いつい……!!)
ブチン!!音を立ててチェーンが千切れる。体制を整えつつ、ブレーキを掛ける。
「くそう!!なんでっ、何でこんな時に千切れるんだ!!」
「第一戦目は俺の勝ちだな」
勝ち誇った顔で竹内が引き返してきた。悔しい!!
「次は、どうする?」
二戦目の内容を聞く。もう、自転車は使えない。
「そうだな……。走ろうぜ」
さわやかな笑顔で提案してきた。悪くない。
「自転車はどうしようか」
このままでは、走ることができない。
「そうだな、……おっ、ちょうどいいところに」
竹内は近くのごみ捨て場に自転車を叩き込む。
「なるほど、頭いいなぁ」
頭の回転が速い。僕は素直に感心した。天才、とは彼のような人間のことを言うのだろう。
「あらよっと!!」
僕も、ごみ捨て場に自転車を蹴り入れた。
「いいのか?」
竹内が心配そうに聞いてくる。
「いいよ、この前駅で拾ったやつだしね。帰ればまだストックがあるよ」
買いに行くと、一万も、二万もするが駅に行けばタダで手に入る。自転車は、消耗品だ。
「宮本……お前」
竹内は僕の顔を凝視する。軽蔑されただろうか。
「頭いいな!!お前!!」
感動した。天才だな!!
そう、褒めてくれた。少し照れるな。
「竹内ほどじゃないよ」
「謙遜するなよ」
笑いあう。竹内はいいやつだった。
「それより、走ろうよ」
疲れも取れた。邪魔な荷物も捨てたことで、体が軽い。
今なら、気持ちよく走れそうだ。
「準備はいいか?……位置について、ヨーイ、ドン!!」
竹内がピストルを鳴らす。はじける火薬のにおい。僕らは同時に走り出した。
コンビニはとっくの昔に通り過ぎていた。あれからどのくらい走っただろうか。どこにいるのかもう、わからない。
けど、不安はなかった。竹内となら、どこへでも行ける気がした。
確信に近い、ナニカを感じたのだ。
お互い言葉はなかった。知らない道を右へ、左へ。
知らないサラリーマンが前方を歩いていた。後ろから竹内が後頭部を思い切りぶん殴る。体重と速度が乗った拳だ。
サラリーマンは地面に伏した。僕は倒れたサラリーマンの股間を蹴り上げる。
「僕らの勝ちだ!!」
手分けして、荷物をあさる。財布と携帯電話を手に取った。
「やった、万札ゲットだぜ!!」
竹内は札を手に喜んだ。
「小銭はどうする?いる?」
「うーん、小銭はいらないかな」
スピードが命の僕たちにとって、小銭とはいえ所持重量を増やすわけにはいかない。賢明な判断だ。
「宮本!!大変だ!!」
竹内が僕を呼ぶ。こんなに焦った竹内は初めて見た。
「落ち着いて竹内。一体どうしたんだい?」
僕は努めて冷静に聞き返した。二人してパニックに陥るわけにはいかない。冷静に、クールにいこう。
「ああ、いや、人が、倒れているだ」
少しは落ち着いたようだ。確かに知らないサラリーマンが倒れている。一大事だ。
「そうだ、連絡だ。携帯電話で連絡しよう」
携帯電話の電源を入れる。パスワードが掛かっていた。
「竹内、パスが掛かってる。連絡ができないよ」
「慌てるな、たしか緊急連絡だけはできたはずだ。貸してみろ」
竹内は機械にも強いようだ。かっこいいなぁ。
「あ、もしもし警察ですか?……はい、人が道で倒れていて……はい。場所?えーと、場所は……」
僕は財布からサラリーマンの免許証を取り出す。住所の部分を竹内に見せる。
「場所はサイタマケンスタバシヤタイマチ20-17辺りです。目印は、近くに青い屋根の建物が見えます!!」
すらすらと場所を伝える。滑舌もいい。一度も聞き返されることなく通報を終えた。
「救急車も呼んでおこうか」
次に竹内は救急車を呼ぶことにした。
「はい、もしもし。はい、あっ。救急です。はい。人が倒れていて。出血はないです」
場所も伝える。先ほど警察に伝えた場所と同じ住所だ。
「意識?意識は……」
意識の有無を聞かれているようだ。僕はサラリーマンの横っ腹を思い切り蹴った。
苦痛でうめき声をあげる。意識はあるようだ。
「意識はないです!!意識はないです!!」
どうしよう、どうしようと、竹内は慌てる。
「はい、はい……スーハー、スーハー」
オペレーターから深呼吸の指示があったようだ。竹内は素直に従う。
「はい、少し落ち着きました。呼吸?呼吸は……」
次は呼吸の有無か。僕はサラリーマンの鼻と口を塞ぐ。……呼吸はしていないようだ。
「こ、呼吸してないです!!」
僕はサラリーマンの顔のに座り込んで心臓マッサージを試みた。心肺蘇生、というやつだ。この人を助けたい!!僕たちにはこの人に返さねばならないものがあるのだ。
「拳で胸を、叩く!!叩く!!」
右拳、左拳、ドンドンドン
ドンドンドン
新鮮な空気を灰に送り込まないと!!
僕はリズムよく胸を叩きながらお尻からオナラを放出する。
ドンドンドン
ブッ、ブッ、ブッ!!
「宮本……」
ドンドンドン
「宮本!!」
竹内が僕の動きを無理やり止める。なぜ止める!!
「彼はもう、死んでいるんだ」
悔しそうに、握った拳からは血が流れていた。
「そんな、どうして」
僕は茫然とした。すべて無駄だったのか。
「世界はあまりにも無常だ。悲しみであふれている。どうしようもないことがありすぎるんだ」
僕は泣いた。また、守れなかった。救おうとすればするほど、こぼれていく。どうして救えないのだろう。
「宮本は全力を尽くしたよ。俺が保証する。よくがんばった」
優しい奴だ。僕はそう思った。僕の力不足で救えなかったのに、責めてこないなんて。竹内は聖人の生まれ変わりに違いない。神々しい。まぶしくて僕は目を細める。
「世界には」
自然と僕の涙は止まった。
「世界にはたくさんの悲しみが、ある。宮本の言う通りだよ。だけどさ」
竹内は照れ臭そうに続けた。
「そんな世界を救いたい。みんながハッピーになれる世界にしたい。そう、神様みたいな、うん、俺は神になりたいんだ」
なんて、なんて壮大な夢なんだ。また、涙が流れる。悲しみではない、感動だ。偉大な男の夢の、偉大な一歩を見たことによる感動だ。
「なれるよ」
「ん?」
「竹内なら、神様になれるよ、きっと!!」
彼ならきっと成し遂げられるだろう。
「ありがとう宮本。俺の夢をバカにしなかった奴はお前が初めてだよ」
「そいつらは見る目がなかったんだよ。俺は違う」
なんて奴らだ。人間じゃない。
「人の夢をバカにするなんてそいつらは人間じゃないよ。きっと化け物かなんかだよ」
そんな奴らの言うことなんて気にするなと僕は竹内を励ます。
「おう、そうだな!!とりあえず走ろうぜ!!」
竹内は走り出した。
「待ってくれよ!!俺も今行くよ!!」
僕も立ち上がり走り出す。
今日はなんてすばらしい日なんだろうか!!僕達は、この出会いを神様に感謝した。ありがとう!!
「けしからん、けしからん。貴様らにこの世界に存在する資格はない。出ていけ」
「あれ、ここどこだ?」
舗装された道路からむき出しの地面に立っていた。
「ここどこだろうね?」
とりあえず
「「走るか!!」」