第2章 僕だけは自分のために......
< 前回までのあらすじ >
夢世界-ハルシオンに来てしまった当時12歳の他人を怖がってしまう僕、メイジは半年間育ててくれた師匠を失ってしまう。
そして師匠の遺言、
「この世界の良い事、悪い事を知り、君がいた世界の良さを知りなさい」
この言葉を守るために国の治安を守る王立統制院に入るのであった。
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「なるほど。つまりは~になるからあーして」
昼間にしては少し肌寒い図書館で少年が本を片手に何かを呟いていた。
少年は短い黒髪を手でワシャワシャしながら少し鋭い瞳を窓に向ける。
窓の外には色々な建物が立ち並び、多くの人々が行き交っている。出店も多く、いろんな物が売り買いされ、賑やかだ。みな、幸せそうな顔をしていて、この国がいかに平和なのかを物語っている。
だが、少年は関心がない様子ですぐに本に意識を向ける。
彼の顔はまだ幼さが残るものの、本を読むその瞳は真剣で、エリート学生顔負けの表情だ。
さらに学生の制服にも似た濃い青色の服装をキッチリ着こなす姿から、真面目な印象がみてとれる。
その少年が手にしている本の表紙は金色の英語表記といかにもなエリート臭を漂わせる。
クール系秀才男子が図書館の本棚に背を預け、片手に本を持っているこの光景。
この場に文学系女子がいたのならうっかりラブストーリーが始まってしまいそうなシチュエーションだ。
少年はきずいていないようだが、すでに一人の女性が遠くから彼の方を見ている。
おおっと、まさかの純恋愛物にこれからなってしまうのか。
ラブコメ展開なこの場にあとは少年を見ている女性が少年にもう少し近づけば完了となってしまう。
だが、少年が呟く一言によって、その場の空気が一瞬にして音をたてて、崩れ落ちた。
「やっぱ恋愛小説はわかんねぇ......」
そう、彼が読んでいたのはくそ難しい本なのどではなく、ラブコメ系小説であった。
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僕無道迷焦14歳は王立統制院の中にある図書館でこの世界について、いろいろ調べていた。
(恋愛物を読んでいた? あ、あれも勉強の一環だよ......)
この世界-ハルシオンはかなり平和だ。
戦争もなければ犯罪も貧困もなく、食べ物も美味しく、人は優しい。
皆が幸せに暮らしている。
まあ、この世界の加護的なものが働いている影響もあるのだが、
1.傷を負ってもゆっくりだが、修復してくれる
2.例え誰かが怒ったり、悲しんだりしても、その感情が徐々に消えてゆく
3.ここではどこの国の人だろうと普通に会話ができる補正がかかる。。(文字には補正なし)
と、普通にいい国だ。確かに感情が消えてゆくなんて一種のディストピアだなんて考えた事もあるが、嫌な気分なんて無いことに限る。
ちなみに僕は一度王立統制院に受験をし、不合格の烙印をもらっている。
浪人だ。
元々勉強が嫌で、してこなかった僕は一年間の浪人生活を経て、なんとかここに入れたのだ。
初日に出会ったエイリに勉強を教えてもらったり、王立統制院にいる知り合いに推薦書を書いてもらったり、尽くしてもらいまくってここにいるのだ。
だが、浪人している間にも収穫はあった。
この世界の僕は魂だけの存在なので、現実にはしっかり、体がある。ただ、意識不明で病院スリープ生活をおくっているらしいが、
(......)
ともかく王立統制院にきて、もう3ヶ月だが、
仕事はドリムの討伐、道案内、見回り、書類整理と新人は雑用が多い。
僕としては早く夢の仕事をしたい。
その仕事以外で、この大陸以外の世界に行く手段があまりないからだ。
亡き師匠の遺言を守るためにも、僕はいろいろなこの世界の一面を知る必要があるんだ。
と、長々と語る僕であったが、今ある問題に直面している。
図書館で孤独に資料を読んでいた僕に一人の女性がこちらを見ている。それだけならまだいい。しかし、こちらに近づいてくるだ。
僕は昔と同様に人と必要以上のコミュニケーションをひかえているのでいかにうまい回避方法を使い、この場を切り抜けるかを考える。
彼女とは面識があるので避ける必要もないのだが、
まあそれはいいとして、茶髪のショートヘアが愛らしく、告白されたらOKするしか選択肢ないよねと思えてしまうほどの可愛さの目立つ持つ美少女が僕に話かけてきた。
(さあどうする!)
「先輩! 今暇ですよね?」
「見てわからんですか。今資料を読んでいるので話なら後にして」
{メイジは今忙しいから邪魔するなを発動}
「そうですか......じゃあ失礼します」
あっさり僕に背を向け、顔を俯かせて帰ろうとしたので僕は冗談だと言って引き止める。
その言葉を聞くと待っていたとばかりに彼女はぱあっと顔を明るくさせ、僕の方を振り返る。
ワンテンポ遅れて彼女のショートヘアで特徴的な三つ編みが横顔に垂れる。
「で、何のようですか?」
「そんなの、彼女いない歴=年齢という事実に落ち込んでいる先輩を励まそうとしに来たに決まってるじゃないですか! 」
彼女はそう言って前屈みになり、腕をぐっとする。
その時に彼女の自己主張の強いあれが大きく揺れ、僕の童貞心が動揺する。
(......反則だよ、それは)
と、内心で思いつつも顔には出さないよう苦笑いでごまかした。
この、クラスのアイドル的なオーラをかもちだす彼女はラル チャイリ。
僕と同期で入った王立統制院の一員だ。
彼女は誰に対しても優しく、彼女の笑顔は見るもの全てを幸せにすると老若男女に人気なのだ。
しかもどじっ子属性まで兼ね備える彼女はこの職場内にも熱烈なファンがいるので
僕とラルが話しているところをみられると犯罪が無いはずのこの世界でうっかり、刺され、この世から退場しかねない。
それだけは避けたい。......ホントに
「で、本当の要件は?」
僕はいつもの表情を取り戻し、いたずら混じりな顔でラルに聞く。
「え......先輩の顔が見たかったじゃあ ダメですか?」
彼女は顔を赤らめ、もじもじとしながら男性の心をブレイクダウンさせる必殺技を躊躇なく使ってきた。
しかも上目遣いでだ。
「いや、そういうのいいから」
と、適当にあしらう。僕の表情に全くの動揺がないのを確認すると彼女ふてくされた子供みたいな態度をとった。
ちなみに表情こそ変えぬものの、僕の心臓はすでにバクバクである。
だって、こんな可愛い子にそんなセリフを言われて平常心保っている人いる?
いないよね。しかも後輩系なのだ。
(これは脈ありなのか。いいや、そんなはずはない。ラルは誰に対してもこうなんだ。勘違いするするんじゃない僕)
「えっとさ、その先輩っていうのどうにかならない? 仮にも同期なんだし」
「いえ、先輩は私よりも年上なので先輩です」
自信満々に言うラル。
同期とはいえ、浪人してるんだよな~僕。
時計を見た。時計の針は3時を指している。
見回りの時間だ。
「そろそろいつもの見回り行きますかぁ」
気だるげに言いながら席を立つ。
王都を中心として王立統制院の下っ端がする始めの仕事だ。
交番のお巡りさんのように道案内などが主で、僕としては散歩だ。
「じゃあまた、ラル」
「はい! 先輩。雑用頑張って!」
ラルは笑顔で手を振る。
雑用、か。苦笑いしながらも手を振りかえす。
図書館の去り際に男の人が僕を睨んでいたがそれは無視した。
(多分、ラルのファンだな。刺されたくはないから関わらないようにしないと)
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教会の鐘の音が鳴り、鳥たちが羽ばたき出す。
街中で耳を傾ければ、子供が騒ぎ、物を売り買いする声が聞こえる。
街の見回りは平和そのものだった。
言うまでもなく、この世界は平和だ。人々が笑い、みんな幸せだ。
この世界には差別も無く、奴隷なんて制度もない。
みんな心が満たされているから誰かを傷つけようとしないし、罪を犯す理由もない。
「あとはドリムさえ消えてくれればな~」
と皮肉混じりに言う。
「ぐすん、ぐすん」
鳴き声の方向を見ると、小さい男の子が道の脇で泣いていた。
(年は5.6くらいか。迷子かな)
いくらこの世界が平和だからって誰もが一生のうちで一度も悲しまないわけじゃない。
僕は泣いている男の子に駆け寄り、声をかけた。
「どうしたの? お母さんとはぐれたの?」
僕は悲しむ人をほうってはおけなかった。
例え、その悲しみがすぐに治まっても。
その時は気持ちが辛くなるのだから
「うん、お母さん。どっか行っちゃったの」
「なら一緒に捜しに行こうか」
おいで。
そう言って僕は手を伸ばした。
「お兄ちゃん。ママをさがしてくれるの?」
「おう。早く見つけようよ」
行こうか。 男の子は僕の手を掴んだ。
自己満足でもいい。ただ僕は誰かが悲しんでるところを見たくないだけだ。
あの日の光景を見ているようで怖いんだ。
師匠が死んだ日、そして7年前の......
一瞬だが辛い過去がよぎる。
それを振り払い、僕は男の子を連れて人混みの方へと歩き出した。
「あのさ、お名前聞いていい?僕はメイジだよ」
「ぼくはね、木梨助って言うんだよ。きなすけ」
「おお、かっこいいお名前だね。付けてくれたのはお母さん?」
「うん」
その後も何気ない会話をして、僕らは楽しんだ。
木梨助君はお母さんの事になると本当に嬉しそうに話してくれる。
一緒に公園に行って遊んだとか、お家で食べたカレーが最高だとか。
お母さんが好きなんだとビシビシ伝わってくる。
結局僕は話を聞いているだけで、自分の話は出来なかった。
いや、一つだけした。
それからしばらくして、木梨助君のお母さんが見つかり、僕の今日の見回りは終了となった。
木梨助君は別れ際に"ありがとう"って言ってくれたんだ。 とびっきりの笑顔でさ。
たった一言。
でも今の僕には充分すぎる言葉だった。
涙がこみ上げてくる。ありがとうなんて言われたのいつ以来だろう。
人にはこの仕事をやってて良かったと思える瞬間があるらしい。
僕は今までそんな事フィクションでしかないだろうと思っていた。
でもあったよ。瞳から雫がこぼれでる。
それを拭きながら僕は誰にも聞こえない声で確かに言った。
「......この仕事やってて良かった」
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<木梨助君との会話>
「メイジお兄ちゃんってさ、兄弟いるの?」
木梨助君から放たれる言葉は好奇心でいっぱいだ。
僕はそんな彼を見ると生きていた頃のあいつとかぶる。
(あいつもこんくらいの年の時はやんちゃだつたよなぁ)
僕は少しばかり考える素振りを見せ、口を開く。
僕は彼に少しばかり嘘をついた。
「いるよ。ちょうどねぇ、木梨助君くらいの年の元気な弟が」
優しさで溢れるこの世界では僕が一番悪人なんじゃないか。
心の奥底でそう思えてしまう自分がいた。
みんなが他人を思いやれるこの世界で僕だけが自分の為だけに生きている。
そう考えるといかに自分が醜い存在かを思い知らされた。
(......僕は嫌な奴だな)