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第一章 止まらぬ涙

 この世界に形ある物は全て感情粒子から形成される。人も例外じゃない。

 そして、自身の形を保つために人は生きるための理由 "存在理由”で自身の感情粒子を縛っている。

 もし、存在理由がなければ自分の体は光の粒(感情粒子)となってこの世界から消えてしまうだろう。

 

 この世界では皆、やるべきことがある。

 

 それがあるからハルシオンにいる。

 

 この世界は夢が作り出す世界と同時にやるべきことを成し遂げるための世界ではないのだろうか


どんなにちっぽけな理由であっても......




------


 僕はフェンリルの背後に一瞬で駆け寄り、後ろ脚に向けて全力で斬りかかる。

 フェンリルはそれを前に進む形で避け、そのまま勢いをつけながら僕の周りを走り回る。

 

 「隙をうかがう、ですか。つっか速い。

  目で追うのがやっとなんですけど......」


 僕は背後をとられぬように、必死でフェンリルを目で追い、体を動かす。

 正直言うと体当たりされてしまえば背後もくそをない。こっちから攻撃しなければ......


 僕は全方向に向けて、刀を振るう。刀からは龍の形をした水が勢いよく飛び出る。

 精霊"アクウィール"の力。水と風を操る事ができるこの能力を使う事こそが精霊使いの真骨頂なのだ。

 

「アクウィール! フェンリルの動きを封じろ」


 水龍がフェンリルの動きを追う。だが、奴は速すぎる。あと一歩のとこで避けられる。水龍では捕らえられない。


 次に刀をフェンリルの方向目掛けて振るうと、そこから風の龍が生まれる。

 "真空斬 風龍"

 音速の速さで風龍が敵を追尾する。


「メイジよ、そのまま奴の注意をひくのじゃ」


 師匠がそういうなり、杖を構え、何かを呟く。

 僕は言われたとうりに水龍と風龍を交互に動かし続け、奴の注意をひく。

 ついでに前に飛び出し、奴の横腹でも斬ろうと刀をむける。

 だがフェンリルが体の向きを動かしたせいで刀が奴のの肉を裂く事はなく、突進の衝撃をもろに喰らってしまった。

 「がはっ、」

 

 そのまま数メートル先までぶっ飛ばされ、大木の残害にぶつかった。

 

「痛って、何なんだよあの体は。全然刀が通らないだけど」

 刀が通らないという焦りで声が荒げ、いらつくがそれを押さえ、呼吸を整える事に専念する。

 あの体毛のまえでは切り裂く事に重点を置いた刀じゃ無理があるか。確かにその通りだがここで諦めていい理由にはならないよね。もう少しで......


「師匠!! 準備の方は!」


「ほれ、もう完成じゃ」


 師匠がそう言うと地面が術式にそって紫色の光を帯び始めた。

 "対大型獣専用捕縛術"


 「ほれ、終わりじゃ」


 フェンリルが吸い込まれるように術式の中にはいり、白き神を捕縛する。


「逃げるぞメイジ! 術式が効いてる内に!」


 そう言って師匠がフェンリルから背を向け、逃げ出そうとしたし、僕も走ろうとしたその時

 「バキッバキバキ」


 凄まじく嫌な音が師匠の後ろから聞こえ、その方向を見ると、術式で押さえられていたフェンリルが、僕の大切な人を襲うのが見えた。

 なんでだよ。早すぎるだろ。


「師匠!後ろ!!」

 僕が叫んだ頃には師匠の肩がフェンリルによって噛み砕かれていた。


 その瞬間、周りの音が聞こえなくなった。

 

 ただ、僕は怒りに身を任せ、刀を手にフェンリルに突撃する。だが、冷静さを失っている僕に勝ち目などあるわけもなく、無残にも鋭利な爪のついた前脚で叩き潰された。

 肉が裂け、 骨が砕け、刀も砕け散った。

 それでも僕は白き神に攻撃する。武器を失った僕は効きもしないただの拳を使って......

 「くそ、くそ、くそ。お前のせいでお前の......ゴフッ!」


 奴がやったのはただ尻尾で叩く。それだけだ。

 それだけなのに僕は吹っ飛ぶ。それくらいの差があるのだ。


 僕は結局何も出来なかった。5年前と同じで、また大切な人を失ってしまう。

 目から涙が出る。何も出来ない自分の弱さを恨み、力が欲しいと泣き叫ぶ。

 全てがスローモーションになって見えてしまう。

「僕は、また、、、、、、」

 泣いてはいつくばるしか出来ない僕はただただ悔やむ。相手を屈服させるだけの力があればと。


「勝手にわしを殺すなやメイジよ、ゴフッゴフッ」

 片腕だけの師匠が口から大量の血を吐きながらも立つ。


「師匠駄目です。それ以上動いたら回復の恩恵が受けられずに......」


 泣きながら僕は頼む。じっとしてれば直に治癒が始まるからと。

 だが師匠は僕の言葉を聞かず、言葉を紡ぐ。


「我が弟子よ、いいか、これががさっきの質問の答えじゃ」


 師匠がフェンリルに向けて呟く。

 "消えろ"とだけ


 するとフェンリルの体が一瞬で、光の粒子となって霧散する。

 

 僕は信じられない光景を目にした。

 あれだけの強さを誇った神の獣が一瞬で倒されたのだ。いや、消されたといった方が正しいだろう。

 これが師匠の答え。

 これが生き物の感情粒子を操る魔法


「師匠これが......」


 僕が訪ねようと後ろを振り返ると師匠がどさっと音をたて、辺りに血の池を浮かべながら倒れた


「師匠!」

 僕は倒れた師匠に駆け寄り、体を起こす。

「メイジ。これが生き物が持つ自身の感情粒子を形として保つために必要な存在理由を消す力

 "存在否定”じゃ」


「存在否定。こんなものが......こんなものが普通の魔法使いにも使えるようになったら......」


 考えるだけでも恐ろしい。人が生きるための意味を消す力。

 魔法使いが気に入らない人を消し、独裁政治を行う事だってできてしまう。


「そうじゃ、この禁忌の魔法はわしがある裏の組織にいた時に研究されたものじゃ。だがこの魔法は人の生きる理由を消す。神の獣であってもな。

 そんな力はあってはならん。だから国はその能力を持つ者を秘密裏に殺害し始めたのじゃ」


 師匠はぜぇぜぇと苦しそうに呼吸をしながら語る。

 その話が本当なら今語られているのはこの世界の闇だ。

 その後も師匠はこの世界の真実について語る。

 

「だが、この世界の闇は今もなお存在する。この世界は決して完全な夢の国ではないのじゃ」


「師匠! もう喋らないでください。それ以上喋ったら!」


 訴える僕を指で制止させる。その目はこのまま語られせろと言っている。

 僕が黙って言葉を聞く事にすると師匠は口を再び開く。

「わしは賭けたのじゃ。この世界に住まう人々の希望に。

 メイジよ、この力(記憶)をお前に託す」


 師匠は僕の頭に手を置き、何かを唱える。すると、僕の心に存在否定の能力の使い方が浮かぶ。


「お主は自分に才能がないと嘆いておったが、それは違う。お主には多大な想像力とそれを実現できると信じれる心がある。

 ただ勇気がないだけじゃ。過去にどんな事があったかはわしは知らぬ。だがな、自信を持つのじゃ。ゴフッゴフッ」


「師匠。僕はあなたを失ってから生きていける気がしないです。だから死なないで......僕は、僕は......」


 泣きながら僕は言葉をなんとか口から出す。

 辛い。大切な人が死んでいく様を見るのは。



「泣くな我が弟子よ、いいか、お主はわしが死んだ後はこの世界をもっと知るために王立統制院に入るのじゃ」


「師匠、死ぬなんてそんな縁起の悪い事言わないでください! それに僕が王国の機関なんて偉いとこには......」


 王立統制院はかなりのエリート達が集まる。だから自然と学力も求められてしまう。勉強を怠っていた僕なんかじゃとても


「いいか、これはわしの遺言であり、最後のわしからの試練じゃ。だから必ず、ゲフォッ、王立統制院に入るのじゃ」


 師匠の息がさっきより苦しそうだ。止めさせたいが師匠は死ぬ最後まで僕の師匠として振る舞おうとしているのだ。それを止めさせるのは弟子としてあるまじき行為だ。

 僕は師匠の最後の一言までも聞く義務があるのだ。だから、だから......


「いいか、お主はもといた世界と親に関してあまり好いてはいないことはわかる。だがな、この世界もそうだが良い事悪い事はあるものじゃ。だから......

 この世界の良い事、悪い事を知り、お主がいた世界の良さを知りなさい。そのために王立統制院に入り、この世界を見てくるのじゃ。

 辛いことはある。楽しいこともだ」


 だからの、と一回溜めてから呟く。


「何事も一歩前に踏み出さなきゃ始まらないのじゃよ」


 これがわしの最後のお願い事じゃと師匠は無理やり笑顔を作った。

 僕は泣くしかなかった。師匠との思い出が脳裏に浮かぶ。

 師匠に空中庭園に連れて行ってもらった日、師匠と共に買い物をした日、初めて刀を勝手もらった日、いっぱいの思い出を師匠にはもらった。


「師匠ぉぉぁ。死んじゃやだよ。僕を置いて行かないでよ......」


 僕は泣き崩れ、顔は涙でぐしゃぐしゃぐしゃだろう。

 師匠はもう死ぬ。でも僕がずっと泣き叫んでばかりでは安心して天国に行けないじゃないか。

 だから......最後は泣くな僕。そう自分に言い聞かせた。


「最後にいいか」

 師匠がぜぇぜぇと苦しみに耐えながら最後の力を振り絞り、言葉を発する。


 「わしはお主の師匠(お爺ちゃん)としてちゃんとやれたかのぉ。

 わしはお主とのこの半年間は楽しかった、じゃよ......」



 僕は徐々に冷めていく師匠の手を掴み、まともに動かぬ口から必死に言葉を絞り出す。


「出来て、ましたよ。僕も師匠と過ごした半年は

 ......幸せでした......だから、だから」


 もうその体は動いていなかったが顔は微笑んでいた。 

 師匠の体の端から粒子となって空へと散ってゆく。

 

僕の瞳からポツリまたポツリと涙が落ちる。

 体の内側から悲しみの感情が溢れ出る。

 泣かないように頑張っても瞳からはどんどん流れでて、ぐしゃぐしゃになっていた顔がまた濡れる。

 

「いやだあぁぁ......いやだよぉぉ。師匠ぉぉぉ 僕を......置いてかないで......」


 その日、僕は一晩中。喉が枯れて、動けなくなっても、涙を流し続けた。




端から見ればこの世界に生きる何十億のうちの一人が亡くなっただけかもしれない


でも、僕にとってはたった一人の大切な師匠なのだ。


だから僕は自分の為に、そして師匠のために涙を流し続けた。



------


 あの時の出来事は今でも鮮明に思い出せる。

 大切な人をもう失いたくはない。誰かに僕と同じ思いをさせてはならない。それは使命のように思えた。 

 たんなる悲しむ人の姿を見たくないという自己満足にすぎなくても。


 あれから一年半の時がたち、僕は14歳となった。

 僕は二度目の試験でようやく王立統制院に所属する事になったわけだがその苦労は計り知れない。

 僕の背は160cmとなり、以前よりも、大人びた雰囲気を漂わせる。

 あの時と変わらぬ木々の隙間から光が差し込むこの家の扉を開け、僕はもう顔の見れぬ師匠に言葉を告げる


「師匠。 行ってきます」


 そう言って、僕 メイジは王立統制院の仕事へと向かうのであった。

 全ては師匠の遺言。


 「この世界の良い事、悪い事を知り、君がいた世界の良さを知りなさい」


 師匠の最後の修行を果たすために。


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