第一章 聖域の森にて
この世界は人の夢の総合ネットワークだと師匠は言う。
僕がいた世界でいう夢はその人の心(感情粒子)がこのハルシオンの数ある世界の一部に来て、見た記憶の一部なのだ。
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窓からは青い空、白い雲,豊に茂る木々が見え、 早朝から小鳥のさえずりが響き渡る。
僕は今、嫌々ながら、師匠にこの世界の文化、常識、そして学問を教わっている。
ゲームの設定を読んでいると思えば楽だが、学問は正直苦手だ。
この世界に着てまでするような事なのか?
疑問に思いながらも6時~8時までの2時間を学問にあてるという習慣にはもう慣れてしまっている。
今日習ったことはというと
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.この世界は中央の大きな大陸を始め、様々な世界が広がっている。
.現実に住む人々も夢を見るという形でならこの世界に来ることが出来る。ただし、一夢につき一つの世界。(普通は中央の大陸には来れない)
.この世界には国の治安維持と現実に住む人々の夢を守る組織 王立統制院がある。
具体的には
.法の制定
.一定値を超える負の感情の排除(ドリム討伐を
含む)
.現実から来た人を楽しませて、負の感情を取り除く
王立統制院はこれらの仕事をする。現実から来る人が負の感情を持ってしまうと、それがドリムになり、いちいち討伐しなくてはならない。
王立統制院の者は冒険者みたいにドリムからでる夢石を換金できるということが出来ない。
(倒しても給料アップにもならない)
その点、現実の人々が夢にいるうちに幸福になれば負の感情もは減らせる。
つまり、やるだけ無駄な仕事をこなすくらいなら元を叩こうと言うわけだ。
やり方は大胆というか夢世界っぽい。
.その人の夢がいい方向になるように、王立統制院のメンバーがその夢の役を演じていくのだ。
悪い王様、ヒロイン、ただやられるだけのモブ、
天才的科学者、主人公の協力者など
その人が見る夢のジャンルに合わせ、演技しなければならない。大変だ。
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「っと、今日はここまでにするかのぉ」
時計の針は8時を指し、8時の音を鳴らす。
僕は2時間座りっ放しで疲れた体をほぐすために腕や足を伸ばす。
この後は戦闘練習なので体が動かないことは致命的なのだ。だからこうしてほぐす必要があるのだ。
「メイジよ、いつも通り筋トレから始よじゃ」
師匠のこの言葉でいつも戦闘練習が始まる。
ギルドに入っていない僕のような人は独学か、師匠に弟子入りするしかなく、師匠との修行はきつい。でもワンツーマンなので上達は早くなる。
準備体操から始まり、木の上を走り、峠を上り下り、木刀で素振りをし、動きなどを付ける。
基本的だがとても大切なことだ。
特に一部の感情粒子を操る事が出来る魔法使いのような素質は僕にはなく、体術と剣術を鍛えるしかない。
師匠は
「この世界における能力はできると思えば出来るというように記憶の上書きでしかないのじゃ」
だからお主も本気で使えると思えば使えるぞい
なんていってたっけ、よくわからん。だが自信と似たようなものなら話は早い。
とある学園都市で言うパーソナルリアリティー
みたいな。そんな感じだと思う。
練習を一通り終え、木にぶら下がっている僕に師匠は次は実戦じゃ!と呼びかけ、張り切っている
どうやら今日は師匠も参加するらしい。師匠が参加するということは今日は大物と戦う事になる
自然と頬に熱がこもる。
僕を強いやつと戦いたくてしょうがない。
この時の僕は少し図にのってしまっていた。
大切な人が死ぬ恐怖を忘れてしまったのかもしれない。
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ここは人が来ては行けない神聖な場所なのでないかと思わず入るのをためらってしまう、そんな森だった。
小鳥のさえずりがこの森にこだまし、それに反応するかのように木々が波打つ。
ビル六階建てがすっぽりと納まってしまうほどに大きな木々が貫禄を持ってそびえ立つ。
そんな木々があるにも関わらず、日の光が木々の隙間からこぼれ、この森を照らす。
この森にいるだけで過去の悩みが嘘のように晴れる気がする安らぎオーラを放っているが、本当は人が来ては行けない場所なのかと疑ってしまう
そんなような不思議な森だった。
その森で僕と師匠は30はいるドリムの群れと闘っている。
初めての土地で不安だけど、いつもお馴染みのドリムがいて何か落ち着く。
まあ和みながらも僕は容赦なく人型ドリムを斬り伏せるのだが
死んだドリムの体が粒子の粒となって霧散していく様を確認しながら、師匠の方を見る
魔法使いである師匠は杖を振るい、土を操り、12匹の獣型ドリムを簡単に蹴散らす。
普段のように優しいおじいちゃんではなく、歴戦の魔道師の姿がそこにあった。
戦いが終わると、僕と師匠は世間話をし始めた。
「メイジはおの世界の住人をどう思うのじゃ」
「どう......ですか」
僕はこの世界の人達の事は基本的に好きだ。
人見知りな僕に対して、彼らは適切な距離で話てくれるのだ。
みんな笑っていて楽しいところだと思うのだが師匠はそうは思わないのか
「わしは嫌いじゃ。 皆へらへらしてばかりで
悲しみや怒りを感じないようにさえ思える」
師匠はそう言ってから切り株に腰を下ろす。
その瞳はどこか悲しそうだ。
確かにこの世界の人たちはふざけあうことはあっても、本気で怒る者を僕は見たことがない。
でも僕はこっちのほうがいいと思う。
誰も怒らないってことは平和だってことだと僕は思うから。
「平和な事は良いことじゃないですか。
そんなことよりも、師匠が5属性魔法全部使えるなんて聞いてないですよ!」
僕は師匠にムギィィとすねるように腕を動かす
何かこの会話は師匠の心の底が見えるようで怖い。だから必死に話を逸らす。
「ん?、ああ、あれはわしみたいに長年生きていれば自然と扱えるようになるものじゃ」
唐突に話題を変え、一瞬戸惑っていた。
師匠はああ言っているが長年生きたくらいで扱えるようにならない事はこの1ヶ月で知っている。
本来は 火、水、風、土、光魔法のうち1.2種だけを使う者がほとんどだが師匠は全部を扱える
この世界の魔法とは火や水といった物質の感情粒子(記憶)を自発的に操る事だ。
つまりよっぽどの才能が師匠には有るのだ。
僕よりもずっと凄い才能が......
「僕も魔法が使えればいいのですが......」
僕が情けなくそう言った。
僕には才能がないのだ。自信だってない。いっそのこと中二病にでもなれば......
僕がそう暗く考えていると、師匠は切り株から立ち、この世界に住む者の常識を覆す事を言った
「メイジよ、お主は本当に魔法として使われている5種類の感情粒子しか操れないと思っておるのか?」
「えっ、師匠何を言って......」
5種類以外の感情粒子が操れるとでも言うのですか。 だとしたら何だ。
この世界の魔法として使える感情粒子は家や作物も形作っている元素のような物なのだ。他に思いつくのは......
首を傾げ、考えていると一瞬だが、答えにたどりつけた。最悪の答えが
「師匠、まさか......人の感情粒子も操れるん
ですか、、、、、、」
人の感情粒子を操れる。つまりは......
僕が考えて終わる前にどこからともなく何かが大地を揺るがす
ワオォォォォォォォォ!!
この森全土に轟いたであろうそれは何かとてつもなくヤバい咆哮だった。
「まずい、今すぐ逃げるぞ! メイジ」
突然の事態に師匠が声を荒げる。
今の咆哮は今までに聞いたどれよりも恐ろしい何かの声だと本能が叫ぶ。
「師匠。何がどうなって......」
「 聖域を守護する神獣じゃ! わしらでは勝てん。逃げるぞ、一刻も速く!!」
その後は絶望という恐怖しかなかった。
僕らは全力で走るが咆哮の音量はますばかりだ。
それでも僕らは走った。生き延びるために。
森を抜けるまであと少し、そう思っていたちょうどその時
僕らがいる大地を含む森の一角が吹き飛んだ。
「痛ってて......師匠大丈夫ですか」
痛みで頭を押さえながら周囲を見渡す。
木々がへし折れ、大地がえぐれている。一度大地をひっくり返したように辺りが悲惨だ。
だが、それが気にならないくらいに奴の姿は恐ろしかった。
顔が狼で、尻尾は九尾、前脚の爪は鋭く尖っていて、一本一本がナイフのようだ。全長10mはありそうな巨体に全身が白い体毛で覆われ、光が当たると神々しくさえ見える。
「フェンリル!」
神の獣が僕の目の前に姿を現していたのだ。
僕何かじゃ勝てるわけがない。相手は聖域を守護する神なんて呼ばれる奴だぞ。
そう考える今も神獣は動かず、ただ僕を見ている。これは試練とでも言いたげに
「わかってますよ、逃がしてくれない事くらい」
戦うしかない。勝てるか勝てないじゃない。
戦って死ぬか、逃げて死ぬかだ。
絶対の死を目にし、僕は恐怖で動く事ができなかった。
体が震え、呼吸してるかさえも怪しくなってきた。
腰の刀を握ろうとするも手が思うように動かない。
死を覚悟したその時、近くの瓦礫がうごく。
それに視線を移すと、聞き慣れた声が僕の耳に届いた。
「痛たた、死ぬかと本気で思ってしまったわい」
「師匠ご無事で」
師匠が生きていた。絶望の状況に変わりはないが、それでも僕は安堵してしまう。
「わしはそう簡単にはくたばらんよ?このなってしもうたからには奴に一泡拭かせるぞ。
何事も一歩前に踏みださなきゃ始まらないのじゃからな。なぁメイジよ」
師匠はそういい、杖を手に攻撃体制に入る。
そうだよね、ここで死ぬくらいなら、せめて、
腕の一本でも貰わないと
「精霊よ 命の息吹き 命の癒やしをもたらす風と水の精霊よ 頼りない僕に力を貸せ、
アクウィール」
僕は翼の生えた小さいドラゴンを呼び出し、即座に刀に付与する。
「師匠死なないで下さいよ」
僕はそれだけ言うと神獣に突撃した。