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一夜に咲き散る少女の理想-後半

<お城-舞踏会会場>


 会場内には絶え間なくミュージカルが流れ、みな踊ったり、会話に花を咲かせたりとお姫様が居ないというのに貴族、王族達はそれを気にする素振りを見せず舞踏会を楽しんでいた。

 メイド服を着たラルはお姫様に連れ出されたメイジをただ見届ける事しか出来なかった事が悔しく、同時にお姫様に、あの少女に嫉妬してしまった。メイジと2人っきりの時を過ごせるなんて羨ましく思う。


「あの場所にいるのが私だったらいいのに......」

 

 ラルは寂しさを紛らわすために誰に頼まれたわけでもなく、自主的にモップ掛けをしていた。 

 それでもメイジの事が気になってしまう。

 こちらからフラグを立たせようといろいろ誘っているのだが、メイジの場合、ことある事に理由を付けてはラルの誘いを断ってしまうので一向に関係が進めないのだ。

 まるで『これ以上僕に近づくな』とでも言うように、

 それ自体は過去のトラウマでしかないとさっき王妃ことヒサミ先輩が話してくれた。


 「やっぱり先輩は強引に連れ出さないと行けないんですかね」


 ため息をつきながら手に持ったモップで床を磨く。その瞳は悲しげに、ただ磨かれた床に視線を向けていた。

 耳には今もヒサミ先輩の言葉が焼き付いている。

 ______あれは単なるトラウマでしかない。問題はメイジに存在理由が無いことなのよね______

 

 存在理由が無い。そんな事があっていいのだろうか。存在理由はこの世界で体を保つ役割があるだけに無い人はほとんどいない。

 それに生きる意味なんてのはきずいたらできているものだ。

 でもこの世界に来る者の中には生きる意味を見いだせない者もいる。でも、そう言う人は大抵は無気力で脱力状態に有ることがおおいのだ。

 だからメイジに存在理由が無いとヒサミ先輩の口から聞いたときはとても驚いた。

 

 存在理由とは目的であり、何かをしたいという意志だ。ヒサミ先輩いわく、メイジは誰かの不幸を取り除くという小さな積み重ねでなんとかこの世界に体を保てているらしい。

 メイジはこの世界に来て間もない頃に大切な人を失い、その人との生活を理由にしていたメイジは支えを生きる理由を失ったのだ。相当ショックだったに違いない。

 

 その話を聞いて自分は彼のために何が出来るのかを考えた。でもよくわからなかった。

 でも自分はメイジのためにひたすら笑顔を向ける事なら出来る。この笑顔が彼の役に立つのなら私は喜んで笑おう。

 そう私は心に誓うのであった。

 

 でもやっぱりもどかしい。いつも積極的な彼女にはひたすら見守り続けるのは性に合わない。

 

 「いっそのこと私を先輩の生きる理由にしてくれればいいのに............アッッッ!! 口に出しちゃったよ恥ずかしいッッ!!」


 顔を真っ赤にしながらラルはモップを持っといない方の手で胸を押さえる。

 心臓の鼓動が速くなり、胸の奥がうずいた。

 

 その光景を遠くから見ていたユーリは「若いね~そして呑気だね~」と1人呟いていた。

 ワインの入ったグラスを片手に、窓際の壁に背を預けるように立ち、ラルの百面相っぷりを観察している。

 呑気に話しているが存在理由が無い事。それは死を意味する。まあそれに気づいてラルが落ち込むと職場内の空気がまた変わってしまうのでそれはそれでめんどくさい。

 今のメイジは段々と崩れる砂山のようなものだ。砂山がなくなるのを阻止するには新たに砂を足すほかない。

 だからメイジは続けなくてはならない。小さな積み重ねを、もしくは主となり、固定してくれる存在理由を見つけなくてはならない。

 

「確か俺は生きる意味を探すだっけかな。懐かしいな、もう結構前だもんなぁ」


 ユーリは過去の思い出に浸るようにワイングラスを揺らす。

 血のように赤いワインがゆらゆらと波打つように揺れる。ユーリはそれを数秒間繰り返し、つまらなくなったのかワインを一気に飲み干した。


------


「私......まだ死にたくない......」

 彼女は剣を抱く格好でしゃがんでいる。そして剣に一筋の水が流れるのが見えるのとほぼ同じくして嗚咽混じりの彼女の言葉が聞こえてきた。

 涙で顔が濡れる彼女______サイリンを見て僕は頭の中が白くなるのがわかった。

 ______死にたくない。その言葉は彼女の心の底から聞こえてくるように思える。

 でもそのわけがわからなかった。わからぬまま彼女を慰めようと肩に手をおこうとしたが、その後の言葉を聞いてその手を引っ込めてしまった。


「私ね、本当ならもう死んでるの。それなのに生きたいって......もっとその世界で暮らしたいって思っちゃったの。わがままだよね」


「なっ......」


 彼女の話からすると死んだもしくは死ぬ寸前で彼女の心はやってきたのだ。それは向こうに戻っても彼女は死ぬのを意味してしまう。

 この世界の時間の流れは地球と比べどれくらい違うのかはわからない。一夢で一生分の時間を過ごす人もいると小さい頃にネットに書いてあった。でも、そんな事が毎度おきるわけがない。

 事実上彼女の余命は残り数時間となるのだ。

 その事実を突きつけられ、僕は体から力が抜けたようにその場にへたりこんでしまった。

 視界に彼女がうまく入らない。いや、僕はどうしていいかわからずただ混乱して、頭が上手く回らない。心臓の鼓動が早くなり、額から冷たい汗がこぼれてくる。

 彼女が死ぬ。その事実は僕の記憶にある過去の光景と重なり、あの時の恐怖を掘り起こされる。......また目の前で人が死ぬところを眺めているだけしか出来ないのか。

 


「泣かないでメイジ。あなたが泣いたら私......余計に............死にたくなくなっちゃうでしょ」


 彼女に言われ、初めて自分が泣いている事にきずく。手をかざすと頬から零れ落ちた涙の粒が雨漏れのように落ちてくる。この世界ではこんな僕でさえ感情表現が豊になってしまうらしい。

 頬を伝う涙を拭き、彼女の瞳から零れる大粒の涙も袖で拭った。その涙の粒は水晶のように輝き、彼女の気持ちが詰まった物だと思える自分がいた。少し前なら涙にこんな関心を寄せる事すらなかったのに。

 いくら拭っても彼女の瞳からは涙があふれれ、そのたびに僕の袖は重くなっていった。


 涙が治まると互いに背を預けるようにして僕らは座り、大きな月を見上げていた。

 それはこの夜を優しく照らす神様みたいな存在に今は思える。相変わらず月明かりを反射している銀世界は美しく、そして眩しすぎる。

 

 お互いに一言も発しないが、なぜか心が繋がっているように思えた。


  僕は彼女に何が出来るのだろう。わからないが彼女が消えるその瞬間まで僕は彼女のために尽くそうと思う。せめて死ぬ最後まで笑っていて欲しいから。


「ねぇ、あなたの話を聞かせて。あなたの事を少しでも知りたいの」


 不意に彼女は小さい、でもしっかりとした声で呟く。

 

「僕の話でいいの? 何から話そうかなぁ」

「それじゃあ、あなたの辛い過去の事を話してこれは姫からの命令です」


  彼女は死の恐怖に負けじと優しく微笑んだ。不覚にもその微笑みは今まで彼女が見せたどの笑みよりも美しかった。彼女の消えゆく灯火が、それでも懸命に生きようとしている様が僕の心に幸福と悲しみを植えつける。

 もちろんそれは顔に出さず、過去の記憶をたどってゆく。


「えっとね、僕には師匠っていう大切な人が居たんだ。でも僕の力の無さのためにその人は命を落としたんだ。僕の目の前で............

 力の無い者が大切な人を失いたくないのなら、力をつけるか大切だと思える人を作らないかだ。

 だから無意識の内に人との距離を取ってたんだと思う」


 ______僕にはまだ誰かを守れるだけの強さがないから_____


 僕はいつの間にか彼女との間に距離を作っていなかった。過去の事を誰かに話した事は今までなかったのにだ。

 でもこの話を話せたことが嬉しく思える。もちろん過去の悲劇は脳裏に焼き付いている。それでも彼女に話すことで心の重りがいくらか取れた......気が楽になった。

 

 「そっか。あなたは私とは違うけどどこか似てる。

 私もね、お母さんが病気で死んじゃったの。それで周りには私を一種のステータスのように見る男ばかりが残っちゃって。心に仮面を付けて......本当の意味では誰とも触れ合おうとしなかったの。」


 彼女の声はこの澄み切った空気によく響き、振り返った先の彼女の瞳は透き通るように眩しかった。

 なんか不思議な展開になっちゃったな。初めてあった少女とこうして過去を語っているんだから。


 「でもね、メイジは他の人とは違ったの。私を1人の少女として接してくれて。私を逃がすためにボロボロになって。本当にあんたって馬鹿だよね。

 でもね、そんなあんただから私は心を許せたのかもね。」

「僕もだよ。急に態度を変えたときは驚きを隠せなかったけど」

「それは護衛のくせに私の演技を見抜けなかったあんたが悪いのよ」


 僕はたまらずムーっと頬を膨らませると、彼女は腹を抱えて笑いだした。それに釣られ僕も久しぶりに心の底から笑う。

 笑い終わると彼女は少し真剣な表情の顔を僕に向ける。


 「あのさ、護衛の続きをやってくれる? 私まだ満足してないから......その......あなたがいいと言ってくれるならだけど」

「ああ、断る理由がないよ。僕は君のナイトですから」


 よっこらせと声に出しながら立ち、彼女に手を貸す。

 鼻を撫でる植物の香りが心地よく、降り行く雪をその手に納めようと手を伸ばす。

 当然雪は手に触れると溶けてしまうが、その手で握りしめる。触れたくても触れ合えない何かを握るかのごとく。

 

「よし、行こうか! 月というなの魔法図書館に!」

「で、方法は? まさか飛んで行けるとでも?」

「まあそうとも言えるね。」


 それを聞いて彼女はまた困惑の色を見せる。

 何度と見たその表情を見納めと思うと少し悲しくなるがすぐに月へと視線を戻し、前に進み出す。


「どんな風に月まで行きたい? 羽、馬車、ほうき、翼、魔法の靴。この中ならどれがいい?」

「えっ! じゃ、じゃあ靴でお願い。ほんとなんでもありねこの世界。呆れて物も言えないわよ」

「あはは......少し待ってて。今作るから」

 

 そういって僕は前に出した手のひらに意識を向ける。サイズは21くらい。サイリンに合う感じに。重さは手に多少の付加がかかる程度。色合いは小麦色、でいいよね?

 その他様々な情報をイメージ。手のひらに靴が本当にあるように感じ、触る感覚で自身のイマジネーションをフルに働かせる。


 すると、どこからともなく粒子が現れ、手のひらにへと集束しだす。

 次第に形がかかとの高い靴へと変貌してゆく。そして粒子の動きが見えなくなる頃には小麦色のウェッジソールが僕の手のひらに置かれていた。

 

 これがメイジの得意とする(唯一精霊の補助なしで出来る)創造魔法“アートマジック”

 生命のないもの、属性のないもので今は一軒家程の大きさと限定されるが、この魔法が使えるアドバンテージは大きく、何度もこれに危機を救われてきたのだ。時に家の修理に。時にはなにも持たずにサバイバルをする事になったときとか。


 これはさすがに驚くだろうと自慢げに彼女の顔に視線を向ける。


「ん、ありがと」


 ひょいっと僕の手から靴を奪い、彼女はそこら辺にある手頃な切り株に座り、即座に靴を履き替える。その顔に驚きはなく、表情を崩さない。

 落ち込み、うなだれながらその時僕は悟ってしまった。いろいろなことを体験しまくった彼女にはこの程度の事ではもう感動もないのだと......

 

 僕はしくしくとギャグに使われる演技臭い涙を流しながらも自分用の靴を生成し始める。


 靴を履き終え、立ち上がった僕は彼女に月への行き方を教えるべく前へと体を進ませる。

 そして何もないはずの空に足をかけた。足にはトランポリンのような弾む手応えを感じ、また一歩見えない段差を登ると中を浮いている格好になった。


「こうやって空に階段があると思って一歩ずつ歩いていくのがこつだよ」


 そう言ってまた一歩と上に僕は登っていく。


「えっ、そんないきなりはその......

......失敗したら空から落ちそうだし」


 空中歩行に抵抗のある彼女は踏み出そうと足を上げてもまたすぐに引っ込めてしまう。それに見かねた僕は「ほれ」と言って手を差し出す。


「ほら、一歩踏み出して。君なら出来る」

「えっ、でも......」

「一歩前に踏み出してからでもおそくないよ。

 僕が支えるから」


 僕が彼女の手を握ると、彼女はゆっくりとだが右足を見えない段差にへと掛ける。それを見て思いっきり引っ張ると彼女の体は地面から完全に切り離された。


「ほら大丈夫」

「ほんとだ。凄い、私宙に浮いてる!!」 


 彼女は今も信じられないように足場を踏み、不思議そうに感触を確かめている。

 彼女が確認をし終えると、僕は一段進み催促をする。


「よし、月まで行くぞ!」


 そう叫んで空を走り駆けた。

 僕らは一段また一段と月との距離を確実に縮める。この世界の月は空を10分歩くだけで着いてしまうほど近くにあった。実際の事はわからないが、僕らを飽きさせないように距離を調整しているのかも知れない。現に僕らは楽しみや期待感を残したまま月までたどり着けたのだから。


 月は自身で金色の光を放ちながら空に浮かんでいる。大きさはざっとだが、元の世界の10分の1しかないように思える。

 月に触れるとほんのりと暖かい。

 本来なら月に生身で来ようものなら大気圏なり、酸素が無いなどとても肌触りを感じる事が出来ないだろうがこの世界ではそれが出来る。

 月への余韻を残しながらも僕は本来の仕事を思い出す。


「それじゃあ中に入ろうかまずここに手を触れて......

「いいの。ここまででいいから」

「えっ、何か僕気に障るような事でもした?」

「ううん、何も。ただね、私の中で月を永遠の神秘にしたいの。だって......」


 彼女は一間背を向けてから口を開く。


「知らない神秘ほど綺麗な物はないでしょ」

 

 くるりと顔をこちらに向け、月の光を浴びた微笑をする。

 

「それに、そろそろお城に戻らなくちゃ。私お姫様なのよ」


 それを聞いて思わず笑ってしまった。王子を放っておくお姫様なんて昔の時代にはいただろうか。


 「そうだね。それじゃあ空中歩行のまま帰りますか!」


 お城につく頃には彼女の顔に緊張と不安が見え、舞踏会会場の扉を開ける時にはよりいっそう顔が険しくなった。


「大丈夫です姫様。行きましょう」

「待って! あの......最後にその......ありがとう......」

「こちらこそ!」


 僕は思いっきり扉を開けた。

______彼女はここで死ぬ。だから最後は笑顔で見届けてやる。


 会場を見渡すと皆僕らいや彼女を見ていた。

 そして同じ王立の仲間はグッジョブとサインをしている。僕は彼らに「一曲流して!」とサインし、彼女の手を引き会場の真ん中まで移動した。

 ラストはお姫様が王子とのダンスでフィナーレ。これならばいい思い出になるに違いない。


「さあ、お姫様。王子と一緒に最後のダンスをお楽しみください」

「えっ、ちょっと私ダンスしたことないんだけど!......それに流れ的にあなたが......」


 最後らへんが聞こえなかった。王子ことユーリ先輩にきてもらおうと手を振るとなぜか「ここはそうじゃねーだろ」と返事が来る。

 よくわからないが彼女を先輩の所まで連れて行こうと手を引くと逆に彼女の両腕によって引っ張られてしまった。

 彼女は顔を俯かせ、口を動かす。だが、それは僕の耳には聞こえないくらい小さく、わかるのは彼女の腕が震えていることだけだった。


「......あなたが......いい。私はあなたと踊ります!!」


「ぼ、僕でいいの?」


 いきなりの命令に僕は動揺を隠せず頭が混乱してしまった。

 自分では対象出来ず、後ろの仲間に助けを求めると、皆なぜか納得したように首を縦に振っている。その様子を見て自分が一番彼女と接しているのだと思い出す。

(そうだよね。僕は彼女の護衛なんだから)


「......踊ってくれる?」

「はい! 僕はあなたのナイトですから!」


 曲が会場に響き渡り、一斉に他のダンサーが動き出す。周りの動きだしを見計らって僕らも踊りを開始する。右へ一歩、左へ一歩。覚えなれないステップを必死に呼び起こしながら彼女をリードする。

 さらに演出のため精霊の力と創造魔法の合わせ技で周囲に氷の花を咲かせる。その花は咲いては音もなく砕け、また咲く。


 ふと、彼女の顔を見るとその顔には涙が浮かぶが、それが嬉し涙だということは直ぐにわかった。

 それほどまでに彼女は楽しそうに笑うのだから。

 曲が終盤に入り始め、圧倒的な適応力によって動きを覚えた彼女にリードされながら踊り始めた頃。

 不意に彼女が足を止めた。彼女の手が僕の手を力強く握り、僕は彼女の終わりを悟った。

 思えば中々ハードスケジュールだった。最初は予定通りに終わると思われたところで外に連れ出され、月を見るために雪山と街を駆け巡り、そして今がある。

 たった一夜の出来事ではあるがとても楽しかった。人と真っ向から向き合うのも悪くないと思えたのだ。

 

 それを教えてくれた彼女の命はこうしている間にも消えようとしている。

 彼女はその潤んだ瞳から零れる前の涙を拭き取ると、僕に微笑みかけた。


「あのね、その、私はあなたと出会えてほんとに良かった。だから......これからも私みたいに誰かを笑顔にさせてあげて。私からの最後の命令です!」


 彼女の言葉を聞いて声を出そうとした矢先、柔らかく暖かい何かが僕の頬に優しく触れた。

  僕は驚きのあまり視線を向けると、僕の頬に彼女の顔が覆い被さるようになったのが見えた。頬から伝う生暖かい息が僕の心をぐらりと揺らす。急速に早くなる鼓動の動きを感じながら僕は目の前が真っ白になりかけた。

 なにぶん今まで経験したことのない感触だったために僕は激しく動揺し、頬に赤みを灯す。

 そして彼女の体から何かがこぼれてゆくのが見えた。一瞬涙かと思ったそれは宙に漂い、姿を消した。

 その光景を見ている事にきずいたのか彼女は一度僕から離れ、くるりと体を回転させる。

 彼女の体からはさっきは見られなかった光の粒が 一つまた一つと抜けてゆく。

 終わりが来たのだ。本来なら王立統制院の上の人達が任意で彼女の体をこの世界から切り離し、元の世界へと戻すのだが、今は違う。彼女はこの世界から消えるのだ。

 こうしている間にも彼女の体の半分が姿を無くし、光を放つ発光体となる。

 彼女の頬には涙の線ができ、別れを惜しむのを隠すように曖昧に笑う。


「ありがとうメイジ。君のおかげで楽しかったわ。あと君の事も好きになれたし。それからね......」


それから彼女は両腕を後ろに隠し、一歩下がる。


「また天国で会いましょ。あんまり早く来られても困るけど......それまではさようなら」


 彼女の微笑み______彼女の命の輝きを僕は失いたくはなかった。

 僕は彼女を彼女を失うまいと必死に手を伸ばした。

 スローモーションのように時間がゆっくりと流れ出し、体が嘘のように重くなる。

 

 だが、手を触れる寸前、彼女の体は崩れる砂のように呆気なく粒子となって霧散した。

 粒子は着たときと同じく窓の外へと消えてゆき、空を駆けるように移動する。

 僕はその粒子を追おうと窓から身を乗り出し、城の屋根に登った。

 ______イヤだよあの笑顔が消えるのは......


 自分のしていることが意味のない事だと理解している。それでも僕はその光をこの手で掴みたかった。

 たった一夜だけの出会い。それでもこの出会いの証を残したかった。

 

 屋根で助走をつけ、この世界で鍛え上げた身体能力をフルに使って跳躍をした。

 このお城は魔法によって耐久力が極限まで上がっていなければ今の跳躍によって城は跡形もなく崩れただろう。それほどまでに足に力を入れて飛んだのだ。


 僕の体は真っ直ぐに粒子へと向かい、その手を伸ばす。あと10cmほどで粒子に触れられる。もはや創造魔法を使う時間などなかった。だからこそこの跳躍に賭けるしかなかった。______届け僕の腕。頼む届け


「届けぇぇぇッッ!!」

 

 だが、僕の咆哮は虚しくこの空へと消えていった。僅かに距離が足りなかったのだ。

 体は無残にも重量によって地面へと落ちる。

 地面の衝突音と共に僕の体に激痛が襲う。

 立つことが出来ず、僕はその場にしゃがみこむ事しか出来なかった。

 底なしの虚脱感が僕を襲い、それに呑み込まれそうになる。結局なにも出来なかったのだ。それと同時に自分の力の無さに腹がたつ。

 もっと自分に力があれば、僕に他者を生き返らせる能力があれば。 


 だから僕は誰かが僕の肩を叩くまでその人の接近にきずくことができなかった。

 

 いたのはユーリ先輩だった。さっきの僕の行動に見かねたのかなにも言わずにしゃがんむ。


「確かに辛いよな。初めて担当した人が死ぬってのはその気持ちはよくわかる」

「......わからないですよ。先輩には僕の気持ちはわからないですよ!」


 いつの間にか僕はユーリ先輩に怒りを向けていた。多分これは八つ当たりだろう。それでもユーリ先輩は退かずに僕の言葉を受け止める。


「僕は向こうから来たから......彼女の事が

みんなよりもわかるんです。向こうの世界はそりゃ理不尽で退屈で............それでも彼女は必死に生きたんです。それなのに僕は何も出来なかった。

 彼女は僕に好きだと言ってくれたのに、僕は彼女を抱くことも出来なかった」


 ユーリ先輩の襟元を掴み、震える声で僕は言葉をつのる。


「それをこんな平和な世界で生きてる先輩に何がわかるんですか!!」

「ああわかる。痛いほどわかる。俺も向こう出身だからな」


 先輩も向こう出身。知らなかった。いや、知ろうとしてなかっただけだ。それほどまでに僕は他人に感心を抱けなかった。


「お前は彼女の心を救えたと思うぞ。彼女の最後の顔はどんな表情だった? それがわかればいい。」


 その言葉を言ったのち、ユーリ先輩はこの場を去った。後に残った僕は彼女の最後の顔を記憶から呼び起こす。最後の表情それは

 ______笑顔


 それがわかったとたん、僕の頬に何度となく流れた熱い涙が再び零れ落ちる。静寂のこの場所に僕の嗚咽だけが響きわたる

 そして木に背を預けながらもう消えたであろう彼女の粒子に囁く。


「感情粒子よ空に舞え。願わくば君のこれからの旅が良きものになることを......僕は祈る」


 空の端には日の出が出始め、朝の日差しが頬を撫でる。静寂を引き裂くように現れた太陽が彼女の返事のように思えた。


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