一夜に咲き散る少女の理想-中編
お城を離れるにつれ、森中に響き渡っていた
虫たちの声は聞こえなくなり、変わりに町から人々の笑い声が聞こえ始めた。
夜の町は光と音で溢れ、平民たちがビールを片手に談笑を楽しん者や屋台で何かを食べるのが見れる。
「ねぇ、あの大きな協会は何?」
「ああ、あれはボルス教を崇拝するために建てられたボルスサンクチュアリの一個ですね。
収容人数三万人で、ここら一体に、住む人々全員が入りきれる大きさとなっております」
そう言って彼女が指差したいかにもファンタジー感溢れる協会について説明した。
全体的に白い石造りをしていて月の明かりを得た協会はどこか謎めいていて、吸血鬼が住んでいるお城なのではないかと思えるほどにはホラーがあった。
実際あそこは一日中何かを唱えていたり、賛美歌やらでこことは違う世界感があるのではないかと以前から思っていた。
現在青色を基調とした騎士団風の服を着て、腰に立派な剣をさげる未熟護衛メイジは水色お姫様ドレスのわがままなお姫様と共に町を散策している最中だ。
少女は町を見渡しながら子供っぽく「ねえねえあれなに」と聞いてくる。
そのたびに説明をしているのだが、これではただの観光旅行ではないのかと心底疑問に思う。
質問に答えるたびに彼女は純粋無垢な可憐な笑みをこちらに向けるので、今のところ悪意がないことが見て取れる。
「お姫様、早くお城に戻りませんとみんなが捜しに来てしまいますよ」
メイジはこれ以上予定が狂うのを避けるために彼女には一刻も早くお城に戻ってほしかった。
なにせ初めての仕事でイレギュラーな事態がおきたのだ。自分では対処が出来ない。誰かに手伝って欲しかった。
しかしそれを聞くやいなや彼女の顔が見るからに不機嫌になり、うざったそうな目でこちらを見る。
「嫌よ、何であんな所に戻らなきゃいけないのよ
そんな事よりも私はもっとここについて知りたいわ。ナイトなんだから説明しなさいよ!」
その宝石にも似た青い瞳でこちらを睨み、死んでも帰らないと物語っている。
渋々彼女をお城につれて帰るのを諦めた。
この仕事で大事なのは任務どうりに進める事ではなく、相手を喜ばす事なのだ。
仕方なくメイジは彼女について行く。
「あとあんた、私はお姫様じゃないんだから名前で呼びなさいよ。
サイリンよ。生まれは日本とアメリカのハーフ現在はイギリスに滞在中。とまあこんなとこね。あんたも自己紹介しなさい」
なぜか名前を呼ぶから自己紹介に変わっているのか気になるが、それをいちいち気にしてられるほどメイジは大人ではなかった。
ただただ自分について言える範囲内で答えた。
「僕はメイジ。年は14生まれも育ちも狭い日本のみで、現在はここで働います。」
「よろしくメイジ。話し方はもっとフレンドリーにしなさい。私、堅苦しいの嫌いだし」
サイリンは少し上から目線で指示をした。
その会話は友達になる前の自己紹介のそれだが彼女の声音には「私を怒らせたくないならそうしろ」と命令が混ざっていた。
「じゃあ聞くけどサイリン、君はここで今何がしたいの?」
言われたとおり、会話から敬語を取っ払ってやった。
サイリンがここで楽しむためには彼女の意見を聞かない事には始まらない。
顎に手を乗せ、少し考える素振りを見せ、それからレストランのメニューを選ぶ時のように、目を輝かせながら「あれもしたい、これもしたい」と楽しげに語る。
「じゃあここら辺で一番おとぎ話っぽい場所に行きたい!」
「ええっと、おとぎ話っぽいとこ......じゃあ月に行くか」
「えっ!月ってあの」
驚く彼女に首を縦に振るとさらに驚かれた。まるで狐に化かされたあとのように目を見開いている。
自分も最初の頃はこんな感じだったのだろう。
最初、師匠に天の川を見に行くと連れ出されたときは凄く驚いた。
なにせ、大量の粒子が遙か遠くからここまで流れて来て、自分が立っているすぐ上を粒子の粒が通過するのだ。それは手を伸ばせば届きそうなくらい近くで。
それは雲の中に入ったような不思議な感覚で、今この瞬間僕は凄い光景を見ているとはしゃいだものだ。
メイジは昔の事を思い出し、口元に笑みをこぼす。
「それじゃあ行きましょうか。寒いでしょうから防寒着などを買う事をお勧めしますよ」
「はぁ? 今は夏よ。いくら夜が涼しいからって......まさか......夏の夜に一カ所だけ雪が降ってるなんて言わないわよね?」
さっきの月に行くという時にも負けず劣らずの困惑な表情だ。
そのまさかの季節逆転なんてのはここではそう珍しい事ではない。
空間内でその世界との関わりを断絶する結界でも張れば外とは違う世界が簡単に出来るのだ。
まあそれをやるだけの気力を持つ人を今まで見たことはないし、天然の結界なんて数えるほどしかない。
まさに自然の神秘だ。
王立統制院に入る人の大半が、この広い世界に無数に存在する神秘をこの目で見たいからという理由で就職したのだ。
僕もその一人であって世界の神秘全部を見ようなんてむちゃな考えまでしているのだ。
それほどまでにこの世界で見る光景はとてつもなく美しいのだ。
その後、彼女は店に早々と入っていき、何も買わず早々と帰ってきた。
理由はお金がないから買えないだそうだ。
めんどくさいとため息をつきながら、僕も店の中に入って行った。
その後、僕らはある山奥の結界の中に入り、ただ降り行く雪を手の中で包み込んだ。
雪はふわふわと宙を漂い、肩に降り積もる。
辺りは白銀の森だった。足を踏み出し、降り積もった雪の感触を感じながら懐かしき冷たさを味わう。終いには2人で「「雪だー!」」と叫びながらワァーと走り回ったりした。
しばしの休憩のあとメイジは月への通路を見つけた。
「ねぇ、本当に月に行けるの?」
サイリンは不安というより期待の眼差しを山頂に向けながら呟いた。
彼女の服装はこの雪山と同じ色のオーバーコートを羽織り、耳当て.赤色のマフラー.手袋と万全の体制でこの銀世界に挑む。
対してメイジは変わらず青の騎士団風のPコートを着込んだだけのシンプルな服装で雪山には少し心許なく思えてしまうが、意外と寒く感じないのだ。
僕は彼女の白く染まる頭をポンと軽く叩く。
「ここはお兄さんに任せなさいって! 僕が君をこの世界に来て良かったって思えるくらいの光景を見せるから」
彼女はそれを聞くと嬉しそうに頷き、手袋をした手で僕の手を繋ぐ。
「あのさ、さっきのボルス教って何? 他の教徒と何が違うの?」
「ボルス教!? ......確か『強さを求めず、誰かを助けられる力を求めよ』を掲げたこの世界最大の宗教だったはず」
このボルス教の神話ではボルス率いる12人の神が独裁を繰り返す他の神を滅ぼすというなんとも宗教問題集になりそうな話だが、国民からの支持は厚い。
だが、所詮宗教なんて政治の政策でしかない。
神なんているかわからない物に祈りを捧げるとか僕だったら嫌だな。
「へぇ~。じゃあ、この世界にはまさか神様までいるの?」
「いや、神はいない......と思う。ただ天界にはこの世界の秩序を守るために神の記憶を引き継いだ者が住んでいるって話は聞いたけど、本当か僕にはわからないね」
手を挙げて、首を横に振った。
それでも彼女の興味は尽きる事がないらしく、キラキラと目が光っているように見えてしまう。
「ここは異世界なの? 私は帰れるの?」
「異世界か......そうとも言えるし、違うとも言えるね。
ここは人々の夢を一つにまとめた総合ネットワークって言われているから、地球のどこかにあると僕は推測するね。」
「凄いわねそれ」
彼女は感心したように首を頷け、言葉を募る。
「その他にも大陸では様々な文化、多彩な絶景が見られ、魔法使いのテレポートを使えば、各エリアに跳べるから自分にあった世界を見つけ、定住するなんて人も多いね」
緩やかな道が途中で終わり、平坦な道に差し変わった頃、辺りは山ではなく、雪が降った街へと変わっていた。
ぽつんと佇む街灯が暗い夜道をうっすらと照らす。この街は住宅が多く、都市というほど発展しているわけでもなく、かといって田舎でもない。
ポツポツと振る雪がコンクリートの道を白く染め始める。 口からは白い息が漏れ、街の寒さを物語っている。雪山程ではないにせよ、夜の寒さはさすがに堪える。
「ねぇ、いい加減着かないの? 辛抱強い私でももう我慢ならないわ」
サイリンはいきなり歩くのを止め、こちらに振り返るなり、イラつきのある顔を向けてきた。
これまで歩いた時間がざっと一時間、上り坂を含めれば10歳の彼女にはさぞきついだろう。
呼吸が少し乱れ、額には汗が出ている。
それに気づいたメイジが休憩するかと聞くと『なによ、それじゃあ私が疲れたっていってるみたいじゃない!』ときれられた。
「ごめん、ごめん。後はこの道を真っ直ぐ行った町外れの一軒家に行けば見れるよ。距離にして後10kmくらいだね。頑張れ!」
ハァァと長いため息が僕の隣から聞こえてきた。それは注文した料理が運ばれてこないので退屈に待つような感じだ。暇なのだ。
彼女の顔からは笑みは消え、うなだれている。
必死に話題を探すがなかなか出てこない。メイジがう~んと頭を捻っていると隣のお疲れ少女が重くなったであろう口を動かす。
「ほんと退屈。ねぇなんかないの? ここでは世界を滅ぼす何かがいるとかさ、なんか面白い話でもしなさいよ」
「んな無茶苦茶な。別に世界を滅ぼす何ちゃらなんてもんはここには何もいないよ」
「えっ、いないの! 王子がいるんだからてっきり勇者もいるんだとばかり......もしかして人同士の争いもないの?」
「ないね」
サイリンはそれを聞くとつまんないとそっぽを向く。そんな事をいわれてもないものはない。唯一いるとすれば......
「......ドリム......かな」
「!? なんか面白そうな予感! それは何、人の天敵もしくは世界を終わらす天災かなにか」
「勝手にここをダークなファンタジーにするな。
ドリムってのはサイリンが住む世界の怨念やら負の感情やらがこの世界で形になった魔物的なやつだ。体が黒っぽいて、黒より黒い粒子が周りを漂っているから多分すぐにわかる」
彼女はそうなんだぁと頷くなり、急に立ち止まった。何事かと顔を見ると何かに怯えたような目をしていた。体はガクガクと震え、顔は青ざめている。さっきまであんなにはしゃいでいたのに急にどうしたのか。
僕がどうしたのかと尋ねる前に彼女が震える口を開く。
「ねぇ......ドリムの姿にドラゴンはあるの?」
「ドリムはその感情の強さでだいたい決まり、中には悪霊の感情が体現した姿が鯨なんてこともあったから、ないとは言えないね」
「......じゃあドリムは目の前に人がいたらその......襲ってくるなんてこともあるの?」
さっきから彼女の様子が変だ。まるで蛇に睨まれた蛙とでも言うべきか、なぜか涙目になり、手足が震えている。
「ああ、奴らは気性が荒いからな。なぁ、さっきからなんでそんな事......」
言葉を言い終える前に彼女が見つめる視線の先を見た。
「......なぁっ!!」
僕は一瞬呼吸する事を忘れ、目の前にいるでかい奴を見上げた。
そいつは住宅の高さを優に越える巨体で、全体的に黒い鱗で覆われ爪は鋭い。
頭の角は山羊と同じ形で、獲物を狙う真紅の瞳が僕らを捉える。
家を覆う程の大きな翼に大蛇とおぼわしき尻尾を持つ四足歩行の巨体の生物。
ドラゴンが死を告げる咆哮を放った。
「「ギャーッッ!!」」
僕らは全速力で走り出した。
「黒い粒子が見えてる。......ヤバい、姫様これはヤバい」
「そんな事はわかってるわよ、対処の仕方はあるでしょ、異世界なんだし」
「......」
「ちょっ、ないの!)
メイジは彼女の言葉に返答出来ず沈黙をするしかなかった。
徐々に彼女の顔が真っ青に変わる。死を告げるドラゴンから逃げているものの、奴の移動速度が早く、じりじりと距離が迫る。
住宅街を延々と走り回り、僕らは建物の陰に隠れることでなんとかこの場をやり過ごした。
「はぁはぁ、怖かった......」
「だね、これはやばいよ。なんであんなのがいるんだよ!」
「でも、ちょっとだけ楽しかったわよ」
「そう言ってもらえるならまだいいか、良くはないけど」
ここに留まっているだけだといずれ見つかってしまう。
荒くなる息を無理やり抑えながら、僕はこの状況に置ける打開策を考える事だけに専念した。
前提として月まで行けば安全は保証される。
なのでこの場で与えられる選択肢は
1.2人で月まで突っ走る
2.一人がドラゴンの注意を引き、(この場合はメイジ)そのすきにもう一人が安全地帯まで行く。
3.ドラゴンをたおす。
1はまず無理だ。2が一番現実的だが、その際は多少なりとも戦わなくてはならない。
やはり倒すか。だが相手はドリムの中でも最強の一種、ドラゴンだ。
ーいや、僕ならいけるのではないかー
ふとそんな考えが脳裏をよぎる。確かにあのくらいの相手なら勝率は五分五分といったところだ。
だが、今は連れがいるのだ。彼女を危険な目に合わせるわけにはいけない。
「月の所まで走れるサイリン?」
「えっ、まあ距離的には............まさかあんなのと戦うの? 駄目よ! 逃げないと」
言葉の意味を悟ったのか彼女は腕を掴み、「そんな事絶対駄目だよ」と震える声で言った。その顔は悲痛の表情を浮かべ、宝石のような瞳からは涙が零れる。
彼女の姿を一瞥し、ゆっくりとその手を外す。
家の陰から出ると2つ家向こうに死を告げる巨竜の姿が見える。そして僕に気付いたのか地響きを鳴らしながらこちらへと向かってくる。
死を告げる巨竜が口から獄火とすら思える炎を漏らすのがわかる。大地に踏み立つその巨竜の様は絶望を振りまく天災のよう。
圧倒的すぎる力が僕らを見下ろす。その姿は絶対王者の風格のようにも思える。でもあれは元は人間なんだ。あの巨竜の元の人がどんな人かは知らない。でも僕は戦って巨竜を倒さなければならない。この人のためにも。
こんな相手と戦い、生きている保証なんてどこにもない。それでもその事を彼女に伝えるわけにはいかない。
だから僕は精一杯の笑顔で彼女に向ける。
「大丈夫です。これでも大型獣との戦いを想定して剣の修行をしましたから」
「で、でもせれじゃああなたが......それに私はもう......」
「僕はあなたのナイトです。だから僕にあなたを守らせてください」
彼女の言葉を遮り、話しを続ける。
これは巻き込んでしまった彼女に対してのせめてもの贖罪だ。
「それに僕は救いたいんです。あの巨竜の元の人は苦しんでるはずだから。それを救うのが僕ら王立統制院の役目ですから」
僕は最後にもう一度彼女に笑顔を見せる。
「僕はサイリンに生きててほしい。なんかごめんね、勝手に巻き込んだあげくこのざまで。
安全な月に行くまでの時間は稼ぐから」
巨竜に向き直り、腰にある剣を鞘から一気に引き抜いた。
それは紺碧の海のように青い一振りのロングソードだった。刀身がやや細く、月光を反射する事で宝石のごとく輝きを放つ。
「綺麗」
サイリンはこの剣を見るなり感嘆の声をあげていた。
「あんたもちゃんと戻ってきたらあとでその剣を見せてよね」
何を呑気な。まあそれくらい元気ならなんとかなりそうだ。
僕はその姿を一度見て、戦闘モードに心を切り替える。
「合図をしたら全力で走り出せ!」
そう言うなり、僕は巨竜の足下まで駆け寄るとその硬質な鱗を纏った後ろ足に高速の一撃を加える。
その一撃は鱗を砕き、巨竜はぐらりととバランスを崩す。
「今だ!」
僕の合図を聞き、サイリンが走り出す。
残された僕に巨竜が狙いを付け、今にも殺さんとばかりに鱗の内側から全身に力を込めるのがわかる。
僕はそんな巨竜の前に立ち、その瞳を見る。
巨竜の表情は怒りと殺意が目に見えているが僕には苦しそうにも見える。巨竜の形になるまでその感情をため込んでいたとなるとよほど辛い事があり、今日という日まで耐え続けてきたのだろう。
「辛いよね。苦しいよね。全てを壊したい気持ちになって、でもそれが出来なくて、その現実が辛くて......でもここは違う。我慢なんてしなくていいんです。あなたのその怒り、憎しみを僕にぶつけてください。僕が相手になります」
左手に持ったロングソードで構える。
僕にはこの人の気持ちが、苦しみがなんとなく流れ込んでくるような気がした。
辛い事があって、自分を責め、他人を責め、それでもこの気持ちが収まる事はなくて、
僕も二度経験したからわかる。だから......
「それで気分が晴れたらとりあえず一歩踏み出してください。例えどんなに小さな一歩だろとです。踏み出さなきゃこれからどんな人生が広がっているのかすら見えませんよ」
ゆっくりと巨竜に近付きながらなお僕は話しかける。瞳にはいつの間にか涙がこぼれていた。
その涙を拭き取り、巨竜を見据える。
「一歩前に踏み出してみなきゃ始まらないですよ!」
その直後、地面を蹴り飛ばし、巨竜へと突っ込んだ。
巨竜の火炎ブレスを上に跳躍する事で回避、その勢いのまま顔面に横払いの一撃を加え、着地する。現実では出来ないであろう芸当だが、この世界でなら出来る。この世界は意志の強さとイメージ力が強さとなるのだから。
「ダァァッッ!!」
巨竜の掴み攻撃をぎりぎり回避、そして敵の前脚から背中へと駆け上り、連続で攻撃を加える。
剣は鱗の下の肉まで届き、巨竜の体力を刻々と削ってゆく。
僕は巨竜にも負けない怒声を街中に響かせ、絶望と悲しみの存在へと立ち向かっていった。
............ハァハァ
それから何時間たっただろうか。実際には一時間たってないのかも知れない。
幾度となく剣をその鋼にも勝るその体へと叩き、斬り込んだ。巨竜の体にはあちこちに傷跡がつき、立つことも出来ずにいた。
対する僕は多少息が乱れ、コートの内側から血を流し、目立った傷こそないもののダメージを相当負っているはずだ。現に剣を振るった左手は動かせなくなっていた。
この世界での傷は時間経過と共に自動的に回復してくれる。なのでサイリンの元につく頃には外見の傷は見えなくなっているはずだ。それでもこの傷は消したくはなかった。この傷は激闘の証でもあり、その人の強さの証だからだ。
傷だらけの体を必死に動かし、死にかけの巨竜の前に立った。そして剣をその巨体の頭部へと突き刺す。そして精霊の補助によって使えるようになった魔法を唱える。
『凍れ、その命と共に』
すると、剣の辺りから巨竜の体が凍りつき、10秒とかからずに全身が氷に覆われた。
巨竜の目に生気はなく、それは氷の彫刻のように美しくかった。
僕は氷の中に眠る巨竜を一瞥し、剣を引き抜き、巨竜と共に氷が砕けた。
破片がたちまち粒子となり、空へと向かっていった。
「あなたは強いです。自信を持ってもいいほどです」
空へと向かう粒子を見送りながら僕は独り言のように呟いた。
粒子の一粒も見えなくなるとぶらつく体を必死に前へと進ませ、サイリンの元へと向かった。
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降り続く雪はゆったりと宙を漂いながら地面へと落ちる。
あいかわらず住宅が多く、一向に景色が変わっていないようにも思えた。
ただ地面に降り積もった雪は既に足首くらいまで積もり、足を動かすたびに確実に私の体力を奪っていく。
あれからサイリンはひたすら一本道を走っていた。いや、疲れたから今は歩いている。
電柱を一つまた一つと通過するなり達成感を覚えるが、同時に本当に着くのだろうかと不安になってしまう。距離がわからないのだからなおさらだ。
今はメイジの言葉を信じ、前に進むしかなかった。
「それにしても死を目前にして他人を優先出来るなんてどんだけ優しすぎるのよっ!」
苛々とした形相を顔に浮かべ、積もった雪で雪玉を作り、思いっきり離れた電柱へと投げつけた。
雪玉は綺麗に放物線を描き、電柱に当たるなりぼろりと崩れた。
「信じらんない」
生まれは普通の家だったが、この顔のせいか私は結婚を迫られる事が多く、その中にも優しそうに見える男性は何人もいた。でも、私のボディガードが殺し屋の役をし、その人たちが私に見合うか試する事があり、すると全員が私を見捨てて自分だけ助かろうとしたのだ。
あるものは私を盾に、
あるものは私を置いて逃げだし、
あるものは無様に泣きながら許しをこう。
それが悪いとは言わない。単にその人がこの場面では自分を優先させただけだ。
それでも私を失望させるには充分だった。
本心で優しかった人となら尚更だ。
どんなに顔が良く、お金持ちで権力があろうと私の心は動かなかった。みんな愛想良く笑い、紳士に振る舞うが少し見れば下心丸出しなのがわかってしまう。そして彼らが求めているのは生涯を共にする妻ではなく、自分たちの欲求を満たすための道具もしくは飾りなのだろう。
そして諦めた。白馬の王子はいないのだと。どんな時も私を守ってくれる素敵な人はいないのだと。
それからは人を値文する癖がついてしまった。この人はここが悪い。あの人はあれが駄目だなど。笑顔というなの仮面を付け、他人を欺き、見下していた。
私に近付く、人はみんな私の気を引こうとし、私を世界に一つしかない幻の花のように褒め称え、評価していった。
でもそれは上っ面の私だけでみんな本当の私を理解してくれる事はなかった。
表の私だけを見て判断してしまうのだ。
どうせなら私みたいに他人との間に仮面をつけている人を探した。その人となら話が合うかもしれない。そう思ったのだ。
そんなときにあいつと出会ったのだ。
いつの間にかお城の舞踏会の会場に立っていたのだ。お姫様ドレスを着てだ。
いきなり声をかけてきたキザな王子様風の男と会話しながら周囲の状況を整理し、私を何らかの形でここに連れてきたのだろうと推測は出来た。
皆私を安心させるためににっこりと笑ってくれるが、それがかえって私の不信感を募らせた。
みんながみんな彼等のように笑顔を向けてくれるが、その顔が私を高嶺の花のように見ていたため早くこの場を去りたかった。
そんな退屈な王子風の人との会話をしている時の事だった。
視界の隅にぽつりと佇む1人の護衛がいたのだ。その人は他の人とは違い、この舞踏会を楽しんでいないように思えた。
一見楽しんでいるような笑みを浮かべいるが、私にはわかった。あの人は本気では楽しんでいないのだと。それも無意識でだ。
騎士団のような青い服を身にまとい、腰に剣をぶら下げているがなんとも頼りなかった。
彼の名はメイジといった。
メイジに接触し、退屈なお城を抜け出したのだ。メイジがいうにはこの世界は人の理想が形になった場所なのだという。
胡散臭いが彼から聞くことは面白く、現実の嫌な事などを少しではあるが忘れさせてくれた。
そしてメイジの提案であたしたちは月に行ける場所へと向かい、そこであれに出会ったのだ。
隣にある一軒家を上回る大きさを誇り、獰猛な顔をこちらに向ける死の存在‘ドラゴン’が突如襲ってきたのだ。
私はなにもできず、逃げ回るしか出来なかった。それを彼は自分が囮となり、私を逃がしてくれると言ったのだ。彼が向けた笑顔の裏にはドラゴンに対する恐怖があり、今すぐにでも逃げ出したいはずなのに私の安全を優先させたのだ。
それに『生きててほしい』彼は私にそう言ったのだ。そんな言葉を言われたのは初めてで、これまでのどんなアプローチよりも私の心に響いたのだ。
信じらんないよね。こんな嘘ばかりの私の本性を知ってなお私を助けてくれるのだ。私はどうせもうすぐいなくなるのにさ。
彼は他人との間に距離をとって自分の気持ちを伝えるのが苦手で、そのくせ他人のために自分の命を危険に晒してさ。
それでも私はあの時メイジが王子様みたいに見えたんだよ。
とぼとぼと雪が降る街を歩き、目に涙を浮かべながら私は弱々しい今にも泣きそうな声で言葉を紡いだ。
「死なないでよ。私の一夜の王子様」
それからも歩き続け、ある場所が目に入った。
そこには家がぽつりと一軒あるだけで他にはなにもなく、銀世界が広がっているだけだった。雪に埋もれるトラクターが見え、なんとなくここは畑だと思われる。
そして何よりここだけが不自然に明るいのだ。他の家は光量の乏しい街灯の光とわずかな月明かりだけで薄暗いのだが、ここは照明で照らされたように明るく、銀世界がキラキラと光り輝きとても美しかった。
何よりその光の源を見て私は魅入ってしまったのだ。
月だ。それもスーパームーンなんて目じゃないほどに月が大きく、そしてそのことすらもとるに足らない事のように思えるほど私はそれを見続けた。
月の中でまだ幼い子供が母親に絵本を読んでもらっている姿が映っていたのだ。暖炉が部屋を暖め、外の寒さを感じず、その子供は絵本が読み終わると次は分厚い本を持ってきて母親に読むように催促していた。母親は優しくその本を受け取り、読み始める。子供は嬉しそうに母親のその優しい声音を聞くのだ。
その光景はどこか微笑ましくどこか懐かしかった。
「......ああ、私はこんな大切な思い出を忘れてたのね......」
これは私の退屈な人生の中での大切な思い出だったのだ。幼くして亡くなってしまった母との数少ない思い出だ。
その事を思い出した私は雪の大地に膝をつき、声を上げて泣いていた。
私にもこんな幸せな時間があったのね。
こんな幸せな時間があるだけで私はもう充分だった。でも、やっぱりまだ......生涯を共にしたいと思える人に出会い、過去の幸せな時間を思い出させてくれた今日は私にとって一番の大切な日だ。
「思い出の月って言うんだけどさ、これをサイリンに見せたかったんだ。大切な日は誰にとっても一生もんだからな」
振り返るとそこにはメイジがいた。服がボロボロで足がおぼつかないが確かに生きていた。
私は彼が生きていてくれた事を喜ぼうとしたが、恥ずかしいのでゴホンと咳をし、剣を見せてと頼んでみた。
それを聞くと彼は腰の剣を引き抜き、剣を渡してくれた。
持ち上げたその剣は私でもひょいと持ち上げられるほど軽く、拍子抜けしてしまった。
これほどまで軽いと魔法の剣を連想させる。
全体的にラピスラズリのような半透明な深い青色をしており、光にかざすと宝石のように綺麗だ。刀身はロングソードにしてはやや細く、折れないか心配になるが、ドラゴンとの戦闘前と変わらぬ輝き加減を保っている事からこの剣がかなりの名剣だとわかる。
角度を変えると鏡のように私の顔が映った。
そしてそ剣に水滴の粒が一つまた一つと付着した。私はまた泣いてしまったのだ。今日で何回目だろう。この剣はこれからもメイジと共に人生を歩んでゆくのだろう。それがとても羨ましく思えた。
私も彼ともっと過ごしたかった。これから先いろいろな事があって沢山の思い出を作りたかった。でも、それがもう出来ない事がこんなにも悲しいなんて。
剣を手に泣きじゃくる私を見かね、メイジは声をかけてきた。その声は今の私には眩し過ぎる。
私は最初で最後の思い人である彼に泣きながら弱音を吐いた。
「私まだ......死にたくない」
だいぶ遅れてしまいました。どうもです。ふと思えば後書きを書くのもひさしぶりかもしれません。
読んでみて読みづらいと思われたらごめんなさい。自分の文章力の低さは百も承知で今頑張ってバイブル(ラノベ)を読んで頑張っているのですが一朝一夕で出来るものではないとしみじみ思い知らされます。
この作品は僕の初めて書く小説であり、この作品と共にこれから僕自身の文章力を成長していく予定です。
皆様に読んで面白いと思ってもらえるように作品を修正などし、最後には凄く面白い作品になることを僕自身願います。これからも「感情粒子よ空に舞え」を読んでくださると嬉しいです。
では今日はこの編で、ではではです。




