イケメンのIさん
【イケメンのIさん】
大学時代の友人にIさんという男がいる。
彼はギリシャ彫刻のような均整のとれた完璧な体躯に、長いまつ毛と涼しげな瞳を持ち鼻筋が通った爽やかなルックス。さらに低めの甘い声というとびっきりのイケメンという完璧超人なんだ。
そんなIさんだが困った体質をひとつだけ持っている。
Iさんは極めつけの霊媒体質なんだ。
一緒にいるとこっちまで彼に巻き込まれてとばっちりを被ってしまう。もうハッキリクッキリ怪異に遭遇してしまう。
前置きが長くなってしまったが、これから話すのは俺とIさんがまだ出会ったばかりの頃の話だ。
大学入学から二三日、面白いサークルでも無いかと校内の掲示板に貼られた勧誘チラシを眺めていた。
まずスポーツ関係はパス。
生活費と学費をバイトでいくらか賄わなきゃならないため真剣に部活なんて時間はないし、高校の部活でお腹一杯。部活経験をいかそうにもテニスサークルなんて浮ついた馬鹿しかいないだろう。
しかし囲碁同好会、将棋研究会、落研、パズル同好会、漫研、カラオケ同好会……どれもパッとしない。
視線を流していくとふとフォークロア研究会というポスターが目に入った。
市井に埋れる民間伝承を記録、収集しよう!と大きくプリントされている。
怪談や妖怪話は好物なのとフォークロアという響きに少しときめいた。
街の過去の姿や移り変わりなんかも聞ける機会もあるかもしれない。面白そうだ。
そんなことを考えていた時だった。
「フォークロア研究会、興味あるならよかったら一緒に行くかい?」
不意に背後から声をかけられて俺は飛び上がるほど驚いたが、話しかけて来た相手を見て更に驚いた。
目の前にナルキッソスが立っていた。男の俺が見ても息を飲む美しさだ。
「僕はI。よろしく」
聞けばこれからフォークロア研究会に向かうところだというので一緒に行くことにした。
Iさんは一足早く昨日入会したらしい。活動内容やメンバーを聞きながら歩いていた時だった。
俺たちの進行方向に赤いコートを着てマスクをした女が立っていた。右手には大きなハサミを持っている。
気づけば周囲には人がいなくなっている。
背中を冷たいものが走った。
空気も先ほどまでの朗らかな様子は消え去り、粘液のように体にまとわりついてくる。
脂汗がとめどなく吹き出す。逃げたいのに体に力が入らない。
ヤバイ。
普通じゃない。
何かがおかしい。
そんなことを考えている間に赤いコートの女がどんどんこちらへ近づいてくる。
Iさんと、そして逃げることも出来ずに震える俺の目の前でその女は立ち止まった。
「私、綺麗?」
僅かに漏らしながら俺はただ頷くしか出来なかった。否定したら何をされるかわからないという恐怖で支配されていたからだ。
だが、次の一言を聞いて後悔した。
女はマスクに手をかけると
「これでも綺麗?」
と言った。
子供の頃に聞いたことがある。これは、この女の正体は……このままでは俺は……。
女はゆっくりとマスクを外している。俺がガチガチ歯を鳴らしながら涙を流して震えていると、
「悪いけどもう少しこっち向いてもらえないかな。ここからじゃよくわからないから」
と、隣のIさんが言った。
その声を聞いて女は首をIさんの方へと少し傾ける。
「私、綺」
「綺麗ではないね」
あからさまに女の目には怒りの炎が灯る。
俺は耳を疑った。
この状況がこいつにはわからないのか!?こんな有名な怪異を知らないのか!?たとえ知らなくとも相手はハサミを持っているんだぞ!!パニックだった。
だが彼は少しも臆さない。
「僕は君のことビューティというより、キュートだと思う」
俺は再び耳を疑ったね。明日の紙面を飾る殺人事件の記事が頭をよぎる。
だが。
ところが。
「キ、……キュート?」
女は心なしか頬を朱に染めて上目遣いにIさんを見上げている。彼は180センチ以上あるのだ。
「うん。でも俯いてられたんじゃ確信は持てないな。顔、よく見せて」
そういうとIさんは女の顎を右手でクイと持ち上げた。
「うん。猫みたいな瞳がとてもチャーミングだよ」
そう言って薄く微笑んだ。
その時、俺は確かにキュンッという音を聞いた。一瞬の間を置いて
「ば……ばか」
そういうと女はふっと消え去り、いつの間にか辺りには喧騒が戻っていた。
「……なんだったんだろうね?今の」
Iさんは白い歯を見せて笑った。
「でも、マスク外した顔も見たかったね」
またキュンッ、とどこか遠くで音がした。
Iさんが、立ち尽くす俺を尻目に早く行こうと
言って、颯爽と歩き出した。
その背を見ながら、あらためてイケメンって凄い。
そう思った。




