七人鼓を見たことがある
【七人鼓を見たことがある】
あれは、たしか俺が中三の夏。
毎週水曜日は夜七時から九時まで学習塾に通ってたんだ。
俺の実家は田舎で夜の九時を過ぎたら店は閉まるし街灯は少ないしでまさに暗黒世界。怖いなんてもんじゃない。
だから普段は自転車で一気に駆け抜けて家に帰ってるんだけど、その日は駐車場に置いてた自転車がパンクしてて、当時は携帯電話なんて持ってなかったから迎えも呼べず結局徒歩で帰ることになったんだ。
月明かりと、数十メートル毎にある街灯の灯りを頼りに家に急いでたら、ふっと変な音が聞こえることに気づいた。
パンパ、パパパン、パパ、パパパパパパン
みたいな無駄に小粋なリズムで何かを叩く音が聞こえてくる。
どうやら俺の進行方向の先から聞こえる……。
引き返そうかと思ったが、引き返して別の道を行くと家に着くまでさらに三十分はかかる。
何か出てきたらダッシュで逃げる準備をして恐る恐る歩いていた。
その間にも音はどんどんどんどん大きく近くなっていく。
パパン、パ、パパン、パ、パパパパン
パン、パパ、パン、パン、パパ、パパン
家に向かうまでにある最後の曲がり角を曲がった時だった。
その音の正体が分かった。見た瞬間全身の血が凍った。
街灯の灯りに照らされて、そいつらはいた。
街灯の支柱に両手をつき尻を丸出しにして扇状に広がった六人の男と、その尻たちを一心不乱に叩く一人の男……。そいつらの顔は恍惚としている。
これは本物だ……。本物の変態だ。
何もかも意味が分からない。
夜の九時過ぎに街灯の下、男七人が一心不乱に尻ドラムに興じている……。
本当にその行動の理由が何一つ分からない。
これは、疑いようもなく……本物だ。
破裂寸前の心臓を何とか落ち着けながら、俺はそいつらに気づかれないようにそっと後ずさりをした。
もう少しで奴らが視界から消えるってとこで俺は小枝か何かを踏んづけてしまった。
パキッという小さな音が暗闇に響く。その瞬間、さっきまでの小粋なリズムはピタッと止んだ。
顔を上げた俺は、心臓が止まった。
七人はじいっと俺を見ていたんだ。
一切の表情の死んだ顔で……。
怖かった。ただ怖かった。
でも本当の恐怖はその後にやって来たんだ。
数秒そうしていたかと思うとそいつらは再び狂気の尻ドラムを再開したんだ。
こっちを向いたまま。しかも全員が大声で笑いながら。
あはははは、パパン、パ、パパンあははパパンパパンあははははははははパパパパパパパパパパパパパパ……
俺は悲鳴をあげて来た道を戻り大きく遠回りをして走って家まで逃げた。
家に帰ってきた俺を見て家族は何事かと心配してきたが、俺がさっき見たことを説明すると、爺ちゃんの顔色が変わった。
「ゴン太(俺の親父)、塩、持ってこい」
俺は玄関に立たされ頭から一袋分の伯方の塩をかけられた。
伯方の塩が汗だくの肌に貼り付き塩の化け物みたいになってしまって早く風呂に入りたいのに、俺をそのままにして、小一時間念仏ぶつぶつ言った後、爺ちゃんはゆっくりと口を開いた。
「お前が見たんは、恐らく七人鼓じゃ……」
爺ちゃんによるとあれは幽霊みたいなもので、起源は鎌倉時代に遡る話らしい。
当時この辺りには豊作を祈願する七人鼓って儀式があったらしい。
その儀式は七人の男たちが丸出しにした尻を鼓に見たてて一心不乱に叩きながら、日が落ちたあとの田圃のあぜ道を朝まで練り歩くというものだった。
七人鼓は村人が持ち回りでやるんだが、その年白羽の矢が立った者の中に村に来たばかりの新参者の男がいた。
その男はそんな儀式は馬鹿らしいと言ってガンとして参加しなかった。
とはいえ大切な豊作祈願の儀式。やらないわけにもいかないので仕方なく残った六人でやることになったんだ。
しかし七人でやるべき儀式を六人でやってしまったことに神様がお怒りになったからか、翌朝その六人は水の張った田圃の中に頭から突き刺さって死んでいた。
地主があいつのせいだとばかり新参者の男の家に向かうと、その男もまた下半身を露出したまま水瓶に頭から飛び込んで死んでいたそうだ。
以来、この辺りでは夏になると死んだ彼らが出るらしい。
そして彼らは新たなメンバーをさがしているという。どうやら一人加入させられれば、一人成仏できるとか。
爺ちゃんによるとあやうく俺も七人鼓にメンバー入りするところだったらしい……。
俺が覚えてる話はそれくらい。細かいところは間違ってるかも。
なんせ傷口と目に入った塩が痛くて痛くて爺ちゃんの話聞いてるどころじゃなかったから。聞き終わる頃には肌もボロボロだったし。
いまでもあの恍惚とした笑い声と狂気の尻ドラムロールの音が俺の耳から離れない。
以来、俺は死ぬほど塩が嫌いだ。




