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プロローグ

○   ○   ○   ○




暗雲垂れ込める空の向こう。

分厚い雲に全貌を隠されたままの太陽はこの日1度も姿を現す事無く地平線へと沈み、世界は本格的な闇を迎えていた。



ここ数日続いた魔族との攻防戦の影響で城塞都市ケテルの周囲は焼け野原となり、未だ黒煙がくすぶる荒れ地を吹き抜ける風。

当然、ケテル内部の街も無事と言う訳では無い。

城壁の一部は魔力の衝突によって崩れ、崩落に巻き込まれた複数の家屋はその形を無惨なものに変えていた。


戦いの激しさ。そして凄惨さを物語るケテルに刻まれた傷。

その姿を俺は無事な城壁の上から仲間達と眺めていて、やがて視線は闇に堕ち行く空へと向けられる。



「いよいよ、か……」



「ああ……これで最後だな」


          

漏らす声に抱えた剣型の魔導兵装を握り締める藍髪の少女。

緊張によって張り詰めた声音には強い意思が在り、澄んだ碧眼に浮かぶのは堅い決意の色。


その声を皮切りに他の仲間達も己の魔導兵装を持ち直し、各々思い思いの言葉を口にしていく。



「全く……まさかこんな早くに英雄になれるチャンスが回ってくるなんてね。まだ暫くは『英雄候補生』でも良かったんだけどなぁ……」



皮肉めいた言葉を溜め息と共に吐き出し、後ろで括った銀の長髪を風に靡かせる少女。

その顔に浮かぶのは力強い微笑であり、彼女は掴んだ槍の魔導兵装の柄を指先で撫で下ろす。



「……勝っても英雄、死んでも英雄になれる戦いなんて、そうそう無い」



小さな体躯に似合わない巨大な魔導式大砲を肩に担う少女。

砲のグリップを握る彼女は怪しく笑いながら、無秩序に伸びた水色の髪の隙間から覗く瞳を弓なりにして不穏な言葉を一つ。



「縁起でも無い事言うんじゃねぇよ。まーでも、後ろの街を守れなきゃアタシ達は英雄になれねぇけどな」



そんな少女を小突くのは身の丈以上の大きさを持つ戦斧を担いだ燃える様な赤髪の女性。

俺や他の仲間と比べ数年長生きな彼女だが、冗談めかしたその台詞には歳不相応な無邪気さを内包する笑みが伴っていた。



「私達の事を語ってくれる人も、それを聞いてくれる人もいなくなっちゃいますからね」



そして女性の言葉に控え目に続く落ち着いた声の持ち主は、困った様な笑みで頬を掻くショートカットの緑髪をした少女。

流線型装甲の内部に炉を搭載する魔導弓は彼女の動きに付随して揺れ、張られた五連の弦が夜風に小さく震えた。


並び立つ仲間達の言葉が繋がり、会話を成したその内容に俺は緑髪の少女が浮かべたのと同種の笑みを浮かべ嘆息。

普通『世界の終焉』へと立ち向かおうとする者達ならばもっと緊張感があってもいい筈だが、彼女達との会話にあるのは適度な緊張感と程良い脱力感だ。



(相変わらず締まらない面子だな。まあ、ガチガチに緊張してるよかマシだけど……)



「……?どうしたアマネ、何か言いたそうな顔をしてるが」



「いや……なんでもない」



「む……そうか」



横に立つ少女からの疑問詞を適当にごまかし、空を仰ぐ。

妙に勘の鋭い彼女にこれ以上変な気遣いをさせない為に、俺は顔に貼り付いた苦笑を剥がしてそれを不敵な笑みへ。


と――それに合わせて脳内に流れ込んでくる第三者の意思。

言葉の前に小さく入る息遣いは覚えのあるもので、続いて脳に響いたのはやはり聞き覚えのある幼さの抜けない声だ。



『よし……どうやら全部隊配置に着いたようじゃな』



「メタトロン、そっちはどうなってる?開戦までにイヘイエルは動きそうか?」



老人の様な言葉遣いと明らかにミスマッチな舌足らずな声。

その声の主の名を呼び街に眠る最高戦力の状況を聞くと、彼女の口から返ってきたのは苦々しさを含んだ溜め息である。



『無理じゃな。先日の戦闘で追った破損は直ったが魔術回路の復旧が間に合わん。あと二時間はかかると思ってくれ』



「了解。なるべく早くしないと俺達だけで片しちまうぞ?」



『ふん……。魔力の魔の字も知らなかったガキが大層な口を叩く様になったものじゃの』



深刻そうな少女の声に軽口を叩くと、それに楽しげで少しの皮肉を含んだ声が返る。

程良く張った心にとって彼女のやりとりは心地良く、このままもう少しだけ会話を続けようと俺は口を開き、



「っ――この気配……!」



「来たか……」



背を撫でた漠然とした悪寒に出かけた言葉を飲み込んだ。

空を駆け抜けた気配の風は俺達を正面から襲い、それにワンテンポ遅れて背後左右から同様の瘴気が波となって肌を伝う。


全方位から押し寄せた邪悪な気配に前を見れば、雲を飲み込みながら宙に浮かび上がる血色の陣。

複雑怪奇な紋様を描くそれは途方もなく巨大で、数キロ以上距離がある筈の現在地からでも全長10メートル以上はある様に見える。

街を取り囲む様に東西南北に現れたそれは空間を歪め、やがて空を毒々しい色彩に染める大量の黒点を吐き出した。



『魔族部隊捕捉!数500……700、1000!尚も増加していきます!』



『狼狽えるな、この程度は想定済みじゃ。聞け、皆の者!』



オペレーターの動揺を一喝の声で掻き消し、少女は声を放つ。



『ここ数日間の防衛戦。勝利の代償として我々は傷付き、命を落とした者達もいた。掛け替えの無い友を失った者も少なくはないだろう』



ケテル全域へと紡がれる少女の声。

それを聞きながら俺は瞳を伏せて胸に掛けた十字架を握り締める。



『妾は彼らの事を名も無き英雄などと言うつもりはない。彼らには1人1人名が在り、妾はその名を胸に刻んでいる』



槍を撫でる銀髪の少女は響く声を目を伏せて耳に入れ、精神を集中させる。



『妾は殉じた者達の為にも戦えなどと言うつもりはない。元より我等の思いは1つで、妾は彼らの意思を継いでいる』



砲を担ぐ少女はぼーっとしたまま声を聞き流し、緑髪の少女は抱えた弓をぎゅっとその身で抱き締める。



『妾はこの世界を脅かす邪悪なる存在を絶対に許さない。どんなに傷付き倒れようと、妾は絶対に奴らに屈伏しない』



赤髪を揺らす女性は無言で空を見据え、徐々に近付く黒の群れに戦斧を持つ手に力を込める。




『これが最後の戦いとなる……皆の者、叫べ己が魂の詩を!』




放たれる締めの言葉に青髪の少女はゆっくりとした動きで己の剣を鞘から引き抜いた。


それとほぼ同時、守護天使の声に応える多重の雄叫びが黒に覆われた大気を震撼させる。

響き合う声は全てに抗いの意思を伝える波となる。そして波は共振し、反響と共に再び各々の意識へと帰って己の戦意を増幅させた。



『戦闘開始だ!砲撃部隊の攻撃開始後陸戦部隊と空戦部隊は出撃。妾も『イヘイエル』の修復が終わり次第戦線に加わる!』



『砲撃部隊、指定座標への攻撃準備完了。魔砲、何時でも発射可能です!』



『砲撃を許可、撃てぇ!』



命令を受けて戦の始まりを高らかに告げる、砲の放つ轟音。

街を囲む様に配置されたそれらが放つ閃光は大気を灼き、迫る黒点は動きを阻まれる。

大きく散り、集団を断たれ、そして光に呑まれる黒の群れ。



「さて……そろそろ出番だな」



闇を照らす閃光の嵐を眺めていた俺は遠くにあった黒点がその大きさを増してきている事を確認し、腰のホルスターから自身の使う魔導兵装を引き抜いた。

それは黒塗りの装甲によって象られた、大振りのナイフ。

だがその形は本来のものでは無く、真の姿を呼び起こす為に俺はグリップから魔力を込める。



「起動しろ、『0の大剣』」



注がれていく力に反応して胎動の震えを帯びる魔導兵装。

一定リズムで刻まれる眠りの鼓動に俺は呼吸を合わせ――続く一息で短剣の内部へと莫大な魔力を叩き込んだ。


その一撃に、剣が目覚める。

展開される仮初めの刃は鍔となり、装甲のスライドと共に伸張して姿を現す魔力発振器。

発振器の先端から紡がれる緑光は空間に文字を含んだ複雑な紋様を描き、その周囲を一本の光帯が結ぶ事で短剣は全長2m弱にも及ぶ光の大剣を成す。



これら一連の動作が行われている数秒の間に5人の仲間達も各々の専用魔導兵装へ魔力を注入し、その起動を終えていた。

戦への準備――そして覚悟を終えた俺達の間に交わされる視線は笑みと決意を含んだもの。



「行けるか?」



「当然だ」



「準備万端だよっ」



「……大丈夫、問題無い」



「何時でも行けるぜ」



「はい、私も大丈夫です」



意思確認の声に返る五人全員の声は全て即答の早さを持つ。

まるでそんな問いは無用だと言わんばかりの態度に俺は苦笑して闇一色の空を振り仰ぐ。


その先に広がる光景は彼我の絶望的なまでの戦力差を頭ごなしに思い知らせてくるもの。

しかしそれに後込みする様な者はもうここには居なかった。



「第三特選空戦部隊、出撃準備完了しました!」



『出撃を許可!存分に暴れて来るが良い、力の担い手達よ!』



「了解!行くぞみんなっ!」



「「「「「了解っ!」」」」」



下りた許可に声を張り上げ駆け出せば、続くは言葉と足音。

それらに仲間がいる事の実感を得た俺は、城壁の端を蹴りつけて宙へと身を投げた。

宙に投げ出された体は物理法則に従い重力に捉えられ、全身が自然落下の風に抱きしめられる。



(全く……人生ってのはホント何が起きるかわからないな)



半年前俺の居た世界でこんな事をしたらただの飛び降り自殺にしかならず、その先に待つ結末は大怪我か死亡の二択だろう。

だが――この世界では違う。


意識を背と足裏に集中させて内に秘めた魔力を解放すれば空を穿つ翼が現れ、生み出される浮力。

重力を上回るその力を纏い、それを駆使する事で黒の群に向けて闇の大気を駆け抜ける。



(あっちじゃ目立たない学生だった俺が今じゃこのファンタジー世界を救う鍵か……。冗談でも笑えないっての)



近付く黒の集団との距離。

魔族の姿が識別出来る距離にまで近付いた事を認識した俺は大剣の柄を握り締め、初動の為に光刃を下段に構えた。



「斬り込むぞ!フレア、クルス、援護頼む!」



「はいっ!」



「……了解」



指示に返る返答は了承の声と共に放たれる二色の光弾の嵐。

闇に軌跡を刻む連射に魔族は群を崩しての散開を強要される。


崩れた陣形――その中の一体に狙いを付けた俺は背中の羽と足裏に魔力を集中させ、開放。



「っ――おぉっ!」



「!?」



解き放たれた魔力が生む加速は魔族との距離を一瞬と言う時間を以て0にし、その身が擦れ違う瞬間に宙に刻まれる光閃。

走る一刀は異形の右翼と右腕を断ち切り、浮力を失った魔族は陸戦部隊が展開する地上へと落下していった。



(ここに来てもう1年。随分と経ったもんだ)



上空から降り注ぐ術式による攻撃を避けながら、牽制代わりに指先で紡いだ魔力弾を放つ。

迫る攻撃を身を逸らす事で回避した魔族は此方に襲い掛かるべく翼膜を大きく展開。


しかし黒翼が宙を穿つよりも先に大気を切り裂いて飛来する不可視の斬撃が異形を切断した。

その力を放った銀髪の少女は油断無く槍を構え、穂先に渦を巻く風を纏わせる。



(あの時……あの声に反応してなかったら、今頃俺は何してたんだろうな)



闇に煌々と輝く灼熱。

女性の振りかざす戦斧は装甲の展開に伴って露出したスリットから火炎を放出。


空間へ叩き付けられる一撃に炎は勢いを増して燃え盛り、込められた魔力の爆発に蛇竜となって魔族を呑み込んでいく。



(いや、もしもの話は止めだ。とにかく今は――)



炎蛇の牙からなんとか逃れ、反撃の体勢をとる数体の影。

だが熱せられた大気に放たれる極寒の刃がそれを許さない。

射出される十を超えた氷柱は魔物の四肢を貫き、凍結の中に閉じ込められる異質の肉体。


寄越された青髪の少女からの視線に頷き、俺は落ち行く三体の異形を一閃にて叩き割った。



「この世界を守る為に戦う……生き残るぜリーネ!」



「ああ、わかっている!」



回避機動の中で擦れ違った少女と笑みを交わし、俺達は空に魔力の軌跡を残しながら数の減らない黒の群を睨み付ける。

未だイヘイエルは起動せず、敵の主力も現れていない今、圧倒的な戦力差に変化は無かった。


この戦いに勝てると言う確証など何処にもない。けれどこの仲間達と居る限り負ける理由も見つかりはしなかった。



(必ず勝つ……あの日の約束を必ず果たしてみせる!)



決意を新たにした俺は再び戦の渦中へ己の身を投じてゆく。

全ては、守るべき者の為。

そして二つの世界を賭ける戦いは時間と共に激しさを増していった。



○   ○   ○   ○

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