黄色い砂の国の話(2)
「何を飲みますか」
冷蔵庫の中身を確認。マユさんも物珍しそうに中を覗き込む。
「これは……」
ペタペタ触る。冷蔵庫は一般家庭で普及していないから見たことがないのかもしれない。
「これは冷蔵庫という、物を冷やして保存する道具です。周りを保氷剤ーー氷を長く保存する素材で作られているものです」
「氷で冷やすなら冷蔵箱な気もするけど、冷蔵庫なんだ。こんなのあるなら、あんな大きな氷作らなくても、これの戸を開けていれば涼しいんじゃない?」
「氷を作るのに魔力使いますし、適度に補充もしなくちゃいけない品ですから、開けっ放しはちょっと」
「それもそうか。飲み物はっと」
中は先日掃除したおかげですっきりしている。掃除といっても、腐っているのか食べ物かわからない物を散々食わされたり食えるよう調理したりしただけである。食玩を冷蔵庫に詰め過ぎて女性陣の怒りをかってしまったのだ。牛乳、コーヒー、水。戸棚には茶葉もあり、時間はかかるが紅茶や緑茶も出せる。
「コーヒー飲んでみたい」
「苦いですよ」
「子供じゃないから大丈夫だって」
砂糖とミルクを用意し、水を別のコップに入れた。こんな色なんだと、コップを揺らして見ている。ちょっとずつ飲めばいいのに、一気に飲んだ。
「!!?」
目を白黒させている。水を渡すと一気に飲み干した。
「苦! 苦! 泥!?」
それで一気飲みするか。
「苦いと言ったじゃないですか」
「予想外だよ、なんでこんな苦いものあるんだよ……」
「そういう時は砂糖やミルクを入れるといいです」
「砂糖なんてあるの? そんな一般的なものなの?」
彼の文化レベルがよくわからない。どっちの意味だ。
「都市部では一般的に流通している品です。そもそも、ここは商船です」
集落全てが街につながっているわけではない。僻地で生活必需品を売ることもあるらしい。
「そうなんだ。じゃあ」
私ならば胸焼けしそうな量をドバッとコーヒーに入れた。加減というものを知らない性分らしい。
「お、飲みやすくなった」
「今、あなたが絶対に覚えなければいけない常識を思いつきました」
「何々?」
指を3本立てて、彼の目の前につきつける。
「得体のしれないものをすぐ口に入れない、入れるにしてもちょっとずつ加減する、一気飲みしないです」
つまり、落ち着け。
「……はーい」
バツが悪そうに視線を逸らす。空になったコップにコーヒーを注ぎ、そのまま飲んで再び悶絶している。コーヒーを飲むだけで、こんなあたふたする人も珍しい。
で、で、でと重い足音が聞こえる。この足音は。
「サァーン。あの男、起きたンだって?」
「すぐに知らせてほしかったぞ!」
頭にヤマネを乗せたカメレオンが入ってきた。
「……!」
マユさんは驚いて椅子から落ちる。ソルンやギルルに驚くようなら、六尺八寸もある二足歩行のカメレオンは刺激が強すぎるかもしれない。
「大丈夫ですか」
ヒトばかりの、ヒトしか話さない世界はどんなものだろう。ここの太古のように機導が発達していたのだろうか。同じヒトとして、一度は行ってみたい。
「どうした? オレのカッコよさに驚いたか?」
「ヒトにあなた方の顔の造形の区別はつきませんよ」
「やっぱり! そいつヒトなのか?」
アシャはドゥルジの頭から飛び降りる。丸い瞳でマユさんを見上げ、すんすん匂いを嗅いだ。彼は深呼吸して落ち着こうとしている。
「ぼ、ぼくは人で、マユって言うんだ。君達は?」
「オイラはホ類ヤマネ族のアシャ。考古学者だぞ」
ビン、と帽子のツバをはね胸をはる。
「オレはハ類カメレオン族のドゥルジ。ギャンブラーだ」
お前は破壊僧だろう。
「考古学者やギャンブラーがなんで商船に?」
「本職で食ってけねーから。副業でここの船員だ」
「言ってみれば住み込みだぞ。マユはどうするんだ? 今は異世界に入ったから嫌でも働かされるけど」
「行くアテがないから、しばらくここで働く感じかなぁ……」
リタの態度を思い出したか、遠い目をする。
「じゃ、今夜は歓迎会だぞ!」
「歓迎会? 嬉しいなあ」
えへへ、と頬を赤らめる。
「だったら酒に肉に……そうだ。さっき窓から見えたンだがよ、サン、サンドワーム狩ってくれよ。パーッと食おうぜ!」
照れていたマユさんの顔が一瞬で引きつった。黄色い砂の国の名産品はサンドワームだから仕方ないのに。
プルルルル、プルルルル。電話のベルが鳴る。ソルンの触覚が伸びて音を発生させている。私が出た。
「武装商船アン・リタ団でございます」
『クヨンじゃ。サンか、丁度良い。シェンカー殿の依頼でな、家の周りのサンドワームを追っ払ってほしいそうじゃ。報酬は……うむ、うむ……、肉は好きにしてよいと』
さっきの群れか。本当、ちょうどいい。しかし今は昼過ぎだ。毒抜きは最低10時間以上水に浸さなければいけなく、夕食に間に合いそうにない。それに、昼の砂漠に生肉を持ってうろつくと傷みやすい。
「わかりました。夕飯食ったらやります」
頼むぞ、と電話を切られる。耳元で話していたのに、ソルンは寝たままだ。よく寝る子である。
撒き餌の準備をしなければならなくなった。いや、夕飯は私が作り、撒き餌はドルダーハ達に作ってもらおう。
ふと、マユさんの強さが気になった。武器や格闘術はさっぱりなことはわかるけど、魔法はどうだろう。私は魔力0に等しく、そういうのは感じることすらできない。
「シェンカーさんの依頼でサンドワーム狩ることになりました」
「ちょうどいいじゃねーか」
「ええ。マユさん、あなたの初仕事です」
「やだ」
頭を横にぷるぷるふって即答。
「何でですか」
「OK出したら餌にされそうな気がして」
表情だけでなく、想像力も豊かだ。ドゥルジもアシャも驚いている。
「しません。大体、あんな大きな虫があなたサイズを食べてもお腹膨れないでしょう。餌と認識すらされません」
他の魔物を吸い込むときに現地人も一緒に吸い込まれて食べられるという事故は頻発しているそうだけど。
「餌とすら認識されない生き物がどうやってあんな大きなの倒すのさ」
「痺れ薬や眠り薬を混ぜた餌をそこかしこに撒き散らして弱らせてから、魔法でしとめる方が多いです」
ううん、と頭を捻る。
「ちょっと待って。サンさんは魔法使えないよね?」
「よくわかりましたね」
「だってゴリッゴリじゃん」
ドゥルジが腹を抱えて笑い出した。ゴリマッチョならまだしも、ゴリッゴリとはなんだ。脳筋と言いたいのか。
「ぼくも魔法なんて、たぶんだけど使えないよ。あの大きいの、サンさんはどうやってしとめるのさ」
「斧で頭ぶった斬ります」
「どこでぼくが必要かわからないよ……」
呆れつつ、実に懐疑的な顔だ。私がでかい砂虫を倒せると信じていないのだろう。現地人であるシェンカー親子にも「まさか物理で倒すなんて」と言われたこともあるくらい、魔法で倒すのが一般的な魔物というか大きさだからな。
「荷物持ちです。サンドワームはでかいから、切り分けて皆で運ぶんです」
「倒せるのに運べないの?」
「あの大きさの魔物を1人で運べるような怪力はありません」
私は見た目ゴリラだし脳筋の自覚もあるし握力も強い。だからってバ怪力ではないのだ。
「以外と普通だね。そういう普通の仕事なら、ぼく、しっかり働くよ!」
にっこり笑い、マユさんは了承してくれた。彼は割と失礼な性格らしい。まだ笑っているカメレオンよりましだが。尾を掴みぶん投げて氷に命中させた。散った氷が美しく、心が晴れやかになる。
団長、リタ、クヨンの魔導士3人はシェンカーと話があるとのことで、トップが不在での歓迎会が始まった。団長と正式に顔合わせはしており、そもそもの目的は20人近くいる団員にマユさんが入ったことを知らせるためだから構わないといえば構わない。
「まあぁ、殿方には見えませんわ」
「サンは面食いすぎだろ」
「記憶ないんだあ。困ったことがあったら、頼ってね!」
「ゼン、お行儀が悪いよ」
わいわいわいわい。皆、口々に感想を言っている。
パンパンとドルダーハが手を鳴らす。
「ほら、しゃべってばっかいないで、ちゃんと名乗りな。長い付き合いになるんだから覚えてもらわないと。時計回りに、フィールカから」
「僕はさっき言ったから〜、ゼンからだよ〜〜」
「はーい! あたしはホ類ネコ族ゼン。踊り子だよ。仲良くしようね!」
「あたしはホ類ネコ族アク。ゼンと同じ踊り子」
「うん! 2人ともそっくりだね。双子?」
「えっとね、あたしとアクはね!」
「双子だよ。はい、次」
アクが強制的に会話を終わらせる。リタの団長(とたまに私)に対する執着も相当だが、アクのゼンに対する束縛もヤバいことを後でしっかり教えなければいけない。ちゃんと会話はできるものの、ゼンを女神のように愛してふたりぼっちの世界を作りたがる傾向のあるクレイジー野郎だ。少し親しく話そうものなら、殺意のこもった視線で睨まれる。
改めて、とことん突き抜けてしまっている奴が多いと思う。団長はよく拒まないものだ。
「コ類リンゴドクガ族のソルンデデだモス。冬にオイラを首に巻くとあったかいモス!」
「コ類イラガ族ギルルだモス。夏にオレを首に巻くと冷たいモスよ!」
ニューっと体を伸ばす毛虫に、今度はマユさんもさすがに引いた顔はしなかった。
マロウトやドルダーハに続き、団長の弟子たちもどんどんと自己紹介をしていく。一つぽつんと席が空いている。
「トクマルは?」
「昼は荷物を運んでいるのを見ましたわ。その後は船に戻ったとばかり」
「町に出てナンパでもしてんじゃねえの?」
ケラケラ笑ってドゥルジは言うが、距離があるのでそれは無理だ。姿の見えない同僚をマロウトは心配する。
「どこかで熱中症になって倒れているのかしら?」
「あいつレンジャーだぜ。それはねーよ。ソルン、ギルル、団長かクヨンに電話しろよ。もしかしたらまだいるかもしれねえぞ」
「ご飯食べたらするモス!」
2人は見事にハモり、もしゃもしゃレタスを頬張って心配する素振りはない。私ももしゃもしゃサラダを食べる。
「トクマルがいない分、マユさんにがんばってもらったらいいでしょう」
「そりゃ、がんばるよ。でも放っといていいのかな?」
「いいでしょう。今から探したらご飯冷めます」
「ご飯優先か」
当然である。この後、たくさん動くのだから。