黄色い砂の国の話(1-2)
マユさんの息を飲む音が聞こえた。リタは本当に美しく、誰だって見惚れてしまう。ただし。
「その子起きたんだ。キレイな顔だね」
「!?」
入ってきたリタを見てマユさんは戸惑った。
顔と裏腹に声は完全に太いし、何より一尺六寸はある男だ。マユさんは一尺五寸あるかないかで、頭一個分はゆうに違う。
「さっき目が覚めたばかりでな。しばらくは雇うことに」「サンが好きそうなキレイな顔をしてる」
美人顔に青筋を浮かべ、低い声を腹の底から響かせた。じっとマユさんを見下ろす。
「ひぃっ」
間抜けな声をあげてマユさんは強く私に抱きついた。それはいけない。
リタは普段、団長にべったりなのにたまに私が他の誰かと関わることに強い憤り表す。妙な執着を感じているらしい。好意だとみんな言っているが、気味が悪いので勘弁願いたい。彼はマユさんでなく、私をにらみつける。いつものことだがその思考回路がわからない。きっとめちゃくちゃで、自分に都合よくとにかく私が悪いという結論に作り変えるのだろう。
「サン。後で僕の」
「リタァ、来い。サン、船のルールや常識教えとけ」
リタを渋面を作り団長に着いていった。最後まで言っていないので聞く必要はない。兄である団長の命令には瞬間的には従う性質で助かる。
すっかり青くなったマユさんの背中をさする。
「もう大丈夫です」
「あのすっごい美人な人、なんか、なんか……!」
言いたいことはよくわかる。日常的にも怒りの沸点がよくわからないヤツなのだ。
「情緒不安定なぷっつんクソ野郎なので気をつけてください。あれでも男なので、もし絡まれたら金的かませばいいです」
「そんな残酷なことできないよ!」
想像したのか内股になって股間を抑える。男女問わず金的は効くので、非力そうな彼にオススメの撃退法なのに。
「だったらネコが鳴いてるとでも思って聞き流すのがベストですね。食堂に行きましょう。そこで常識……常識か……」
あまり知らない。首をまわす。ポキポキ音が鳴るだけだ。
何故かマユさんが一瞬驚いた顔をした。私は何もしていない。
「何ですか」
「な、何もないよ! サンさんの仕草が人間らしくて驚いちゃって。別にサンさんがずっと無表情過ぎて軽く引いてたとかそういう意味じゃなくってね? そうだ、少し休もう。サンさんも疲れたでしょ」
早口でまくしたてると、船の構造も知らないのに先に歩き出した。感情の起伏が出にくい自覚はあるが、軽く引かれるほどなのか。
とにかく彼の言うとおり、お茶でも飲みながら考えるとしよう。一息ついたら何か思いつくはずだ。
食堂に近づくにつれ空気が冷えていく。冷たい風があるだけで鈍いこの頭もしゃっきり働く気がしてきた。
半開きの戸を開けると、氷塊が2つ宙に浮き、真下で毛虫が行儀悪くテーブルの上で寝ていた。
「なんで氷が!?」
「この2人が熱除けに作ったんでしょう。ほら、部屋涼しくなってる」
「2人? それぬいぐるみじゃないの?」
「本物の毛虫です。ふわふわがソルンデデ、ぷるぷるがギルルです」
手を伸ばしてつかむ。呑気にスピスピ寝ている。ソルンとギルルの口周りにおかきの食べカス。また勝手に食べたのか。断罪のチョップは起きると騒がしいので後回しだ。
マユさんに2人を近づけると一歩下がられた。
「……」
「……」
一歩進む。一歩下がる。繰り返す必要はない。
「毛虫、苦手なんですか」
「そんなことはっ……。け、毛虫って毒あるらしいし、その子達大きいしっ!」
引きつった笑いで否定する。
「針を立てたり毒を生成したりは、この子らの任意なんで大丈夫です。あと、彼らは小さい部類です」
「毛虫や青虫って5㎝もあったら大きいよ! 襟巻きになるぐらい大きいよその子達」
「その大きさは家畜種ですね。この子達は形こそしゃべらぬ毛虫と同じですが、ちゃんと人間です」
唖然とされる。
「人間んん!? じゃ、じゃあ僕やサンさんはなんなの? 人間じゃないの?」
「人間です」
「さっきすれ違った大きなカマキリっぽい人やウサ耳や猫耳の女の子達は……」
「人間です」
「人間の範囲広いな! しゃべったら人間なの!?」
「その通りです」
「まじか……そうか、そういうのがこの世界の常識なんだ」
常識が違いすぎて頭痛を起こしたように額に手をあてる。ヒトばかり、ということはヒト以外誰も話せなかったのだろうか。ヒトしか話さない世界だと、意思疎通がとても不便に思える。
「家畜種って言っていたけど、家畜種って何?」
「人語を話さない生き物です」
「ああそう。境界がゆるいんだ、そうなんだ……」
見慣れない類の存在に疲れたか、ぐったり机に突っ伏した。