拾う(3)
長いまつげが震え、瞼が開く。
深い緑の瞳いっぱいに私が映りこんだ。けれどまだ頭がしゃっきりしないのか反応はない。覗き込んでいた体を離し声をかける。
「目が覚めましたか」
「……?」
目の焦点が合っていないぼんやりした顔で私を見上げる。
スズランを振って曲を流す。やっと反応した。ゆっくり顔を動かし花を見る。
「……キレイ。何の音?」
寝起きのはっきりしない声だ。
「アルモニカという楽器です。曲名は知りません」
「そうなんだ」
また目を閉じる。しかも布団に潜り込んだ。起きろよ。布団をひっぺがえすため手を伸ばす。
がばと布団をはね除け飛び起き、驚いた顔で部屋を見渡す。
「え、ここ、どこ!?」
やっと目が覚めた。寝起きはかなり悪いみたいだ。
きょろきょろ不審そうに部屋を見ている。そういえば、彼がいたのは洞窟だ。いつから、しかもどこで寝たかは知らないが、いきなり見知らぬ場所にいたら誰でも驚く。
「初めまして。私、ホ類ヒト族のセイントという者です。身ぐるみはがされ倒れていたあなたを保護するため、ここに運びました。ここは武装商船アン・リタ団の客間です」
「ホルイ? 倒れ……? なんで、てか武装って!」
ベッドの端に逃げられる。怯えさせてしまった。『武装』って言葉に警戒って、まさか武装商船を知らないのか。どんな田舎者でも知っているはずだ。
「何を勘違いされているかわかりませんが、武装商船とは魔物や幻獣が襲ってきたときに対処できるよう一定の規格を満たした商船のことであり、略奪行為をするものじゃないです」
「えっ、そうなんだ? よかったあ」
ほっと胸を撫で下ろす。緊張はすっかり消えている。こんな説明で(事実だが)すぐに安心するなんて、騙されやすそうだ。
落ち着いてきたようなので身元を尋ねる。
「落ち着きましたか。よかったらあなたの名前を教えてくれませんか」
「僕は……あれっ、あれ……?」
また困った顔になる。このタイミングでその顔って、名前がわからないとか言い出しそうだ。
「マユ。マユがつく、のはわかっているけど」
少しひっかかる言い方だが覚えているようで安心する。
「その前に何かついていた気がするのに思い出せない……」
安心出来なかった。響きからして、苗字というより名前な気がする。名前を後に言うのは東に多い。服を着ていたら目星をつけれたのに、よりによって全裸だった。態度からして奴隷でなさそうな気がするけど、面倒事の気配がする。
「すっかり忘れているよりましでしょう。マユさん、と呼びますね」
「うーん」
生返事された。たぶん、他のことも忘れてて思い出そうとしているんだろうな。あごに手を当て、しきりに首をひねっている。
「うん、セイントさん」
キリッと顔を引き締め、私を見る。こう見ると美少女ってだけでなく、少年って感じがしないでもない。
「はい。サンで結構です」
「サンさん、僕、名前以外何も思い出せない……!」
悟った顔でサムズアップ。余裕がある。イイネ! することでもないけど嘆かれるよりましだ。
「そうですか」
私も親指を立て、互いの拳をぶつけた。
記憶がないというのに不思議と悲壮感はない。実感がないのか気丈なのか。
「変な人」
他人に言える台詞ではないけど。
「何か言った?」
「いえ。あなたが目覚めたことを団長に伝えなければと思って」
「僕もついてっていい? お礼言わないと」
「ええ。歩けますか」
「うん」
部屋を出て団長を探す。倉庫整理はもう終わってるだろうから、自室だろう。
廊下にはこの船の操縦士であるフィールカがいた。ここにいるってことは、今自動操縦か。気付いた彼は手をピロピロ降る。
「サン~、後ろの子ってもしかして~」
「ええ。今から団長に挨拶に伺うところで。マユさん、あなたの着ている服はフィールカが貸してくれたんです」
「ハ類カエル族のフィールカだよ。よろしくね~」
「僕はマユ。服貸してくれてありがとう!」
二人は握手する。
「服のサイズ合ってよかったよ~。マユ、運ばれたとき何も着てなかったから~~」
マユの笑顔が固まった。ぎこちない動作でギギギと首をひねり私を見る。
「……何も着てないって?」
「身ぐるみはがされた状態で倒れていたと言ったはずです」
「本当にそのままの意味だったの!?」
残念ながらな。
「はい。しかもあなた、気を失った私の隣に全裸で寝ていたものだからとんだ変態がいたと」
「ないよ! そんな趣味ないよ!!」
うおおおお、と頭を抱えて悶絶してる。やはり言い方が悪かった。
「まじか、まじかあ……!」
「もっと落ち着いてからと思ってましたが、今、あなたを見つけたときの話しましょうか」
「ぜひ!!」
勢いよく腕を掴まれた。意外と腕力がある。
フィールカはおろおろして私とマユさんを交互にみる。
「ぼく、余計なこと言っちゃた?」
「ううん、情報提供ありがとう!」
実に必死だ。全裸で転がされているという可能性があると、男女問わず必死になるようだ。私もそんなこと言われたら不安にはなる。こんな筋肉の塊をどうにかしたいと思う奴はそうそういないだろうが。婚期は何年前の話だったろう。
--ざっと、さっきよりは詳しく説明。聞き終わった彼はは、まずい料理を素直にまずいと言えない時の顔になっていた。
「金の牛に心当たりもないし、倒れていた場所に戻って手がかりを探すとかなんか無理そうだし、そもそもなんでなんで素っ裸で不思議な場所に倒れていたんだ……!?」
それがさっぱりだ。
彼はどんより嘆きの溜息をこぼし、大きく肩を落とす。
「ま、今は気にしても仕方ないか。団長さんに会わないと!」
よし、と拳を上に突き上げる。表情と気持ちの切り替えが早い。
「元気出て良かったね~?」
「考えるの放棄しただけじゃないですか」
ピンポンパン♪
楽しげなチャイムがなり、船内放送が流れた。
『3時の方向に異世界への扉出現。甲板にいるなら至急船内に戻れぇ。繰り返す……』
「ぼくの出番だね~。じゃあサンもマユもちゃんと部屋に戻ってね~~」
ペタタタタとフィールカは嬉しそうに早足で操縦室に向かった。
異世界への扉は、抜けるのは一瞬だが、その一瞬に何が起こるかわからない。基本、軽い地震が来たように船全体が少し揺れる程度で、甲板に出ていても問題はない。しかし、たまーに甲板に出ていた奴がねじくれていたとか、何かに食われて服しか残ってなかったとかってのがあるらしい。だから最低船内、できれば耐震性のある部屋にいるとよいと言われているのだ。
「いったん、客間に戻りましょう」
「異世界への扉って何?」
「知らないのですか」
マユの言葉が信じられず、まじまじと見つめてしまう。
「知らないといけないことなの?」
口をとがらせられても。本当に知らないんだな。
私だって常識があるとは言い難く、そもそも昔は海にいて「異世界」に繋がる空と縁遠い生活を送っていたけども、それでも知っていた。田舎モンというレベルではない。どの地域だろうがでこの世界で暮らしているなら誰でも知っている最低限の常識だ。
ということは異世界から来て、逆に服だけ食われてしまったのだろうか。判断はつかないが、異世界の住民のつもりで説明してみよう。
「説明します。でも船が少し揺れるので、まずは部屋に戻りましょう」
「はーい」
客間に戻り、家具が固定されるのを確認してから座る。一本煙草を咥え、話し始めた。
「異世界への扉というのはですね。異世界へ繋がる、空に浮かぶ大きな穴のことです。異世界は、ここと文化や種族が微妙に違う世界です」
駄目だ、これはそのまますぎる。なんて言おう。団長たちは現地人にどう説明してたっけ。
「質問いい?」
「どうぞ」
「『世界』って言い方しているけど、国のことを世界って……あ、いや、『国』ってわかる?」
おっかなびっくり、手探りで自分の『常識』が当てはまるかの質問。自分の中にある常識が常識じゃないかもしれないってのは、怖いんだな。
「わかります。異世界と国--異国は違います。異世界とは、そうですね。世界中を巡ってもたどり着けない。ただ、空に浮かぶ黒い大きな穴をくぐってでしか至れない、全く別の世界です」
「穴? よくそんな怖そうなのを通り抜ける気になれるね。最初の人、勇気あるねえ」
「穴があったら突っ込んでいくのが男でしょう」
「なんで、全く別の世界ってわかるの?」
無視された。初対面の人間に、少年といえど下ネタぶっこむのはいけないな。
「なんでって、そりゃあ」
初めっからこう言えばよかった。
「6類そろってないからです」
この世界は「終着点」と呼ばれている。それはあらゆる異世界に通じており、いない種族はないとまで言われているからだ。
種類はホ、ハ、コ、チ、ギ、シの6つにわかれている。私やマユはホ類ヒト族だ。大体は顔つきや耳の形、手足の数、羽・翼の有無で判別できる。細かい族の分け方は役所に行って学者や専門家に判断してもらう。
終着点は多い少ないはあれど、どこを歩いても6類いる。しかし異世界は基本1類しかいない。しかも、ここなら1類でも何百と族はいるが、異世界だと10にも満たない。それで判別するのだ。ちなみにこの船はギ類とシ類以外そろっている。ギ類は水辺の近くでないと生活しにくく、シ類は根付いている奴が多いからいないのだ。
ここまで説明し、マユさんを見る。何やら考え込み、聞きなれない言葉を呟く。
「……ホは哺乳類。さっきのフィールカさんからしてハは爬虫類、両生類も込みかな。コは昆虫。チは鳥。ギ、ギ、……ギ類って魚のこと?」
「はい、ギ類は魚とも言います。ホニュウルイやハチュウルイとはなんでしょうか」
「えーっ? えっと、哺乳類は人とか犬とか子供にお乳をあげて育てる動物で、爬虫類は蜥蜴とか亀とか身体が鱗で4本足で卵から生まれて……うーん、なんて言ったらいいかなあ」
「いえ、なんとなくわかります。ホニュウルイ、とはマユさんの所の言葉ですか」
「そうだよ」
ここは異界専門の商船。方言など独特な言葉があるなら、団長に聞けば思い当たるものがあるかもしれない。
何やら彼はまだ考え込んでいる。
「どうしました」
「あのさ、人以外の生物ってしゃべるものなの?」
ヒト以外、という言葉が引っ掛かる。
「家畜種以外なら話します。というかさっきフィールカと、カエルと話してたじゃあないですか。うちの船はあんなんばっかですよ」
「マスクかなんかだと思って。でも話を聞いてると、本物みたいだし。僕の感覚だと人以外の生物がしゃべるっていうのが、信じられないしすごく不思議なんだ」
「マユさんはヒトしか話さない場所にいたんですか?」
「んんん、たぶん」
それはすごい。
「ヒト族が生きている異世界もあるんですね」
「何それ!? 人族が生きてるって、え、サンさん、もしかしてこの世界最後の人の生き残りとかなの?」
発想が飛躍しすぎだ。手をふって否定する。
「私の家族は確か生きてますし、大きな街だとちゃんとヒト族を見かけます。最近あまり見ないね、数が減りすぎてヤバイねってぐらいです」
「それはそれでかなり深刻だよ。確か生きてるってのも何さ」
「私や終着点のことは置いといて。異世界でもヒトがいた形跡はあるんですが、文明だけ残して滅んでいるところばかりです。マユさんが言ったような、ヒトばかりの異世界なんて噂でも聞いたことないですね」
「滅んで……!?」
大きな目を丸くして呆然としている。
言わなければよかったろうか。しかし、ヒト族が滅んでいない異世界なんて聞いたことがない。
話を聞いていると、彼が忘れているのは自身に関することばかりで周辺情報はそこそこ覚えているようだ。これなら早く見つけられるかもしれない。仮に見つけたとしても、その異世界に行けるかどうかは完全に運勝負ではあるが。