拾う(2)
とりあえず少年は客間に寝かせることになった。流石に全裸だと問題があるので、一番体格が近いフィールカの服を着させる。
いつの間にか起きてきて少年を運ぶのについてきたドゥルジはニヤニヤしながら私を見る。
「ほんっとーに何もなかったのか? 2日だぜ? ずーっと寝っぱなしの、何しても起きない女みたいなボウズといて、なあんもしなかったのか?」
私は無言で、下世話なことしか考えられないカメレオンの尾をひねりあげる。
「うおお、ギブギブ! そんな怒んなって」
「怒ってません。ムッとしただけです」
「それを怒ってるっていうんだぞ」
アシャに呆れた目で見られる。だけど私に少年愛の趣味はない。言われたら気にしてしまう。
「それはともかく。あのヒト起きたら、なんて説明したら」
「ありのままに起こったことを話せばいいだろ」
「全裸で……ガチムチの隣で寝てた」
「誤解しか生まれないぞ!」
ぺしっと頭をはたかれた。
客間を開けると、ドルダーハがゴミ箱を持って出ようとしていた所だった。気の利く女だ。服を着せている間に掃除してくれたのか。
「ちょうど掃除が終わったところだ。そいつを寝かしてもいいぞ」
「ほーお、きれいになってんじゃねえか」
「当たり前だ。掃除したんだから」
ドゥルジに頭をぽふぽふされてドルダーハは舌打ちし、さっさと部屋を出て行った。私ら3人の地位は女性陣のなかだと低い。合わせてK(カワイイ:担当アシャ)G(ゲス:担当ドゥルジ)P(くるくるパー:担当私)と呼ばれるぐらいだ。なんせ船員といっても荷物運びなどの簡単な仕事しかしない大飯ぐらいで、戦闘のときもまあまあ役に立つぐらいな3人組。露骨に嫌われないだけましだ。アシャだけ上等な呼び名の気がするが、性格はなんとかんとかまともで見た目もふわふわしているから妥当だとドゥルジと納得している。
しばらく使われてなかった客間はホコリもなくすごしやすい部屋になっていた。シーツもシワなくぴちっとなっている。これなら少年がしばらく船に滞在する分には困らない。
ベッドに寝かせる。ちゃんと服を着ているおかげか、洞窟で感じたあの怪しい白さはない。どこにでもいそうなーー訂正しよう、都会でもめったに見かけないハイレベルな美少女だ。
いつまで眺めてンだ、ニヤニヤした声が私を呼ぶ。
「眺めてません」
ドゥルジとアシャを追って客間を出た。
ドアを閉める前にもう一度部屋を見る。簡素な部屋だ。後で花を持って行って飾ろう。少しは明るくなる。
「団長に会ってきます。アシャ、おにぎり作ってくれませんか。貧血起こして死にそうなんです」
「わかった。団長は倉庫で在庫の確認してるぜ」
「ドゥルジ、あなたにおにぎりは頼んでません。いりません、いらないです」
「オーケイオーケイ、お前の願いはしかと聞き届けた」
作る気満々だよくそが。
倉庫に入るとクヨンがいた。彼女は白っぽいハナカマキリで、私の目線より少し小さいぐらいだ。つまり、でかい奴の部類に入る。触覚を使っての通信機、魔道による食材の保存のほかに、こうやって倉庫で在庫の確認も間違いなくするのだから働き者だ。しかも御大層にシルベストなんて苗字も持っている。果ての三国など地域によっては苗字なんてごろごろあるけど、こいつは賢く行儀もよいからたぶん元・お偉いさんだ。我らダメンズKGPとはえらい違いである。それでもこの船に乗っているあたり、犯罪者か転落人生なのに間違いはない。
ちなみに私は犯罪者である。覚えている限りこの姿での罪が1番重い。動物に逃げられる呪いとは別のを受けて(よりによって命に関わる系)、解かせるために術者ぶん殴ったら国家転覆罪なんて重い罪状を課せられて国際指名手配って理不尽だ。その呪いは解かしたからいいけどな。
私が行方不明になっている間に手に入れていた商品の説明を受ける。特に探していなかったようだ。
「そうしょげるでない。お主ならば無事じゃろうと思うての、だぁれも探す気にならなんだ。どうせひょっこり戻ってくると話しておったら、ほれ! 今朝がた草原にあらわれおるし。しかもとんでもなく美しい男を連れてとな」
いつ知ったのだ。もうお腹がすいてきてどうでもよくなってきた。
「回収してもろうただけ感謝せい。ほ、ほ、ほ。さて、新商品の説明はあと一つじゃ」
去る者追わず主義といっても、いきなり消えたのだから心配ぐらいしてもらいたい。私の丈夫さは私が一番知っているがな。
「そういえばどこに向かっているんですか」
「穴が見つかり次第じゃ。団長は異世界がいいと言っておるがの」
どうやらしばらく空を彷徨う予定らしい。花を買いに行けない。となると。
「いい音だね。これに合わせて踊ったら宣伝になるよ!」
ぽやんぽやんした声。ネコミミ美少女のゼンが団長と一生懸命話している。彼女が手に持っているリナリアからシャラシャラ音が流れている。
「あれは?」
「あれが今回の目玉商品じゃ。詳しい説明はゼンに聞くがよい。あやつが説明したがるじゃろう」
ほ、ほ、ほ、と笑ってクヨンは出て行った。では、ゼンに聞こう。
「団長のお部屋にもね、お花飾ろうよ!」
「一応商品だから、手元に残すよりは売りたいんだがよぉ……」
部屋に花ぐらい飾ればいいのに。開いてる花はそう高く売れない。
「団長、ゼン。おはようございます」
「おはよう」
「サンちゃん、おはよう! 久しぶりだね、大丈夫?」
「はい、牛に頭突きくらってさらわれたりしましたけど無事でした。その花は?」
「えへー! これね、私が見つけたんだよ。今回の目玉商品なんだよ。ミュージックフラワーっていってね、今まではふると音がなるだけだったけど、なんと! 長い間音楽が流れるようになったんだよ!!」
えっへんと胸を張る。えらいですね、とほっぺをぶにぶにすると気持ちよさそうに目を細めた。
渡された花を振ってみる。本当に花から曲が流れた。魔法は日々進歩しているようだ。
「おもしろいですね。それに香りもいい」
「でしょー? いろんな楽器の音があるんだよ」
ピンク、白、黄色。パステルカラーのリナリアから、ピアノやヴァイオリンなどそれぞれ違う楽器音と曲が流れる。曲と楽器を揃えたら簡易オーケストラできるんじゃないか。
「これ、1本か2本持ってっていいですか。客間に飾りたいんです」
団長がすっと手を出してきた。
「金払えぃ」
「ケチ」
「商品をただで貰えると思うな」
「普段私、すごく働いているじゃないですか」
荷物運びのほかに、鍛冶師として本領を発揮……は少ない。この前、包丁などの刃物をちゃちゃっと研いだぐらいだ。
「どこが? あ、ちょっと待て」
団長はごそごそとミュージックフラワーを漁りはじめる。音を鳴らし確認している。造花も交じっているが、蕾の生花が多い。スズランの生花を渡してきた。
鳴らすと、ひそやかな甲高い調べが流れてくる。
「キレイですね。何の音ですか」
「アルモニカ。俺の好きな楽器だぜぇ……」
くぐもった笑いが仮面の下から漏れ出る。
アルモニカ。何かで聞いたことがあるような気がするが思い出せない。思い出せないならたいしたことじゃないな。変な笑いは気にしない。
「これの代わりに私の食事抜きとか」
「しない」
「よかったね、サンちゃん!」
安心して貰おう。キレイな音だがスズランの花から流れるにしては少し物悲しいから、売れないと判断したんだろう。
目を覚ましてこんな曲が聞こえてきたら腰抜かすかな。まあいい、飾るだけだ。生けている花をわざわざ触る客なんていないだろう。
ガラクタ置き場から花瓶によさそうな淡いガラスの器をとり、食堂で具がチョコというふざけたおにぎりを作ったドゥルジを蹴っ飛ばしてから客間に向かう。完食はできた。
客間では相変わらず少年は目を閉じたまま。ちゃんと服を着せられて寝ている様子を見ると、おとぎ話から抜け出てきたお姫様のようだ。奴隷とばかり思っていたけど、こんなにきれいなのだから人さらいにあったという可能性もある。さて、花瓶はどこに置こう。しばし部屋をうろつき、置く場所を探す。
結局、最初に思いついたサイドテーブルにした。花のバランスを考え、くるくる花瓶を回す。
「ん……」
ずっと置物のようだった少年が、初めて動いた。起きるのだろうか。顔を覗き込む。